夏目漱石 「心・こヽろ・こころ」 もう一度読む名作 テクスト論からバイアスの解放 その三

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読みに入る前にその三
二人の語り手 「手記」と「遺書」の関係
この「こころ」は一人称小説ですが、それゆえどうも勘違いする人がいますから蛇足ですが説明です。「上」「中」は私、「下」は先生が書いたものです。
「こころ」受容史の最大の問題点
この記事の1番目でも書きましたが、教科書に載って広く知られたために「こころ」は実に悲劇的な作品になっています。それは教科書に使用される「下」(先生と遺書)への過度の集中があることです。「上」「中」が軽視されているということです。
これによって引き起こされるのは「主題=一人の女性をめぐる二人の男性の友情と裏切り」という歪んだ理解の流布です。

「上」と「中」をあわせた長さと「下」の長さはほとんど同じですから、遺書は小説全体の半分でしかないのです。つまりこの前半分を無視してもいいんだという勝手な考えが作品の解釈を歪めているのです。
上と中は「私」の手記、下の語り手は「先生」

もちろんこの小説を書いたのは夏目漱石に違いありませんからこの世界での順番で言えば上、中、下の順に書かれました。
しかし、小説の中の設定としては、遺書が先に書かれ、それから何年か経ったあとで手記が書かれているのです。そして遺書と手記を同じ長さにしたのは「私」です。P1ℓ1「私はその人を常に先生と呼んでいた」とありますから、この手記を書いたのは「先生」の遺書が届いてから後のことです。先生はもう死んでいるのです。ですからここからもやはりこの手記を無視するということはできないという結論に至ります。

先生の「遺書」は私の「手記」の中に引用されている
先生は遺書の中で他人の言葉をほとんど引用していません。この指摘は90年代に入ってから注目され始めた新しい視点です。これはかぎ括弧が非常に少ないことからわかります。しかし、「下」には妙なかぎ括弧があります。それは各章が始まるごとにあるかぎ括弧です。「上」「中」にはこれはありません。P327ℓ5「凡てを腹の中にしまって置いて下さい」 」と最後にかぎ括弧があります。これはどう考えても引用符号だとしか思えないのです。これをつけたのは他でもない「私」なのです。
P168ℓ1「 「・・・・・・私はこの~」で・・・・・・は省略記号です。これは一体何の省略かというと、P163ℓ15「その項は下のように綴られていた。「あなたから過去を問いただされた時、答える事の~P164ℓ6~申し上げることにしました」 」という部分です。つまり先生の遺書は「中」において最初の1ページが出されているのです。もちろん「私」によってです。
つまりこの小説は「私」の編集が成されているのです。かぎ括弧を沢山使用する「私」とかぎ括弧をほとんど使用しない「先生」の対比がみえてきまし。

では実際に読みに入っていきます。
1、「先生」の遺書を貫くテーマとしての「疑い」
(1)「鷹揚」に育てられた少年時代
P174ℓ4「私は二人の間に出来たたった一人の男の子でした。宅には相当の財産があったので、寧ろ鷹揚に育てられました」
鷹揚とはゆったりという意味です。つまり「先生」は初めから疑り深い人間ではなかったということです。
そしてここから「先生」が一人っ子だということもわかります。「先生」の父親の職業はP178ℓ5「父は先祖から譲られた遺産を大事に守って行く篤実一方の男でした。~ℓ10まあマンオフミーンズとでも評したら好いのでしょう。」
注釈にマンオフミーンズ man of means 資産家 とあります。地主だったのでしょう。

「新潟」出身という設定の意味
P39ℓ5「ところが先生は全く方角違の新潟県人であった」という部分から「先生」が新潟の出身であることがわかります。
「私」はかぎ括弧の多様など書き方に癖がある人間ですが、固有名詞をほとんど使わないということも一つあげられます。その「私」が態々新潟という固有名詞を何故明記したのかという疑問が生まれます。
それは当時の人々にとってのイメージが重要です。当時新潟は貧富の差が激しいというイメージをもたれていました。新潟の地主の子は働かなくても暮らしていけるほど裕福である一方、地主に土地を借りている人間はお金を大分搾取されていたのです。
ちなみに「私」の出身地は小説のどこにも載っていません。「しいたけ」を送るということが描かれますが、それだけでは故郷の断定には繋がりません。

