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本を読むことについて/人格形成/幸せとは別の尺度で


ふとこんなことを考えた。
まえまえからぼんやりと小さな小見出しで折に触れ考えていたことがらではあったが、私は結論ありきで、あるいは頭の中で答えをだしてから論理展開をできる人間ではなく、こうやって書いていくなかで、話していくなかでなければ論理展開ができない人間であるから、いっそのことぐじぐじ考えてないで考えながら文章にしてみようかと思ったところである。

本を読むことについて考える。
以前にも本を読むとはどういうことか、言葉の力を獲得するとはどういうことか、またそれをしないとどうなるのか、といったことを考え、ある程度答えはでていたのであるが。しかし、ここにきて、すこし考えが変わったというか、いろいろ思うことがあった。
というのも、私は一部上場企業の海外駐在員の息子に生まれた。まことに残念なことではあるが、この世界のなかでもっとも社会主義国として成功している我が国日本においても、格差というものはどうしようもなく俄然としてある、これは認めなければならないというか、これを格差といわずしてなんというのか、というところである。そんな生い立ちであり、私は幸運なのか不幸なのか、年間百万学費がかかる私立の中高を六年間通い、大学も奨学金を借りることなく出た、金銭的には何不自由ないこれまでの人生だった。
そしてさらにこわいことは、それぞれの階層というは、よほどの才能や運、めぐりあわせがないかぎりなかなか変動したりしないということである。残念なことではあるが、我が、中の上流とでもいうべきプチ上流階層は、その階層でずっとかたまっているのである。
地域のどんな家庭の子でも来るという公立の小学校時代を除き、私は社会に出るまでの、人格形成の大半がなされる思春期の時期を同じ階層の人間たちと共に暮らしてきてしまった。だから私の知識や価値観には相当それが色濃く、根強く出ているといっていい。
小学生といっても、地域によってもばらばらだ。もちろん多様でバランスよくちらばっているとはいえ、しかし、場所によってそれぞれ「風土」とでもいうべきものがある。私はわりとよい場所で小学生も過ごしてしまった。
そして私立の中高では、もちろんみんな年間百万の学費を払える親たちの子供であるから、中の上流階級のこどもたちである。そしてそういう私立に通う人間というのは、99パーセント(学年に2,3人くらいドロップアウトしていくのもいるが)大学へそのまま進学する。
だが、私はその後教師となってあまり頭のよくない子たちの通う学校に教えにいったことで実感したことであるが、大学全入時代(大学の募集人数のほうが大学進学希望者より多いという意で)の現代でさえも、大学に行くのが、全体の半分くらいしかいないということである。
私は半分の大学にいくのが当たり前の世界にいた人間なので、まったくそれとは反対の世界の感覚がわからないのだが、私が大学に行くのは当たり前という感覚と同時に、日本の半数の人間は、大学に行かないのが当たり前、の世界に生きているということなのだ。
そして、さらに大学に通っていても、そのなかで学費を親がすべて出してくれるのは、半数。残りの半数は奨学金を大学なり、それぞれの団体に借りて学生生活を送るということだ。私はこれもおどろいた。

さて、話しが脱線したので戻そう。本を読むことについてだ。
私は今話したような中上流の、大学に通うのは当たり前の世界で生きて来た。あまつさえ教員なんてことも二年ばかりやってしまったし(そのことについては大変後悔しているし、多大な迷惑を私にかかわった生徒などにかけ反省しているが、もうそのことは赦してもらいたい、私はその過去を忘れたい)、あまつさえ私は本を読む専門の学部である文学部国文学科に在籍していた。
そこでは「本を読むのが当たり前」の世界なのだ。
そこにいる限り本を読まないのが当たり前の住人と出会うことはない。
しかし、私が赴任した学校や、あるいは今の職場(大卒者は1,2割くらいしかいない)というなかで、本をよむのが習慣、年に数冊は(数冊さえも)読むという人間が、実は極めて少数であるということを感覚として実感してしまったのである。
ここで、頑固で教条主義的な私はこう思うのだ。「本は読むべきだ」「本はよまなければならない」。定言命法である。
だが、本を読む文化、習慣というのは簡単に身につくものではない。少なくとも大学にいくくらいの学力がなければならない。大学に通えるレベルの学力を身に着けるためには、まず親が勉学に対して投資をするという価値観をもっていないといけないし、それを実行できるだけの環境、財力がなければならない。これがそろわないと、自然と身に着けるのは極めてむづかしい。
さらに、本をその後も読み続けていくには、極めて強い忍耐力が必要である。最近は漫画さえもよまない、ということがいわれているが、少し前までは最近の若者は本も読まないであったし、本離れはどんどん加速していっている。もちろんだから短絡的にだめだと簡単にいえるわけではない。インターネットやスマホの普及によって、雑多な知識がいままで人類が経験したことのないほどの膨大な勢いで押し寄せてくるなかで、変かしつづける「今」において、本など、一瞬で過去の遺物となってしまうメディアにじっくり立ち会っていては「今」から送れるわけで、生きていくことができなくなるからだ。若者を代表に、本や漫画といったメディアに割く時間、労力を分散して、膨大な情報の海のなかをすいすいと泳いでいく力を身に着けたというべきなのかもしれない。

