ふがいない僕は空を見た 窪美澄 山本周五郎賞受賞・本の雑誌が選ぶ2010年度ベスト10 第1位・本屋大賞 第2位 感想とレビュー 性的表現について考察する

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先ずは映画化おめでとうございます。私が買ったときはまだそんなに評判になっていなかったのですが、いつのまにか映画化の帯がついているのを本屋で見て、なるほどそうくるかと思いました。
現在注目の女性作家である窪美澄さん。本屋では今回の『ふがいない僕は空を見た』と現在読書中の『晴天の迷いクジラ』が平積みになっていますので御覧になった方も多いと思います。
さて、女性作家で女性のための本と称されているようですが、読んでみてなるほどと思いました。妊娠や出産をテーマにしている彼女の文章は人によっては嫌悪感を抱くかも知れません。私も個人として読んだ場合抵抗がありました。
性的表現ですが、文学の大きなテーマの一つであることは間違いありません。ですが、これをここまで緻密にあからさまに書くというのはどうしてなのか、これが謎であります。描かなくたってすむことを敢えて描く。しかもリアリティーを追求していますからどうも気分が悪くなる。
性的表現について、一つ大きく変わると思うのは書き手の性です。男性が書く性表現と女性が書く性表現はやはり違います。例えば男性作家が女性の独白体で書いたとしてもやはり性表現は異なるのです。どこが異なるのか、恐らく着眼点だと思います。
今回の作品では全体と通して性と生について語られていました。登場人物である斉藤卓巳を中心に短編が5つ。斉藤以外にも語り手はそれぞれの短編で変化します。
作品の中で斉藤は母が助産師、コミケでであった他人の妻と不倫、彼女との性行為ととにかく性にまみれた人間として描かれます。そんな彼が一度女性の子宮にはイクラや数の子のように卵がいっぱいつまっているのだなと感じて興ざめする場面があるのですが、これを読んだときとても気分が悪くなりました。こんな発想ふつうの男性にはどうしても出来ない。こうした観点からものをみれるという点で、この窪さんは多くの女性から支持を受けるのだなと感じるのです。
また生についてですが、セイタカアワダチソウの空という章ではいわゆる低下層の子供からの視点を通してこの世の原寸大をそのまま描ききっています。これを読んでいるととても生きるということが辛くてしょうがない。なんとか学校にいって勉強はさせてもらっているものの、すぐにもその現実も崩壊しそうな危うさを内包している生活は現代の問題の一つです。
そうした低下層にいるとどのように世界が見えるのか、この描き方はあっぱれだと思いました。ああ確かにそう見えているのかと納得できるほどの説得力には驚かされます。
この性と生について、とかく日本はこういう人間に関わることの表現を出来るだけオブラートにしてきた民族でありますから目を逸らしたくなります。ただ私も腹を括ってじっと見詰め合ってみる、そうするとやはり描かれているものは暗く汚く、どうしようもないものばっかりなんです。それでもどうして描かなければならないのか。ここに今の世の中を見るための大きな手がかりがあるのです。
敢えて汚いものを隠さずに描く。そしてそのリアリティーが世間には受け入れられる。賞を取っているのですから一目瞭然ですね。
つまり現代人は何か嘘や欺瞞、理想や幻に包まれた小説にもうあきつつあるのかも知れないということです。そうしたものも良いけれど、時には今のままを写し取ったリアルを体感したい。娯楽よりも醜く汚い現実を見たいといっているのです。
これを社会の問題と結びつけるのはあまりに簡単なことですが、こういう大きな流れがあるとやはり小説を描く側の人間としてはやりづらい部分があります。要は大衆受けするパンとサーカスを作るか、自分の理想の小説を描いて売れないかということです。
ストーリーも一本の芯があり、語り手の変容によってもきちんと通っているので面白く読むことが出来ます。ただこれはR18だなと思う部分が多々あります。刺激が強すぎる。私は窪さんがいずれは違った小説を描くようになると思っています。

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