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憎愛 二

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 優也のそうした精神性は、その名前に似合わず、自らに打ち勝つという絶え間ない克己の力によって丹念に磨き上げられた理性の力によるものであった。優也という名は、ある意味ではそうした自分に打ち勝ち続ける厳しい人間性を多少なりとも和らげようとして神が彼に対して送った名かもしれなかった。だが、実際一流の芸術家でありながら、後進の教育こそ必要だと感じて忙しさのなか非常勤ではあるが教師をしていた、その生徒からは非常に優しい先生だというのがもっぱらの評判であった。彼は自己を鍛錬しつづける間に、多少なりともその生来の他人に対する批判のするどさも同時に和らげたのである。全体的に言えば和らいだと言うほうが正しいだろう。大凡、自分に対して厳しい人間は他人に対しても厳しいものである。優也はそうした点では妥協を許さなかったが、しかし、専門性が高まるにつれて、そうした厳しい体験、経験を積んできた同じような人種に対してのっみにその批判性が向けられることになった。ある意味その分野の頂点に近い人間同士が、お互いに批判仕合ながら高めているというのは恐ろしい話である。彼らは本気と本気をぶつけ合っている。ただそこで発揮された批判性は、今まで誰かれともなく向けられていた制御の利かないものとは変質していた。優也は、芸術の分野と小説の分野において、一流の同業者や評論家から批評をうけつつも、盛大にそれらに対して応戦した。その結果、そうした批判性を専門家でもないほかの人間に対して振りかざすことの危険性を感じ、それを抑えることに成功したのである。
 優也の人間性というものは、こうしたエレガンスな克己の姿に大いに強調されていた。理性の人間であると言ってもよい。優也はもとから気難しい人間であった。頭でっかちであった。そうして、それを省みずに他人を攻撃した。そのもとからあった攻撃性はなんであろうか。これは、彼の成長過程において原因を求めることができる。彼は、人一倍苦労をした人間であった。何に対しての苦労か、それは人間関係においてである。彼の攻撃性が、そうした人間関係を生んだのか、それとも一般的に考えると不幸な人間関係が彼の攻撃性を生んだのか、それは卵と鶏の議論に他ならない。相互的に関係したであろう。
 ただ、その攻撃性を封じ込めることができたのは、ある一人の存在のおかげであった。そうしてそれを失った。まだ、今の段階において、優也はなけなしの今までに培ってきた理性の力を総動員して何とか社会的な人間を保っていた。
 式の控え室には、すでに大勢の人間が居た。黒い礼服に身を包んだ多くの老若男女が、それぞれにあまりにも若く逝去した人間の運命を悲しんでいた。故人の年齢のため、式場は二十代、三十代の若者と、その親の世代である五六十の世代と、優也の教え子である十代の人間たちで構成されていた。大半はまだ死に慣れない人間であった。
 年齢の高いものの死というのは、どの種族においてもすでに生物的に慣れている死である。親の死というものは、大変つらいものには他ならないが、それでもほかの死に比べればまだ納得できるものでもあるし、受け止められるものでもある。問題は自分の子供の死である。これはまだ生物学的にもあまり見られない状況のため、生物として慣れていないということもある。自分より若い人間の死に接した際に、たとえそれが関係の離れた人間であっても、私が変わってあげられたならというような感情が誰しもの心にふと浮かぶものである。大往生した一族の長が死んだ際には、御葬式とは思えないような、盛大で、なかば祭りと化したような儀式が行われる。それは誰もが認められる死であり、個人が幸せにほかならないということを認識しているからである。こうした場合、じいちゃんのために、ばあちゃんのために、一族が大笑いしながら送っていくことも、失礼になるどころかむしろ故人のためになるとさえ思われる一面がある。
 それに対して、若い人間の死は、それ自体誰にも慣れないものであり、その死を笑いに転化することは誰にもできない。老人たちは自分より下の世代の死に悼み、若者は死というものに実感を持てないのに、強制的に同期の人間が死んだということにより奇妙なリアリズムに突き合せられる。十代は死を理解してはいない。何かの行事かと心のどこかでは思っている部分が残っている。自分の先生の挙げる葬式だからほかの先生に連れられてきたものの、普段と変わらない制服に身を包んで、出される寿司を食べるのが楽しいといった感じである。それが悪いということではない。死に慣れるとは、それだけ生きた証であり、つらいことに他ならない。若い人間は死を跳ね返すくらいの勢いがあっていいものである。死を知らないことは何も悪いことではない。そうした状況にいられるのなら、そちらのほうが人間としては幸せであるかもしれない。
 これら三つの世代が控室にはごった返していた。若い人間の突然の死というものは、意外と多くの人間を式場に呼び寄せるらしい。誰もが納得できないから、本当に死んだのかという確認でもあろう。死を実感できないために、多くの人間が訪れるという逆説的な悼み方ゆえの結果かもしれなかった。また、優也の交友関係の広さもその原因のおおきな一つであろう。優也は、一流の芸術家として、また作家として、そうして教師としてという大きくわければ三つの顔があった。一体だれがこの先進気鋭の若者によって葬式の案内状が届けられようと思ったことだろうか。まだこれから伸びしろの大きな人間であると考えられていたために、そうした世界の大御所と呼ばれる人間が、死を弔いに来た。それがあの式場の前にやたらと留まる黒塗りの車たちの正体である。
 式場ではメディアに登場するような人物から、まだ死を知らない人間たちまでが入り混じっていた。学生は、あの人テレビに出ている人だよねとひそひそ話をしている。会場は喧噪に包まれた。
 義父の到着を確認した優也は、式の時間が差し迫ったのをちらと見て、仏僧の控えている部屋に挨拶しに行った。優也が卒業した大学は仏教系の大学であった。そのため、学内にはお坊さんが歩いていることはもちろんのこと、日本全国からのお坊さんの卵が集まってくる場所であった。優也の後輩には、京都の有名なお寺の子息がいた。それとは知らずに仲が良かったために、後輩も好意からか優也を京都に連れ出して自宅、といってもそのままお寺なのだが、に留めたりした。そうした縁があって、優也は大学を卒業してから本山で修行して山を降りてきていたその坊さんに今回の式の依頼をしたのである。果たして遣わされた坊さんは、大本山から徳の高い人間が来ることになった。優也は何もそこまでしなくてもと自分で頼んでおいて多少気おくれしたが、亡き人を悼むことには多すぎても悪いことはないと思い直し、良い戒名を付けてもらい、あの世に無事にたどり着けることを先決とした。
 控室の扉をすっと開いて、「本日は、遠いところご足労願いまして、ありがとうございます」お決まりの挨拶をしつつ、それからの段取りを確認した。
「関さん、また、四十九日の際には私が伺いますから」関西訛りの、今回の宗教的な側面をすべて整えてくれた後輩が言った。
「こんな徳の高い坊さんをなにも呼ばなくてもよかったのに・・・」多少はにかみながら、優也は答えた。
「いえ、関さんには学生時代お世話になりましたから、このくらい恩返しさせていただかないと。それに関さんおつらいでしょう。私たちができるのはごく些細なことでしかありまへんけど、少しでもこうした場面では支えさせてください」
「ありがとう。今日は大学の連中も何人も来ていたから、後で話すといいよ。あ、でも、君はあれか、そのままお経を挙げたら帰ってしまうのかい」
「ええ、師匠をお寺さんまで付き添っていかなければいけませんので」
「それは残念だ。私はまだ少し気が動転しているから、ひと段落したらまた大学の連中で集まろう」
 学生時代の髪が豊かな頃の記憶が強い優也は、後輩の頭が丸くなっているのに多少違和感を得たが、どちらかというとそのほうが似合っているのかとも思った。大学の連中という言葉を発して、大学時代のことが思い出された。そうして込み上げてくるものを感じた優也であったが、ぐっとそれを飲み込んで、気丈にふるまった。今泣いても始まらないという思いがあったからである。しかし、生と死に向き合ってきた後輩からは、かつてのユーモアにあふれた明るい先輩がかなり無理をしていることが察せられた。
 控室から出て、いよいよ式が始まるまえになって、学校の帰りに直接やってきた生徒の集団とかち合わせた。生徒も式場に入るなり突然喪主の優也に会ったこともあって、まだ言葉が整理できていなかった。
「この度は・・・突然・・・」
この二言で生徒たちは詰まった。先生とつぶやいた生徒もいた。男女数人の生徒たちであった。それでいいと優也は思った。わざわざ担任でもない教師があげる葬式に出席しなくてもよかったのに、自分のことを思って出向いてくれた生徒たちがうれしかった。それだけでようと思った。言葉が出てこなくてよい。作家として言葉に注意していた優也は、言葉が出てこなかった生徒たちをそのままでよいと思った。死に慣れる必要など、まだきみたちには必要ない。その美しく、強い生の力を死の穢れで濁してはいけないと思った。
「よく、来てくれたね。ありがとう。お寿司いっぱい食べていきな。」
 生徒たちに自分の弱みを見せないほどには理性と精神力のある人間であった。
式が始まった。故人が好きだった音楽を流せると式場の人間に言われたが、そういえば一体何が好きだったのかを思い出せなくて、優也は寂寞の念を感じた。明確に何が好きだったのかを思い出せなかったので、クラシックの曲を流してくれと頼んでおいた。
「本日は、お忙しいところ、冷たい雨の中足もとも悪く・・・」
優也の意識は彼の頭にはとどまっていなかった。すでに肉体的には疲労の限界が来ていた。それでも空回りしつつある程度の社会性があったのは、ひとえに彼の日頃の鍛え方によるものだったが、式がいざ始まると、安堵のためか無事に始まったことに対して危機感を解いたために、意識は漠然となった。故人を祭壇の前にして、喪主である優也がそれぞれの関係から集まってくれた多くの人間に挨拶をしたが、優也の意識が判然としていたのは、挨拶の番になって、弔問者の顔を見た時までである。すぐ左下には、同じく喪主である義父とその息子、優也にとっての義弟が座っていた。義父は心持体をこわばらせていた。もとから優也と同じように体つきが貧弱なので、二人が並んでいると今にも折れてしまいそうな木の破片のような危うい雰囲気があった。
 優也は、席を立ってマイクの前に立った際に、自分と故人に向けられている視線を見た。そこには、自分に関係のある人間が大勢いた。教員の仲間、それらに連れられてきた生徒たちの集団、自分の両親、兄弟、芸術分野の仲間と先生たち、出版業界の人間と、作家の仲間、そうして大学で仲間だった連中。優也は職業が教師ということもあり、また作家ということもあり、こうした大勢の前で話すことにかけてはプロであった。場数もかなり踏んでいるし、いまさら対して緊張するということも殆どなかった。優也は自分が何をしゃべっているのか自分でも理解していなかった。マイクの前に立ち、話を始めた際に何も彼の頭脳を支配しなかったのである。故人の記憶も、思い出も、何も思い浮かべなかった。敢えて言うのならば、無が頭脳を支配したのである。ただぼんやりとした頭脳で、それまでの経験から培われた決まりきった言葉が優也の口を通じて零れ出ただけであった。だから、雄弁家であり、スピーチの名手とうたわれた優也にとっては、酷い挨拶にほかならなかった。多くの人間はそのようなことに気を留めなかった。人の挨拶など真剣に聞いている人間はどうも多くはない。それを優也も知っていた。ただ、人間観察に優れた作家の仲間たちは、どうにも優也がおかしいことに気が付いた。が、特に指摘はしなかった。
 優也は脱力したのである。魂が抜けたといってもよかった。彼は式が始まるとほぼ同時に、それまで何某かの力によって空回りしていた状態をも維持できなくなった。まるで魂が故人とともに冥途への旅に出ていったように、現世にいる優也という身体には、魂が抜けて行ってしまったようであった。
 白のシルクの布で覆われた祭壇は、故人のイメージが投影されているように、多くの菊、蘭、百合で飾られていた。目が痛かったので、スポットライトを抑えてくれと指示したことによって、曇天で暗い中、祭壇は暗闇に浮かび上がるような一種神々しく、また畏怖の念を喚起するような面持ちになった。葬式は祭壇を含めて、後輩の導久法師に依頼していたので、壮大なものになった。導久法師が大本山から連れてきた三人の坊さんによって、お経が挙げられた。抑えられた光のなか、祭壇が白一色に輝いているのに対して、黒光りした鈍色の静かな鉄の面持ちを発していた磬子の地の底から聞こえてくるような穏やかな音、それと相対するように天から降りてきたような引磬の甲高い音、木魚の安定したリズム、いずれも優也の心を落ち着かせるものであった。こうした宗教的な音階は、それ自体が自然を模倣したものだという。お経の内容にしても、その内容を勉強してきた優也にとっては人生哲学であると同時にまた、それらは人間と自然の調和を目指したものだと認識していた。それが自然を模倣した音階とともに、優也の心に沁み渡ったのである。優也は緩やかなお経の波に流されながら、精神世界を揺蕩った。
 燃焼し尽くした如き感慨の中で、優也は一種の平安を夢見た。それは宗教的な悟りの感覚に近い自然とアルカイックスマイルを引き寄せるような安定である。胎内回帰に似た安らぎと暖かさであった。
 抹香が香炉で燻られて御香独特の優しい香りが鼻を摩った。すべての音階と、お経と、こうした香りとは、ただ優也を安心させるだけであった。こうしたことに慣れたのは、すべて大学でのことであった。しかし、今こうして葬儀をしていても、不思議と大学でのことは思い出されなかった。漠然とした安心感に包まれていただけであった。
 すべては優也という一つの身体の外側を流れていった。内側は音階とお経と御香によって満たされていた。外側を弔問者が遺族に対して礼をして、焼香をし、故人に対して拝み、そのまま流れていく。すべては流れていった。導師が何を話たのか、気にかからなかった。斎場で出された比較的豪華な食事は、弔問者が若い人間が多かったというのもあって、すぐになくなった。生徒たちは楽しそうに食事をしていた。多くの人間が優也のもとにきて挨拶をして行ったが、だれかれの顔の判別はつかず、それでも一応なにかを言ったのであろう、納得してみんな去って行った。御棺が運び出され火葬場に行った。その後気が付いたときには家に戻ってきていた。

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憎愛 一

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様々な分野に手を出している私こと、石野ですが、そのなかでもこれだけは本気なんだというものがありまして、雄恥ずかしながら、小説を書いております。
以前からそういうことを友人にちらりと話したり、見せたりしていたのですが、なかなかそれよりも上へと目指すことが難しく、小さなコミュニティのなかでくすぶっておりました。
小説は一度ネットに発表してしまうと、受け付けてくれないというのがほとんどです。なので、この小説も、あわよくばどこかの賞を受賞、ということを狙っていたのですが、なかなか現実そう上手くはいかず。
しかたがないので、いくつか小説を手放してみなさんのために無料で奉仕しようかと考えがかわりました。
いくつか書いた小説のなかでも、比較的新しく、自分のなかでは満足の行く出来栄えとなっている作品をネットに公開しようと思います。
もちろん著作権は放棄していないので、私に属しますが、個人の間で楽しむ分には、どのようにしてもらってもかまいません。
それでは、半自伝的小説である、『憎愛』。お楽しみください。



 悲しみが時を包むだろう。黙の向こうに見えていたものは、もう見えなくなった。深淵の縁と思われたこの世の断崖に、足を踏みかけて、僅かに鈴の凜とした音色が聞こえた気がした。暗闇のなかの微かな光が、ちらりとでも見えたのであろうか。生き物のいなくなった、湖畔の静かな空気。霧の香り。花の匂い。全てを集めて一つの形にしようとしたならば、そこに意志が込められたならば、それは形になって心をなすのだろうか。救うのだろうか。言葉はもはや意味を失った。なんの価値もなくなった。すべては無に帰そうとしている。それは始まりか終りか。そのような判断もなくなった世界に足を踏みかけていた・・・