結論としては、頑迷な私は、そう育ってしまったからということもあるが、それでも本を読まなければいけないと思う。他人にもその自分の価値観を押し付けたい願望はでてきてしまうが、多様化した現代においてはそれは無理というものだろう。
本を読んで知識を深めるのは「いい」ものとされた。過去の話かもしれない。私は今も信じたい、と思っているが。
しかし、では実際に、(おそらく現実的には私の読書量はさまざまな本を合わせ一千冊レベルだと思われる、その程度の読書量だ)ある程度読書量をつんだ、平均値からしたらかなり高い水準の読書量をもつ私であるが、だからどうなのか、というところが問題になってくる。
「本を読んだ方が人生が豊かになって幸せになれる」
そう簡単に言えた時代がうらやましい。
与沢翼が幸せかどうかはわからないが、いくら学者ほどの人間があれだけの勉強を、本を読んだとしても、彼ほどお金を稼ぐことはできない。
そしてマイルドヤンキーに代表されるように、おそらく彼らは年間に一冊読めば本を読んだということになるレベルだと思うが、彼らは本を読まなくても幸せそうにリアルが充実している。一方本を読んだからといってリア充になれるかというとそうでもないし、むしろ往々にして本を読んでいる人間のほうが不幸せな感じがするし、私のようにあまり読みすぎると精神的に不安定になってくる場合がある。
こういう本は掛け値なしに良いものだ、といった価値観はもはや完全に崩れ去り、というかもはやだれにも振り向かれもせず、しかも実際に本を読んでいる、その思想を体現している人たちを見るとどうもお金もうけなど実益にも通じないし、充足感や満足感、幸福感がひとよりも高いともいえなさそうだという現実が目の前に立ちはだかってしまうのである。
本は読んだ方がいいんだ、読まない人間はなんにもわかってなくてバカでかわいそうな存在なんだ。と僕は自分をなぐさめるためにいうが、しかし、そういうことをいっている目の前で、本をまったく読まない人間たちが(僕が価値が思う、すなわちうらやましいと思う)彼氏、彼女がいたり、家庭を気づいていたり、車を持っていたり、家をもっていたり、社会的に地位があったりするわけである。
では本を読むと人格が陶冶され、すばらしい人間になれるかというと、やはりそれも多少は影響はあるにせよ、別の要因でもなりえるし、本人の生まれ持った資質もあるし、すべてを読書という行為に直結させるには無理があるように思われる。
そのようななかで、本を読んだからどうなのだ、ということが本読みの私に課題として提示されてしまったのである。

本を読むと、他の動物にはめったに見ることができない言語という、記号を他人よりもよりきめ細やかにあやつることができるようになる。これは間違いないだろう。そうすると、例えばすべてのものはグラデーションなのであるが、それが赤、青、緑、といったレベルではなくて、もっともっと細かく分類できるように、いろいろな感情やものごとなどを「より」精密に分析して理解できるようになる。ようは彩度があがるのだ。世の中や、自分のこころや他人の感情などがよりクリアーに見えるようになる。

