多文化共生~イスラムへの眼差し~ レポート報告

折あって私の過去の経験、アラブにいた体験を生かすことができるレポートの課題があったので、その研究をここに公にします。
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現在最も情勢が目まぐるしく展開し、世界の注目を集めているのが中東である。俗に「アラブの春」とよばれる強権体制が民衆蜂起により次々と倒される衝撃の政変、チュニジア政変からやく一年が経とうとしている。
しかし、1月19日の読売新聞「アラブ春 なお 途上」という記事には現地の人々の声が掲載されていた。「自由は得た・・・職はない」という言葉である。もともと失業率が高まり、社会への不満から起きた側面もあるこの政変、職が得られると考えて蜂起したその後に得られるものは少なかった。彼らの目には今いったい何が映るのだろうか。
こうした現在大変緊迫した情勢の下にある国もあれば、また一方で最近有名になっているアラブ首長国連邦のように豊かな国もある。現在世界で一番高いビル、「ブルジュ・ハリーファ」はそのドバイを象徴する繁栄の証である。それと私は1998年から2002年に掛けてアラブ首長国連邦の首都であるアブダビに滞在していたことがある。よって机上では得られない生活に密着したイスラムの文化を知っている。この三点においてイスラム文化、イスラム教を信じるムスリムとの共存の道を模索していこうと考えそれをここに記そうと思う。
さて、法務省発行、主要国のムスリム比率により算出されたムスリム数、在留帰国人登録者数、政府統計2008年より抜粋すると、当時およそ10万人のムスリムが滞在しているということになる(というのはこれはイスラム教を主宗教としている国の人数にその国のムスリム比を掛けたという計算のしかただからである)。昨今の地震の影響がどうでるかは未だわからないが、予想としては今後もムスリムの数は増えていくとされている。
また上で述べた通り政変があった国では現在治安が悪く他国への亡命も少なからずある。これは対岸の火事ではなく、ヨーロッパからはては日本まで影響する問題なのである。イスラーム教徒の人々と共存することがどういうことなのか、またそこで起こる問題とは、その問題に対する解決策はあるのか、主にこの三点から見ていきたい。