 その日はまだ陽も明けない時間から、冷たい雨がふっていた。時に弱くなって、あたっても良いかと思われるほどの雨にもなったが、すぐに強まった。暗雲という言葉のよく似合う、墨を溶かしたような天気に覆われていた。季節はまだ五月であった。五月晴れという言葉があるが、その日はまるでそんな言葉が最初からなかったかのように、一日中雨が降り続いた。神も泣いていると、参列者たちのなかの、詩的な抒情を持った人間は思ったかも知れない。事実、関優也の心は、その天気が現していた。天気が優也の心を投影したとも言える。
 都心から然程はなれていない、ベッドタウンとの中間地にある、まだ都心の影響が多少及ぶくらいの場所で、式は行われた。生憎の雨であったので、車で参列したものが多かった。優也はその日、眠れもしない朝、睡眠剤で無理やりうとうとと自分のからだをさせたあと、結局眠りにつくことなく、黒い礼服に着替えて式に参列した。優也が会場についたのは早かった。そうして、優也は睡眠不足なからだにむちうって、会場のこまごましたことに指示を出していた。それくらいのことは出来たのである。
 一台のタクシーが会場の前に止まった。先ほどから、黒塗りの車に乗り付けてくる礼服をきた中年の男性や女性が多く到着していた。他にも、駅前からひろったであろうタクシーに乗ってくるものもいれば、自分の車にのってきて、式場の駐車場に泊めている参列者もいた。
 緑色のタクシーが雨の中、ブレーキの甲高い音と共に止まった。ハザードランプが点滅し、清算している年老いた老人の姿がちらと、暗闇のなか車内に灯った明かりに映し出された。老人のように、からだを強張らせた中年の男性が降りた。その後を、まだ礼服がからだにあっていない学生が続いた。学生にとってはその服を着るのは初めてであった。
 式場で空元気を出していた喪主の優也や、そろそろ来る頃かと思い、しばらくの間式場にやってきた人々をちらちら見ていた。そうして、ふとタクシーから降りる人間を確認した時、優也はすぐさま駆け出した。
「嗚呼、関君・・・」優也に気がついた中年の男性は、その言葉を発するのが限界であった。それ以上何も言えなかったのである。すでに感極まっていた。
 優也もとてもそれに答え得る言葉を用意していなかった。男は優也の義父に当たる男であった。二人ともまるで、冷水を浴びせられたかのような悲惨な面持ちをしていた。少し後につづいていた礼服の似合わない学生は、その男の息子である。これも、緊張した顔をして、とても会話が出来るような状態ではなかった。
 優也は、義父を視界に入れる前から、何度も何度も常に興奮状態にあった頭脳で、どのような応対をすればよいかを検討していた。優也のここ数日の状況は、特に酷かった。ほとんど食事が喉を通らなかった。通らないという言葉だけを見ると、大したこともないように思われるが、食事を目の前にすると、普段人が肝が冷えたと言われるような部分が、急激に縮小する感覚に見舞われた。内臓器官で言えば、胃や腸に当たる部分が、食事を拒むように、萎縮してしまうのである。無理にでも口に運ぼうとすると、吐き気を感じた。烈しい吐き気ではない。寧ろ眩暈に似ていた。頭の上に白いスクリーンが投影されたような感覚がして、頭から血が引いていく。こうしたことは優也にとって初めてのことではなかった。かつてから極度の神経症に悩まされていた優也は、このような症状を繰り返してきた。無理することもないと自分に言い聞かせ、そうした際には食事を出来るだけとって、栄養を取った。固形物はあまり食べられなかったが、飲み物であれば大丈夫であった。
 また、優也は睡眠障害も同時に引き起こしていた。眠くならないわけではなかったが、いざ蒲団に入って眠ろうとすると、暗闇が恐ろしくなった。はじめは暗闇が恐ろしかったのではない。蒲団に入っても、脳が静まらず、常に興奮した状態であった。頭皮の間から、だんだん冷や汗が出始める。どうして眠れないのだろうか、こんなにからだが疲れているのに、精神も疲れているのにどうして眠れないのだろうか、また眠れない時期が来てしまった、このようになるともう自分の意志だけではそこから抜け出すことはできなかった。
 優也はこうした際には、かつては医者にもらった薬でなんとか対応していた。現在の精神科とよばれるものは、とにかく薬漬けにするというのが新聞に載っていた。優也はしかし、それでも構わないと思った。自分のからだが薬漬けになろうが、この苦しい世の中をいきていくには、死にながら生きるほかないのだという極論まで考えていた。
 自分でどうにかできなかったらどうするのか、優也が出した答えは他力本願しかないというものであった。優也は極めて努力家であった。彼はその答えを学生時代にはすでに出していたが、それと同時に強い怒りもまた伴った。それは、最初から他力に希望を見出す人間にであった。自分で努力せずに端から他人の力を求めている人間に対しては烈しい怒りをもった。そうした部分が、優也の神経質な部分であった。許してやればいいのに、というメタ認識を持っているだけに、余計に腹立たしかった。腹立たしいという感情に飲み込まれている自分を認識して、さらに腹だった。
 優也は、とことん物事を深めて考える人間であった。それは、キケロが雄弁の本質とよんだ「絶え間ない精神の運動」のことであった。これをしていた人間は他にトーマス・マンの『ヴェネツィアに死す』に登場する架空の人物グスタフ・アッシェンバッハと、夏目漱石の『それから』に登場する架空の人物の長井代助である。事実、国語の教師であり、また作家でもあった優也は、自分の著作をもって他者との関係性の重要性を訴えながら、本人は自分のことを理解できるのはこの架空の人物くらいしかいないだろうと半ば諦めににた感情を抱いていた。
 優也はその類稀なる精神の力によって、先ず視を鍛えた。彼は芸術を通して審美眼を手に入れた。それは紛れも無く人間の高度な知的な部分をつきつめていく鍛錬であった。そうした絶え間なく自己を向上させていくことが、優也には出来たのである。その点優也は多くの人間からその人間性を評価されていた。優也が長年の研究から見付だした答えは、審美眼の本質は認識の問題であるということだった。同じ目で見るという物理的なことは他人とそう変わることは無いと優也ははじめに思った。彼は実際に視力はよかったが、それがものごとの判断の基準になるとはどのような結果からも考えられないという答えに達していた。事実それは誰が考えても同じことだろう。ただ、遠くの些細なことが見えるということによって多少なりとも認識に差が出ることはある。彼はその認識力をもって、他者との関わりをどのようにしたらよいかを考えた。そうして彼は反省深い人間であり、また心理学をも学んでいたので、メタ認知をすることに長けていた。問題は、優也が自分の状況をメタ認知できたとしても、そこから自分をコントロールできなかったことである。彼は完璧主義者で、理想主義者であった。だから、先ほどのように、怒っている自分を認知した時に、どうしてこんなことで怒っているのかとさらに自分を怒るということをした。そうした、爆発的なファナティシズムをも、彼は持っていたということである。
 優也は非常に勤勉で、誠実な人間であった。そうして自己の鍛錬のためであればどのような困難にもあまり省みることなくすすんで飛び込んでいったものである。そのような情熱やエナジーがどうして奪われてしまったのか、リビドーそのもののような精神をしていた人間が、何時の間にタナトスの権化に化してしまったのか。優也はもちろん、自分の状況がこのようにあるということを認識していた。しかし、それでも自分の状況を変えることができなかったのである。それが、他力本願という結論を出した。ただ、それを自分の論にすると同時に、努力をせず最初から他力本願をしている連中を許すことができなかったのである。
 そのような結果から、優也は自分の投薬をすることをあまり不快には思わなかった。それに、タナトスに見初められていたため、はっきりいえば彼は彼自身の肉体の終末を淡い希望を持って期待していたのである。
 その死へのリビドーに取り込まれた男が、食欲と睡眠欲という人間の個を維持する基本的情動を失ったことによってどのように変化したのであろうか。性欲に関しては種に対する基本的情動であるため、ここでは優也個人とはあまり縁がなかった。彼はまぎれもなく死に掛けていたのである。はじめは隈ができただけであったが、このような状況が数週間続いていたために、すでに体重は50キロもなかった。そもそも健康体であったときから、極端に痩せていた。周りの友人は病気でもないのにどうしてそんなに痩せているのかと学生時代は常々不思議に思ったが、彼は死に掛けているからという冗談にもならない冗談を連発した。友人たちもそのような笑えない優也の冗談に苦虫を潰したような顔をしながら、つきあいづらい人間だと感じてそれ以上その話題には触れなかった。
 一つ優也がそのような体型であった理由としては、やはり絶え間ない精神の活動が原因だろうと考えられる。人間はマクロコスモスとミクロコスモスをつなぐ媒体であると優也は考えていた。そうして、彼は専ら時分はミクロを研究するものだと考えていた。多少ラベリングしすぎて自己をそこに規定していた感は否めないが、確かに優也はミクロコスモスに向かう典型的な人間であった。彼はそのような多少偏りのある考えから、殆ど自分には運動が必要ないものだと考え込み、からだを動かすことを嫌った。ただ、それを考慮しても、同じ運動量の人間がもう少し体格の良いことを鑑みると、もとからかなりからだが弱かったということも出来る。
 それと同時に、彼は自分の精神を運動させ続けた。常に思考を止めることをしなかったのである。考えるのは人類に与えられた最上の行為だと、優也は自分の論理のなかで最初に規定した。考えること自体が人類と動物を区別するものであり、神が人間をほかの生き物と区別するために与えた能力だと考えた。そうして、考え続けることが、人間のなかでも最も崇高な行為だろうと考えた。そうして、その考えを持続させることを、彼の普段から鍛えてあった精神と、一種暴力的なまでの情念が推し進めたのである。しかし、人間胃は限界があるということを彼は考えていなかっつた。マクロコスモスだということだけにフォーカスをあてすぎて、もしもそれがコスモスではなくて有限のもの、あるいは一定以上は連続して働かせることができないものであるという点を全く考慮していなかった。
 その結果が、空焚きのようになってしまった彼の身体が示しているといえよう。全てを自己の小さな宇宙のなかで支配しすぎた。そのために、脳は常に興奮状態になり、ありもしないことを考えるようになった。考える題材があるときはまだよかった。考えがぶれなかったからだ。しかし、そうした題材がなくなってまで考えるという動作をとめないために、考えが空回りになってしまったのである。おんなじことを何度も繰り返し繰り返し考えることが時にあった。そうしたおんなじ動作は人間の脳にとってえらくストレスを与えるらしい。この世の中で最もストレスになるものは何か。それは地獄の話にある、いくら石ころを積んでもそれが山になりかけたところで鬼によって破壊されるという、終りが無く、無意味な動作の繰り返しである。から周りで考えることはこれに似ていた。そうして、考える材料のなくなった脳は、いずれ自己の内面の問題を取り扱うことになる。考え自体が自己の内面であるが、それが取り扱うものは外の事象であった。そのため、どのような答えが生じたとしても、決して自己の内面が傷つくということはなかった。しかし、次第に自己の内面まで考えることになると、その結果がいちいち内面を傷つけた。自己の内面でぐるぐる考えが輪廻しているのだから、終りもなければどちらにころんでも良い結果は出ない。次第に考えが煮詰まってくると、自意識のどん詰まりを感じるようになった。
 彼はまた酷く反省する男であると同時に傲慢であるという、一種相反する性質を同時に持ち合わせていた。反省しなければ反省しなければと深く考えていると同時に、また、自分の冷静でしかも情熱的な思考的弁別によって判断された結果に対してかなり傲慢に信じるくせがあった。ようは一か八かという性質だったのである。だめであれば猛烈な反省を自己に課して、ふたたび熟考する。そうして出した答えには絶対の自信を抱く。そんなに自分に厳しくしなければいいというかもしれないが、それは他人がとやかく言うことが出来る問題ではない。それは人間の性と呼ばれる部分なのだ。イデオロギーを変えるということは、何人たりとも基本的には出来ないし、してもいけない。
 ただ、例外があった。しかし、それももう既に失ってしまった。一時期、それは優也が大学のころから社会人にかけての数年間のことであるが、優也が落ち着いた、柔和な性格で暮らせたことがあった。それが、この際失われたのである。優也はそのために、ふたたびこの神経過敏な性格に戻ってしまったのである。
 あっと言って駆け出して義父に会ったまでは良かったが、それ以降言葉が続かなかった。優也の眼はもし視力の少しでも良い人間が近くに言ってみたら、とてもおそろしいものに見えただろう。目のしたは隈で黒くなり、皺が寄っている。だが、目自体は何か獲物に寝られているように危険な光を宿しつつも、煌々と光っていた。そうして命の炎が燃えているのではないかと思われるように、赤かった。これは紛れも無く睡眠不足によって生じたことではあるが、本当にそうした肉体的なものだけかといえば、そうではなかった。当然彼の性格や境遇、生き方も反映された目であった。
 日本の文化というものは、眼は口ほどのものを言う文化である。これに対してアメリカは口がものを言う文化であるということを優也は新聞か何かで読んだことがあった。だから、日本の絵文字には目が強調されるものがあり、アメリカの絵文字には口が強調されるものがあるのだということである。そうして、日本人はマスクを平気でする。それは口を隠していても、目が口ほどのものを語るために、それほど危険性や不安を他人にあたえないからだろう。外国でマスクをするという行為は、よほど外に出て歩くのが危険な状況を指し示すため、普段外でマスクをしている人間はほとんどいない。それが文化性の差異というものである。
 優也はその目が彼のことを多弁に語っていた。しかし、それを彼自身が認識することはあまりなかった。鏡を見るという行為をしばし嫌っていたからである。彼は自分の顔を見て、醜い顔だと自認した。優也は美術を通して審美眼を実に付けた。実際彼が創作した作品は日展で受賞するなど、芸術の分野でもかなり高い質のものであった。その彼は肉体的にもまだ若いのにも拘わらず、皺だらけの自分の顔をみて、厭気が差したのである。
 自分の顔がそこまで酷い状態だと認めていないために、敢えて式場では活発に動けたのかも知れない。ただ、それは他人から見たらあまり快いものではなかった。喪主である人間が大変な形相をしてはきはきと、しかも多少人の観察をすることが出来る人間ならだれでも無理をしていると分かるから元気をしているのを見て、誰も気持ちが良いはずがなかった。しかし、優也はそんなことを気にはしていなかった。現在の彼にとっての他者の目というのはあまり重要ではなかったからである。
 優也の義父は、優也を見て何とか一言発することができたものの、あまりにも喪主の顔が酷いのと、相当疲れが溜まっているという二人の共通した点を確認したため、様々な感情が溢れて言葉にならなかった。義父の後ろについていた息子は名を誠と言った。この誠は、精神上多少の問題がありしばらくそうした施設に預けられていたのである。現在も通院しながら社会生活を送っている人間であった。誠は、優也を見て人殺しと思った。あからさまに優也に対して怒りや嫌悪感を抱いていた。そうしてそれが伝わっても構わない、寧ろ伝わればいいと思っていた。
 優也は当然彼の目を見ることなく、その様子を想像することができた。タクシーにのって式場に到着する前から、きっとこのような感情を抱いているであろうということは予測していたのである。だから、タクシーから降りてくる際の多少がさつな、それこそタクシーの運転手でも気がつけなかったような動作を僅かに見ただけで、自分の予想が外れていないことを確認したのである。
「あ、こちらに・・・」この言葉が出てくるまでにどのくらいの時間がかかったであろうか。実際はたった数秒もないことだったろう。しかし、同じ境遇の二人の悲運な男にとっては、その数秒はお互いの悲しみを確かめ合うだけに充分な時間だったのである。

夏目漱石試論 『虞美人草』二十一世紀読者の視点

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夏目漱石試論
『虞美人草』二十一世紀読者の視点




もくじ



序章
二十一世紀に『虞美人草』を読む
藤尾はなぜ死ななければならなかったのか?
一章 独身男たちの罪
小野の罪
甲野の罪
宗近の罪
二章 親たちの罪
井上孤堂の罪
甲野父の罪
親たちの罪
終章
悲劇と喜劇









序章

二十一世紀に『虞美人草』を読む

『虞美人草』は夏目漱石が東京朝日新聞社に入社して初めての連載小説である(東京・大阪『朝日新聞』一九〇七・六・一三~一〇・二九(大阪は二八まで))。新聞連載を意識して、一から五章までは、京都と東京が交互に入れ替わったり、連載時東京上野に開かれた東京勧業博覧会を小説に持ち込んだりと、創作上小説家夏目漱石の試行錯誤のよくうかがえる作品である。
ところが、そうした工夫は評価されず、同時代では正宗白鳥が「夏目漱石論」において『虞美人草』を「近代化した馬琴」が書いたものと評し、「才に任せて、詰まらないことを喋舌り散らしてゐる」「どのページにも頑張つてゐる理窟に、私はうんざりした」という有名な酷評をされてしまった。また漱石自身もこの作品には快く思っていなかったらしく、翻訳するという際には、この作品はやめてほしいと渋ったのは有名である。
藤尾に関しては、小宮豊降への手紙で、次のような有名なことを述べてもいる。

藤尾といふ女にそんな同情をもつてはいけない。あれは嫌な女だ。誌的であるが大人しくない。徳義心が欠乏した女である。あいつを仕舞に殺すのが一篇の主意である。うまく殺せなければ助けてやる。然し助かれば猶々藤尾なるものは駄目な人間になる。最後に哲学をつける。此哲学は一つのセオリーである。僕は此セオリーを説明する為に全編をかいてゐるのである(小宮豊隆宛明治四十年)

作品全体も、また作品のヒロインである藤尾も作者から嫌われてしまった不幸な作品である。だがしかし、作者自身が嫌ったからといってその作品の評価が下がるわけではあるまい。作者がどんなにすき好んだからといってその作品が良くならないのと同じことである。ではまず、この作品が時代のなかでどのように評価されてきたのかを主要な先行研究をさらって見ていきたい。
伊豆利彦氏は『「虞美人草」の思想』(「日本近代文学」一九六五・〇五)において、「完全懲悪であることそのことが、ただちに否定の理由になるというわけはない」と、それまでの「勧善懲悪」だから、という理由だけで否定的な評価をされてきたこの作品への視点そのものを厳しく言及した。「いわゆる勧善懲悪の小説が否定されるのは、それが時代の支配的イデオロギーに安易に依拠して、そのために、人間の本質を深く追求することが妨げられるからであろう。善は必ずしも善ではない。悪は必ずしも悪ではない。価値観の転換深化なくしては、人間の真実に迫る生命の文学を生みだすことが出来ないのである」とし、小説の構造として勧善懲悪自体が、「人間の真実」に迫るに適していない時代性を批評しているのである。
伊豆氏と共に『日本近代文学』一九六五年五月号に『虞美人草』論を寄稿したのは、井上百合子氏と平岡敏夫氏である。特に平岡氏の『虞美人草』再評価の論は、それ以降の研究史を大きく変えたので触れておきたい。
平岡氏は、

「虞美人草」を「文明」批判小説の最後の到達とし、「明治小説」の骨格を明瞭に示すものと見るが、「明治小説」と言ったとき、それは西洋近代リアリズム小説とはちがった小説を意味している。傍流とみなされてきた政治小説系の小説がそれだが、すでに見たように、そこでは「人間」も「恋愛」も従来のイメージされてきた西洋のリアリズム小説とは異質なものである

と読んでいる。この指摘が重要なのは、我々が普段小説を読む際に、この小説はいいなとか、悪いなと感じているが、その感じ方の基準になっているものが、その時代の文化的な尺度と密接につながっているということを自覚させてくれる点にある。すなわちこの小説は、西洋の近代リアリズムという二十一世紀の現代においてもなお根強く支配力のある価値体系においては、評価されにくく、その評価する基準に自覚的でないことには、この小説を読んでも評価できないということなのである。その点、私は自己本位であるべき、という価値体系のもとにこの小説を再評価するわけであるが、この価値体系もまた二十一世紀の現代においての価値体系であることを忘れてはならない。どんなに先見の明を持っていようが、人間はその時代の時代性とでもいうべき、価値体系からは完全には逃れられない。百年前の漱石に、二十一世紀の現代のことがわからなかったように、私達自身もまた現代からの視点でしかものを見ることができない。そういう意味で『虞美人草』の再評価もまた、時代性の束縛からは逸しきれないことは確かである。が、それ以前までの価値体系からの脱却を試み、出来る限り新しい価値体系において小説を読み直すことは意味がある試みだろうと思い、再評価を目指すものとする。
相原和邦氏の『「自然」と「詩」―『虞美人草』の人物像』(『講座 夏目漱石』二、有斐閣、昭五十六)では、甲野や糸子、宗近が「天」を目指すものだと指摘し、藤尾が死んだ際に「天女」と描写されていることに注目。「『虞美人草』は、東洋的な「自然」や「天」によって、西洋的「文明」を根本的に批判するという仕組みになっている」とする。その上で「とくに、文明の問題を藤尾という人物のうちに結像させている点はこの作品の大きな達成といわなくてはならない」と好意的な評価をしている。
近年本作の集中的な研究として大きな成果を残したのは、二〇〇三年の『漱石研究』特集『虞美人草』である。その中で関肇氏は、『メロドラマとしての『虞美人草』』(「漱石研究」(一六)、 二〇〇三・一〇)で『虞美人草』をメロドラマとして捉えることによって評価できると論じている。これまで『虞美人草』が欠点としていた、勧善懲悪や美文、人物の類型性などが批判されたのは、「リアリズムというコードに依拠しているからに他ならない。逆に言えば、その前提に立つ限り、『虞美人草』はいつまでもネガティブなテクストにとどまらざるをえないのではないだろうか」と述べている。
またそれと前後して、近年では水村美苗氏が「「勧善懲悪」があるから失敗作なのではなく、そこにある「勧善懲悪」が破綻しているから失敗作なのである」(『「男と男」と「男と女」―藤尾の死』『批評空間』第一、二号 一九九一年七月)との読みを示し、それまで良くも悪くも「勧善懲悪」でしかないと読まれていた『虞美人草』に新しい読みの可能性を開いた。
『虞美人草』はともすると、正宗白鳥の言うように、勧善懲悪であり、登場人物も類型的であり、批評するのに適さない、時代に束縛された作品であると読むことができてしまう。が、しかしこのような豊かな先行研究からもわかるように、一見すると時代に制約されたテクストであるかのように見えるが、実際のところは、現代から読み解いてもその批評に耐えうる作品となっているのである。
本論では、二十一世紀の読者である我々が、『虞美人草』をどこまで新しく読めるかを論じるつもりである。具体的には、時代の制約や、語り手の倫理意識、あるいは水村氏の言う美文など、様々な要素によって殺されてしまった藤尾の復権を試みる。「藤尾が一人出ると昨夕の様な女を五人殺します」と義兄甲野に評される藤尾は、本当に今までの宿命の女(ファム・ファタール)と呼ばれるような男性が作り上げたヒロインの系譜に叙せられるのか、まずはそこへ疑問を抱くことからはじめていきたい。

藤尾はなぜ死ななければならなかったのか?