効能としてはそんなところだ。だがそれは「事実」であり、それがどのような「価値」を持つかは人による。私の場合は自分のこころを細分化しすぎて深淵までのぞいていった結果、深淵にものぞき込まれたのか、精神的に不安定になり、心身ともにバランスを崩して、うつということになってしまった。スーパーフライの『愛をこめて花束を』という歌のなかに「遠くに見えるからきれいなの」といった内容の歌詞があったと思うが、遠くでぼけてみえていればいいものが、はっきりとみえるようになってしまった結果、あいまいでよかったものがそれでは立ち行かなくなって、白か黒か、ということになってしまう場面も出てくることだろう。あまりにも鮮明すぎるためにめまいがするように、あまりにもいろいろなものがはっきり、くっきり見えてしまうと、観たくもないもの、みえなくてもいいものまで見えてしまい、いままでは気にも留めなかったそれらに心割かれるようになる。簡単に言えばストレスになるのだ。
そのようななかでも「超人」のような精神力の持ち主だけが、現実と空想のはざまで芸術をあやつったりすることができるのであり、その芸術家たちも多くは人間としては崩壊している。

読書がなんの役に立つのかと言えば、さまざまなものが細分化されるということだろう。
その結果マイナスな側面もでてくるし、プラスな側面もでてくる。それは人によりけりである。成功例としては、ことばを操った小説家や詩人など、言葉によってほかのひとのなかにあった漠然としたものに論理という光を当てていくことによって共感を引き起こし、それは救済=カタルシスになる。詩集や小説、あるいは演劇などによってこころ救われた、時として人生を救われた、という人がでてくるのはこの効能のよい部分である。
そのよい部分だけを見れば、読書は人を幸せにするということがいえるのであるが、今見て来たように、悲観主義の私から見たら、自らが被ったということもあり、読書による弊害なども覚えておく必要があり、読書が手放しで「よい」ものと言うことはできず、読書はただ単に行為であり、それに付随する結果、価値観などはそれぞれ、時と場合によって異なるということになる。

読書はそれ単体では人を幸せにすることはできないのである。
だが、そのなかでもなお、まだ読書はすばらしいものである、ボケーっとした感じでいきるよりかは、より彩度が高いほうがいい、と思う私にとっては、読書をすれば幸せになるといった、幸福でものをはかる尺度ではない、別の価値体系において読書の意義を再定義しなければならない。

今回私がお話できるのは、読書を幸福とは別の価値において語る必要があるのではないか、という提言くらいである。ながったらしくいろいろと述べて来たが結論としてはこんなものだ。
読書マスターの現代における実像は、たとえば朝まで生テレビに出てきて議論を戦わせることができる文化人たちのような存在であろう。私もあのくらい高度な議論を戦わせることができるようになりたい、と個人的には思うが、しかし、あの番組を見ていても、あそこに出ているパネリストたちがしあわせそうにはとても思えない。
読書なんて実はそんなものなのである。言葉もまた、他の動物にはないからという理由で人間を別格に、特別視するのとどうように特別扱いされるが、それもまたツールの一つにすぎず、それがすべてであるというようなことではない。
それでも私は本は読まないよりかは読んだほうがいいし、最終的なゴールはないけれども、一冊よりは二冊、二冊よりは三冊読んだほうがいいと信じている。
本を読んだからといって幸せになれるわけではないけれども、いつか本を読んでいる自分も、これでよかったと思えるような、そんな瞬間が訪れることを願って、本を読み続けたい。

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サービス業界終了のお知らせ。うざい客死すべし、「もうムリだ」

https://pbs.twimg.com/media/C-PnWLJUAAAfRTM.jpg


はい、ということで絶望記事第二弾ということで、サービス業(特に飲食業)はもう限界にきている、ムリですよーというお話ですね。この駄文の記事をもし読んでくれる人がいたならば、へーそんなのかーとか、こころの片隅にでも止めておいてほしいのと、あとこれだけは絶対にお願いです、どこへいってもそうですが、店員はあなたと同じ一人の人間です、優しく気持ちよく接しましょう。それだけです。

さて、こんな記事がこのあいだ世間を騒がせました。
モスバーガーも人手不足、営業時間短縮 一部の店舗で加盟店オーナーの負担重く
http://www.huffingtonpost.jp/2017/04/26/mos_n_16277502.html?ncid=tweetlnkjphpmg00000001

一応わたくしの職歴をおおざっぱにいっておきますとですね、教師を二年ほど、現在はとある某大手飲食チェーン店で時間代行をやっております。
まあ他人事ではないわけですね。どことはいえませんが(内部情報漏洩によりくびがとぶので)まあ人手不足は深刻ですわ。
大手のモスバーガー、あの料金をとっているモスでさえこのありさまです。そうすると、そのちょっと前に散々批判されて、僕もこんなのただのコンビニと同じじゃん、誰も買わないよ、と思ったこの記事もその裏が見えてきます。

