菜根譚 シリーズ2 現代の処世術

シリーズ1から大分時間がたってしまいました。菜根譚から学ぶ現代の処世術、少し参考にしてみては。
・思い込みを捨てなければ物はみえない
矜高倨傲(きょうこうきょごう)は客気(かくき)にあらざるなし。客気を降伏し得下して、後に正気伸ぶ。情欲意識は、尽く妄心に属す。妄心を消殺し得尽くして、後に真心現る
矜高倨傲とはのぼせあがって他人を見下し、俺が俺がで何でも出来ると思い込んでいる状態。情欲意識とはとらわれた先入観、思い込みのこと。こうした思い上がりを捨てて、自分にできることと、できないことをはっきり見定めることが、謙虚さに裏打ちされた本当の自信の出発点になる。

・過ちを犯さず、怨みを受けぬが功績
世に処しては必ずしも功を儌(もとめ)ざれ。過ちなきはすなわちこれ功なり。人に与えて徳に感ずることを求めざれ。怨みなきはすなわちこれ徳なり。
社会生活においては、無理に功績をあげようと努めることはない。失敗を犯さなければ、それが立派な功績ではないか。
対人関係においては、強いて恩を施して感謝されようと思うな。人から怨みを受けずにすめば、それが人に感謝されることなのだ。

・憂勤はこれ美徳なれども、甚だ苦しめば以って性に適い上を怡(よろこ)ばしむることなし。淡白はこれ高風なれども、甚だ枯るればもって人を済(すく)い物を利することなし。
世の中の苦労を一身に引き受けたような深刻な表情、反論のしようのない筋の通った言葉、非の打ち所がない生活態度、、、、なるほどまことに立派だが、お相手していてなんとも息が詰まる。そうかと思えば、何事にもこだわらずに無関心、何を考えているのか、つかみどころのないような人もいる。使命感に燃えて頑張るのも結構、ものごとにとらわれず悠々と生きるのも結構だが、なにごとにも程がある。あまりに度が過ぎてしまうと、その理想も生かされぬまま終わってしまうだろう。

・窮地では出発点を、頂上では退き時を思え
事窮まりて勢い縮まるの人は、まさにその初心を原(たず)ぬべし。功成り行い満つるの士は、その末路を観ることを要す。
人生は山登りに似ている。行く手がふさがって、にっちもさっちもいかなくなったときは、潔く引き返して出発点に戻るのが勇気というものだ。むきになって前進し続けようとしたり、うろうろ迷い続けたりしていたら遭難すること間違いない。
首尾よく頂上を極めて目的を達したと思ったら、そこで下山にかかるべきだ。ここまでこれたのだからと欲を出して、そのままつぎの峰に挑むならば、時間と体力を使い果たして、とんでもない窮地に陥ってしまうだろう。

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