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夏目漱石 「心・こヽろ・こころ」 もう一度読む名作 テクスト論からバイアスの解放 その四

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(3)恋と疑い
「先生」が下宿してから、Kを同宿させるまでの期間の長さ
さて、「先生」の下宿とKの同宿との間に一体どのくらいの期間があったのか、これを見ていくと、この小説が単純な恋愛小説、三角関係の小説と読むには無理があることが見えてきます。では期間の長さから。
当時帝国大学は9月入学でした。そして、「先生」が「素人下宿(普通の家で下宿人をおくことや、その家をいう。注釈より)」を訪れるのはP194ℓ5「空地に草が一面に生えていた~見渡す限り緑が一面に茂っている」季節ですから、春ないし夏でしょう。
ここからおよそ入学から7,8ヶ月ほど後に下宿したと考えられます。
Kが同宿したのは、P229ℓ2「Kの復籍したのは一年生の時でした。それから二年生の中頃になるまで、約一年半の間、彼は独力で己を支えて行ったのです」の後です。「先生」の下宿が一年生の終わりごろで、その後一年弱でKも同宿したということになります。
そうすると「先生」は平屋の一軒屋で一年弱女学校4年生の「お嬢さん」と一つ屋根の下で暮らしていたということになります。これは恋愛するには絶好の機会です。また当時は女性の結婚は早く、女学校では結婚退学というものもありました。18歳で結婚するということはちっとも珍しいことではなかったのです。下宿人とその家の娘が結婚するというパターンも多くありました。

そこで、K同宿以前に「先生」はお嬢さんに対する恋心を自覚していたかという疑問が生まれます。
P198ℓ7「私の頭の中へ今まで想像も及ばなかった異性の匂が新しく入って来ました」P206ℓ7「私はその人に対して、殆んど進行に近い愛を有っていたのです」と語り、恋心をはっきりと持っていたことがわかります。
P206ℓ11「私は御嬢さんの顔を見るたびに、自分が美しくなるような心持がしました。御嬢さんの事を考えると、気高い気分がすぐ自分に乗り移って来るように思いました。もし愛という不可思議なものに両端があって、その高い端に神聖な感じが働いて、低い端には性欲が動いているとすれば、私の愛はたしかにその高い極点を捕まえたものです。」ここで、「先生」の思想は霊肉分離論があることがわかります。性欲がなく、精神的なもの、プラトニックな愛であるのです。(性欲は田山花袋の小説が初出)

では何故行動に移さなかったのかという疑問が生まれます。
P213ℓ1「私は思い切って奥さんに御嬢さんを貰い受ける話をして見ようかという決心をした事がそれまでに何度となくありました。けれども、その度毎に私は躊躇して、口へはとうとう出さずにしまったのです。断られるのが恐ろしいからではありません。もし断られたら、私の運命がどう変化するか分かりませんけれども、その代り今までとは方角の違った場所に立って、新しい世の中を見渡す便宜も生じて来るのですから、その位の勇気は出せば出せたのです。然し私は誘き寄せられるのが厭でした。他の手に乗るのは何よりも業腹でした。叔父に欺された私は、これから先どんな事があっても、人には欺されまいと決心したのです」
「先生」の遺書にはしばしば「決心」という言葉が出てきます。これがキーワードになります。「先生」はここで言っている通り、別に断られるのが怖いのではないのです。告白しようという決心を別の騙されまいという決心が食い止めたという構図なのです。これは非常に変わった恋愛小説です。

何故信仰心をも持つ相手に対して欺されるということになるのでしょうか。
P208ℓ7「私は他を信じないと心に誓いながら、絶対に御嬢さんを信じていたのです」
P209ℓ7「私の猜疑心が又起こって来ました。私が奥さんを疑ぐり始めたのは、極些細な事からでした。然しその些細な事を重ねて行くうちに、疑惑は段々と根を張って来ます。私はどういう拍子か不図奥さんが、叔父と同じような意味で、御嬢さんを私に接近させようと力めるのではないかと考え出したのです。すると今まで親切に見えた人が、急に狡猾な策略家として私の眼の映じて来たのです。私は苦々しい唇を噛みました。」