ミスド「500店舗調理廃止」は外食産業シェア化の幕開け - 加谷珪一 経済ニュースの文脈を読む
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20170404-00189787-newsweek-int

はい、これは、なぜこういうことになったのかというと、調理をできるまでの育てる時間、人材、資金がないからですね。だから高校生アルバイトでも入って一カ月でキッチンできるようにということで、調理を廃止ということにしたわけです。この記事にはそうかいてないけどそういうことでしょう。ようは人材不足なわけです。

人材不足は飲食に限らず、運輸業界(ヤマトなど)、サービス業、介護職、などで叫ばれています。

値上げだけでは解決しない! “高齢化するニッポン物流“の深刻度
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170426-00010002-newswitch-ind

大手のヤマト運輸がアマゾンとの取引をやめる、配送の料金を値上げする、配達時間を短縮する、など極めて抜本的な改革に乗り出したの、すばらしいと思います。がんばれ。日本全体がヤマトを見習いましょう。さすが日本の国の名前を冠しているだけのことはある、アッパレ大和。
はい、ということで、もう無理なんですよ。いままでのようにやろうというのは。低賃金でもバイトがたくさんやってくるから仕事回せた、というのはもう過ぎ去った過去。いまは人がいないのに、労働は過酷で、賃金も安い、そんなんじゃ仕事まわりませんよ。
料金あげて、労働時間短くして、賃金挙げて人増やさないと無理ですって。
アベノミクスの成功なのかはわかりませんが(そうだとしたらやや悔しいですが)、デフレーションの時代はもう終わりですね。サービスには高い料金が発生する。そのかわりに給料も高くなる、という時代になるのでしょう。
安かろう悪かろうでやった結果は目に見えています。

【無理でした】500円ピザなどで急発展した「ナポリ」の経営会社が破産 負債は約13億円・・・
http://jin115.com/archives/52175059.html

で、なぜこの記事を書こうかと思った理由ですが、まあこういういろいろな記事がでてきているところもありますが、やはり一年半某飲食チェーンで働いていて、あ、もうこれは限界だなというのが実感として湧いたからなのであります。
まあ簡単に説明しますと、私はもともと夜のバイトだったのですけれども、人がいないということで、最近はエリアの他の店舗の深夜応援。で、さんざんすき家で批判されたワンオペをずっとやっております。もうね、疲れたよ。俺を深夜応援して店回すくらいなら店閉めてくれよと。
それからあまり大きな声ではいえませんが、もうエリア内の総従業員の4分の1から3分の1は外国人、今はほとんどベトナム人です。
このあいだ深夜応援に店にいったらベトナム人二人で店を回していましたよ。いったいなにか発生した時には日本語も不自由ななかで、どうするというのでしょうか。
みなさんが、安く気軽に外食チェーンで飯を食えるのは、食わせてもらえるのは、ベトナム人留学生の労働力を安く買いたたいているからです。

日本の介護問題を解決する突破口、外国人介護者
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20170426-00049823-jbpressz-life

経団連の会長かなにかが、労働力が足りないなら、日系の子孫を呼び戻したらいいじゃないか、みたいなことを発言したとかしないとか。あのさ、もうどこから突っ込めばいいのか。
まあ日本もそうやって積極的に移民を受け入れる、どんどんグローバル化していく、ということを覚悟できるならいいですよ。私はもう、現状を維持しようと思うのなら(後退しかないのが現実だけど)、どんどんベトナム人とか、日系ブラジル人にれたらいいんじゃないですか。
もう日本人の若者たちは前の記事にも書いたけれども、未来、希望のない社会で完全にやる気を失い、ほとんどは長時間労働で過酷に使われ、あるいはそれがいやでニート、働く気概もないということになっています。居酒屋も、飲食チェーン店も外国人、ベトナム、中国、インド人の方々に食べさせてもらって、介護もそれらの海外の人たちに糞尿の世話をしてもらいましょうね。

そして、社員は店長のみ、あとは全員バイト。20年もバイトやっているというベテランの方たちもいますが、正社員ではありません。もうさ、こういうのやめようよ。20年もその店に貢献してくれた人に正社員の待遇、給料も支払わないでアルバイトとしてやとっているなんてあまりにも残酷すぎやしませんか?
といったことから、もう飲食業界、サービス業界は終わりだなと思いました。人材不足という点において。人があつまりません。みんなネットなどでブラックだというのがわかってしまったからこないのですね。賃上げと、職場改善によって、誰もが働けるクリーンな職場にしなくてはいけません。


