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映画『タクシードライバー( Taxi Driver)』 感想とレビュー デニーロの名演に惚れる

ネタバレ注意。伝説のラストシーン

テーマソング。バーナード・ハーマンの遺作となった。サックスのメロディーが映画を引き立てる。

1976年公開アメリカ映画
制作会社コロムビア映画
監督、マーティン・スコセッシ
脚本、ポール・シュレイダー
主演、ロバート・デ・ニーロ
第26回カンヌ国際映画祭パルム・ドール受賞作品

ゴッドファーザーを観てからデニーロの演技に魅了されて、古典映画として名高いタクシードライバーを観ました。
今回はどうしてこの映画が名作だと呼ばれるのかそのわけを考えてみたいと思います。
全体を通して描かれるのはロバート・デ・ニーロ演じるトラヴィス・ビックルがみるニューヨークの社会悪です。ベトナム戦争からの帰還兵である彼は、戦争が原因か不眠症に悩まされます。トラヴィスが一体戦争を経てなにを経験したのかは語られませんが、不眠症のみに留まらず、その精神状態は異常です。そしてベトナム戦争という大きな戦争はニューヨークの社会をも変容させたのです。これを始終批判的な視点で描かれているので、この映画は非常に社会的な面が強いとも思われます。
この映画をみて感じることは何かが狂っているということです。トラヴィス自身も精神的に欠落があるらしく、時々変な行動にでるのですが、そのどこかずれた感覚というのはトラヴィスの視点のせいかもわかりませんが、社会全体がずれているように見えるのです。
同じまち、タクシーですぐのところに一方では清廉潔白としたオフィス街があり、他方にはスラムと化した悪がはびこる町がある。売春、麻薬、銃、ゴミ、様々な悪をトラヴィスはタクシードライバーをしながら目の当たりにするのです。
私は彼は清廉さと悪との両方をもつこの映画唯一の存在だと感じました。善と悪の世界のちょうど中間にいて、両方の性質をもっている。もともと彼は善のほうの人間だと思います。それは売春をしている少女を救出しようとしたところからもわかりますが、戦争という大きな事件が彼を悪をわからせてしまったのだと思います。次期大統領選の議員、それからその議員のサポーターであるベッツィー、この二人は善の人間です。もともと善であったトラヴィスは映画の前半こちらへの歩み寄りを見せます。偶然タクシーに乗った議員に対しておくびもなく悪の根絶を頼み、浄化の願望を共有するのです。
ただし、議員一人が頑張ったところで何かが変わるとはどこかで信じきれていなかったのでしょう。ベッツィーとのデートの失敗もあり、善なる人間と思っていた人々はみんな偽善者だということに気がつくのです。ですが、悪に走るかというとそうではない。アイリスという13歳の家出娘との出会いによってやはり自分は悪ではないことを再認識し、彼女の救済、浄化を企てます。
銃を身にまとい、鏡を前にして、自分の計画のシミュレーションをするトラヴィス。「俺に用か? 俺に向かって話しているんだろう? どうなんだ?」はあまりに有名な台詞。
自分の理想を描いている彼、正常であるようにもみえるし、狂っているようにも見える、一体どっちなのかそのあやふやな感覚が作品の大きな魅力であり、魅了される部分であるのです。
最後のシーンは映画史上とても有名。トラヴィスがアイリス救出のため3人の男たちを次々に殺していくという非常に凄惨なシーンではありますが、淡々とトラヴィスの視点から世界を写した後にこのような展開になるのは度肝を抜かれます。私はまったく違う結末を想定しながら見ていましたので、期待の地平が裏切られる面白い映画です。
このくらい映画がどうしてハッピーエンドになるのか、またこれは本当にハッピーエンドなのかという論争は多く展開されてきましたが、私は両方の部分があると思います。トラヴィスが3人の男を殺したのにも拘わらず、少女を助けたということで全く何の処罰も無いどころか、英雄視されもてはやされます。これはその当時の社会をあらわしたとても興味深い点だと思います。今考えたならばどうみてもおかしい。そのおかしな社会に対する痛烈な批判であったのだと私は感じるのです。そのおかしさがまかり通ってしまう。トラヴィスはそんなことはおかまいなしに、まるでなにも起きなかったかのように運転手を続けます。
トラヴィスの行為は確かに少女を救いましたが、それでも世界はちっとも変わらなかったということです。ただ、社会はトラヴィスを英雄としました。最後はトラヴィスのいやらしさに離れていったベッツィーがタクシーに乗ってきます。ただ、私はこの事件をきっかけに、社会こそ全く変わらなかったものの、一人の少女とトラヴィスは救われた、浄化されたのだと感じるのです。
未だ変わらないベッツィーや社会に対して冷めた皮肉と哀れみを感じながら、彼女を振るというのがトラヴィスの行動ではないでしょうか。このおかしな社会の中でおかしくされた二人の人間。しかし最後は回復するということが世に受けたのではないでしょうか。
最後に至ったときに汚いものが流されていくようなすがすがしさと、しかし今までと全く変わらない社会をみて冷笑する、なんともアイロニックな映画ではないですか。世の中を小ばかにしつつ、自分はどこか超然としている。このかっこよさに人々は理想の像を重ね合わせ楽しみを享受するのです。

トラヴィス・ビックル ロバート・デ・ニーロ
ベッツィー シビル・シェパード
アイリス ジョディ・フォスター

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まとめtyaiました【映画『タクシードライバー( Taxi Driver)』 感想とレビュー デニーロの名演に惚れる】

ネタバレ注意。伝説のラストシーンテーマソング。バーナード・ハーマンの遺作となった。サックスのメロディーが映画を引き立てる。1976年公開アメリカ映画制作会社コロムビア映画監

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これベッツィーとアイリス反対になってますよね。
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