夏目漱石 「心・こヽろ・こころ」 もう一度読む名作 テクスト論からバイアスの解放 その十

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前回のおさらい。「 」直接話法が極端に少ないということは、その人物から言葉を取り上げているのではないかと読み解きました。


「先生」が最も人生の中で話したであろう相手K、しかしそのKですら「 」が殆どないのです。
「切ない恋」の告白シーン
P268ℓ5「彼の御嬢さんに対する切ない恋を打ち明けられた時」ここでKの声は全く省略されてしまっています。ですから私たち読者はその内容を具体的にしることが出来ないのです。中には恋を打ち明けていないのではないかという研究者もいます。先生が勝手にそう解釈しただけかも知れないのです。
ただ、「先生」にとってこのKの告白は驚きこそしたものの、意外なものだとは考えにくいです。「先生」はもしかしたらそうなのではないかと疑っていたことでしたので、やっぱりそうかという感情だったでしょう。ここで、資料としてのKの言葉を出さないで、自分の解釈を断定する「先生」の志向が見られます。

上野の公園での会話P278~280
整理するとこの上野での会話の一週間後に申し込み、さらに一週間後にK自殺です。
P282ℓ3「策略」「『精神的に向上心のないものは馬鹿だ』と云い放ちました。これは二人で房州を旅行している際、Kが私に向かって使った言葉です。私は彼と同じような口調で、再び彼に投げ返したのです」
ここで「先生」は自分が何よりも嫌いなものであるはずの「策略」を使用します。この「精神的に向上心のないものは馬鹿だ」と言う言葉はP253ℓ3に出てきます。千葉県の誕生寺、日蓮が生まれたとされる寺において、「先生」があまり興味を持たずに取り合わなかったのをせめて言った言葉です。
ですから、この「精神的に向上心のないものは馬鹿だ」といわれれば、他人であれば開き直ることも可能ですが、Kにとってはかなり有効な攻撃となったのです。

禁欲的なKの恋愛観についての説明
P282ℓ10にKの家は真宗だと書かれています。浄土真宗は一般論ですが、人間の欲に対して比較的緩やかです。妻帯、食肉を認め、強い禁欲を求めません。
ℓ12「私はただ男女に関係した点についてのみ、こう認めていたのです。Kは昔から精進という言葉が好でした。私はその言葉の中に、禁慾という意味も籠っているのだろうと解釈していました。然し後で実際を聞いて見ると、それよりもまだ厳重な意味が含まれているので、私は驚きました。道のためには凡てを犠牲にすべきものだと云うのが彼の第一信条なのですから、摂慾や禁慾は無論、たとい慾を離れた恋そのものでも道の妨害になるのです。Kが自活生活をしている時分に、私はよく彼から彼の主張を聞かされたのでした。」
「先生」もお嬢さんに対してプラトニックな恋愛観を抱いています。この点で、「先生」とKは霊肉分離論で共通しています。しかし「先生」は「肉」がいけないものであっても「霊」的な恋愛であればよいと考えています。一方Kは「霊」でさえも「道」の妨げになると考えるのです。この論を恐らく「先生」は同宿以前によく聞かされていたと解釈できます。しかしKは同宿し始めてからは恐らくあまりいわなくなったのだろうと考えられます。