で、つぎにですね、サービス業が終わっているなと思う点、二点目ですね。
客です。

消防士を悩ませる過度なクレーム スーパーへの駐車で苦情など
http://news.livedoor.com/article/detail/13004667/

これ最近話題になりましたね。もうなんていうんですかね、クレームって入れたもん勝ちみたいな世界になってきているじゃないですか、ほんとよくないですよそういうの。

【ツライ】 大型連休のない接客業が「休みがないより耐えられないのは○○」 に共感の嵐
http://jin115.com/archives/52175679.html

ひろばのさるの @hirobanosaruno
これは駅係員に限らずほぼ全ての接客業に言えるんだけど、大型連休のない僕らにとって、「夏休みが無いこと」や、「休日は混雑して忙しい」ことなんか別にどおってことない。

本当に耐えられないのは「意味不明な文句で仕事の士気を下げられること」です。連休中はこの遭遇率が極めて高い。

ひろばのさるの @hirobanosaruno
こっちが強気に出られない立場なのをいいことに自分の鬱憤を晴らす道具みたいにするのは本当にやめていただきたい。接客サービスはサンドバッグではありません。人間です。

どうかお願いします。

もうほんとにやめてほしいですね。
まあ大体安い飲食チェーンに来るのは、うちの場合ですけど、中高年の老人がほとんどですね。で、そいつらはよく言えば「江戸っ子」ということになるんでしょうけれども、なぜかいつも不機嫌、注文をするときも不機嫌、早口や小声などでいうものだから聞き返すと怒る、商品提供ミスろうものなら怒る、会計時にポイントカードなど持っているか聴くと「もっていたら出してるだろ」といったような理不尽な言葉を発するなど、どこをとっても万死に値します。
それがですね、連休中などになると普段それらを利用しない客がくるものですからもう大変。ただでさえ常連のおやじたちは最悪なやつらなのにもかかわらず、さらに、あまり利用したことがなく、日々の生活でうっぷんを募らせているのか、なにかささいなことで、こちらがミスをしてもいないのに、過剰な自分の理想の要求により、いいがかりをつけてくる客が、全年齢でいるということですね。もう万死に値します。

この記事から何かひとつ哲学的なことを導き出せるとしたら、冒頭にも書きましたが、
「店員はあなたと同じ人間です」
ということですね。
お金を払っているお客様だから立場が上ということはありません。悪いですが、こちらも慈善事業ではなく、利益を上げるための営業活動ですので、きめられたルールのなかでマナーをまもってサービスを受けられない方は、営業妨害でサービスをお断りすることができます。ふだんはあまりやりませんが、どんどんやっていったらいいと思いますね。
適正な価格で適正なサービスをこちらは提供しているのです。
適正なサービスを提供できないと判断した場合は断る権利がこちらにはあります。

それを勘違い、はき違えてはいませんか?お客様は、お金を払えばなんでもできるんですか?
店員にはきちんとした言葉遣いで、正しい態度で、○○をお願いします。食べ終わった後にはごちそうさまでした、なんて挨拶をするのは当たり前ではありませんか?家族や職場の人間に挨拶するでしょ?
自分で食べたものを食べ散らかして帰っていませんか?ドレッシングでもなんでも、つくえにおいてあったものは元の位置に置いていますか?食器などはトレーのなかにもどしていますか?ちり紙などもまとめていますか?
こういうのって、普通親から学ぶべきものだと思うし、残念なことに親から学べなかったとしても、成長していく過程において、他の人を見て学ぶとか、自分で考えるとか、そういうことじゃないんですか?

ましてや意味不明な理屈で店員に暴言を吐いたり、悪態をついたりというのはもってのほか。万死に値します。お客様は神様ですか~?