「利害問題」 結婚相手としての「先生」の有利な条件
P209ℓ15「然し一般の経済状態は大して豊かと云う程ではありませんでした。利害問題から考えて見て、私と特殊の関係をつけるのは、先方に取って決して損ではなかったのです。」当時女性は殆ど職に就けませんでした。
一方「先生」は、
「資産家の息子」ではなく、本人自身が大変な金持ちであること。これによって下手なことをしなければ、財産には困らないと考えられます。両親も兄弟もおらず、親戚とは絶縁していること。しゅうと・しゅうとめ、小じゅうと・こじゅうとめ問題が起きなくて済み、面倒な人間関係がないことが考えられます。東大生であること。未だ学士の存在が少なかった時代ですから社会的地位もそれなりに確保されていたということが考えられます。これらのことから、誰から見ても結婚相手としては願ったり叶ったりの条件を有していたのです。しかし、普通の結婚出れば、その度合いの違いこそあるものの、こうした部分は誰で考える常識的な条件ですね。しかし「先生」自身はこれを考える人間は絶対に自分を欺していると考えるのです。

「策略家」としての御嬢さんへの疑い
「技巧」=「策略」という思い込み
P262ℓ6「御嬢さんの態度になると、知ってわざと遣るのか、知らないで無邪気に遣るのか、其所の区別が一寸判然しない点がありました。若い女として御嬢さんは思慮に富んだ方でしたけれども、その若い女に共通な私の嫌いなところは、Kが宅へ来てから、始めて私の眼に着き出したのです。私はそれをKに対する私の嫉妬に帰して可いものか、又は私に対する御嬢さんの技巧と見做して然るべきものか、一寸分別に迷いました。私は今でも決してその時の私の嫉妬心を打ち消す気はありません。」
恋の駆け引きというようなものは往々にしてあの手この手でなんとしてでも手に入れようといったものです。これは本来他人からみたらほほえましいようなことです。しかし「先生」は御嬢さんの行為がわざとなのか無邪気なのかどうしても分けようとするのです。そうしてわざと、「技巧」だったならば、それはすなわち「策略」であり、愛ではないものになります。恋愛の対象外になるのです。

処女=純粋無垢という思い込み 「純白」へのこだわり
P264ℓ3「肝心の御嬢さんに、直接この私というものを打ち明ける機会も、長く一所にいるうちには時々出て来たのですが、私はわざとそれを避けました。日本の習慣として、そういう事は許されていないのだという自覚が、その頃の私には強くありました。然し、決してそればかりが私を束縛したとは云えません。日本人、ことに日本の若い女は、そんな場合に、相手に気兼ねなく自分の思った通りを遠慮せずに口にするだけの勇気に乏しいものと私は見込んでいたのです」
これは「先生」の独断的な思い込みだと言えるでしょう。
P314ℓ8「私はただ妻の記憶に暗黒な一点を印するに忍びなかったから打ち明けなかったのです。純白なものに一雫の印気でも容赦なく振り掛けるのは、私にとって大変な苦痛だったのだと解釈して下さい」
ここから「純白」へのこだわりが垣間見れます。
P327ℓ2「妻が己れの過去の対してもつ記憶を、なるべく純白に保存して置いて遣りたいのが私の唯一の希望なのですから、~」
純白保存の現われです。
P99ℓ5「先生のうちで飯を食うと、きっとこの西洋料理店に見るような白いリンネルの上に、箸や茶碗が置かれた。そうしてそれが必ず洗濯したての真白なものに限られていた。『カラやカフスと同じ事さ。汚れたのを用いる位なら、一層始から色の着いたものを使うが好い。白ければ純白でなくっちゃ』」これは有名なセリフです。白は真白でなければいけないという「先生」の意識はどこまでもあります。

そんな純白志向な「先生」が御嬢さんが純白であるか迷ったのが次の場面です。
P210ℓ4「然しそれだけの矛盾ならいくら馬鹿でも私は大した苦痛も感ぜずに済んだのです。私の煩悶は、奥さんと同じように御嬢さんも策略家ではなかろうかという疑問に会って始めて起こるのです。それでいて私は、一方に御嬢さんを固く信じて疑わなかったのです。だから私は信念と迷いの途中に立って、少しも動くことが出来なくなってしまいました。私には何方も想像であり、又何方も真実だったのです。」

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