これについては水村氏の前掲書に詳しい。少し引用してみたい。

ところで、藤尾に使われる「美文」にこそ、勧懲小説としての『虞美人草』を可能にするひとつの機能が隠されているのはいうまでもない。それは、「美文」によって藤尾を「妖婦」にしたてあげ、そこにあたかも死に対応する罪があるかのように見せるという機能である。「美文」の女はまさに男を殺したり、国を滅ぼしたり、さまざまな悪徳の末、死ぬ運命にあって当然なのである。藤尾は「美文」で描かれているからこそ殺してしまえる。藤尾が「美文」でかかれているからこそ、「藤尾が一人出ると昨夕の様な女を五人殺します」などという兄の甲野さんの科白が、それほど妙にも聞こえないのである。これはふつうの文体で書かれた小説のなかで兄が妹に関していう科白としては異常である。しかしこのことは、逆に死にあたいする藤尾の罪は、ほかの文体では確立不可能だということでもある。(同氏前掲書)

確かに『虞美人草』に使われるいわゆる「美文調」の文章は、途中言文一致体になったりと、かなり統制のとれていない、アンバランスな感覚を読者に感じさせる。にもかかわらず、漱石が特に藤尾を書く際に過剰に「美文調」を使用していたのには、何らかの意味があったはずで、読者はおその意味を考え、付加させていかなければならないだろう。それに対して、良質な読者である水村氏は、引用した箇所のような、美文こそが藤尾を「妖婦」にしたてあげ、それゆえに「罪」のある女、すなわち、罰せられなければならない女、殺されなければならない女、としてその存在を確定させていったというわけである。
ところがそうした文章は、水村氏からしてみたら「悪を悪と決めつけない衝動がすべてに先行」し、「かえって、そのような前提の恣意性をめだたせ」てしまう。
ここでほぼ、藤尾自身には罪がないようなものであることが証明されるのであるが、水村氏は、さらに母親と藤尾が対話している箇所を引用し、藤尾の罪とはなんだったのかを明らかにしている。今後の考察のためにも、長くなるが引用しておきたい。

「御前あすこへ行く気があるのかい」
「宗近へですか」と聞き直す。念を押すのは満を引いて始めて放つ為めの下拵と見える。
「あゝ」と母は軽く答えた。
「いやですわ」
「いやかい」
「いやかいつて、……あんな趣味のない人」と藤尾はずばりと句を切つた。筍を輪切りにすると、斯んな風になる。張のある眉に風を起して、是限で沢山だと締切つた口元に猶籠る何者かゞ一寸閃いてすぐ消えた。母は相槌を打つ。
「あんな見込みのない人は、私も好かない」
趣味のないのと見込みのないのとは別物である。鍛冶の頭はかんと打ち、相槌はとんと打つ。去れども打たるゝは同じ剣である。
「いつそ、此所で、判然断はらう」
「断はるつて、約束でもあるんですか」
「約束? 約束はありません。けれど阿爺が、あの金時計を一にやると御言ひのだよ」
「それが、どうしたんです」
「御前が、あの時計を玩具にして、赤い珠ばかり、いぢつて居た事があるもんだから……」
「それで」
「それでね―此時計と藤尾とは縁の深い時計だが之を御前に遣らう。然し今は遣らない。卒業したら遣る。然し藤尾が欲しがつて繰つ着いて行くかも知れないが、夫でも好いかつて、冗談半分に皆の前で一に仰しやつたんだよ」
「それを今だに謎だと思つているんですか」
「宗近の阿爺の口占ではどうもさうらしいよ」
「馬鹿らしい」
藤尾は鋭どい一句を長火鉢の角に敲きつけた。反響はすぐ起る。
「馬鹿らしいのさ」
「あの時計は私が貰ひますよ」
「まだ御前の部屋にあるかい」
「文庫のなかに、ちやんと仕舞つてあります」
「さう。そんなに欲しいのかい。だつて御前には持てないぢやないか」
「いゝから下さい」
鎖の先に燃える柘榴石は、蒔絵の蘆雁を高く置いた手文庫の底から、怪しき光りを放つて藤尾を招く。藤尾はすうと立つた。朧とも化けぬ浅黄桜が、暮近く消えて行くべき昼の命を、今少時と護る椽に、抜け出した高い姿が、振り向きながら、瘠面の影になつた半面を、障子のうちに傾けて
「あの時計は小野さんに上げても好いでせうね」
と云ふ。障子のうちの返事は聞えず。―春は母と子に暮れた。(傍点原文)

水村氏はここの引用をし、次のように解説する。

ここの藤尾は「妖婦」のイメージから遠く離れる。「我の女」として規定される藤尾は、ここではまさに、自分の結婚相手は自分で選ぶと宣言するひとりの、いわゆる、主体性のある娘でしかない。藤尾は自分で好きなように男を選んだにすぎない。この場面は、功利主義的な母親と、理想主義的な娘との差に光をあてるだけではない。この場面は、死んだ父親と宗近君との約束が、約束といえるほどのものではなかったこと、しかも、藤尾がそのいきさつを詳しくは知らなかったことなどさえ明らかにする。つまり、父親の約束を無効にするという、唯一の藤尾の付帯的な罪すら消滅させようとするものである。あたかも、藤尾には何の罪もないことを強調するためにわざわざ書かれたような場面である。

私はこの水村氏の論におおむね賛成である。同じくこのテクストからは、藤尾の罪を感じることはできないと考える。水村氏は次の様に結ぶ。

藤尾の罪は「美文」にのみ宿る。「美文」から解き放たれ、藤尾に罪がないのが明白になればなるほど浮き彫りになるのは、藤尾が藤尾であること自体を「悪」だと規定せざるをえない『虞美人草』の構造である。罪ある小野さんが悔悛して救われ、罪のない藤尾が殺されるからには、藤尾の罪は藤尾が犯しえたものにはなく、藤尾が藤尾であること自体になくてはならない。藤尾の罪は、藤尾が自分の存在を抹消してのみ、あがなえるものとならざるをえねあいのである。藤尾は死んではじめて「天女」になる。

藤尾が罪を背負い、死ななければならなかったのは、美文のためであり、藤尾が「悪」とならざるをえないのはこのテクストの構造がそうなっているというわけである。私はさらに伊豆氏(前掲論文)の指摘を受けて藤尾の死を解明していきたい。

藤尾はひたすら相手を支配しようとした。藤尾は愛されることを知って愛することを知らなかった。藤尾の結婚の条件は銀時計であり、博士号であり、小野が自分のいいなりになることであった。藤尾の生き方は自己本位のように見えて実は自己本位ではない。相手をひたすら支配しようとするものは、かえって相手に支配されることになる。藤尾には人が何といおうが自分はこの道を行くのだという、自己の内部より出る理想がなかった。それ故小野が小夜子と一しょにいるのを見て驚くのであり、小野に逃げられると外交官試験に合格した宗近に金時計をあたえようとし、ついには自殺することになる。

伊豆氏の言う、藤尾は「愛することを知らなかった」という部分は当たらないだろう。おそらく伊豆氏は、(十二)の「欄干に繊い手を出してわんと云えという。わんと云えば又わんと云えと云う。犬は続け様にわんと云う。女は片頬に笑を含む。犬はわんと云い、わんと云いながら右へ左へ走る。女は黙っている。犬は尾を逆にして狂う。女は益得意である。―藤尾の解釈した愛はこれである」(傍点原文)という部分などに示される箇所から藤尾の愛は、ただ支配するだけであると読み取ったのであろう。しかしこの部分はいわゆる地の文であり、藤尾のことを嫌悪する語り手が、藤尾のことを悪く書いたという部分を差し引かなければならないだろう。つまり、この文章をそのまま無批判に受け入れてはいけないのではないかと思うわけである。
それよりかは、語り手の価値観に染まらない会話文を引用した方がより藤尾の現実の姿に近い形で解釈できるのではないかと思う。(八)の藤尾の母と藤尾が宗近のところへ行くか行かないかという話をする場面であるが、藤尾は宗近のことを「いやかって、……あんな趣味のない人」と断じているのである。また、(一五)でも「小野さんは詩人です。高尚な詩人です。」「趣味を解した人です。愛を解した人です。温厚の君子です。―哲学者には分らない人格です。あなたには一さんは分かるでしょう。然し小野さんの価値は分りません。決して分りません。一さんを誉める人に小野さんの価値が分る訳がありません。……」と述べている。ここから読み取れるのは、小野は詩人であり、藤尾の解釈によれば一と違って愛を解する温厚の君子であり、小野との生活には詩趣があるということである。藤尾が小野と結婚をしたい理由はここに現れている。
このことから、藤尾に全く愛がないというわけではないと言うことができるだろう。だから伊豆氏の論は、やや筆がすべってしまったということになると思いたい。藤尾は小野のことを才能の面でも、人格の面でも愛していたのであり、確かに支配的であるのはその通りだと思うが、愛がないとは言い切れない。
ここで藤尾が死ななければならない理由となったのは、後に詳しく論じるが、小野による裏切りのためである。だから藤尾には何の非もないのである。一方的に小野に裏切られてしまったのであるから、もし藤尾に何かしらの非を見付けるとしたならば、かなり強引に言えば、藤尾が選ぶ相手を間違ってしまった、という水村氏の指摘の通りになる。だが、選ぶ相手を間違えたというのは、非といえるほどのことではない。判断ミスは誰にでもあることである。これを非とか、罪とかととらえることはできない。よって、藤尾は罪もなければ、非もなかったのである。
ではなぜそんな罪も非もない藤尾が死ななければならなかったのか、これを以下詳しく考察していきたい。結論から言ってしまえば、藤尾の周辺にいた人物たちが悪いのである。彼等、あるいは彼女等が藤尾を死においやったのである。まずは藤尾周辺にいた、小野、甲野、宗近三人の独身男たちの罪から考察していきたい。

第一章 独身男の罪

小野の罪

そもそもこの小説において小野は、甲野と同じくらい頼りのない男と描かれていながら、甲野によりそった語り手からは、甲野と同じような評価は得ていない。それどころか、二十一世紀の我々からすると、甲野よりもまともではないかと思われる小野のほうが、よほど「道義」にもとる悪い人間として描かれている。まずはこの語り手の評価から覆そう。
果たして本当にこの小説に登場する小野清三は、語り手が言うような悪玉的な存在なのだろうか。まずは小野清三を語り手が書いている部分をいくつか引用してみよう。

小野さんは暗い所に生れた。ある人は私生児だとさえ云う。筒袖を着て学校へ通う時から友人に苛められていた。行く所で犬に吠えられた。父は死んだ。外で辛い目に遇った小野さんは変える家が無くなった。已むなく人の世話になる。
(中略)
京都では孤堂先生の世話になった。先生から絣の着物をこしらえて貰った。年に二十円の月謝も出して貰った。書物も時々教わった。
友達は秀才だと云う。下宿では小野さん小野さんと云う。小野さんは考えずに進んで行く。進んで行ったら陛下から銀時計を賜った。浮かび出した藻は水面で白い花を持つ。根のない事には気が付かぬ。

「小野さんは水底の藻であった」と書かれるように、小野は過去よいとは言えない生い立ちをしている。だが、この物語の語り手はそんな暗い過去を持つ小野に対して、同情的な立場を取る。そもそも『虞美人草』は、登場人物に「さん」や「くん」と付ける不思議なテクストなのであるが、小野は、甲野と同じく「さん」づけで語り手に呼ばれる人物なのである。ある程度の敬意が払われていると考えてよいだろう。「作者は小夜子を気の毒に思う如くに、小野さんをも気の毒に思う」というように、この物語の語り手は、小野に対して好意的である。そのような小野であるが、この物語のなかでは、彼は是とされずに、宗近によって「真面目」論を説かれ、悔悛する人物として描かれている。では実際に小野の罪について見ていこう。
小野は藤尾と大森へ行く約束になっていた。大森へ行くということは、性的関係を持つ可能性があると指摘したのは、平岡敏夫である。そして性的関係というのは、二十一世紀の現代人の感覚とは大きく異なり、結婚前の男女が性的関係を結ぶということがいかに重大な出来事であるかということを念頭におかなければならないだろう。それを踏まえた上で、小野は大森行きを迷っている。
そこへ宗近がやってきて「真面目だよ。いいかね。人間は年に一度位真面目にならなくっちゃならない場合がある。」(一八)という。この「真面目」という言葉だが、この一語をとってもよくわからない。文脈で判断すると、この少しあとに宗近が次のように言う場面がある。

真面目とはね、君、真剣勝負の意味だよ。遣っ付ける意味だよ。遣っ付けなくっちゃいられない意味だよ。人間全体が活動する意味だよ。口が巧者に働いたり、手が小器用に働いたりするのは、いくら働いたって真面目じゃない。頭の中を遺憾なく世の中へ敲きつけて始めて真面目になった気持ちになる。

ここでも、どこかわかったようなわからないような表現に私には取れる。嘘偽りなく、真剣に、誠実であれといった意味に取れるが、仮に真面目の意味がだいだいこのような意味だとして、ではいったい何に対して真面目であるというのだろうか。
結論はすでに出てしまっている。この小説が書かれた時点で、小野が取った「真面目」はすでに書かれてしまっている。それは、「真面目な処置は、出来るだけ早く、小夜子と結婚するのです。小夜子を捨ててはは済まんです。孤堂先生にも済まんです。僕が悪かったです。断ったのは全く僕が悪かったです。君に対しても済まんです」というものであった。
この真面目になれという部分について、小山静子氏は「藤尾一人の恋 『虞美人草』にみる結婚と相続」で次のように分析する。

小野が藤尾との結婚に求めていたものが単なる経済資本であったかといえば、必ずしもそうではなかったように思う。というのは、彼が欲しいのは財産そのものではなく、経済力で維持できる文化的生活水準や藤尾が持っている文化資本だったと思えるからである

と述べた上で、

つまり宗近は、刻苦勉強する小野に、無理をして背伸びをしている姿、不安定な弱い精神を見ていたのではないだろうか。この言葉は、無理をするな、成り上がろうとするなと言っているようにわたしには聞こえ、それゆえ、小野が小夜子との結婚を決めたように思えるのである

と結論づけている。なるほど確かに小野が財産そのものではなくて、財産があるが故に成り立つ文化的生活水準であるというのは納得できる。現に小野は、甲野の書斎を次のように意識しているし、また、小夜子と結婚したときのことを次のように想像している。

十五章は詳細な甲野の書斎の描写から始まる。

小野さんは欽吾の書斎を見る度に羨しいと思わぬ事はない。欽吾も無論嫌ってはおらぬ。(中略)趣味に叶うと云わんよりは、寧ろ実用に逼られて、時好の程度に己れを委却した建築である。さほどに嬉しい部屋ではない。けれども小野さんは非常に羨ましがっている。
こう云う書斎に這入って、好きな書物を、好きな時に読んで、厭きた時分に、好きな人と好きな話をしたら極楽だろうと思う。博士論文はすぐ書いて見せる。博士論文を書いたあとは後代を驚ろかす様な大著述をして見せる。定めて愉快だろう。然し今の様なげしゅく住居で、隣に近所の乱調詩に頭を攪き廻される様では到底駄目である。今の様に過去に追窮されて、義理や人情の粉紜に、日夜共心を使っていては到底駄目である。自慢ではないが自分は立派な頭脳を持っている。立派な頭脳を持っているものは、この頭脳を使って世間に貢献するのが天職である。天職を尽くす為には、尽し得るだけの条件が入る。こう云う書斎はその条件の一つである。―小野さんはこう云う書斎に這入りたくて堪らない。

想像力に富んでおればこそ、自分で断りに行く気になれなかった。先生の顔と小夜子の顔と、部屋の模様と、暮らしの有様とを眼のあたりに見て、眼のあたりに見たものを未来に引き延ばして想像の鏡に思い浮かべて眺めると二た通になる。自分がこの鏡のなかに織り込まれているときは、春である、裕である、悉く幸福である。鏡の面から自分の影を拭き消すと闇になる、暮になる。凡てが悲惨になる。この一団の精神から、自分の魂だけを切り離す談判をするのは、小さき竈に立つべき烟を予想しながら薪を奪うと一般である。忍びない。人は眼を閉って苦い物を呑む。こんな絡んだ縁をふつりと切るのに想像の眼を開いていては出来ぬ。

