夏目漱石 「心・こヽろ・こころ」 もう一度読む名作 テクスト論からバイアスの解放 その六

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(5)結婚申し込みと疑い
P264ℓ15「その内年が暮れて春になりました。ある日奥さんがKに歌留多を遣るから誰か友達を連れて来ないかと云った事があります。」とあり大学三年(学生時代最後)の正月に歌留多をしました。この出来事は「先生」が「奥さん」に結婚の申し込みをするにいたった原因の一つでもあります。
P265ℓ9「私はKに一体百人一首の歌を知っているかと尋ねました。Kは能く知らないと答えました。私の言葉を聞いた御嬢さんは、大方Kを軽蔑するとでも取ったのでしょう。それから眼に立つようにKの加勢をし出しました。」という状態です。
一つの疑念としては中学高校と成績優秀で、大学でも道追及のためあれだけ勉強熱心だったKが本当に百人一首を全く知らなかったのかということです。K自身は知らないと答えていますが、知らない振りをしてないわけではないという可能性もあります。
また、ここでは「御嬢さん」の母の「奥さん」もいますから、「御嬢さん」の行為はK「先生」「奥さん」三人に公な行動だったのです。
結局この出来事が起こった二三日後に「先生」はKから「御嬢さん」への恋を打ち明けられます。
そうして「先生」はもしKと恋敵として戦ったらどちらが勝つかということを予想せずにはいられませんでした。それはKと自分の比較をしている部分からわかります。P246ℓ16「私は自分より落付いているKを見て、羨ましがりました」P249ℓ11「容貌もKの方が女に好かれるように見えました。性質も私のようにこせこせしていないところが、異性には気に入られるだろうと思われました。何処か間が抜けていて、それで何処かに確かりとした男らしいところのある点も、私よりは優勢に見えました。学力ならば専門こそ違いますが、私は無論Kの敵ではないと自覚していました」
ここで唯一Kに圧倒的に勝利しているものがあります。それは経済力です。しかし「先生」はこれについて触れません。なぜなら「先生」はP263ℓ12「此方でいくら思っても、向こうが内心他の人に愛の眼を注いでいるならば、私はそんな女と一緒になるのは厭なのです」
経済力だけを求めて、愛がない結婚は絶対にしたくないのです。

しかし「先生」はカルタ後にKから御嬢さんへの気持ちを告白されてしまいます。フェアな状態で戦えば負けることを自覚していた「先生」はKの告白時に告白返しをしませんでした。
ここで「先生」はKを応援して自分は身を引く友情をとるか、裏切って御嬢さんをとるかという二者択一に迫られます。結果は裏切るのですが、それ以前から「先生」は何度かKに告白しようと試みたことがありました。
P247ℓ13「私は思い切って自分の心をKに打ち明けようとしました。」P248ℓ9「Kと私は何でも話し合える中でした」
しかし「先生」は最後までKに打ち明けられなかったのです。そうしてKに告白されて、P268ℓ12「すぐ失策ったと思いました。先を越されたなと思いました」
これでついに追い詰められた「先生」は1、「御嬢さんと奥さん」は策略家ではないのかという疑いと、「御嬢さん」はKのことを愛しているのではという疑いを晴らすことができないまま、「これから先どんな事があっても、人には欺されまい」という決心と「果たしてお嬢さんが私よりKに心を傾けているのならば、この恋は口にする価値のないもの」という決心を破って、結婚を申し込みます。
「先生」にとっては二つの大きなハードルを越えないまま決行した申し込みはしかし「奥さん」に即答で承諾されてます。
P294ℓ2「最初から仕舞いまで恐らく十五分とは掛からなかった」ほど早く話しが終わったこと。ℓ6「当人にはあらかじめ話して承諾を得るのが順序らしいと私が注意した時、奥さんは『大丈夫です。本人が不承知なところへ、私があの子を遣る筈がありませんから』と云いました」こと。これらから、
ℓ9「自分の部屋へ帰った私は、事のあまりに訳なく進行したのを考えて、却って変な気持ちになりました。果たして大丈夫なのだろうかという疑念さえ、どこからか頭の底に這い込んで来た位です。けれども大体の上に於て、私の未来の運命は、これで定められたのだという観念が私の凡てを新たにしました」この変な気持ちとは策略ではないのかという疑念です。やっぱり人に欺まされた、愛はKで私は財産目当てではないかと考え始めたのです。