Kの遺書さえ引用されていない 「・・・・・・・という意味の文句」
P303ℓ11「手紙の内容は簡単でした。そうして寧ろ抽象的でした。自分は薄志弱行で到底行先の望みがないから、自殺するというだけなのです。それから今まで私に世話になった礼が、極あっさりした文句でその後に付け加えてありました。世話序に死後の片付も頼みたいという言葉もありました。奥さんに迷惑を掛けて済まんから宜しく詫をしてくれという句もありました。国元へは私から知らせて貰いたいという依頼もありました。必要な事はみんな一口ずつ書いてある中に御嬢さんの名前だけは何処にも見えません。私は仕舞まで読んで、すぐKがわざと回避したのだという事に気が付きました。然し私の尤も痛切に感じたのは、最後に墨の余りで書き添えられたらしく見える、もっと早くに死ぬべきだのに何故今まで生きてきたのだろうという文句でした。」
これだけの遺書であれば、当然引用するという方法もとれます。しかしこの遺書さえ「先生」は引用しないのです。自分の言葉で要約してしまうのです。
P283ℓ15「『馬鹿だ』とやがてKが答えました。『僕は馬鹿だ』」先ほど「先生」に言われたことに対して、自分のことを精神的向上がないと認めたのです。
P285ℓ5「『もうその話は止めよう』~『止めてくれ』~頼むように云い直しました。~『止めてくれって、僕が言い出した事じゃない、もともと君の方から持ち出した話じゃないか。然し君が止めたければ、止めても可いが、ただ口の先で止めたって仕方があるまい。君の心でそれを止めるだけの覚悟がなければ。一体君は君の平生の主張をどうする積りなのか』~すると彼は卒然『覚悟?』と聞きました。そうして私がまだ何とも答えない先に『覚悟、―覚悟ならない事もない』と付け加えました。」
ここで残酷な「先生」の描写がなされています。また、Kの直接話法はここが最後となりました。
P300のKのセリフは直接話法の形こそとっていますが、これは奥さんから聞いた話であって、「先生」が直接聞いた話ではありません。
ちなみに「先生」もKもお互いに対しての一人称は「僕」、奥さんに対しては「私」であることがここでわかります。しかし、御嬢さんに対しての一人称はわかりません。

「研究される」ことを恐れる「先生」/「観察」し続ける「先生」
P200ℓ7「私は家のものの様子を猫のようによく観察しながら、~時々は彼等に対して気の毒だと思う程、私は油断のない注意を彼等の上に注いでいたのです」P207ℓ11「観察したのです」P276ℓ7「私は黙って家のものの様子を観察して見ました」P281ℓ8「私は丁度他流試合でもする人のようにKを注意して見ていたのです」
ここからよく他人を観察する「先生」の人物像が浮かび上がってきます。しかしそれと同時に、「先生」は他人から研究されることを極端に嫌ったのです。だから資料として他人の言葉を直接話法として出すことはしません。間接話法にして他人の解釈を入れる余地をなくすのです。そうして自分の解釈したものを絶対化するのです。これは以前言ったよく見えていない状態なのに判断するという「先生」の特色です。「メガネ」の部分で取り扱いました。P261

ダイアローグ(対話)とモノローグ(独白)
一般的にこの二つに分かれます。考える際、他人と対話して、議論をして考えを深める人間と、自分の中で熟考する人間とです。先生は典型的なモノローグ派の人間と言えるでしょう。
「語る」ことと「筆で書く」こと
P164ℓ5「私は已むを得ず、口で言うべきところを、筆で申し上げる事にしました」P169ℓ13「その後私はあなたに電報を打ちました。有体に云えば、あの時私は一寸貴方に会いたかったのです。それから貴方の希望通り私の過去を貴方のために物語りたかったのです」
さて、しかし、語ることや筆で書くことは「先生」が生きている限り対話がなりたちますから、そこには必然反論、意見する余地が生まれます。「先生」はなんとしてでも自分の解釈を通したい人ですからそんなことを許したくはありません。ただ、これを遺書という究極のモノローグの形態にすることによってこれらはクリアできるのです。こうすれば誰からも批判されなくて済むのです。
P24ℓ8「もし私の好奇心が幾分でも先生の心に向って、研究的に働らき掛けたなら、二人の間を繋ぐ同情の糸は、何の容赦もなくその時ふつりと切れてしまったろう。若い私は全く自分の態度を自覚していなかった。それだから尊いものかも知れないが、もし間違えて裏へ出たとしたら、どんな結果が二人の仲に落ちて来たろう。私は想像してもぞっとする。先生はそれでなくても、冷たい眼で研究されるのを絶えず恐れていたのである」
若い私は先生の遺書を読んでから、「先生」が批評されることを恐れていたということに自覚するのです。

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