このように見ると、小山氏のいうように、小野が結婚というか、自分の将来に対して、直接的に財産が欲しいわけではないが、財産がある故に為し得る文化的水準を求めていたことは確かである。その点は私も賛成する。だが、小山氏の結論はどうか。宗近が小野さんに述べた「真面目」になれという言葉は、自分の身分相応の文化にとどまれ、それ以上の高望みはするなという、そういう「説教」だったのだろうか。私にはそうは思われない。
この小説は最後に藤尾の死という「悲劇」で幕を閉じる。ただ、藤尾の死のみが「悲劇」であって、他は全て上手く行ったのであろうか。藤尾の死という「悲劇」によって、他の人物たちのその後は「喜劇」たりえるのであろうか。私はそうは思えない。というのも、小野は決して小夜子のことを想ってもおらず、小野清三、小野小夜子の夫婦に明るい未来を見いだせないからである。
小野は藤尾との森岡行きの直前まで、小夜子と結婚するか、藤尾と結婚するかを選択できる期間があった。なんとも贅沢な話ではあるが、小野はこの二人のうちどちらかを選ぶ決定打に欠けている。もともと優柔不断な男として描かれてはいるが、それにしてもこの描写からでは、どちらでもかまわない、といった印象さえ受ける。
ただ二十一世紀の読者である我々は結婚に対して次のように思う。結婚はエゴで行うものでもないが、ボランティアで行うものでもない。もちろん、結婚に経済的なものが条件になってくるのは理解ができるし、それが悪いとも思わない。世の中愛があれば、なんていうきれいごとを述べるつもりは毛頭ない。ただ、小野にとっての経済とそこから生み出される文化的水準は、一見するととても熱望しているように思われるが、然程欲しいものでもないのではないかと私は思う。なぜなら、どうしても甲野家の財産が欲しくて、甲野家の文化水準が欲しいのであれば、悩む必要などなく、藤尾との結婚に押し切ればいいからである。にもかかわらず、小野は花嫁選びを決めかねている。
実際最後に「真面目」になれということで、小野はそれまでにあった藤尾との関係や、甲野の書斎への想いなどをあっさりと捨て、いとも簡単に小夜子との結婚に踏み切ってしまう。ほとんど火のないところの火種になろうと決心するのである。すでに大きく燃えている火のなかに入っていくわけではなく。
ここで、小野の中でどうしても結婚の条件に経済力が必要かというと、そうではなさそうだということが浮かび上がってくる。では小野の結婚条件は何が重要なのであろうか。一端経済のことは無しにして考えてみることによって問題点がはっきりしてくるように思われる。
小野の結婚条件とは何なのか。東京で西洋流の思考様式を身に付けたと思われる小野には、恋愛・性愛・結婚がひとつになるロマンチックラブイデオロギーの考えが身についていただろうか。すなわち、結婚は恋愛によってなされるべきだ、恋愛感情のあるところに結婚は生じるべきだという考えがあるだろうか。
九章で、小野と小夜子が二人で孤堂の家にいる場面がある。かつて共に暮らし、五年の年月を経てようやく再開した若い二人が、同室にいる。このようなコンディションとしてはそうない場面で、しかし小野は非常に小夜子に対してそっけないのである。語り手は小夜子のことを極めて高く評価している。小夜子の姿を「美しい画」だと言い、もしその姿を小野がきちんと見ていれば、「編み上げの踵を、地に滅り込む程に回らして、五年の流を逆に過去に向って飛び付いたかもしれぬ」とまでいう。それほど小夜子の容貌は語り手好みなのである。だが、そんな語り手が好む小夜子を前にして小野は、「只面白味のない詩趣に乏しい女だと思っ」ているのであり、「小野さんは急に帰りたくな」るレベルの感情しか有していない。
当然美にうるさいはずの小野は、美を求めるはずである。藤尾のほうが小夜子よりも美しい。小夜子も美しいと語り手は述べているが、小野はその美しさには気が付かない。というよりも、小野好みではないというべきだろう。小野の眼はもっぱら藤尾の美しさばかりを見ている。では、美しいことが結婚の条件になりえるのか、美しいことが愛することができる要因になり得るのか、と言うと、どうやらそうでもないらしい。結局「真面目」になれという一言だけで、藤尾の美しさは捨てられるほどのものだったのである。小夜子のことを美しくないと思っていながらも、あっさりと小夜子と一緒になれる。小夜子は決して醜いわけではないだろうが、美にうるさいはずの小野は、自分が結婚する相手の容貌はそこまで気にしていないようにも思われる。ではいったい小野が「真面目」になったのは何なのか。藤尾と既成事実をつくろうとしていたのをあっさりと辞めさせ、すぐに小夜子と結婚させてしまった小野の「真面目」とは何なのか。
三つ子の魂百までではないが、私は小野の生い立ちを記した部分の特にこの部分に重きを置く。
「京都では孤堂先生の世話になった。先生から絣の着物をこしらえて貰った。年に二十円の月謝も出して貰った。書物も時々教わった。」小野がどのような経緯で井上家に下宿するに至ったかはわからないが、文脈から察するに、他に頼るところもなく、一人で生きていくこともできないまだ幼いころのことだったと予想がつく。そのような年頃で、やはり自分の面倒を見てくれるというのは、その人物にいくら精神的に抵抗したところで、お釈迦様の掌ではないが、逃れるのは不可能に近い。特に「書物も時々教わった」とある。すなわち、小野清三は、一見すると東大の文学部を卒業し、銀時計も貰った、西洋化された人間のように思われるかもしれないが、その根幹となる部分では、小夜子と同じく、井上孤堂の血が流れているのである。個人だ自由だ愛だ、といった西洋的なものの下に、道徳や道義、人情といったものが流れているのである。
小野の悲劇は、下地となったものが二十一世紀の現在からすると確かに美徳と呼ぶこともできなくはないが、そのために幸せよりもむしろ不幸にさせている価値体系だったことである。
「上皮の文明は破れた。中から本音が出る。悄然として誠を帯びた声である」(一八)とあるように、小野が東京で五年間、孤堂の下地の上に作り上げてきたもの、積み重ねてきたものが、孤堂と価値体系を同じにする宗近によって破り捨てられてしまったのである。もし、小野の下地が孤堂によるものでなかったならば。例えばイギリスに幼い頃住んでいた、あるいは英学校に通っていた、という下地があったのならば、破れ去るのは西洋ではなく東洋だったはずである。
では小野の「真面目」とは、上皮である西洋が破れ、下にあった東洋が勝利する、というたったそれだけのことであると考えていいのだろうか。そうすると、藤尾という西洋は孤堂という東洋に負けたという、それだけでのことで解釈していいのだろうか。もちろん、こういう側面がないとはいわないし、私はむしろあると思っている。この西洋と東洋という対立図は他の節でも用いる重要な視点である。だが、これはここではあまりにも抽象的にすぎるように私には思われる。西洋だ東洋だという漠然とした、それこそ定義もできないような概念でもって藤尾が殺されたというのはどうにもかわいそうに思われるし、東洋西洋で結婚をされても困るからだ。東洋や西洋といったものを持ちださずに考えてみよう。小野にとって「真面目」とは何を指すのか。
大森へ行く直前の小野の心境を記した文章に次のようなものがある。

約束は履行すべきものと極っている。然し履行すべき条件を奪ったものは自分ではない。自分から進んで違約したのと、邪魔が降って来て、守る事が出来なかったのとは心持が違う。約束が剣呑になって来た時、自分に責任がない様に、人が履行を妨げて呉れるのは嬉しい。何故行かないと良心に責められたなら、行く積の義務心はあったが、宗近君に邪魔されたから仕方がないと答える。

もちろん「思い返す度に、必ず廃せばよかったと後悔する。乗り掛けた船に片足を入れた時、船頭が出ますよと棹を取り直すと、待って呉れと云いたくなる」性分の小野のことであるから、藤尾との性的交渉が予想される大森へ行く際にこのような心境になるのは理解できる。だが、それでもこれは、小野の「約束」への考え方を如実に表していないだろうか。むしろひっぱくした状況だからこそ、小野の上面ではなく、もっと深い部分の、滅多なことではそうかわらない部分が表れてしまっているのではないだろうか。
ここから読み解く限りにおいて、小野は決して「約束」に対して責任を負うようなタイプの人間ではないということがわかってくる。「約束」に対してこのような感覚を有しているということは、どの「約束」においても、基本的にはこのようなスタンスが取られることだろう。
大森へ行く直前、小野には二つの「約束」があった。一つは当然藤尾と大森へ行く、という藤尾との「約束」である。そしてもうひとつは、小野と、小夜子ではなく、小夜子の父井上孤堂との、娘と結婚するという「約束」である。
この場面より少し前に、浅井と孤堂との場面がある。

妻君がなければ参考の為めに聞いて置くがいい。―人の娘は玩具じゃないぜ。博士の称号と小夜と引き替えにされて堪るものか。考えて見るがいい。如何な貧乏人の娘でも活物だよ。私から云えば大事な娘だ。人一人殺しても博士になる気かと小野に聞いてくれ。それから、そう云って呉れ。井上孤堂は法律上の契約よりも徳義上の契約を重んずる人間だって。

孤堂の有名なせりふである。私はこの「徳義上の契約」が藤尾の「約束」と並ぶ、ふたつの〈やくそく〉だと考えている。もちろん、小説の登場人物である小野には、その後浅井と話す機会を奪われているため、「徳義上の契約」というものが立ち上がってきたことは知りようがない。しかし、孤堂のもとに長年いて、小夜子との結婚が半ば雰囲気としても決まっていたということは小野も十分承知していたことであるし、想像力豊かな小野のことである、孤堂が「徳義上の契約」と思っていることも承知していたはずである。だからこそ、小野はその「徳義上の契約」から逃れるために、十二章で自分のなかで論理のすり替えを行わなければならないのである。

只何事も金がなくては出来ぬ。金は藤尾と結婚せねば出来ぬ。結婚が一日早く成立すれば、一日早く孤堂先生の世話が思うようにできる。―小野さんは机の前でこう云う論理を発明した。
小夜子を捨てる為ではない、孤堂先生の世話が出来る為に、早く藤尾と結婚してしまわなければならぬ。―小野さんは自分の考に間違はない筈だと思う。人が聞けば立派に弁解が立つと思う。小野さん頭脳の明瞭な男である。

小野の頭脳が明瞭なことはいいが、この弁明が立つとは考えづらい。少なくとも注意深い読者の前ではこのようなまさしく机上の空論は、無理がある。小野は頭脳が明瞭なために、自分が行おうとしていることが「徳義上の契約」に違反するものだということを重々承知の上で、それが認められないからこそ、このような論理のすり替えを行わざるを得ないのである。
だが、今引用したこの二つの部分、さらに、「真面目」な処置とは、「小夜子と結婚するのです。小夜子を捨てては済まんです」という部分をつなげて考えると、これらの「契約」がいかにも小夜子と小野との間にかわされていたもののように取り違えてしまう危険性がある。敢えてはっきりと書いて置くが、大森へ行く約束は、藤尾と小野との間の「約束」である。「謎の女」との約束ではない。それに対して、小夜子との結婚は小夜子と小野との「契約」ではない。飽くまでも井上孤堂と小野との「契約」なのである。
ここではっきりしてきたと思う。宗近が言う「真面目」とは、この二つの約束のことだったのである。少なくとも宗近の要領を得ない「真面目」の説明に対して、小野はそのように受け取った。小野は、つい最近した藤尾との約束ではなくて、かれこれ五年ほど、明言していなかったとはいえ、流れの中でお互いに暗黙していた小夜子と結婚するという、孤堂との「契約」を優先したということなのである。
物語はこの小野の判断によって、藤尾の死を迎え、悲劇となるが、しかしそのほかのことに関しては何事も語らずに、まるでその後は上手くいくかのように隠ぺいしている。私がこの悲劇は藤尾の死だけではなく、小野と小夜子の未来に対しても言えるというのは、今まで引用してきたように、小野はちっとも小夜子のことを想っておらず、小夜子との結婚も、結局小夜子の父、孤堂との契約においてしたのみであって、この二人の未来は明るくないだろうと感じるからである。
この小説は小野の判断を是とする。だが、二十一世紀の読者である我々の感覚からすると、この小野の判断は非になるのである。では「真面目」になれと宗近にいわれた際に小野はどうしなければならなかったのか。それは、結婚の問題、というのはそれは本人たちが決めることなのであるから、孤堂を介した小夜子との結婚ではなくて、藤尾との約束を優先すべきだったということになる。
現代においても、昼のドラマなどでは、あいつを選ぶのこいつを選ぶのと、泥沼の愛憎劇が繰り広げられている。確かにこれをある一定の視聴者たちは享受し、楽しんでいるのである。だが、これらは、『虞美人草』と同じく、恋愛か道義かという二律背反のなかにあることが多い。以前恋愛関係があった、しかし今現在では他の人が好きなってしまった。そこで、友人たちは大慌てで、主人公に以前から関係のあった異性を選ぶように、それが人の道だろうと説くわけである。この構図は全く『虞美人草』を同じく、この恋愛対道義という構図が、百年前からずっとかわっていないということを如実に表している。
確かに二十一世紀の現代においてもこのようなドラマは巷に横行しているわけであるが、しかしそろそろこうした二〇世紀的な発想とはお別れをして、その先に進まなければならないのではないだろうか。
それが良いか悪かということは別として、二〇世紀的な発想から抜け出し、新しい価値へと向かうためには、まず完全に道義、西洋と東洋であれば、東洋的な考えから徹底的に抜け出さなければならない。徹底して西洋化するのである。まずはここから始めなければ、二十一世紀の展望はない。
だから、二十一世紀の読者である我々は、小野をこう断ずることができるのである。すなわち、結婚は本人同士の問題なのであるから、井上孤堂との道義的な約束ではなく、こころから愛している藤尾と結婚すべきだったと。たとえそれによって井上孤堂が憤死しようと、それは孤堂自身の責任であり、その責任は小野に及ぶものではない、というところに立たなければ話が前に進まないというわけである。宗近の「浅井の話によると、何でも大変怒っているそうだ。それから御嬢さんはひどく泣いてると云うからね。僕が君のうちへ来て相談をしているうちに、何か事でも起こると困るから慰問かたがたつなぎに遣って置いた」というセリフから、普段このようなことに鈍感な宗近でさえ、孤堂が怒りにまかせて何をしでかすかわからないと危機感を持っているわけである。このことから、孤堂は、おそらく娘をつれて心中しないとも限らない。が、そこまでを小野の責任とするのは、やはり現代の感覚でいったら無理である。それはもはや孤堂の責任としかいいようがない。むしろこれを許容してしまったのならば、結婚してくれなかったら心中するぞという本末転倒がまかり通ってしまうことになる。だから、やはりここで心中する可能性があったとしても、心にもない小夜子と結婚することを選ぶのではなく、心から愛している藤尾を選ぶのは、必定のことだったのである。
小野が最終的には井上孤堂への恩義の心を取り戻し、心にもない小夜子との結婚を選んだのには、このままでは孤堂が小夜子をつれて変なことをしかねないという恐怖があったからに違いない。それは、孤堂と数年来一緒に生活していて、さらに想像力の豊富な小野には痛いほどわかっていたはずである。それでもしかし、自分の心に従おうとしたのが、この物語が生ずる原因となったのである。それにもかかわらず最終的には、その自分の本心を打ち殺し、心にもない小夜子との結婚を選んでしまうのである。これはいわば自己犠牲ということができるだろう。
自己犠牲というのは、二十世紀的な価値観でいえば是になる。が、二十一世紀的な価値観で伊庭、非になるのである。やはり自己本位であることがまず何より先んじてあらねばならない。
例えば二〇〇四年一月三〇日にTYPE-MOONから発売されたパソコンゲーム『Fate/stay night』という作品は自己犠牲をする人物が主人公である。この物語は魔術師となった人間が、己の使い魔を召喚して、戦い、聖杯戦争というものを勝ち進んでいくという物語展開をするのであるが、ここで通常の魔術師が自己を守るために使い魔を使うのに対して、主人公である衛宮士郎は、使い魔を守るために、自己犠牲をせずにはいられない少年として描写される。二〇一〇年一月二三日に公開された劇場版アニメ第1作である『Fate/stay night UNLIMITED BLADE WORKS』では、中盤衛宮士郎とともに戦うことになった遠坂凛という少女によって次のように評される場面がある。

「どうして」
「ん?」
「あいつの前に出れば殺されるってわかってたでしょ。なのにどうして飛び出したりしたの」
「どうしてもなにもない。助けたいと思ったから」
「前から異常だと思ってたけど、今ので確信したわ。士郎の生き方はひどくいびつよ。自分より他人の命が大切なんて間違ってる。人間は自分を一番にしなければいけないの。そもそも自分というものははかりにかけられない別格。いうなれば、はかりそのものでしょ。なのにあんたは、そのはかりを壊してでも他人を助けようとする。」
「遠坂」
「あんたが自分の無いただ生きるだけの人間ならそれでもいい。けど、士郎には自分があるじゃない。そんな確固たる自意識があるくせに自分をないがしろにするなんて。いつか必ず壊れるから。」
「壊れるなんてむしろそうならないために」
「いいえ、もう十分に壊れているわ」

作品では、士郎の自己犠牲は終盤でさらに別の形態へと変化していく。士郎の自己犠牲は自分の理想のためにということであったのだが、やはりその結果が成功しないことが、未来から現れた自分によって証明されてしまうのである。その結果、士郎は今の自己犠牲ではない、新しい何かを求めて戦いへ赴いていく、というように変貌していく。
このことからも、やはり自己犠牲をするということがいびつである、というのは二十一世紀的発想ということができるだろうと考える。さらにこの作品が二十一世紀的な発想を代表することを証明するために、宇野常寛の『ゼロ年代の想像力』から、本作が言及されている箇所を引用したいと思う。

二〇〇五年、東浩紀はそれまで携わってきた〈ファウスト〉から距離を置くことを宣言した。それまで佐藤友哉や滝本竜彦ら「セカイ系」の流れを汲む作家たちを中核に置いていた同誌が、「新伝綺」ジャンルを提唱し、作風としては「サヴァイヴ系」の流れを汲む『Fate/stay night』『空の境界』の奈須きのこを中心に路線変更したことへの批判がその理由である。奈須きのこを「物語を語ることにためらいがなさすぎる」と批判する東は『Fate/stay night』を評してこう語っている。

(『Fate』の主人公、衛宮士郎には)内面がないし、葛藤がない。『機動戦士ガンダム』以前の少年の造形だと思う。むしろ『宇宙戦艦ヤマト』に近いでしょう。古代進ってなにも悩んでいなかったじゃない。なんのために宇宙戦艦乗っかってんだとか、ヤマトって無意味なんじゃないかとか、地球なんて滅びちゃえばいいとか、古代は絶対思わない。一九七九年に『ガンダム』が現れて以降、そういう能天気さは通用しなくなって、その屈託こそがオタク的想像力の強度を支えてきたと思うってたんだけど、『Fate』はそういうのをすべて吹き飛ばしている。
―東浩紀『美少女ゲームの臨界点』一二八頁/波状言論(東浩紀個人事務所)/二〇〇三