P218ℓ10「その男がこの家庭の一員となった結果は、私の運命に非常な変化をきたらしています。もしその男が私の生活の行路を横切らなかったならば、おそらくこういう長いものをあなたに書き残す必要もおこらなかったでしょう」という仮定形の意味を考えて見ましょう。これはKがいなかったならば、私は「お嬢さん」と幸せに暮らしていたでしょうということなのでしょうか。いいえ、人に欺まされるのが嫌な「先生」はKがいなかったならば恐らく「お嬢さん」と結婚していなかったでしょう。財産が目当てでおびき寄せられるのが嫌だった「先生」ですが、この疑念は「先生」に財産がある限り一生続きます。財産をどこかにやるという考えもない「先生」はきっと誰とも結婚しなかったでしょう。

P262ℓ12「私は今でも決してその時の私の嫉妬心を打ち消す気はありません」
P262ℓ15「こういう嫉妬は愛の半面じゃないでしょうか。私は結婚してから、この感情がだんだん薄らいで行くのを自覚しました。その代わり愛情の方も決して元のように猛烈ではないのです」
という箇所から、嫉妬にひっぱられて燃え上がる愛を確認することが出来ます。「先生」は愛が増すことによって嫉妬が増すのではなくて、嫉妬が増すから愛が増すという変わった愛を持っています。ですから嫉妬が薄らげば愛も薄らぐのです。
そして「薄らぐ」と「消える」は違います。「先生」はKの自殺以後もずっとKに対する嫉妬心を持ち続けているのです。

ちなみに「先生」が本当に卒業しているかどうか疑う余地はある。
当時の卒業論文の提出は4月です。「先生」が結婚の申し込みをしたのが正月です。そしてKが自殺したのが2月。その後引越しをしていますから、卒業論文という大変時間の掛かるものを作り上げる時間があったのかという疑問が起こるわけです。Kが自殺する以前に仕上げていたというのならわかりますが、それはどこにも書かれていません。また、Kが死んでもそれに同ずることなく書き上げたという「先生」強靭精神説もあります。ただ、P100ℓ14「『先生の卒業証書はどうしました』と私が聞いた。『どうしたかね。-まだ何処かにしまってあったかね』と先生が奥さんに聞いた。『ええ、たしかにしまってある筈ですが』卒業証書の在処は二人と能く知らなかった。」という部分で、卒業証書という物的証拠は作中に提示されません。また、「先生」は大学を卒業することによってどこかへ働こうという意志は最初から全くなく、働かないで暮らしていこうと思い家を建てたのですから、卒業しないということが「先生」にとってデメリットになるということはないのです。

P327ℓ1「私は妻には何も知らせたくないのです。妻が己れの過去に対してもつ記憶を、なるべく純白に保存して置いて遣りたいのが私の唯一の希望なのですから」という有名な最後。
ここでの「己れの過去」の「己」とは「先生」ではなく「妻」ですね。Herselfです。もしこの遺書を妻が読んだら、妻自身が策略家、技巧家であるとううことを認識して過去の記憶を汚していしまうのではという配慮からくる言葉です。だから「先生」は「妻」が策略家、技巧家であると事実化した上で、「妻」を思いやり、やさしくするのです。不信を前提としているのです。
P46ℓ9「じゃ奥さんも信用なさらないんですか」という問いの答えはP97ℓ9「私は死ぬ前にたった一人で好いから、他を信用して死にたいと思っている。」といってます。つまり「妻」さえ信用していないのです。
ここで再び「技巧」=「策略」=「叔父と一緒」という図式が成り立ちます。

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