夏目漱石 「心・こヽろ・こころ」 もう一度読む名作 テクスト論からバイアスの解放 その九

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前回、前々回のおさらい。この小説には名前は殆どでてきません。そのなかでいくつか名前のわかる人物がいます。
「先生」の妻の名前は「静」です。これは乃木大将の妻の名前と同じです。
ちなみに、若い私の母は「おみつ」、妹の亭主は「関」です。
自殺できるようになった理由は、明治天皇の死、乃木大将の殉死、自殺という関連付けで、気が狂ったと思われたいということです。
また自殺は妻への秘かな復讐、妻の笑いが自殺のチャンスをつくったのではという読みをしました。

「先生」の死後、妻には頼れるものが一人もいなくなるという疑問。
妻の記憶が純白であったとしても、衣食住が問題なかったとしても、妻が頼れる人間は「先生」以外にはいません。
P219ℓ1「妻は私に向って、これから世の中で頼りにするものは一人しかいなくなったと云いました。」
さて、「先生」の望みは妻の記憶の純白の保存ですから、妻が本当のことを知るリスクは限りなく少ないほうがよいわけです。だとすると、この遺書はリスクになります。若い私あての遺書など書かないほうが安全なのです。「先生」はこれをばらすなとP327ℓ2で若い私に対して命令をしています。
一般論ですが、禁止命令をされると人はやりたくなるものです。まして人間観察をよくしていて、しかも疑り深い「先生」がそれを意識しなかったとはいいきれません。
リスクを負う、禁止命令を出す、これらのことから「頼れる人」としての「若い私」が浮上します。

妻と私の歳の差はほとんどない。
妻は以前行った計算によると乃木殉死時27,8~30くらいとなります。私は小学校8年生、大学卒だとすると20代半ばです。そうするとその差はあっても数歳、ほとんどないということがわかります。歳が離れている、歳をとっていると思われがちですが、実際はそうではないのです。これを念頭においておかなければないません。
P169ℓ14「貴方の希望通り私の過去を貴方のために物語りたかったのです」、P172ℓ7「私は何千万といる日本人のうちで、ただ、貴方だけに、私の過去を物語たいのです。」ちなみに当時の人口は4千数百万人。
P173ℓ12「私の鼓動が停った時、あなたの胸に新しい命が宿る事が出来るなら満足です」
これをよんだら妻のことをほおってはおかないだろうという「先生」の確信的なものが見え隠れします。とくにP173では若い私と先生の奥さんとの結婚を示唆しているようにも見て取れます。研究者の中には、若い私が上中を書いているときには既に先生の奥さんと結婚して子どももいるという説を唱える人もいます。

ラストメッセージ「貴方限りの秘密」(妻には知らせるな)という強制と妻とに間に、「秘密という距離」を要求する「先生」
P313ℓ12「『あなたは私を嫌っていらっしゃるんでしょう』とか『何でも私に隠していらっしゃる事があるに違いない』」
P314ℓ2「私は一層思い切って、有のままを妻に打ち明けようとした事が何度もあります。~その時分の私は妻に対して己を飾る気はまるでなかったのです。もし私が亡友に対すると同じような善良な心で、妻の前に懺悔の言葉を並べたなら、妻は嬉し涙をこぼしても私の罪を許してくれたに違いないのです。~私はただ、妻の記憶に暗黒な一点を印するに忍びなかったから打ち明けなかったのです。」
違反しにくい約束、①残された妻を一人にしないでくれ、②妻と秘密を共有してはならない。
両立は大変難しいが、違反しにくい約束を先生は残していきました。しかもそれは先生の遺書のなかの一方的なものなのです。そこには会話が成立しません。死者からの強いメッセージ、呪縛をもったものなのです。

2「先生」の遺書には直接話法が極端に少ない
次に形式に注目して考えて見ます。先生の遺書というのはかぎ括弧が極端に使われないという不思議な構造です。
そもそもかぎ括弧とは、西洋の直接話法からきたもので、古来日本には存在しません。