つまり、「戦うことに迷いがない」『Fate/stay night』は八〇年代以前への退行であるというのが東の理解である。『Fate/stay night』がオタク的なお約束、快楽原則に忠実な、良くも悪くも非常に淡泊な作品であることは間違いない。だが、東のこの批判は大きな見落としを孕んでいる。これまで確認してきた通り『バトル・ロワイアル』『リアル鬼ごっこ』『野ブタ。をプロデュース』、そして『DEATH NOTE』と、ゼロ年代前半、東の視界から半歩踏み出したところには、既に九〇年代後半の「セカイ系」を通過(克服)した新しい想像力が台頭してきており、『Fate/stay night』は明らかにこの流れを汲む作品に他ならないからだ。
衛宮士郎が戦うことにためらいがないのは、彼が何も考えていないからではない。ゼロ年代を生きる若者にとって、生きることはすなわち戦うことだという認識が徹底されていったという時代の変化がその背景にはある。『バトル・ロワイアル』でも、『リアル鬼ごっこ』でも、主人公はある日突然、理不尽なゲームの中に投げ込まれて、過酷なサバイバルを強制される。そして否応なしにゲームをプレイすることになる。
かつての「引きこもり/心理主義」、あるいはその流れを汲む「セカイ系」が、一九九五年以降の政治状況がもたらした社会像の不透明化に対する敏感な反応だったように、彼等の「サヴァイヴ感」は、社会像の不透明化に怯えて引きこもっていたら生き残れないという、九・一一、小泉構造改革以降の政治状況に敏感に反応した想像力なのだ。「迷い」や「ためらい」は消滅したのではなく、前提として織り込み済みになったのだ。

現代は、二十世紀的な世界とは異なり、道義のようなものを優先し、自己を犠牲にしていては生きてはいけない社会となっている。だからこそ、その社会や政治状況に敏感に反応したのが、この二十一世紀的な、道義を感じていては生きていけないという想像力に繋がるわけである。
結局作中では小野は小夜子を道義によって選んでしまったが、彼等の未来は決して明るくない。二十一世紀の現代であれば、まず結婚しないだろう。もし仮に間違いがあって結婚してしまったとしても、現代において離婚することは以前のように「悪い」ことの様には思われないから、離婚することだろう。離婚してでも自分の生きたいように生きていることが、現代では求められるのである。また、そうしなければ生きていけないのである。
このようなことから、二十一世紀的な想像力において、小野は小夜子ではなく、藤尾を選んだほうがよかった。そして小野の罪は、その自己を犠牲にしてまで道義を優先したということに求められるのである。

甲野の罪

小山静子「藤尾一人の恋 『虞美人草』にみる結婚と相続」につぎのような興味深い一節がある。まずはそこを引用してみよう。

もう一つの家庭の特徴は、一家団欒という言葉に象徴されるように、家族成員の神的交流に高い価値が付与されていたことである。夫婦や親子、兄弟姉妹は愛や親密さといった情緒的絆で結ばれ、親愛の情に基づく人間関係が家庭では追求されていった(拙著『家庭の生成と女性の国民化』勁草書房、一九九九年、参照)

私が批判する甲野の罪は、家族に仲良くしなかったからといった、そのレベルの批判ではない。もちろん、西垣勤氏が明らかにしたように『「虞美人草」論』(「日本文学」明治三九年、五)

甲野さんは二十七歳、藤尾は二十四歳であり。とすれば、父の再婚は早い時期のもので、甲野さんは一番遅く見積っても二歳から育てられていることになり、三歳の時に赤ん坊の藤尾を見て いることになる。この三人は、外交官の父と共に二十数年間一緒に暮らしているのである。そうではあってもなさぬ仲の母子、母違いの兄妹というのはこういうものであるというのも一種の常識ではあるが、そのこともこの小説に明確に説明されているわけではない

という指摘から、いくら西垣氏も配慮して書いていたとして、二十年という歳月は長い。しかも二歳や三歳といった、まだものごころもつくかつかぬかという内から一緒に過ごしているのである。あまりにもその期間、母や妹を理解しようとしてこなかったという批判はなりたたないわけではない。だが、甲野と母の関係を論じる際には、やはりその時代時代の文化的尺度、価値観にそまってしまう。二十一世紀読者である私は、いまさらすでに行われたように、家族団欒が至上の価値であるという価値体系を持ち出すことはなく、家族は仲良くしなければいけないといった作り出されたイデオロギーを押し付けるつもりはない。直接血縁関係のない人々が、家族という制度上一緒に住んでいるだけで、そこにこのイデオロギーを持ち込み、一緒に住んでいる以上は血縁関係がなかろうと、どんな価値の相違があろうと、仲良くなければならないという押し付けは暴力以外のなにものでもないと思うからだ。一家団欒というイデオロギーの押しつけを回避しつつも、甲野と母との関係において、二十一世紀の読者である私がそれでもなお指摘できることといえば、作中に描かれる彼の行動や思考についてのみであろう。
例えば酒井英行氏は氏の論文『『虞美人草』論―小野と小夜子―〉』(「日本文学」一九八三・〇九)において、(一九)で甲野が母を断罪する場面を引用し次のように論じる。酒井氏が引用した箇所も引用しておこう。

あなたは小野さんを藤尾の養子にしたかつたんです。私が不承知を云ふだらうと思つて、私を京都へ遊びに遣つて、其留守中に小野と藤尾の関係を一日〱と深くして仕舞つたのです。さう云ふ策略が不可ないです。私を京都へ遊びにやるんでも私の病気を癒す為に遣つたんだと、私にも人にも仰しやるんでせう。さう云う嘘が悪いんです(十九)
このような「策略」を弄する母、それに加担する藤尾が「小刀細工の好な人間」であり、「死に突き当たらなくつちや、人間の浮気は中々已まないものだ」というわけである。理論としては筋は通っているが、この的確な洞察は、現実を組み替えることに少しの効力も持っていないのである。母の魂胆が分かっているのであれば、母の勧める旅行を拒否すればよいではないか。何ひとつ現実に手を下さないで、母と藤尾の企て通りに進行してゆく現実をただ眺めているだけの無力さは蔽うべくもない。現実を引き受けることをしないで、観念的に高所に居座っている甲野の人格に、まず不快感を表明しておきたい。

この酒井氏の指摘はもっともである。これだけ鋭い洞察力を有していたはずの甲野である。ならばなぜその洞察力を現実世界で生かさないのか、というのはまっとうすぎる指摘である。甲野はおそらく京都に行っている時点で、いや京都に行く前から京都旅行を勧められた時点で、その洞察力をもって母と藤尾の「策略」を見ぬいていたはずである。もしも小野と藤尾との関係をこれ以上進展させてほしくなかったのであれば、その策略を見ぬいて、藤尾は宗近と結婚するはずでは、と藤尾と母親と話し合っておけばよかったはずなのである。にもかかわらず、まるで相手の術にはまったかのように見せかけて、実ははまっていなかった、それは演技だった、というのはあまりにも姑息なのである。しかもその演技の結果に何が生じたのかというと、いくら嫌いだとはいえ実の妹の死である。最初から甲野が京都旅行を拒否していれば、もしくは救われた命である。にもかかわらず、最後に「セオリー」と題して、「悲劇は遂に来た」などと不埒な発言をしているのである。
「悲劇は遂に来た」という日記からは、悲劇が起こることを予測できていたということが如実にわかってしまう。わかっていたのにもかかわらず、それを止めなかったというところからみて、どう考えても甲野は妹の藤尾を最初から殺したかったとしか思われない。
甲野の罪はと言えば、この藤尾の悲劇を予想できていたにもかかわらず、それをなんら阻止しようとしなかったどころか、敢えて相手の術中にはまることによって、できるだけ悲劇を迎えようとした、というものであろう。これはこの作中のどの登場人物よりも業が深いように感じられる。
しかしまだしもこの作者漱石が「セオリー」をつけたいと言ってつけた、甲野の哲学が筋が通っているものであればいい。だが酒井氏はさらに言う。

ハムレット的課題を背負わされた甲野は、「嫁を貰ふ位なら十二年叡山へでも籠る方が増しである」と考えて、糸子の愛を受け入れようとしないのである。ところが、作品が大団円に向かって急転直下する間際に及んで、甲野は彼の哲学を放棄するのであり、それが「真面目」な処置だとされるのである。これでは読者は肩透かしをくわされた感を抱かざるを得ない。作品世界を統御する甲野の哲学は、彼が現実に関わり、現実を生き始めた途端に、根底から瓦解しているのである。彼の哲学は、観念世界においてのみ効力を発揮するものでしかなかったのである。

確かに観念世界においてのみ筋が通っているとも言えなくもないが、しかし嫁など貰うくらいならといったその口で、糸子と結婚した後に、「悲劇は遂に」と言っているのである。笑止である。
しかし、だからといって甲野の「哲学」が無力なのかというとそうではないのである。その部分がさらに罪深い。藤尾はまさしく兄の甲野によって殺された。だがそれはどのフェーズでか、というと、この酒井氏の論考を借りれば、「観念的」な世界においてである。現実世界の段階においては、小野の裏切りもさることながら、直接的な藤尾のとどめを刺したものは、宗近の金時計破壊にほかならない。
甲野の罪は、だが、母と藤尾の策にはまったようにして彼女たちの策略をそのまま野放しにしていたからということだけに求められるものではない。観念のレベルで藤尾を殺したというのが、私の考える甲野の一番大きい罪であるが、それに準じて、兄として、家父長としての罪もまた指摘しておかなければならないであろう。
旧民法の家父長制においては、仕方なかったとはいえ、哲学者を自認する甲野である。自分の信じている価値体系が信ずるに値するものなのか、という疑いを持たずに、その規則に則って、妹藤尾の結婚を兄であり、家父長である権限において決定しようとしたのは現代からすれば、やはり罪となるであろう。このことを北田幸恵氏は『男の法、女の法―『虞美人草』における相続と恋愛』(漱石研究(一六)二〇〇三・一〇)において端的に指摘している。

つまり欽吾は文明を痛烈に批判するものの、半封建的近代の日本型文明の集約である明治民法と家族制度については全くの批判や相対化の意識はなく、むしろそれを自然として受け止め、それに逆らうことを作為、策略ととらえている。彼の文明批判は現実対応力のない観念的なもので、自己批判の契機を持っていない

このことからもやはり甲野欽吾はその不徹底な彼の哲学、「セオリー」で藤尾を裁くべきではなかったのである。にもかかわらず、彼はその哲学で死後の藤尾に最終的に、精神的にとどめをさしたのである。この罪は宗近の現実レベルにおいて彼女を殺害した罪と同レベルのものであろう。
さて、ではどうすればよかったのか。どうすれば藤尾は死ななくて済んだのかということを少し考えてみよう。北田論をさらに引用する。

これは水田宗子が鋭く指摘したように「甲野の家督相続の放棄という決意が、家を離れて自分の望む道を歩もうとする近代的自我に目覚めた男の選択とならないのは、そこに甲野の継母の本心への疑惑があり、彼の決意が自分の望む生き方の主張というよりは、継母からの逃走であるから」だ。彼の出家願望は明治の家制度への身を挺しての拮抗という近代的解放の文脈で理解すべきものではなく、東洋的脱俗、隠遁願望の実践であり、母妹への恐怖とそこからの逃亡であった。

北田氏の水田論を引用しての指摘は共に重要である。まず小説認識として、欽吾が家を出たがっていたのは、西洋的な自己本位ということではないということである。もし欽吾が自己本位で家を出たがっていたのならば、そうすべきであったろう。それもより早くに。この小説はすべての出来事が同時に起こることによって、悲劇を迎えるのである。もちろんこれは作者レベルで考えれば漱石がそのようにこの小説を設計したということになるわけであるが、一度小説の世界に入って、そこからこの悲劇を迎えなくさせるためにはどうしたらよいのかと考えると、この様々な出来事をばらばらに起こるように時間をずらせばよかったということになる。であるから、欽吾の出家は、彼の本心からのものであれば、一刻も早くすべきだったのである。そうすれば、亡き甲野父の父権を笠に着る欽吾がいなくなることによって、少なくとも精神面で藤尾は大分救われたからである。もしかすれば、欽吾がいないことによって、宗近の動きも鈍り、藤尾は死を免れたかもしれない。
だが、北田氏の論はそうではない。欽吾は自己本位で出家したかったのではなく、それは母と妹への恐怖、女性恐怖的なものから来たものだというのである。欽吾は小野とともに小心者で臆病な性格の持ち主として描かれる。小野よりも現実に働きかける力のない欽吾であるが、その結果悲劇を予測できていながら手をこまねいて何もしなかったのであるならば、やはりいくら性格がそうだからといって、わかっていて何もしなかったことの罪を負わなければならないであろう。欽吾は「謎」を増産する継母から逃げるのではなく、一度母ときちんと体面しておくべきだったのである。
ここで私は「真剣に」とか「腹と腹を割って」「建て前ではなく本音で」という形容をつかって、欽吾に母と対することを望むが、これらの形容は、宗近のいうところとははっきりと異なるということを事前に断っておかねばならない。この小説でこれらの形容が登場するのは、宗近が小野に対して「真面目」を解く場面である。
この部分はすでに引用したので割愛するが、この宗近の「真面目」というのは、小野の罪の節で分析したように、西洋的な自己本位ではなく、東洋的な道義という意味である。それを形容する際に宗近は「真面目とはね、君、真剣勝負の意味だよ。遣っ付ける意味だよ。遣っ付けなくちゃいられない意味だよ。人間全体が活動する意味だよ。口が巧者に働いたり、手が小器用に働いたりするのは、いくら働いたって真面目じゃない頭のなかの遺憾なく敲きつけて始めて真面目になった気持ちになる」うんぬんと述べる。だが、よくよく考察してみれば、ここで我々が日常使う意味での真面目であれば、それは自己本位であるから、藤尾を取るということになる。が、ここで小野は小夜子をとるのである。これは宗近の言う「真面目」が自己本位の真面目ではなく、道義の真面目であるからである。こういう意味で、この小説では「真面目」をめぐって形容が混濁しているので、気を付けなければならないと断ったのである。
私が言うのは、一度この東洋的な道義による真面目ではなく、西洋的な、自己本位の真面目で、継母と欽吾はぶつかり合う必要があったということなのである。もちろん、欽吾はそのぶつかりを通して、結婚は当事者同士が決めるものという論理を獲得しなければなるまい。家父長制度に則って、家父長となった欽吾が妹の婚約者を決める権利があるという誤った認識を相対化しなければならない。それと同時に、欽吾は母と一度向き合うべきだったのである。欽吾の哲学が相対化されていなければ、母との対話は藤尾を巡るものとなる。それはすでに作中でも描写されている。が、さらに必要だったのは、あの場面で父が決めた約束という家父長的な考えでは無くて、自己本位による、私は藤尾を宗近と結婚したらいいと思う、という自己本位の論理にしていなければいけなかったのである。ここまで来て、結婚は当事者同士の意向が何よりにも増して最優先されなければならないという論理が通る。これによって藤尾の婚約はやはり宗近ではなくて、小野になることになるのである。この婚約の理解を、より速い段階で欽吾はしておかなければならなかったのである。この理解が遅れたために、藤尾は死んでしまったのである。
この理解を早く了解することによって、欽吾の行動は変わったのであろう。欽吾は家督を藤尾にやるやるといってやらない。これはどこかで欽吾がやはり家と財産を欲していたからではないだろうか。家を出ていくといってなかなか出て行かないのは、欽吾の行動力の無さに加えて、また家父長であるという考えに加えて、実は家や財産が欲しかったからという理由が少なくないはずである。
とすると、語り手の言葉を敢えて使えば「上皮」が破れて「本音」が出てくるのである。本音というのはこの場合、家や財産が欲しいという欲望である。自己本位に為した方が、変に道義を持ち出すよりよほどいいと私は述べて来た。だから、ここで欽吾がでは、といって、藤尾と母から財産と家を奪って、二人を家の外に出してもいいのである。そうすればもちろん、欽吾の非難はさけられないだろうが、嘘偽りで上皮をつくろって、家族ごっこをして継母の面倒も見る、財産ももらうという選択よりよほどいい。藤尾との結婚に、財産目当てもあった小野であるが、財産が全てではなかったはずである。藤尾と結婚しても財産が付いてこなくなったと知っても、藤尾との婚約は恐らく破棄しないはずであろう。藤尾とその母と、小野は、三人で小野の家で過ごすことになるはずである。これは最悪を想定して述べていることなので、もしここでよしわかったと欽吾が家を出たとしても、それはそれで悲劇を回避できるわけである。
このような想定から、欽吾の罪は、一つは藤尾を精神的な世界において殺害したこと。もうひとつは、藤尾の悲劇を予想できていないもかかわらず、それを回避しようという行動を何一つとしてしようとしなかったこととなる。