特に老人におおいですが、日本語が不自由な海外のアルバイトの人に対しての態度がほんとうにひどいですね。日本人相手でもまあひどいですけど、外人になるととたんにひどくなる人などたくさんいます。
はいもう一度いいますよ、みなさん(特に老人のみなさん)、あなたたちの残してくれたこの生きにくい社会のなかで、日本人の子供はもう生まれません。だから海外から人を雇います。あなたたちが食べ物を気軽に食べて、そして介護をしてくれるのは海外の若者たちです。
はい、いいですか、もしかしたらわかってないかもしれないのでいいますが、海外の方も、肌や言葉は違うかもしれませんが、まったくぼくらとおなじ人間です、あなたとおなじ人間です。自分がとられていやな態度や行為はとってはいけません。大事なことなので確認しました。

まあもうムリなんですよ。
サービス業はこういうクソみたいな客ばっかりがきて、ただでさえ人手不足でひとりにのしかかる仕事が多くなっているなかで、こういう嫌な想いばかりをするということになれば、みんなやりたくなくなります。
無人レジなども、人件費削減というのもあるでしょうけれども、嫌な思いを店員がしないようにするためということも3割くらいその意味合いに含まれるのではないでしょうかね。

とりあえず僕がいいたいのはこれだけです、うざい客死ね。終わり


今後の日本について、若者には希望を、老人には死を

この記事は極めて主観的だし、客観性をよそおっているにせよ、あつめられた情報はネットの悪弊で、似た島のデータでしかない。だから、これをもってすべてを推し量るというのはよくないけれども。大学をある程度の成績で卒業したエリートオタクを自称する僕がここのところ得た偏った情報をもとに思うにいたった2017年5月現在の、とりあえずの分析結果を、ここに記しておこうと思う。何かの役に立てばいいが、役に立つこともなかろう。
ただ現状に対して悲観し、愚痴をはいているだけで、最終的になんの建設的な結論もないので、読む方は期待せずに流し読みしてください。

・「哲学ニュースnwk : 地方の惨状が酷すぎる。バイトは時給800円、正社員でも月給22万円。どうやって生活するんだよこれ」
https://twitter.com/nwknews/status/860509467636490240

・少子化がマジで深刻「子どもの数」は36年連続減少!15歳未満の子供の数は1年で17万人も減る
https://twitter.com/Jin115/status/860524517109579777

・「現代科学の敗北リスト」が笑えるようで笑えないレベル みなさんも気をつけて - Togette... (58 users)
https://twitter.com/hatebu/status/860188808066646016

・200RT : 某コンビニ社員になった新卒が心を壊されたお話
https://twitter.com/Jin115/status/860001366936174592

・200RT : 【ツライ】 大型連休のない接客業が「休みがないより耐えられないのは○○」 に共感の嵐
https://twitter.com/Jin115/status/860001372548218880

まあ基本的に情報や思想に偏りのあるまとめサイトでしか情報集めてませんので、そのレベルの知見なんだなと思ってください。
こんなにも事前に予防線をひくのは、もう人から期待されたりした結果、いろいろな苦情とか意見をもらうのがとても面倒になったからです。コメントはいりません。

なにはともあれ、まあいろいろと日本はやばいですね。世界全体でやばいんだけど、まあ特に日本は終わってますね、という話です。
世界からお話を始めますか。
まあ世界のトップリーダーであるはずの世界の警察アメリカが、オバマのような理性の人間の統治が8年続いたあと、まさかの感情的情緒的人間であるトランプをリーダーとして選んだところから、その世相は見て取れます。オバマも理性的人間だったとはいえ、平和賞をもらったような表の顔とはうらはらに、諜報活動などには力を入れていたようですし、やはり清廉潔白というわけにはいかないでしょう。結局いい意味でも悪い意味でも最先端の資本主義の国において、オバマケアのような社会主義的な思想はまったく受け入れられることなく、すべては自己責任の大義名分のもとによって、理性でおさえつけられたぶん、余計に反発の力が強くなり、トランプのような感情型の人間がリーダーになる結果を迎えたのでした。僕はこれを「幼稚化する現代」と呼びたい。
理性的に熟考を重ねるのではなく、「わかりやすい」自分が一番だという、非常に幼稚園児的な発想、骨髄反射的な発想に現代はなってきている、理性の力の減退ともいえるし、耐える力、堪える力が衰えてきているともいえるでしょう。その理由はいくつもあるにせよね。
本来世界をとりしまり、世界全体をより正しい方向へ向かわせなければいけない世界の警察であるアメリかが、もうその役目は疲れたと、こんどは自分中心主義でいきます、と急に子供になった。
日本も安倍首相のわかりやすい「美しい国」思想によって、憲法改憲、ついには9条に自衛隊を明記するということを明言しましたし、特定秘密保護法、共謀罪など、どんどん右翼化、警察や政府に権限を与える方針でやっていきます。僕もさいしょは奥田君みたいにそんなのは嫌だとデモにいったりしてみたりしたのですが、あ、これはもうとめようがないなということであきらめてしましました。生活面において精神的につかれていたということもありますけれども。まあそれはすべて安倍さんの思惑通りでしょうね。現代の若い人達の気力がない中でこういうふうに推し進めてしまう、それをみていてデモはやってみたけれどもまったくだめだったというところで意志をくじき押し通してしまう。すべて思惑通りでした。
理性の国であるEUを見れば、ギリシア経済の崩壊から、イギリスはEUを脱退。フランスでは現在大統領選挙中。国民戦線という極右政党のルペンという鉄の女が首相になるのか、あるいはルペンがならなかったとしても、自国のために経済に力をいれるというマクロン、どちらをとっても自国保守の思想からは逃れられない状態であります。
みんながみんな、自分の少々の犠牲はやむなし、みんなのためならば、という時代は終わり、もうこんなのやってられるか、俺さえよければそれでいいんだ、の時代の幕開けになりました。