お嬢さん時代の静
P203ℓ12「御勉強?」P204ℓ5「御這入なさい」P240ℓ7「御帰り」の3つのみ。これらは殆ど意味をもたないような内容ばかりです。
また他の部分を見ても大体内容は伝わります。しかし、大事な部分を「先生」は要約してしまい、読者が聞きたい部分を実際どんなだったのかということを全て隠してしまうのです。
妻時代の静
P313ℓ12「あなたは私を嫌っていらっしゃるんでしょう」「何でも私に隠していらっしゃる事があるに違いない」P316ℓ13「貴方はこの頃人が違った」「Kさんが生きていたら、貴方もそんなにはならなかったでしょう」この4つ、二箇所のみです。
お嬢さん時代に比べれば、多少はセンテンスですが、どのような状況なのか場面を形成しません。
殉死の発言
P323ℓ16「では殉死でもしたら可かろう」これは明らかに妻の発言のままではありません。普段から丁寧語を使用していた静さんが、よかろうというような喋り方をするはずはありません。これは「先生」が自分の言葉に翻訳したのです。ここから読者は重要な場面であるにもかかわらず、詳細な情報がえられないのです。

叔父
財産横領をめぐる直接談判
P189ℓ9「遺憾ながら私は今その談判の顚末を詳しく此所に書く事の出来ない程先を急いでいます」P190ℓ13「一口でいうと、叔父は私の財産を胡魔化したのです」この直接対決の内容はもっとも読者の知りたいことでありますが、それらは一切省略されてしまっています。
叔父の唯一のかぎ括弧
P174ℓ16「よろしい決して心配しないがいい」「確かりしたものだ」ひとつ念頭においておかなければならないことは、魚屋にしてもそうでしたが、ここでも医者が家に来ることがあたりまえだったということです。病気になったらこちらから医者のもとに行くのではなく、医者が家をめぐり歩いていた時代なのです。
この叔父のセリフはP174ℓ14「この子をどうぞ何分」「東京へ」という母のセリフの後に出てくるものです。どうして談判という重要なときにかぎ括弧が使用されずに、この場面のみ使用されているのでしょうか。
P175ℓ3「然しこれが果して母の遺言であったのかどうか、今考えると分からないのです。母は無論父の罹った病気の恐るべき名前を知っていたのです。そうして、自分がそれに伝染していた事も承知していたのです。~疑う余地はまだ幾何でもあるだろうと思われるのです。その上熱の高い時に出る母の言葉は、いかにそれが筋道の通った明かなものにせよ、一向記憶となって母の頭に影さえ残していない事がしばしばあったのです。だから・・・・・・然しそんな事は問題ではありません」
この部分を「先生」は疑惑のもとに考えているのです。今振り返っている「先生」は、母のあやふやな言動を重要な遺書・正式遺言と決め付けたのは叔父の策略だろうと捕らえたのです。
叔父の娘(先生の従妹)の涙
P184ℓ15「従妹は泣きました。私に添われないから悲しいのではありません、結婚の申し込みを拒否されたのが、女として辛かったからです。私が従妹を愛していない如く、従妹も私を愛していない事は、私によく知れていました」P184ℓ3「兄妹の間に恋の成立した例のなりのを」一体ここに書かれている文は、何を根拠に言っているのでしょうか。実に奇妙で、乱暴な断定の仕方です。
この従妹から見てみると、自分の父(先生にとっての叔父)は議員です。ですから土地から一生はなれることのできない運命を決定されているのです。それに対し「先生」は東京で羽ばたくことが約束された人です。毎年夏にしか帰ってこない東京の青年、これに対して全く恋愛感情を抱かなかったと断定はできません。この従妹は実に気の毒な女性・声を封じられた女性なのです。

男女交際が限られていた当時、男女が恋をするパターンは3つ
・男から見ると友人の妹、女から見ると兄の友人
・下宿する男と下宿先の娘
・いとこ同士――漱石『彼岸過迄』この作品では従妹同士の恋愛が描かれています。ですから漱石がいとこ同士の恋愛は成り立たないと考えていたわけではありません。「先生」の独断なのです。

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