宗近の罪

『虞美人草』において、最も好男子と描かれ、藤尾にこそ嫌われるものの、読者からも長いこと好意を持たれてきた宗近について、ここでは考察してみたい。作品世界においても、語り手は宗近のことを非常に高く評価している。研究史においても、宗近はあまり論じられてきたとは言えず、そのなかでも宗近を否定的に見た論は数少ない。管見の限りでは、酒井英行氏が『『虞美人草論』―小野と小夜子―』(「日本文学」一九八三・〇九)のなかで、「宗近が小野を説諭している図は、いささか自信過剰の鼻持ならぬ男がしゃしゃり出ている図でしかない」と述べているのが批評の限界であろう。
だが私は、この宗近一にこそ、この物語においては最も罪の重い人物であると考えているのである。その理由をこれからみていこう。
宗近の罪は二つある。一つは小野に対しての罪である。酒井氏も述べた宗近が小野を説諭する場面は、十八である。浅井と井上孤堂の切羽詰まった場面の後に、浅井が宗近家に転がり込み、一が一部始終を浅井から聞き、小野のもとへ来るのである。
この時の小野は、大変不安定な心理状況にある。一つは、使いにやった浅井が井上孤堂に対してどのように話をすすめたのか気が気でないということである。「否と聞くならば、退っ引きならぬ瀬戸際まであらかじめ押して置いて、振り返ってから、臨機応変に難関を切り抜けて行く積の計画だから、一刻も早く大森へ行ってしまえば済む。否と云う返事を待つ必要は無論ない」と言っておきながら、「決行する間際になると気掛りになる。頭で拵え上げた計画を人情が崩しにかかる。想像力が実行させぬ様に引き戻す」といい、やはりどこかで井上孤堂と小夜子を切り捨てることができない、己の内面に素直に従うことを最上のこととするロマンチックラブに従いきれない、井上孤堂のもとで教わった東洋的な自己犠牲や徳義が出てきてしまうのである。更にそれに付け加えて、小野は自ら「弱い」という「性質」のために、藤尾との大森行きを「是非行かねばならぬとなると、何となく気が咎め」てしまうのである。
このような心理状況の時、ただでさえ気の弱い小野は精いっぱいの状況であっただろう。そこへ、のそのそとやってきたのが宗近一である。一は「何時の間にどう下女が案内をしたか」小野が分からないようにやって来て「ぬっと這入った」のである。そうして、小野という主人がいながら、「「どうだい」と部屋の真中に腰を御」す。そのあまりにも堂々とした態度に小野は、その家の主人であるにもかかわらず、「恐縮の体で向き直」らずにはいられない。
私がいわんとしていることは、このような描写からでも、二人のパワーバランスが圧倒的にあり、宗近のいう「真面目」論は、説得、納得、したために小野が改心したという流れではなく、恐喝、拒絶不可によって無理やりなされたことであるということなのである。
「小野さん、真面目だよ。いいかね。人間には年に一度位真面目にならなくっちゃならない場合がある。上皮ばかりで生きていちゃ、相手にする張合がない。又相手にさても詰るまい。僕は君を相手にする積で来たんだよ。好いかね、分かったかい」という宗近に対して、小野は「ええ、分かりました」としか答えようがない。普段それほど饒舌でもない宗近がこの時ばかりは饒舌に見えるのは、相手にはいかいいえかの二択しか与えない様に巧妙な詰問の仕方をしているからにほかならない。はいかいいえ意外の答えをすべて宗近が用意することによって、宗近は必然的に言葉数が増えるというわけである。そうして分かったという小野に対して、「分ったら君を対等の人間と見て云うがね。君はなんだか始終不安じゃないか。少しも泰然としていない様だが」と述べる。ここでまず確認しておきたいのは、宗近自身が二人の関係を対等ではないときちんと認識していることだ。もちろんこの対等というのは、自分は「真面目」であるから高等な人間であるという認識の上に立つものである。その上で、小野は「真面目」ではないから自分より下の人間であるということだ。だから、宗近の論理で言えば、「真面目」を誓った小野は、「真面目」になるという条件がクリアできて、ようやく宗近と同じ土俵に入ることがゆるされるという論理になる。
だが、確認しておかなければならないのは、宗近のこの「真面目」の土俵が、宗近に有利な場所であり、そこに小野を無理やりに、「いいえ」とは答えづらいような状況で誘導することによって、完全に宗近の論理が通るような場所にしてしまっているということである。ここで小野は宗近のいう「真面目」の土俵に立ってはいけなかったのである。が、それを気の弱い小野に求めるのは酷というものであろう。
さらにこの言説からは、宗近の巧妙な戦術が伺える。「僕は当っ擦りなどを云って、人の弱点に乗ずる様な人間じゃない」という言葉からは、宗近がともすると「当っ擦り」で「弱点に乗」じてしまうというのを分かっている何よりの証拠である。むしろ、そうであるからこそ、そうではないと事前に否定することによって、自分は弱点に乗じたものではないという立場を獲得できたのである。その上で、小野が気の弱い人間であるということを知っていながら、それがさも前のことを分かっているというかのように、「君はなんだか始終不安じゃないか」と言ってのけるのである。
この手法は巷に横行している占い師などと同じレベルの話術で、誰にでもわかりそうなことをさも私にはわかる、私だからわかるということによって、相手に何故この人は私のことがわかるのだろうと、この人なら私のことをよくわかってくれている、という認識に至らしめる話術である。小野の気が弱いことは、誰が見たって分かる。それをさも自分はわかっているというように一つ一つ述べていくことによって、宗近と小野のパワーバランスは占い師と占われる者といった、圧倒的な力関係が構築されていくのである。
「僕の性質は弱いです」と言い当てられたことを今更のように述懐しなければならない小野。このときの小野の心情はどのようなものであっただろうか。いきなりづけづけと入って来て自分の部屋の真中に腰を据える。心理的に考えても、すでにこの時から宗近は小野のパーソナルスペースに入っていくということを認識しているに違いない。もし無意識だとしたら、生粋のヤクザである。そうして、自分からわかりきったことを言わせておいて、「宗近君は猶と顔を寄せる。片膝を立てる。膝の上に肱を載せる。肱で前へ出した顔を支える」のである。これはヤクザやマフィアのような連中が登場する映画でもしばしば使用される初歩的なやり方であり、何か重要なことを言うときに、相手に近づいていく、そうすることによって、相手には否が応でも従わざるを得ないような状況を作り出しているのである。
そして何を言ったかというと「救いに来た」というのである。宗近は小野が置かれている状況を既に浅井から聞いて知っている。小野が恩義になった先生の娘との縁談を断ったというのを知っているはずであり、そしてその結果先生が怒っているということを知っている。情報的にも有利な状況において、宗近は小野を心理的に追い詰める。追い詰めた後で、実は救いに来たのだと一筋の光明を指し示すのである。そうして、なんだかんだと理屈をつけて、最終的には「真面目」になれというのである。この際の「真面目」という言葉があやふやでわかりづらいのは、宗近にとって、どのようにも相手を操るためである。詳しく定義してしまうと、それは「真面目」ではないのではないかと小野に思わせる可能性があるから、敢えて「真面目」という語を漠然としておくのである。そうして、小野に行ってもらいたい行動を述べて、それを「真面目」なのだと言えば、小野をいかようにも操ることができるのである。

「小野さん、僕の云う事は分からないかね」
「いえ、分かったです」
「真面目だよ」
「真面目に分かったです」
「そんなら好い」
「有難いです」

という場面は、小野が宗近のいうよくわけのわからない「真面目」論に何でも従うということを認めてしまった決定的な箇所であるということができよう。あろうことか、そうして自己と云うものを捨てて、宗近の言いなりになることを「有難い」とまで言ってしまっているのである。ここですでに洗脳は完全に完成しているといってもいいのである。

「しかし真面目になると、ならないとは大問題だ。契約があったの、滑ったの転んだの。嫁があっちゃあ博士になれないの、博士にならなくっちゃ外聞が悪いのって、まるで子供みた様な事は、どっちがどっちだって構わないだろう、なあ君」

という箇所はやはり、論理的手に「構う」か「構わない」かのはい、いいえの回答しかできない聞き方になっているのであり、気の弱く、パワーバランスが決定的となってしまっているこの状況で、構うということが出来ないのは明白なことである。小野は仕方なく「ええ構わないです」としか言うことができない。しかしこの箇所の前に、「外の事と違って結婚問題は生涯の幸福に関係する大事件だから、いくら恩のある先生の命令だって、そう、おしおれと服従する訳には行かない」ときちんと小野は述べているのである。小野にとっては、ちっとも構わなくない問題なのである。にもかかわらず、「構わない」と述べているのは、やはり小野の意志から出た真であるとは考えられないのではないだろうか。
そうして、「構わない」としか言いようのない状況を作り出すことに成功した宗近は、小野にその「構わない」のなら、どうすればよいのか「真面目な処置」は何なのかというところのみを言わせるのである。あたかも自分の口で言っているために、自分が考えて述べたことのように小野には感じられたかもしれないが、これは宗近から言わされたことである。「真面目な処置は、出来るだけ早く、小夜子と結婚するのです」というのは、小野の声ではなく、宗近の「真面目」という論理から出された結論でしかない。小野が自分の「幸福」を求めるのであれば、藤尾を大森に行けばよかったのである。
そうして宗近は、そも「真面目」の証拠に「僕の前で綺麗に藤尾さんとの関係を絶って見せるがいい。その証拠に小夜子さんを連れて行くのさ」ということをしろと迫る。さすがにこれには無理だと感じた小野は、「あんまり面当になるから―成るべくなら穏便にした方が……」と必死の抵抗を見せるも、即座に「面当は僕も嫌だが、藤尾さんを助ける為だから仕方がない。あんな性格は尋常の手段じゃ直せっこない」と論を進めてします。それでもできないという小野は、「然し……」と更なる反抗を見せるが、それもやむなく、「君が面目ないと云うのかね。こう云う羽目になって、面目ないの、極ろが悪いのと云って愚図々々している様じゃ矢っ張り上皮の活動だ。君は今真面目になると云ったばかりじゃないか。真面目と云うのはね、僕に云わせると、つまり実行の二字に帰着するのだ。口だけで真面目になるのは、口だけが真面目になるので、人間が真面目になったんじゃない。君と云う一個の人間が真面目になったと主張するなら、主張するだけの証拠を実地に見せなけりゃ何にもならない。……」と宗近独自の「真面目」論を述べ立てることによって、反論の機会そのものを潰してしまうのである。
この場面は、小野が決定的に反抗する意志を宗近によって破壊された箇所として読み取れる。なぜなら、その後、彼が宗近に反論しようというところはなく、それよりか、宗近にどうすればいいかを窺うようになってしまうからである。「ところで、みんな打ち明けてしまいますが」という小野のセリフから、小野はもう完全に宗近の言いなりになってしまったことが判明する。だから、「もう二時だ。君はどうせ行くまい」というすでに決まったことのように宗近が言うのであり、それに対して、小野も「廃すです」なのである。
もちろんこの場面は、気の弱い小野が、一つは井上孤堂に対して済まないと思っていること、それから藤尾を横から奪ってしまったのではないかという罪の意識によって、宗近に気が引けていること、これらの要因が小野をより宗近の言いなりにさせやすくなっていることは言うまでもない。だが、それ以上に、小野は宗近に対しては次のような感情を日頃から抱いているのである。

あの男の前へ出ると何だか圧迫を受ける。不愉快である。個人の義務は相手に愉快を与えるが専一と思う。宗近は社交の第一要義にも通じておらん、あんな男はただの世の中でも成功は出来ん。外交官の試験に落第するのは当り前である。
然しあの男の前へ出て感じる圧迫は一種妙である。露骨から来るのか、単調から来るのか、所謂昔風の率直から来るのか、未だに解剖して見ようと企てた事はないが兎に角妙である。故意に自分を圧し付けようとしている景色が寸毫も先方に見えないのに此方は何となく感じてくる。只会釈もなく思うままを随意に振る舞っている自然のなかから、どうだと云わぬばかりに圧迫が顔を出す。自分はなんだか気が引ける。あの男に対しては済まぬ裏面の義理もあるから、それが祟って、徳義が制裁を加えるとのみ思い通して来たがそればかりでは決してない

これは十四で、井上孤堂から買い物を頼まれた小野が井上家へ行く手前、宗近と偶然鉢合わせた場面の記述である。ここでも、「徳義」の「制裁」だけではなく、小野が宗近と対すると圧迫されると書かれているのであり、やはりここから、小野は本当に「真面目」になったのではなく、宗近に已む無く「真面目」にされたということができるだろう。これが宗近の第一の罪である。藤尾と大森に行きたかったのを、小夜子と結婚したくなかったのを、無理やりさせたという点で、罪である。
もう一つの罪は、もちろん、藤尾への罪である。「面当は僕も嫌だが、藤尾さんを助ける為だから仕方がない。あんな性格は尋常の手段じゃ直せっこない」という部分からは、藤尾の前に小夜子を連れて行き、そこで小夜子が小野の妻であること、藤尾との関係を小野が切ることは、藤尾にとって「面当」になっていると宗近は分かりきっていることが判明する。だからこれは何よりも藤尾への「面当」なのであり、その「面当」のために藤尾は死んでしまう。
不思議なのは、宗近はこの藤尾の「性格」をいつ「尋常の手段では直せっこない」と認識したかということである。それまで宗近は、十六で外交官の試験に受かった直後に父に対して「外交官の女房にゃ、ああ云うんでないと不可ないです」と述べている。このような判断基準から、宗近には、自分の妻となる者に対して、実用的な基準でしかとらえられていないのである。藤尾に「あんな詩趣のない人」と言われても仕方がない。宗近の考えのなかには、愛だとか恋だとか、そういう概念はないのである。「外交官の女房」には、藤尾のような存在がよかったのであり、もしも、西洋ではなく、東洋の方の外交官にでもなる場合は、ことによっては小夜子のようなのが女房でなければならないといいだしていても何らおかしくないのである。
そうして、父には縁談が断られそうなことを聞いた上に、妹の糸には「だけれど、藤尾さんは御廃しなさいよ。藤尾さんの方で来たがっていないんだから」「ええ、だって、厭がってるものを貰わなくっても好いじゃありませんか。外に女がいくらでも有るのに」と言われているにもかかわらず、「外交官の女房には」藤尾のようなのがいいという理由からだけで、まだ藤尾を嫁に貰おうと考えているのである。
まず、ここからは、嫌がっているにも拘わらずに、それでも自分が良ければ、という自己中心的な考えで藤尾を妻にしようとしているというエゴイズムが見られる。この後散々小野に対して、「真面目」という道義を説いておきながらである。
宗近の算段はこうだ。

「然し自分の財産を棄てて吾家を出るなんて馬鹿気ている。財産はまあいいとして、―欽吾に出られればあとが困るから藤尾に養子をする。すると一さんへは上げられませんと、こう御叔母さんが云うんだよ。尤もだ。つまり甲野さんんお我儘で兄さんの方が破談になると云う始末さ」
「じゃ兄さんが藤尾さんを貰うために、欽吾さんを留めようと云うんですね」
「まあ一面から云えばそうなるさ」
「それじゃ欽吾さんより兄さんの方が我儘じゃありませんか」

散々藤尾はやめておけと父と妹に言われているにもかかわらず、「外交官の女房」に相応しいという理由から未だに藤尾を貰うつもりでいる宗近は、さらに藤尾を貰わんとするために、父から聞いた、御叔母さんの論理に従って、藤尾をなんとか貰おうとする。そのためには、兄欽吾に家にいて貰わなければ藤尾を家から出すことができない。そのために、欽吾に家にいてもらう為、欽吾に嫁をやる。その嫁となるのが、糸御前なのだという論法なのである。これはいくらなんでも酷過ぎると、現代の読者であれば思うだろう。
なんと自分の結婚のためには、妹を嫁にしてしまうという、この物語の中でも小野よりも卑怯な論理を駆使しているのである。その宗近が何の断罪も受けないのはおかしい。ここには、先ず結婚を本人同士の取り決めではなく、家父長による取り決めという、現代から見た罪がある。ここで糸は父には、「本人の意志」など「聞かんでも好かろう」と言われ、「そりゃ聞かなくっちゃ不可ませんよ」という兄にも、兄の結婚のために利用される存在として描かれている。宗近家の父、一、糸は、それぞれこの物語内においては、非常に高く評価され、読者もその評価に従って無批判に読まれてきてしまった経緯があるが、もっとこの宗近とその父の非業さを指摘し、明白のもとに晒さなければならないのではないだろうか。
話しを進めよう。それでも藤尾を諦めきれない宗近は、十七において、藤尾が小野に金時計をかけて「ホホホホ一番あなたに能く似合う事」という現場を見る。甲野が宗近を覆いかぶさり、部屋を立て切った上で、「宗近さん」「藤尾は駄目だよ」と欽吾に言われて、ようやくここであきらめがつくのである。おそらくここで欽吾にこのように説得されない限り、まだ藤尾を「外交官の女房」として認識しつづけていたであろう。宗近は藤尾と小野が仲が良いのを知っていたのであり、この二人が話しをしたりしている程度では、何とも思わないからである。ここで欽吾の忠告を受けて、ようやく藤尾を諦めることになる。だが、それも欽吾にここまで言わせたからであり、それがなければこのような認識には至っていなかったであろう。にもかかわらず、この直後に、小野とのやりとりのなかで引用したような「あんな性格は尋常の手段じゃ直せっこない」という評価に反転するわけで、やはりここに宗近の評価の不安定さが露呈している。
「僕はこの通り学問もない、勉強もしない、落第もする、ごろごろしている、それでも君より兵器だ。うちの妹なんぞは神経が鈍いからだと思っている。なるほど神経も鈍いだろう。―しかしそう無神経なら今日でも、こう遣って車で駆け付けやしない」と自認する宗近である。浅井から話を聞いただけで事の事態を把握し、「僕が君のうちへ来て相談しているうちに、何か事でも起こると困るから慰問かたがたつなぎに」父を「遣って置」くくらいの男である。小野ほどまでとはいかなくとも、なるほど一般程度には想像が出来るはずである。そのような男が、「面当」を藤尾にした結果、藤尾がどうなるか想像できないとは思い難い。
その宗近は、怒りとともに帰ってきた藤尾を、藤尾がそのような状態であるということをわかった上で、あえて、「やあ、御帰り」と「烟草を啣えながら云う」のである。そうしてこの場の代表者であるかのごとく、小野の言わなければならないことを全て代理で言う。まだ、小野と小夜子と藤尾と三人での対話だったならまだしも、ここには欽吾も宗近も糸子もいる。そのような衆人環視のなかで、このように恥をかかせられたとあっては、藤尾でなくともしばらくは立ち直れないほどの精神的な衝撃を受けるだろう。
私にはどうしても、宗近が藤尾を「助け」ようとしているようには思われない。この章の終わりに、藤尾は「じゃ、これはあなたには不用なんですね。よう御座んす。―宗近さん、あなたに上げましょう。さあ」といって、金時計を宗近に渡そうとする。ここまでコテンパンに藤尾をやっつけておきながら、最後に藤尾がプライドを保つための小野への最後のあがきを、宗近は「やっと云う掛声と共に」時計を投げ「大理石の角」で打ち砕てしまうのである。藤尾の最後の砦であった金時計というアイデンティティーは宗近によって破壊される。宗近はそんなことをすれば藤尾がどうなるか当然わかっていたはずである。でなければ、井上家に父を送ったりはできなかったであろう。井上家に父を遣らなければ万が一のことがあると想像力の働く男が、藤尾がどうなるか想像力が働かないことがあるはずがない。
確かに「助ける」ということが、命を「助ける」ことだとは書かれていない。解釈の仕様によっては、例えば末期患者が苦しんでいるのを「助ける」として、尊厳死を認めることも「助ける」ことの一例になるだろう。しかしこの場合はどうであろうか。藤尾の性格を直すためには、確かに、「死に突き当らなくっちゃ、人間の浮気は中々已まないもの」であるから、死も仕方がないのかもしれない。だが、それでも「凡ての疑は身を捨てて始めて解決が出来る。只どう身を捨てるかが問題である。死?死とはあまりにも無能である」のだ。藤尾は死ななければならないほどに罪があったわけではない。それはこの論考でも見て来たが、藤尾にはこの時代で言ってもそう罪にはならない、自分の婚約者を自分で選んだだけである。それを罰することなど誰にも本来はできないはずなのである。だが、宗近は、小野を自分の「真面目」論で自分の好きなように動かした挙句、何が気に入らなかったのか、それまで自分の妻に相応しいと思っていた女性を、あろうことか、現実レベルで殺してしまうのである。
「藤尾さん、僕は時計が欲しい為に、こんな酔興な邪魔をしたんじゃない。小野さん、僕は人の思をかけた女が欲しいから、こんな悪戯をしたんじゃない。こう壊してしまえば僕の精神は君等に分かるだろう。これも第一義の活動の一部分だ。なあ甲野さん」「そうだ」というやり取りは、現実レベルでは宗近が金時計を壊すという具体的なことによって、精神のレベルでは、甲野さんが、宗近の行動を「そうだ」で肯定し、論理づけをし、「悲劇は遂に来た」と藤尾を二重に殺すのである。宗近も甲野も、こうすれば藤尾がどうなるか分かったうえで、藤尾を殺したのである。その罪は何にもまして重い。これが私の読みである。