そのような中、日本も自国さえよければの時代になってきているわけですが、まあみなさん余裕がないのでしょうね。でも日本は本当に余裕がない。心理的に余裕がないだけでなくて、ほんとにいろいろな局面において余裕がありません。
まとめサイトでいくつか記事をひっぱってきたけれども、とにかく何をおいても少子化があまりにもひどい。
少子高齢化はもはや歯止めなく、きわめて深刻な問題になっているといわざるをえません。4人に一人が老人のなかで、ゆくゆくは三人に一人が老人みたいな世界になるわけですね。
まあ何が一番悪いって、こういう日本を作り出した今の老人たちが一番悪いので、彼らには早く死んでもらいたいというのが、若者である私の率直な意見ですけれども。
とにかく金をもっているのは老人たちだけ。新入社員の記事がたくさん出てきた4月でしたけれども、まあ新入社員のみなさんは、ほんとうにこの理不尽な日本の社会において、きわめて理不尽な立場に立たされている。昨年の電通の女性新入社員が自殺した問題は大きく取り上げられましたが、あれは東大出の美人だったからという理由でメディアがこぞって取り上げたまでのこと。氷山の一角でしかありません。そこそこの大学を出ている、あるいは大学すらもでていない、顔もよくない男性、女性の多くの人がおそらく自殺していることでしょうし、自殺とまではいなかなくても、精神崩壊状態、うつ病、休職、あるいは仕事を辞めないまでも、自分の生活をまったく生きることができないまま、会社で社畜のように働く、家に帰って寝るだけ、の日々を繰り返していることでしょう。

もう本当にこういう文化は根絶しなければいけない。

だけれども、今60前後の会社役員たち、日本の経済界をひきいる中年たちは、そんなことは意にも介さず、責任を負う(実際は負わない)のだからという理由づけで高価な役員報酬をもらい安寧と暮らし、若者には、その報酬の100分の1である20万で生活しろと。
きわめて進んだ社会主義国である日本といえども、やはり役員たちは2000万をもらい、新卒、あるいはアルバイト、フリーターはそのほとんどの時間と労力をついやしているというのに月収20万、年収200万代というのは、やはりあまりにもおかしな資本主義というしかありません。

非正規も賃金ではひどいけれども、では正社員になったらどうなるかというと、まとめ記事でも引用したように、自分の生活をすべて犠牲にする、自分の時間はまったくとれないという状態になる。
若者に残された選択は、1、フリーターアルバイターで月収20万程度で働く。2、自分の時間、生活をすべて犠牲にして正社員になる。3、ニートになる。のいずれかで、お金と時間と体力に余裕のある生活はどれもできません。