先ずイスラム文化への正しい理解。これがなんといっても最も重要なことである。正しい理解の上にしか多文化共生は有り得ない。
イスラム教というとやはり想像してしまうのが現在の政変である。またカダフィ、フセイン、と独裁政治の臭いもしそうだ。ともすればこれは全世界的に特にアメリカへの同時多発テロが考えられる。ビンラディンを首謀者とするアルカイーダによる自爆テロは今なお世界に与えた傷は癒しきれない。
しかしこれはイスラム文化とは私の口からはとてもいえない。私が4年強住んでいたことから学んだことは全く違う事柄である。殊に日本人が主に描いているテロ、聖戦「ジハード」という言葉への恐怖がある。これは全くの勘違いでジハードとはイスラム教の教えを守るための戦いという意味で決して自爆テロやその他危険な行為を示しはしない。それにイスラム教徒は聖典コーランを自分の命よりも大切に扱いその教えを敬虔に守るが、ここで自殺は御法度である。つまりイスラム教徒の人々は自爆テロをする人々をイスラム教徒とは認めていないのである。
では正しいムスリムとはどういう人達なのか。六信五行といって生活の根幹となる信仰の箇条と行為は有名である。信仰告白、礼拝、喜捨、断食、巡礼この五行は本当に生に密着したものである。例えば石油産出国で比較的豊かな国では中流家庭でも日本人が見たら大豪邸、コック、メイド、運転手がつくのは当たり前という有様である。私の家にも運転手とメイドさんがいた。彼らはインド人からの出稼ぎであったがムスリムだったためイスラム教の教えに従わなければならない。アラブ首長国連邦は中東でもかなり開けた国で外人も多いことから宗教的な拘束は強くない。運転手の方は一日五回の礼拝は仕事の間はしなくてもよいということになっていて、また会社のほうでも礼拝をしなければならないときはしてもよいと両者の歩み寄りが見られた。
ところがこれが聖地メッカを抱えたサウジアラビアや比較的厳しいクウェートだと話が少し違ってくる。先ずサウジアラビアは観光では入国すら出来ない。仕事あるいは信者の巡礼のほかはビザが下りないからである。また入れたとして、入国の際には自分の信じる宗教を書く部分があり、これを無宗教などと書いてしまうと彼らにとっては神をも恐れないなにをするかわからない危険な人物とみなされ入国を拒否されてしまう。クウェートでは酒を持ち込んだために牢獄に入れられてしまったという日本人の事例もある。
こうした文化の違いが異文化と共存したときにそういう問題を引き起こすか考えてみたい。アラブの女性というと全身真っ黒いアバヤと呼ばれる衣服をまとっているイメージがある。まったくその通りで、町を歩くとムスリムの女性のほとんどが真っ黒である。しかしこれはコーランの解釈次第で多少変わり、敬虔なムスリムの多いサウジアラビアでは目のみ出す、或いは顔全体隠してしまうということが一般的である。一方アラブ首長国はというと顔全体を隠す人は殆どおらず目のみ出すという人も少ない。している人は大体高齢の方である。顔は出しているというのが一般的であった。
今回この多文化共生による問題点はこの女性のつけるスカーフについて取り上げたい。近年非常に話題にされている問題であり、これはすぐに日本でも起こることである。事はフランスとトルコ、ドイツにて起きた。この三カ国以外にも例はあるが問題となっているのはこの国々である。何が問題かというとこの国でムスリムの女性が着けるスカーフを公的な場所においてしようすることを法律により禁止したのである。整理すると以下の通りである
政府が「イスラームの宗教シンボル」であるスカーフを公共の場で着用することを禁止した。(トルコでは男性の顎鬚も)
理由、政教分離。ムスリム移民への不満の爆発。9・11テロ後のイスラムへの不安とステレオタイプな偏見。自文化中心主義による無理解。殊にフランスのフェミニズムはムスリムの女性は男性の抑圧の下にスカーフを付けさせられている。それを法律によって禁止することはそうした抑圧からの解放になり彼女たちに自由を与えるという勘違い。等々。
着用の自由を求めるムスリムの人々。
理由、コーランに書いてある(ただし厳密な規定はない。アッラーは男性を無意味に魅惑しないように性的部分を隠すようにと書いてある。しかし広く髪は性的な部分として考えられている)。着用は個人の自由で強制はされていない。女性の権利は虐げられていない。旦那や父以外に顔や髪を見せることは大変羞恥なことである。等々。
残念ながらこの問題に対してフランス、トルコ、ドイツでは未だ決着がついていない。それよりむしろムスリムに対する偏見は強まるばかりで、フランスの地下鉄ではスカーフを着けた女性に対して「お前はイスラム原理主義者だ、違うというならスカーフをはずせ」と強引に引っ張ったり、つばを吐きかけたりする心無い事例が起きている。また本来イスラム教国家であるトルコの事例はより複雑である。国民のほとんどがムスリムなのに対し政府は一貫して政教分離、世俗主義を主張している。正確な理解の上での行動なのでそう簡単にこうすればよいと意見がだせるような問題ではないが、2003年から任期についたエルドアン首相はイスラーム主義者で、その夫人が公式の場にスカーフをつけて出席したことが一時期大問題となった。国内ではスカーフを認めるべきという派閥と認めないとする派閥が今なお大論争を繰り広げている。エルドアン首相は2004年米国訪問の際「スカーフの問題は政府と諸機関において共通の問題である。トルコにはスカーフの問題がある。われわれは社会との合意のうえ、この問題を解決していきたい」と発言している。トルコでこの問題が解決するのは私が生きているうちには終わらないかも知れない。
さて、この問題が日本で起きた際に日本ではどのような共存、つまり解決が出来るのか考えてみたい。
スカーフが日本で問題になったとする。例えば学校でスカーフを着けるなと禁止される。学校は政教分離なのでしかたないという。それでは登校できないので卒業できない。おそらく裁判になれば信仰の自由、個人の人権のほうが重んじられ学校側に配慮を促すよう指示がでるだろう。これはエホバの証人の信者であった生徒が剣道の授業を拒否した際の例にそって考えた場合である。他にも靖国問題を抱えた日本が政教分離を厳しくしてしまうとそのまま靖国にかえってくるのでできないとか。
こういうことであれば私が考えていたムスリムの女子学生が宗教上の理由で水泳を拒否しても他の授業との代替で卒業可能となるのである。しかし実際問題法律の上では問題がなくとも個人的なレベル、つまり学生の偏見は取り除けないのではと心配するところがある。例えば韓国の伝統衣装チマチョゴリを着ているだけで軽蔑、迫害されたという事例は多くある。スカーフを着けることが認められたり、授業の代替が認められても生徒同士の理解が得られないのではと考えてしまう。大学にもなると外国からの留学生も多く、特に我が大学などはインドからのオレンジの袈裟をきた生徒もいることだからスカーフを巻いた女性がいてもさほど注目を集めるわけでもないし、理解もできる。問題は理解できない子供のころに心無いことがあったときの傷がマイノリティーであるムスリムの人々にどう影響するのかということである。
教師を志望しているものとして、教育機関だけで多文化理解、共生を教え込めといわれてもなかなか厳しい現実があるように思える。もちろん教育機関においての異文化への理解、特に宗教への理解を促すと同時に社会全体が異文化、異宗教への理解、共生に努めなければならないのである。


