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特別展 ボストン美術館 日本美術の至宝 展 感想とレビュー 日本美術の真髄とは その1

公式ホームページhttp://www.boston―nippon.jp/
先日ボストン美術館 日本美術の至宝展に行ってきました。ゴールデンウィークに行ったのが間違いで、上野は人でごった返し、入場に三十分も待たされました。押し合い圧し合いで大変でした。
この記事を書くために図録を読み直して思ったのですが、日本の美術ということで、図録も縦書き、右から読んでいくのです。

この展覧会はボストン美術館で多くの日本美術作品の補修が完成したということで特別に開かれたものです。そしてこのボストン美術館の10万点を超えるという日本美術作品はアーネスト・フランシスコ・フェノロサ、ウィリアム・スタージス・ビゲロー、岡倉天心によって収集されたものです。
奈良の薬師寺の東塔を「凍れる音楽」と評したことで有名なフェノロサ(これについては様々な見解があるようですが、それは触れません)、日本史を勉強した人でこの名を知らぬ人はいないでしょう。歴史を紐解けばやれ廃仏毀釈だ、西洋文化崇拝だで貴重な作品がどんどん見捨てられていった中、日本美術を高く評価し、その保護に尽力してくれたこの人々には頭が上がりません。
よくもまあこんな価値のあるものを捨てていった日本人はなんて愚かしいのかと思いますが、これはまさに奇跡的に保護された作品の里帰り展と呼べるでしょう。ただ、私としては早く日本に返してもらいたいなと思いますがね。

プロローグ コレクションのはじまり
第一章 仏のかたち 神のすがた
第二章 海を渡った二大絵巻
第三章 静寂と輝き -中世水墨画と初期狩野派
第四章 華ひらく近世絵画
第五章 奇才 曽我蕭白
第六章 アメリカ人を魅了した日本のわざ -刀剣と染織

初めは狩野芳崖《江流百里図》、橋本雅邦《騎龍弁天》など壮大な風景水墨画、淡く静寂で神秘的な絵画が私たちを出迎えてくれます。岡倉覚三像やビゲロー肖像と共に、これから始まる雄大な日本の美術作品へのたびの始まりを予感させます。
橋本雅邦《騎龍弁天》1886
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第一章は古代美術。研究対象としては非常に価値のあるものではないでしょうか。きっと何百年前は色鮮やかであったろう仏教絵画たちも長い長い時間の流れによって色褪せてしまいました。しかし私はこちらの落ち着いた、淡色になった現在のほうがすきなのです。人間の一生なんかたかがしれています。この長い時間を生き抜いたというだけで既に奇蹟なのです。時間によって手が加えられ、さらに味の深みが増したように感じられませんか。私はこうした仏教絵画の前に立つとすっと精神が清められ、霊験あらたかな神秘的な世界へのたびを夢見るのです。これは是非ゆっくりと眺めたいですね。

そしてなにより今回の目玉となっているのが、二大絵巻。《吉備大臣入唐絵巻》《平治物語絵巻 三条院夜討巻》
インターネットミュージアムhttp://www.museum.or.jp/modules/topics/index.php?action=view&id=129ここで展示の様子が詳しく見れます。
私は去年授業でこれが取り扱われたので、ある程度の知識があったのです。あらためて本物を見るとすごいです。驚いたのが、絵巻物は文字と絵の交互という形がおおいのですが、これは殆ど文字がありません。そこからもこの吉備真備の入唐での伝説が広く知れ渡っていて、詳細に書く必要もなくなったのかなとも思いました。そこは研究者にまかせますが。
これは囲碁の伝来などを示すとしても有名なのです。唐の人間がどうしてここまで吉備真備にいじわるするのかが判然としませんが、囲碁や野馬臺詩などが日本に伝えられたということがわかる大変貴重なものです。
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《吉備大臣入唐絵巻》をめぐる事件
埃まみれの書棚から~古寺、古佛の本~(第九回)
吉備大臣入唐絵詞
これまでふれた、モース、フェノロサ、ビゲロー、天心にまつ わる記述のほか、有名な「吉備大臣入唐絵詞購入事件」の詳しい、いきさつも記されている。

この絵巻物は、大正12年若狭酒井家売立てに出され、古美術 商戸田弥七が十八万八千九百円で、手張りで落札する。春日光長筆、世に知られた国宝級平安絵巻物の大名品であったが、その年関東大震災がおこり、美術品ど ころではなくなってしまう。
誰も買い手が無く持ち越していたものを、ボス トン美術館の富田幸次郎(昭和6年から東洋部長)が、大正13年に日本にきた際、これを購入する。
日本にあるはずのこの絵巻が、ボストンにあることが知られるのが昭和8年。
国内ではマスコミも大騒ぎになり、富田は、当時の美術界の重鎮、滝精一から《国賊呼ばわり》されたという。
急遽「重要美術品等ノ保存ニ関スル法律」が成立。重要美術品として認定された美術品の輸出には許可を要することとなった。
現在でも、「重要美術品」と冠せられたものが存するのは、この時の産物である。

「日本では誰も買わない。早く安住の地を見つけてやらなけれ ば、あれだけの名品に気の毒だ。そう思って引き取った途端に、けしからんと国賊呼ばわりされた。」
と、富田はその後長く口惜しがったという。


第三章 静寂と輝きでは一山一寧《観音図》や雪舟等楊など水墨画の最盛期の人物たちの作品もありました。祥啓《山水図》は特に雄大で、構図も非常にバランスのよいものです。これは当時人気の夏珪様(中国の画人夏珪さんのスタイル)ですからどこか見覚えがあるというような感覚があります。また、狩野派の初期の人物の作品も展示され、いよいよカラフルになってきます。ただ、狩野元信の作品は色こそあるものの、実に落ち着いた雰囲気をかもし出しています。《白衣観音図》は背景は細かく優しく描いているのに、白衣が物凄い力強く表現されていて印象が強いです。狩野元信は狩野派の祖正信の子ですから、そこまで狩野派というものが強大な勢力ではなかった時代の人ですが、やはりそれでも十分人気があったのですね。普通絵画は注文を受けてから作るものですが、恐らくこの扇子上に描いたものはあらかじめ作ったものを売ったのでしょう。元信の描いた《金閣寺図扇面》が見れて嬉しいです。これがその息子松栄になると《京名所図等扇面》となります。実に美しいですね。日本のコンパクト文化と相まった芸術です。伝狩野雅楽の《松に麝香猫図屏風》《松に鴛鴦図屏風》はともに有名。比較研究しても面白そうですね。共に右下から生える松、真ん中あたりでぐっと上へ曲がり、左のほうへ開けていく。狩野派の典型的な様相です。こういうのが見られると古典様式の格調高き様子が見えてきます。問題はこの古典的な様式に従うか、そこから反発して独自のスタイルを作っていくかということでしょう。
祥啓《山水図》20120320232449c14_convert_20120527233952.jpg

狩野元信《白衣観音図》
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元信《金閣寺図扇面》
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伝狩野雅楽《松に麝香猫図屏風》
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