本当にフルタイムで働くと自分の時間をまったくもてません。
となれば、職場での出会いくらいしか出会いはありません。
そもそもいろいろな記事でも話題になっているように、生涯で性交を持った年齢時代も高齢化し、ほとんどが童貞処女。いきすぎた資本主義、恋愛至上主義によるメディア戦略によって、われわれは脳の隅まで、美男美女だけのイメージを刷り込まれていますから、現実の、目の前にあるブスである男女が恋愛対象として目に入らなくなってきているのです。
男性たちはただでさえ経済的にも自信がもてないなかで、自信を喪失し、なにかあればすぐセクハラ、パワハラといわれる間違ったフェミニズムの台頭によって完全に委縮。男性から誘うことはもはやありません。男性はアイドルや二次元、アニメに逃避。
女性もこの後におよんで年収は400万以上とか、イケメンであるとか高身長であるとか、あるいはまだ専業主婦になるということを夢見ているドリーマーばかり。現実を見ていません。反対にふれれば、なに松推しだのと彼女たちも現実逃避。
しかし、現実を逃避したくなるような、現実と向き合ったら精神崩壊してしまう、すくなくともうつに近い状態になってしまうような(少なくとも現実を正しく認識しようとしたら僕はうつになった)現実であることは確かなのですから、まあ仕方ないと言えば仕方ない。
で、時間も金も体力もない。おまけに恋愛のハードルは極めてあがっており、どうせならひとりでいいやという時代。恋愛が成功しているカースト上位の人間でさえ、時間におわれ、体力は尽き果て、金銭的にもきわめて低賃金でこき使われている。
そのようななかで、だれがどうして子供を産もうというのでしょうか。

昔は結婚するのは当たり前で、マイカー、マイホームを持つのが当たり前の時代でした。ところが今では恋愛すら難しい。
これからの日本は、働ける人間の生産はすべて、莫大にふくれあがった老人たちを食べさせていくだけの年金に消えます。そして多くの労働力は、その老人たちを介護するのに当てられます。
老人に投資してもいいことはなにもありません。彼らはもはや何も生産できないわけですから。
こんな美談があります。もうこの世には未練が亡くなったという老人が、自ら食べることをやめ、眠るように息をひきとっていったという話が。私は過酷ではありますが、これ以上自分達の子孫を苦しめるくらいなら、という覚悟で老人のみなさんには老人介護施設でぼけーっとただ消費しかしないのならば、いさぎよく自ら食事を断る、介護を断る、等してみずからでけじめをつけてもらいたい。

この国は俺たちがつくったんだぞと言われるかもしれませんが、それにはこうお答えいたしましょう。あなたたちが作ったこのどうしょうもない世界のせいで、私たちは極めて困窮していると。こんな社会はこちらからお断りだ。こんな社会を作った人間には、その責任をとってもらいたいと。

とりあえずの解決策としては、最低賃金1500円はもちろんのこと、正規、非正規の枠をとりはずしていく。非正規でも福利厚生は正規と同じ、まあ実質正規非正規の枠はなくす。
そのうえで、老人にはどんどんけじめをつけてもらい、役員報酬はなくし、わかものたちにそのぶんの金をまわす。
年功序列ではなく、もっと平等な賃金に。年収2000万と20万が同立なのはあきらかにおかしい。それならみんな30万くらいで平均になればいいでしょう。
そして、長時間労働をやめる。
経済大国を維持するのをやめる。貧しくなるということを受け入れる。世界のなかでの列強をめざす、維持するのをやめる。みんなで貧しくなる覚悟をする。
労働を分配して労働の偏りをなくす。

このくらいです、解決策は。もうほんとうにこのくらいのことしかない。

僕はもう生きていくのがほんとうに嫌です、つかれました。だれか助けてください。終わり



4月鑑賞目録

アルボムッレ・スマナサーラ『心を整える8つの脳開発プログラム』(2015、サンガ)
田中 圭一『うつヌケ うつトンネルを抜けた人たち 』(KADOKAWA 、2017)

『TRICKSTER 江戸川乱歩「少年探偵団』(24話、2016-17)
『この素晴らしい世界に祝福を!2』(10話、2017)
『セイレン』(12話、2017)
『テイルズオブゼスティリア』(25話、2017)
『ハンドシェイカー』(12話、2017)
『クズの本懐』(12話、2017)
『AKIBA'S TRIP』(13話、2017)
『風夏』(12話、2017)
『カオスチャイルド』(12話、2017)
『聖闘士星矢』(114話、1986-89)
『ACCA13区監察課』(12話、2017)
『ローリング☆ガールズ』(12話、2015)
『聖闘士星矢 冥王ハーデス十二宮編』
『聖闘士星矢 冥王ハーデス冥界編 前章』
『聖闘士星矢 冥王ハーデス冥界編 後章』
『聖闘士星矢 冥王ハーデスエリシオン編』


『ルパン三世 princess of the breeze 〜隠された空中都市〜』(2013)
『怪盗グルーの月泥棒』(2010)
『さらばあぶない刑事』(2016)
『聖闘士星矢 天界編 序奏〜overture〜』(2004年)
『名探偵コナン から紅の恋歌(ラブレター)』(2017)

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