第二章 親たちの罪

井上孤堂の罪

本書で語り手によって是とされてきた道学者の井上孤堂であるが、この人物はいままでの研究によってもだいぶ批判されてきた人物である。
まずはこれまでの研究史でも批判されてきた、小夜子の父としての罪である。

「話さない? 話せばいいのに。いったい小野が来たと云うのに何をしていたんだ。いくら女だって、少しは口を利きかなくっちゃいけない」
口を利けぬように育てて置いてなぜ口を利かぬと云う。小夜子はすべての非を負わねばならぬ。眼の中が熱くなる。(九)

この箇所は多くの研究諸家にも引用される有名な箇所である。井上孤堂の何よりの罪は、親としての罪である。孤堂は、当初娘小夜子に英語を習わせていた。男と対すると口も聞けぬような小夜子ではあるが、かつては女学校に通っていたこともあり、この時代の女性としては、かなり香華句歴な存在である。彼女が英語を習っていたということが書かれてある場面を引用しよう。敢えてその前の琴の長い描写も引用しておく。

 どこやらで琴の音ねがする。わが弾くべきは塵も払わず、更紗の小包を二つ並べた間に、袋のままで淋さびしく壁に持たれている。いつ欝金の掩を除ける事やら。あの曲はだいぶ熟れた手に違ない。片々に抑えて片々に弾はじく爪の、安らかに幾関の柱を往きつ戻りつして、春を限りと乱るる色は甲斐甲斐しくも豊かである。聞いていると、あの雨をつい昨日のように思う。ちらちらに昼の蛍と竹垣に滴る連翹に、朝から降って退屈だと阿父様がおっしゃる。繻子の袖口は手頸に滑すべりやすい。絹糸を細長く目に貫ぬいたまま、針差の紅をぷつりと刺して立ち上がる。盛り上がる古桐の長い胴に、鮮あざやかに眼を醒さませと、への字に渡す糸の数々を、幾度か抑えて、幾度か撥ねた。曲はたしか小督であった。狂う指の、憂うき昼を、くちゃくちゃに揉もみこなしたと思う頃、阿父様は御苦労と手ずから御茶を入れて下さった。京は春の、雨の、琴の京である。なかでも琴は京によう似合う。琴の好すきな自分は、やはり静かな京に住むが分である。古い京から抜けて来た身は、闇を破る烏からすの、飛び出して見て、そぞろ黒きに驚ろき、舞い戻らんとする夜はからりと明け離れたようなものである。こんな事なら琴の代りに洋琴ピアノでも習って置けば善かった。英語も昔のままで、今はおおかた忘れている。阿父は女にそんなものは必要がないとおっしゃる。先の世に住み古るしたる人を便りに、小野さんには、追いつく事も出来ぬように後れてしまった。住み古るした人の世はいずれ長い事はあるまい。古るい人に先だたれ、新らしい人に後れれば、今日を明日と、その日に数はかる命は、文も理めも危やうい

ここから分かるのは、琴を激しく弾く小夜子の姿である。「狂う指の、憂うき昼を、くちゃくちゃに揉もみこな」すほどの弾きっぷりとは一体いかほどのことであろうか。この描写が、その後の英語を習っていた、そして「こんな事なら琴の代りに洋琴ピアノでも習って置けば善かった」という文句を引き出していることの意味は重大である。この部分は風景描写から、小夜子の内面に近寄っていく、三人称視点から小夜子の心情に寄り添っていく語り方であるが、ここで小夜子の行動から小夜子の心情が描かれていることが重要だというのである。例えばこの鳴り響く琴にはこのような意味が読み取れる。関肇氏の『メロドラマとしての『虞美人草』』(「漱石研究」 (一六)二〇〇三・一〇)に次のような指摘がある。

メロドラマは、口がきけず、会話が不自由な存在がふさわしく、そこには話すことに不適応な登場人物がメッセージを非言語的手段によって表現する「無言のテクスト」が含まれているとされる。まさに口籠るばかりの小夜子は、そうした話すことに不適応なメロドラマのヒロインであり、その心の奥に秘められた重いの深さを言葉に代わって雄弁に表現し、あるいは語り得ないもののありかを喚起する機能を果たすのが、琴の音なのである。

氏の指摘は誠に鋭いと感じる。もちろん現実レベルの話をすれば、小夜子をこのような人物造形にしたのは作者である夏目漱石であるので、漱石が悪いといえばそれまでになってしまうのであるが、物語内において小夜子をこのような人物に仕立て上げたのは、その親である井上孤堂なのであるから、その責任は孤堂に帰せられるべきであろう。
小夜子は父のために口をきけなくなってしまった、現代の読者が読んでも同情に値する人物であるが、そのような小夜子は、口がきけない代わりに何を以て自己表現するのかというと、それが琴なのである。であるから、この作品にしばしば登場する琴の音はそれだけ重要な意味を持つ。ほとんどかぎ括弧付きのセリフを与えられなかった小夜子は、言葉の代わりに音で自己を表現したのである。であるから、ここでの琴の描写は、小夜子が最も饒舌に何かを語っている箇所として注目しなければならない箇所なのである。それを「小夜子を気の毒に思う」という「作者」という語り手は、彼女の無言の言葉を言説化してくれているのである。
「こんな事なら琴の代りに洋琴ピアノでも習って置けば善かった」というのは、小野の部分でも見たが、西洋と東洋の象徴に他ならない。井上孤堂というこのテクストのなかで最も東洋的な人物を親としてもってしまったために、小夜子は西洋的な思考方式を手に入れるための英語もやめさせられてしまい、楽器でさえピアノなどの西洋楽器ではなく、琴という和風なものしか与えられないのである。そうして小夜子はその琴でしか饒舌に自己の心情を語ることができない。ここでは、楽器でしか自分の心情を表現することができない、という一つ目のファクターにさらに、その楽器が父親から与えられた東洋の象徴である琴でしかないという点で、二重に父親に縛られている小夜子像が浮かび上がってくるということができるだろう。父の呪縛はそれほどまでに強いのである。さらに関氏は京都という場所に注目し、次の様にも述べる。

小夜子ははじめから受け身の女性だっとぁけではない。小夜子は「東京もの」(五)であり、東京の女学校に通って英語を学んだとされている。しかし、「女にそんなものは必要がない」(九)と言う父とともに京都に五年間住み、琴を習い覚えるうつに、小夜子はすっかり京都になじんでしまう。見方を換えれば、それほど京都という都市は、女性を古風に仕立て上げる磁力をもつことになる。

このテクストにおいては、京都という場所は特別な意味を付与されている。甲野が「ところが敷設したのが世界一なら、進歩しない事も世界一だそうだ」と述べるように、京都は、「第十義以下」の場所である。そのような場所に、五年間もどこへも通わせずに、小夜子をただ家のなかに籠らせていた井上孤堂の責任はやはり重いのではないだろうか。いくら宗近が「東京もの」であると下女から聞いたところで、その実はやはり「京人形」なのである。「殆ど異性の感がない。女も程に飾ると、飾りまけがして人間の分子が少なくな」り「人形は機械だけに厭味がない」存在になってしまうのである。それは確かに人間的な臭みというものはなくなるだろうが、そこに残るには人間というよりは人形なのであり、それがいいというのであれば、それはただ男性の欲望を対象化したものに過ぎないということができよう。それは例えるならば一躍社会問題ともなった、一九九五年から九六年にかけて放送されたテレビアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』に登場する、ヒロイン、綾波レイのような存在であろう。私はこの綾波レイに対して、男性的な欲望の対象として最初から作り出された人形であるという点で、厳しくその男性的な欲望を糾弾している。
人間であることの「第一義」の要点は、「自己」を持つことである。小夜子は、この「自己」を持つことを、父孤堂から、口を奪われ、琴しか与えられず、京都に閉じ込められている、という点で、三重に封じられているのである。人間を人間たらしめることなく、「京人形」に仕立て上げようとしている点で、孤堂は小夜子に対して、拷問にも近い封じ込めをしているのである。そうしておいて、である。最初に引用したように、「話さない? 話せばいいのに」と言う孤堂は、己の行為に対して全くの無自覚すぎるのであり、このような無自覚さ、無責任さからすべてが端を発しているのであり、このような孤堂の独善性は極めて厳しく糾弾されなければならないだろう。
このような孤堂に「妻君がなければ参考のために聞いて置くがいい。―人の娘は玩具じゃないぜ。博士の称号と小夜と引き替にされて堪るものか。考えて見るがいい。如何な貧乏人の娘でも活物だよ。私から云えば大事な娘だ。人一人殺しても博士になる気かと小野に聞いてくれ」「君は結婚を極めて容易事の様に考えているが、そんあものじゃない」と述べる資格はないのである。「人一人」を実質的に「京人形」にしたて、人間的に「殺して」いるのは、ほかでもない孤堂その人なのだから。
そうして結婚問題もこの独善的な孤堂は自分の思いのままに勝手に自分一人で取り決めてしまっているのである。結婚は当人同士の問題であるにもかかわらず、小野と小夜子の結婚を取り決めてしまっているのは、孤堂その人である。「悪いが、外の事と違って結婚問題は生涯の幸福に関係する大事件だから、いくら恩のある先生の命令だって、そう、おいそれと服従する訳にはいかない」というのが、結婚する側の言葉なのである。「ところが、先生の方では、頭から僕にそれだけの責任があるかの如く見做してしまって、そうして万事をそれから演繹してくるんだろう」というのである。いくら小さいころに世話になったからといって、そこの娘、あるいは息子と結婚しなければいけない、なんていう取り決めがあったら、誰も人のところに転がり込めたものではない。やはり結婚の取り決めを当人たちに代わって勝手に自分の都合のいいように仕立て上げようとした孤堂の責任は重いだろう。なぜならそれによって、結果的には藤尾を殺すことにもつながったからである。

甲野父の罪

甲野家の父は物語では名前も明らかにされない人物であるが、その存在はあまりに大きい。これまでの研究史では、絵画としての父親に迫ったものはあったが、ほとんどは無視されてきたといっていいだろう。だが、私はこの甲野の父、すでに亡き父にこそ、この物語の責任があると追窮するのである。甲野の父は「任地で急病に罹かかって頓死してしま」い、この物語が語られるのは、それから「四ヵ月後」のことである。
この物語がなぜ「物語」られるのかというと、全ての事の発端は甲野の父の死にあった。それまではあやふやにされてきた、藤尾を宗近一にやるだの、やらないだのという死去前の「約束」が、その約束を結んだ父の死によって突然前景へ立ち上ってきたのである。この物語には二つの父の「約束」がある。一つはこの甲野父の約束で、もう一つは先ほど論じたように、孤堂の約束である。孤堂の約束のために、小野が不幸にならなければならなかったのは明白で、私はこの孤堂の約束を糾弾した。それと同じレベルで、この甲野父の勝手な約束は藤尾を死に至らしめ、悲劇を呼び起こしたとして、分析され、批判されなければならないだろう。
甲野母、謎の女の言う約束は次の通りだ。
「約束? 約束はありません。けれども阿爺が、あの金時計を一にやると御言いのだよ」「御前が、あの時計を玩具にして、赤い珠ばかり、いじっていた事があるもんだから……」「それでね―この時計と藤尾とは縁の深い時計だがこれを御前に遣ろう。然し今は遣らない。卒業したら遣る。然し藤尾が繰っ着いて行くかも知れないが、それでも好いかって、冗談半分に皆の前で一に仰しゃったんだよ」というものである。旧制学校制度では、帝国大学(おそらく甲野も小野も宗近も帝国大学の出身だと考えられるが)を最短で入学したとして一九歳である。であるから、理論上もっとも早い、この約束が結ばれたのは、宗近が卒業していない時期、すなわち帝国大学生の時分であるから、物語内において宗近は二十八歳であるから、九年前のことと考えることができる。十九歳で帝国大学に入学してから間もないころにこの約束が結ばれたというのが最も早い約束になる。そう考えると、藤尾は物語内時間において二十三歳である。そこから九年という歳月を引くと、十四歳。なるほど、現在の中学二年生程度ということになり、「時計を玩具」にしているという表現も納得がいく。やはりこの藤尾が「時計を玩具」にしているという表現には注意を払わなければならないであろう。ここから読み取れるのは、藤尾がまだその時には、幼稚性の残る描写をしなければならない年齢だった。結婚に適した状況ではない、すなわち第二次成長期を迎える前であったということなのではないだろうか。こう想像することが可能だと思う。
とすると、やはり甲野の父のこの「冗談」のような「約束」は、本当に「冗談」であっただけであり、それを間に受けた宗近、宗近の父が問題であるということができるだろう。それを真に受けて約束を履行しなければならないと考えている甲野と一もまた、家父長制度における、家父長の言葉だけを重要視するのであり、それによって自分の意志とは関係ないところで勝手に約束させられた藤尾本人の意志を全く無視しているということができる。が、勘違いした人達よりも、勘違いをさせるような言動をした本人の罪は重いだろう。すべてはそれが原因で話が動きだしているのであるから。
何よりも婚約を当人の意志ではなく、親の取り決めで勝手に行ってしまうというのは、現代からでなくとも批判されるべき点である。さらに問題なのは、恐らくこの約束をした時分、藤尾は第二次成長期を迎える前であり、まだ子供であったということだ。子供の婚約相手をこう決められてしまっては藤尾も辛かろう。そうして藤尾以外の周りの者はみんなその約束を冗談ではなく、本気のこととして信じ込んでいるのである。当然藤尾がそんな約束を守る義理はなく、まるでこの約束を破ったがために死ななければならないように描かれているテクストは、暴力以外の何物でもない。
さて、こんな一般的に考えれば馬鹿馬鹿しい約束であるが、これを「馬鹿らしい」とまともな感覚を持って掃いて捨てることができるのは、藤尾その人しかいない。それ以外の人々は、藤尾の母である謎の女を含めて、みな確固たる約束であるという異常な認識に立っているのである。それほど、甲野の父の存在というものが巨大なものであったことが伺える。なによりも、この物語は甲野の父の死によって始まったのであるから、その巨大さというものははかり知れない。
このテクストでももちろん、甲野の父は表面に現れてくる。が、それら目に見えるものだけを考えるのではなく、眼に見えない時でさえ、甲野の父というのは、このテクスト全体に横たわっているのであり、小夜子の無言とはくらべものにならない力でもって、登場人物たちを「絶えず見下している」のである。
甲野の父の肖像画はこのように描写される。

仰向く途端に父の半身画と顔を見合わした。
 余り大きくはない。半身とは云え胴衣の釦ボタンが二つ見えるだけである。服はフロックと思われるが、背景の暗いうちに吸い取られて、明らかなのは、わずかに洩るる白襯衣の色と、額の広い顔だけである。

活きているものはただ眼玉だけである。それすら活きているのみで毫も動かない。――甲野さんは茫然として、眼玉を眺ながら考えている。

この「半身」のみの父の像によって、この物語のなかでも特に語り手と癒着している甲野欽吾が操られていく。もちろん現実レベルで考えたのならば、この絵に影響されて行動したということでは、その責任は欽吾にあるように思われる。そう考えるのが一般であろう。しかし、これは現実ではなく、物語りである。物語の世界においては、現実レベルの生と死というのをそのまま輸入してはいけないだろう。読み間違える恐れがある。物語内においては、むしろ、死んでいるからこそ、特権的な地位になって何でも好きなことをすることがゆるされるということもあるのである。この場合、この甲野父がその立場にある。甲野父は、物語という現実とは異なる空間で、すでに死んでいるにもかかわらず、その像だけは「活きている」という状況によって、己は傷つかずに、他人を操り自由にできるという特権的な地位を手に入れることに成功している。
欽吾がいかに父親によって呪縛され、本人の意志とは関係なしに動かされているかを見てみよう。

馬鹿馬鹿しい。が近頃時々こんな事がある。身体が衰弱したせいか、頭脳の具合が悪いからだろう。それにしてもこの画は厭だ。なまじい親父に似ているだけがなお気掛りである。死んだものに心を残したって始まらないのは知れている。ところへ死んだものを鼻の先へぶら下げて思え思えと催促されるのは、木刀を突き付けて、さあ腹を切れと逼せびられるようなものだ。うるさいのみか不快になる。

この体たらくを親父には見せたくない。親父はただの人である。草葉の蔭で親父が見ていたら、定めて不肖の子と思うだろう。不肖の子は親父の事を思い出したくない。思い出せば気の毒になる。――どうもこの画はいかん。折があったら蔵のなかへでも片づけてしまおう。……

欽吾は父の像を「厭」な「絵」だと述べる。「折があったら蔵のなかへでも片づけてしま」いたいほどの「厭」さなのである。ではなぜそんなにこの絵に対して「厭」に思うのか。欽吾は述べている。「身体が衰弱したせいか、頭脳の具合が悪いから」か、欽吾はこの絵からうける影響に徐々に逆らえなくなってきているのである。実際に生身の身体が存在し、海外で父が生きていた時には、欽吾はつとめて暮らしやすい生活をしていたことであろう。しかし、その父がなくなった今、家父長の座は父から欽吾に移った。家父長としての適応力の無い欽吾は、家に掲げられた父の像によって常に監視されるという拷問をうける。そうして欽吾のことを無言でじっと見つめているのである。それを意識しなければいい、と欽吾に責任を転化するのでは面白くない。小説の読みとしてはあまりに現実に即しすぎている。ここはやはり物語なのであるから、物語の文法に即した読み方をしなければならないだろう。
母親に対しては「阿父さんは大丈夫です。何とも云やしません」といった強い口を叩く欽吾であるが、心を許した宗近には「父は死んでいる。しかし活た母よりもたしかだよ。たしかだよ」という本音が表れてしまう。
私はここに、宗近が小野に有無を言わせずに宗近の言う「真面目」に無理やりさせたのと同じく、ここにも有無を言わせずに欽吾に家父長の務めを果たさせようという、暴力が働いていると読む。それは物語という特別な場所だからこそできたことであり、この物語の内部においては、我々が考える生死の概念で言えば身体は死んでいるが、登場人物として甲野の父は死んでいないのである。むしろ身体を無くすことによって超人的な存在になった父は、反抗のしようのない、究極的な存在であり、物語内においては語り手と同じレベルで、登場人物たちが手出しのできない特権的な地位に立っているということができよう。
その父の罪は、まず一つ目は、いくら自分の娘だからといって、まだ結婚のいろはもわからない藤尾を勝手に一にやるといった冗談を言ったこと。その冗談が冗談として通用しておらず、本気捉えられていたことからも、そうした軽率な約束をしたことが何よりも罪である。そうしてもう一つの罪は、物語内において特権的な地位に立ち、自分の息子である欽吾を支配し、自分の意志を貫徹させようとしたことである。欽吾が父の約束にこだわりつづけたのは、父が欽吾を実質支配してからである。欽吾が観念の国に住む人間であるが、現実の世界の欽吾はどうしたのかというと、すでに父の操り人形になっていたと読むことができよう。もちろん欽吾にも罪はある。欽吾の罪は先ほど見た。だが、物語内の現実世界での欽吾の行動は、やはり矛盾したところもあり、おかしい。それはなぜかというと、父に支配されていたからだ、というのが私の読みである。そうしてこれが甲野父の二つ目の罪である。自分の息子とはいえ、人の意志をないがしろにして支配したことも罪であれば、それをもって本人たちの意志とは関係なく、藤尾を一にやろうとさせたのも罪である。