こうしていくつかの文献を読んで、また書いてみて感じることはやはり多文化共生に最も重要なことは異文化、宗教への正しい理解だということである。またこれがこの上なく難しいことが様々な問題が起きるきっかけとなっていることも事実である。私が住んでいたアラブ首長国連邦では石油関係で日本からくる人間も少なくなかったので日本人学校もありそこに通った。ところが日本人学校といってもアラブ人が通ってはいけないということはなかったので日本にいたことがあって子供を是非日本人学校で学ばせたいという人々もいて、私にも何人かアラブの友人がいた。小学生であったので宗教という枠組みを超えて接することができた。また自分たちが本来はマイノリティーであったのでマジョリテx-の信じる宗教への理解もある程度できたと感じる。問題はやはりむこうから日本にムスリムの子がやってきた場合である。幸いなことに日本では社会的、法律上は何とか乗り越えられそうな希望は見えてきた。ただし私が心配しているのはやはり個人のレベルでの問題である。日本の宗教観はこれまた他の国にはない独特の形状をしていて、言わばさめた目で見てはいないかと感じる。熱心に信仰することがないので、イスラム教のように敬虔な人々をみると抵抗が出来るとおもうのだ。これは考えてみれば宗教だけにとどまらない。実に平凡な言い方になってしまうが村意識が強いのである。自分たちと違う。排除しなければならないものだ、としていじめがおきる。朝鮮人への問題が起こる。アイヌ人への迫害。ムスリムの人々に影響がないとは言えない。どうしたらよいか。下に書いた本を読んでも明確な答えは出てこなかった。そう簡単に解決はできないものであるが、なんとかその方法を求めるとすればやはりそれは理解から始まるのではないだろうか。


参考
読売新聞1月19日、アラブ春 なお 途上
法務省発行、主要国のムスリム比率により算出されたムスリム数、在留帰国人登録者数、政府統計2008年
多文化共生キーワー事典、明石書店
アラブ人、バーシム・ムッサラーム著、日本放送出版協会
アジア読本・アラブ、大塚和夫著、河出書房新社
アラブの人びと、前川雅子、サイマル出版会
中東パースペクティブ、板垣雄三編、第三書館
神の法VS人の法―スカーフ論争からみる西欧とイスラームの断層、内藤正典・坂口正二郎著、日本評論社
イスラーム主義とはなにか、大塚和夫著、岩波新書

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