(2)叔父による財産一部横領事件について
「先生」が人を疑うことのきっかけになった重要な事柄です。先生の遺書で初めに出てくることからもその重要性が伺えます。
P178ℓ4「父の実の弟ですけれども」から叔父は実の弟であることがわかります。また、当時は長兄が全てを貰い受けますからこの「先生」の父にあたる人物はその弟、先生にとっての「叔父」を養わなければならない義務があったのです。ところが突然父はP174ℓ3「腸窒扶斯(ちょうちふす)」に掛かって死んでしまいます。しかしここで確認しておきたいのは「先生」と「叔父」は財産相続で争ったというわけではないということです。
財産は先生の父に渡った時点で相続者は「先生」と決まっています。叔父には一銭も渡らないのです。
P180ℓ5「東京へは出たし、家はそのままにして置かなければならず、甚だ処置に苦しんだのです」その家を一時的に管理してくれたのが叔父。

叔父との対決
P183ℓ6「私は又突然結婚問題を叔父から鼻の先へ突き付けられました」ここから叔父と「先生」との対決が始まります。叔父は「先生」の財産のため自分の娘と結婚させようとしたと後の「先生」の目には見えたのです。
P186ℓ「ところが帰ってくると叔父の態度が違っています。元のように好い顔をして私を自分の懐に抱こうとしません。それでも鷹揚に育った私は、帰って四五日の間は気が付かずにいました。ただ何かの機会に不図変に思い出したのです。すると妙なのは、叔父ばかりではないのです。叔母も妙なのです。従妹も妙なのです。中学を出て、これから東京の高等商業へ這入る積りだといって、手紙でその様子を聞き合わせたりした叔父の男の子まで妙なのです。」
P188ℓ11「私は叔父が市の方へ妾をもっているという噂を聞きました。私はその噂を昔の中学時代の同級生でああった友人から聞いたのです」ここでいよいよ叔父への不信感を募らせた先生は
P189ℓ5「私はとうとう叔父と談判を開きました」
ここでもう一度注意していたい点が相続をめぐる談判ではないということです。財産の権利は一方的に「先生」にありましたから、ただ返してくれということです。そもそも叔父が本当に不正を行っていたのか、その確たる証拠はありません。あくまでこれは「先生」が書いたものですから、「先生」の主観で描かれます。そして読者としては気になるところの叔父との談判のないようですが、「先生」はP189ℓ8「初めから猜疑の眼」をもって接しました。
そうしてℓ9「遺憾ながら私は今その談判の顛末を詳しく此所に書く事の出来ない程先を急いでいます」としてP190ℓ13「一口で言うと、叔父は私の財産を誤魔化していたのです」といっています。こうして結局その談判がいかようなものであったのか、読者は知る術を失ったのです。
ここでわかることは、この叔父との財産問題は「先生」の若いことに起こったことです。そして遺書を書いている「先生」はその後十数年経っています。ここで、「先生」は昔のことを省みず、若い頃思ったままを描いているのです。全く過去の疑いを反省しようとせず、一貫して死ぬまで疑うという姿勢がここから見受けられます。

奇妙な「ロジック」
P192ℓ3「私は叔父が私を欺むいたと覚ると共に、他のものも必ず自分を欺くに違いないと思い詰めました。父があれだけ賞め抜いた叔父ですらこうだから、他のものはというのが私の論理(ロジック)でした。」
P199ℓ7「私は私の敵視する叔父だの叔母だの、その他の親戚だのを、あたかも人類の代表者の如く考え出しました。」
P94ℓ10「私は他に欺かれたのです。しかも血のつづいた親戚のものから欺かれたのです。私は決してそれを忘れないのです。~彼らが代表している人間というものを、一般に憎む事を覚えたのだ。」
ここから「先生」は自分のことを騙した叔父たちは人類の代表者で、人類の中で最も善良な人であると考えます。普通なら自分を騙した叔父は人類の悪いほうの人間だったのだと考えるでしょう。これが「先生」の奇妙なロジックです。そうして死ぬ数年前に至っても、未だこれを考え続けているのです。

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