親たちの罪

この節では、これまでどの研究者も指摘してこなかった宗近の父の発言を切り口に、親そのものの罪や家父長制度への批判をしてみたい。
そもそもこの物語では、宗近家の人々は是とされてきた。宗近一でさえ、これまでの読者も研究者もほとんどが是としてきたのであるが、それに対して私は一はちっとも是といえる者ではないということでそれまでの読みのルートに一石を投じた。では、一を非としたところで、一と同一の価値観を持つ父はどうなのか。これまでの研究史でも、一については言及した研究も少ないがないわけではなかった。だが、一の父とまでなると、言及している研究もほとんどない。すなわちこれは、宗近の父がいまだに何ら批評をされる側に立たされていない、という点で、読者の思考停止になっているのである。二〇世紀後半の読者や、二十一世紀の読者がこの一の父の言動に違和感を持たないとしたら、それは読者の怠慢である。宗近家は一見すると語り手もとても評価しているし、その功罪の罪の部分は隠ぺいされやすい。しかし、どうしても隠ぺいできないほどに、一の父は圧倒的に時代に制約された言動をしているのであり、それを批判し、明るみに出すことによって、これからの我々の生きる上での役に立つと思うのである。
では、問題となる部分を引用してみよう。

「うん、自分の事を自分で片付けるのは結構な事だ。一つ遣って見るが好い」
「それでね。もし甲野が妻を貰うと云ったら糸を遣る積ですが好いでしょうね」
「それは好い。構わない」
「一先本人の意志を聞いて見て……」
「聞かんでも好かろう」
「だって、そりゃ聞かなくっちゃ不可ませんよ。外の事とは違うから」
「そんなら聞いて見るが好い。此所へ呼ぼうか」

これは一六で、一が父に外交官の試験が及第したことをつげる場面である。告げたところから、藤尾の話になり、藤尾の話から兄の欽吾の話になり、そしてその妻として糸の話になる場面である。
ここで一の父は、「自分の事を自分で片付けるのは結構な事だ」として、己のことを自分で行うという西洋的な価値観肯定する人物としても描かれている。これはきちんと評価すべき点であろう。子供のことは親がやるといった、江戸時代的な価値観から少しではあるが、抜けだそうとしている部分が認められる。だが、それを言った人物が、その次の瞬間には、娘の結婚について、本人の意志を聞かなければならないという兄の申し出に対して、「それは好い。構わない」と述べてしまうのである。やはり二〇世紀後半の読者も、二十一世紀の読者も、ここに関してはもっと敏感になるべきであったろうと私は考える。管見の限りではあるが、研究論文のなかにこの箇所を引用し、一の父に対してなんら言及していないのは怠慢であろう。
宗近家は語り手が過剰に評価しているということからも、このような時代に制約された言動を行っているにもかかわらず、現代の読者でさえ、その言動に対して批判の目を持つことは難しい存在となっている。
だが、この場面は明らかに、親が自分の娘の結婚は、本人の意志など気にすることがない、すべて親と兄の一存で決めてしまっても良いという、現代からしたら異常な価値観が露骨に表れている部分なのである。一の父がこのような価値観を持った人物であるということを先ず念頭に置かねばならないだろう。そして、その点に関しては、一は「そりゃ聞かなくっちゃ不可ませんよ。外の事とは違うから」という批評性を有しているのである。
だが、結婚は流石に親の一存で決めるのはいけないと思っている一でさえ、その批評性は自身の結婚問題については驚くほど失われてしまっている。一は自分のパートナー選びに対して、藤尾がいいと思っているが、何故そうなのかというと、「外交官の女房にゃ、ああ云うんでないと不可ないです」といった基準のレベルでしかなく、結婚は「外の事」と考えているはずの一でさえ、パートナー選びには、実用的かどうかというレベルの判断しかしていないことが伺える。
さて、この小説の問題点は何か。切り口によって様々な問題点が浮かんでくるが、この親が自分の子の結婚を決めるという視点からこの物語を読む限り、この小説には、婚姻の親決めの問題が横たわっていることが判明する。
一と藤尾の結婚についても、今見て来たように、一は実用のレベルでしか藤尾を欲していない。他に外交官の女房に相応しい女性がいれば、誰とでもいいのである。だが、そんなことよりも問題なのは、自分達の結婚だというのに、藤尾の意志を本人に確認もせずに、結婚するだのしないだのという話になっているという点である。藤尾を結婚の相手にするかどうかも、一は父と相談して決めていることであるし、藤尾の方も、自分ではなく、母を通して自分の意志を伝えるという、親同士の相談取り決めになってしまっている。
欽吾と糸子の場合は今見たように、糸子の意志とは関係なく、親が勝手に決めようとしているのである。もちろん、この論考で詳しく見て来た、小野と小夜子の結婚も、井上孤堂という人物と小野と、家父長と長兄同士の勝手な取り決めになっているということが判明する。そのような親が結婚を決めるという時代のなかで、藤尾が死ななければならなかったのは、それは一重に藤尾が自分で自分の結婚相手を決めようとしたからということに他ならない。
このような結婚を親が取り決めるというのは、現代でも根強く残った問題である。もちろん、相談もしてはいけないという極端なことを言うつもりはない。が、現代でもよく結婚の相手に親が文句をつけたために結婚が出来なくなったとか、親同士の間でトラブルがあって結婚が出来なくなったとか、本人の意志とは関係のないところで親が結婚の問題に介入してくることは少なくない。
近年では少なくはなってきたが、いまだに結婚式場に行けば、「○○家」と「××家」の婚姻披露と札がさがっていることは珍しくもなく、日本の結婚の意識のレベルというのは、20世紀のそれから抜け出せていないのである。このようなことからも、結婚というのは本人の問題であるということをより徹底して意識することが必要であろう。
家制度が廃止されたのは、一九四七年の民法改正の時であるが、法律上廃止されたからといって、人々の意識がそう簡単に変化するとは思えない。変化していないことが、現代社会でも様々な問題に発展しているわけで、人々の意識がいまだに二〇世紀のそれであることの何よりの証拠になっている。
日本の高度経済成長は、一九五〇年代の理想的な家庭を描いたアメリカドラマとともに繁栄したと言われている。その結果、一家には一台、自動車、洗濯機、冷蔵庫があるといった豊かな生活が人々の理想像として植え付けられたのである。こうしたドラマがヒットした理由はいくつもあろうが、そのなかでも、日本の問題であった、嫁姑の問題がここには存在しなかったこともヒットした理由の一つに挙げられよう。すなわち、このドラマで提示していたのは、一家が独立するという物語であったのだ。結婚した若い夫婦はそれまでの両親から離れて、二人でマイホームを持つという夢を手にした。私が指摘したいのは、このドラマの無批判な輸入とともに、日本では高度経済成長という、経済的に豊かになれる時代が偶然重なったために、人々は経済的に独立するものという価値観が出来上がってしまったと言うことである。
そのため、現代では、人は成人すると(実際には、モラトリアムである、大学卒業後、社会人になってから)家から出て一人で生活をすること、が理想的な形であると一般に認識されるようになったのである。ところが、このような経済的な独立をすると、なんだか私たちは精神的にも独立したような気持ちになってしまうのだが、実は精神的にはまったく独立できていないというのは、私が感じているところなのである。
私はむしろ、経済的に独立する必要はそれほどないのではないかと感じている。それぞれの課程が独立できたのは、これから経済が右上がりになっていくということが明白であり、しかも確実に国がどんどん裕福になっていった時代だったからこそ可能であったことであって、現代のように経済的発展はあり得ず、人工も徐々に減りつつあるという超高度高齢化社会の社会モデルにはふさわしくない理想像なのである。だからこれからも過去に生み出された概念に無批判で社会人になったら独立するものという理想像を批判し、経済的な独立をするということが、選択肢としてはあってももちろん構わないが、それをするのは当たり前という認識レベルからは脱却されなければならないということである。またそれと同時に、経済的には独立しなくても、精神的に独立しなければならないということを指摘しておきたい。
独立という言葉には、今大きく分けて二つのことが言えると思う。それは経済的な独立と、精神的な独立である。経済的独立は、今述べてきたように、高度経済成長とともに実現されたものであった。しかし、私が考えるのは、経済的独立は現在ではほぼ不可能になってきているモデルであり、経済成長をしなくともよい。その代わりに精神的な独立をすべきだということである。
そうしなければ、いまだに結婚は親に実験を握られているという状況が引き続くのであり、『虞美人草』は、二〇世紀のテクストではなく、二十一世紀のテクストと言えることになってしまうからである。早く『虞美人草』を二〇世紀のテクストだったというためにも、人々は親からの精神的独立を果たし、自分の結婚相手を自分で選ぶ、親になんといわれようが自分の意志を貫きとおすということが必要になるだろう。また、自分が親という立場になったときは、自分の子供の結婚は本人の問題なのであるから、相談に乗る程度はいいだろうが、結婚の問題に口出しをして本人たちを困らせるというようなことを決してしてはいけないと心に決めておかなければならない。たとえそれが自分にとっては信じられないと思うような結婚相手だったとしても。
親は子ではなく、子は親ではないのである。その認識が徹底してこの国には欠如している。よく有名人の家族が不祥事を起こした際に、本人ではないのに、その親であるから、その子であるからというだけで謝罪をしている芸能人がいるが、これも本来おかしな問題であるので、そうした謝罪をしないという勇気もこれからは持ち合わせなければならない。また、それを謝罪しろということもしてはならないのである。まずは、親と子がそれぞれ独立した存在であり、そして親だからというだけで子よりも優位に立つというようなことがあり得ないということをはっきりとさせなければならないであろう。成人をしたならば、対等な関係であるということを徹底しない限り、婚姻の親決め、兄決めという問題がなくならないのである。

終章

悲劇と喜劇 

何が悲劇で何が喜劇なのかということを定義づけることはできない。それをしているだけで大著が出来てしまうだろう。ここでは、西垣氏(前掲論文)が示した、最も理想的だと思われる指摘を考えの材料にして、そこから考えを深めて行こう。

仮りに現代の軽薄な「文明」や功利的な「我」にあやつられて、藤尾や母や小野さんが動かなかったら、つまりこの小説の劇が起こらなかったならどういうことになるか、という見方である。甲野さんは糸子と結婚し、母とともに暮し、小野さんは小夜子と結婚し、孤堂先生と共に暮す。ここまではこの作の結末以降と同じである。藤尾だけが宗近君と結婚することになる。これが漱石の「道義」に沿った姿ということになる。

何が悲劇で何が喜劇かという不毛な議論をひとまず置くとして、喜劇の理想形をこの3組のカップルが成立することとひとまずしておこう。(この理想像は坂本浩『夏目漱石―作品の深層世界―』昭和五十四年四月二十日、でも指摘されていることである。)少なくともこれまでの研究史や、多くの読者は、これが最も理想形であると信じて疑ってこなかった。すなわちカップルはできないよりできた方がいいと疑いもせずにこの作品を読み、批評してきたわけである。
だが、価値観が多様化し、必ずしもライススタイルにおいて結婚をすることが「当たり前」でなくなった二十一世紀の現代においては、理想形をここからずらす、あるいはこの理想形の呪縛から逸脱できる可能性がある。すなわち、カップルを三組つくることが理想形だと思い込んでこの作品を批判すると、カップルができなかったことが、「マイナス」、「悪い」こととなってしまう。しかし、二十一世紀読者の我々は、そのカップルができなければならないという理想形から、良くも悪くも離れることができる。とすれば、この作品の読み方はさらに新しい可能性へと開けるのではないか、というのが私の考えである。
そこで、先に論じた小野が取ればよかった行動の説明ができることになる。すなわち、小夜子のこともその美しさには気が付かずに、それどころかじめじめした「過去」を嫌悪さえして嫌がっており、また藤尾とも「必ず廃せばよかったと後悔する」ような大森行きである。結局小野は、小夜子とも、藤尾ともこれ以上男女の関係が深まるのが嫌なのである。ここに小野のセクシャリティーをヘテロではなく、ホモセクシャル的なものであると見ることも可能であるが、ここではとりあえず置いておこう。
これ以上の男女の関係、あるいは小夜子と藤尾、どちらも嫌であるという小野である。その小野にとっての理想形は、先の西垣論のようなカップルが成立するほうがいい、という価値体系からは生み出されてはこない。そうした価値体系を脱け出せばこそ、小野の理想形は、誰とも結婚しないもの、という形が出力されるのである。婚姻には、両者の同意がなければならないという原則を踏まえれば、どんなに小夜子や藤尾が結婚をしたかったとしても、小野との婚姻はないほうがいいだろう。自分と結婚したくないと思っている男である。小夜子にしても藤尾にしても、そんな男と結婚してこれから生涯を遂げようというのなら、やめた方がいい。どちらも容姿は端麗で、相手はすぐに見つかるだろう。どうしても結婚をしたいというのならば、他の相手を見つけたほうが小野と一生を過ごすよりかはよほどいい生活ができるに違いない。
私は先ほど小野の罪という節では、小夜子を省みることなく、藤尾への愛を通すべきだとした。まずは出発点はここだと思っている。しかし、これは小野が藤尾を愛しておればという前提のもとに立った考えであった。現在でも昼のドラマ、メロドラマというものは、『虞美人草』で見るように、あの人か、この人かということで思い悩む。そのようななかに義理や愛が入ってくるのである。だが、これは二〇世紀的な発想であり、二十一世紀となった今となっては古い発想なのである。もちろん古い発想だからということで駆逐すべきだとかそういう乱暴なことを言うつもりはない。だが、それを越えるような作品がこれからはもっと出てきてもいいはずなのである。先ずは、この20世紀的想像力を越えることから始めたい。その思いで私は先ほど、藤尾を選べばよかった、西洋のロマンチックラブイデオロギーにまずは貫徹することから始めよと述べたわけである。
だが、西洋のロマンチックラブイデオロギーを貫徹すること自体は二十一世紀的と言えるかというと、やや疑問が残らなくもない。もちろん、今でさえ、西洋のロマンチックラブは貫徹されておらず、しばしばこの『虞美人草』のように、東洋的な義理や道理、あるいは世間といったものが邪魔になり、物語の主人公たちを、いわんや実際に生きている私たちをアンビバレントな状況に招いているのである。だから、そこからの脱却という点では、西洋のロマンチックラブに徹するというのが、新しい発想でないということはない。だが、それでもそれは近代欧米によって生み出された時代の産物であり、その時代の制約から自由になれていないという点で、やはり二〇世紀的なものになってしまっていると言うことができよう。
私はさらにそこから抜け出すことによって、新しい時代に到達できると信じている。すなわち、先ほども言ったように、結婚し子供を産むというスタイルが一般的ではなくなってきた二十一世紀においては、この男女三組というのは成立しなくてもいいのではないかということである。そういう視点によってこそ、こうした物語は新しい時代の水準によって読み解かれ、またそのような価値を反映した作品が登場することによって、人々を感化していくのではないかということである。あるいは、一度結婚しても、近年では子育てが終わったら離婚し、一人で自由に暮らしていくという、極めて理にかなった結婚のスタイルもあると聞く。
孫引きであるがここで永野潤氏の論文『自我と自由―サルトル「自我の超越」について』(「哲学誌」一九九三)からサルトルの言葉を引用してみよう。

  大部分の哲学者にとって、自我は意識の《住人》である。ある人々は、自我が、《体験 Erlebnis》のただなかに、空虚な統一原理として形相的に現存するということを断言する。他の人々―大部分心理学者であるが―は、自我が、我々の心的生活の各契機の内部に、欲望や行為の中心として質料的に現存すると考えている。我々はここで、自我が、形相的にも質料的にも意識の内部にはないということ、自我は外部に、世界の中にあるということ、それは他者の自我と同様、世界の一存在であることを示そうと思う。(TE,13)

我々が例えば禁煙をしようと堅く誓ったにもかかわらず、禁煙できないというような場合がしばしばおこるが、これはなぜかということにサルトルは明確に答えたのである。デカルトが言ったような、「我思う、故に我あり」式の西洋近代の自我というものが、これまで、いや現在でも無批判に存在すると我々は信じ、生きている。そうでなければ、カードの支払など、その人がつねに同一の人物であるということが信じられていなければあり得ない話であるからだ。だが、サルトルは、それまで信じられてきたような自我というものが、自分の内部には存在しないということを言いきったのである。だから、禁煙しようと誓っても、しばらくするとその誓った自分はすでに自分ではないので、その誓いを破ってしまう、というわけである。
人間も同じ人物をずっと好きでいる、という考え方は、西洋のロマンチックラブイデオロギーにおいては正しいこととされ、現在でもそれがまかり通っているために、我々もなんとなくいろいろな人を好きになることはおかしい、間違ったことで、一人の人をずっと愛しつづける、というのが何か正しいことのように考えている。だが、その価値さえも作り出された価値であるということを認識しておかなければならないであろう。もはや好きでもなくなった、愛想をつかしてしまった相手とも、一生を一緒に過ごさなければならないというのは地獄であるし、それが何かいいことのようには思われない。人間が意志の力によって常に同じ人間を愛し続けることができるのであれば話は別だが、愛は意志の力ではどうしようもない感情である。そのような無理がある考えから解放されることによって、より人間はよりよく生きることができるのではないか、と考えるのである。
『虞美人草』に話を戻せば、この物語は西洋のロマンチックラブと東洋の道義の対立によって、どちらに転んでも悲劇が起こるように巧妙につくられたテクストであるということができるだろう。作品内においては、宗近の「真面目」論によって、徳義上の契約を重んじた小野は、小夜子を選ぶことになる。小夜子は井上孤堂とともに、東洋の象徴である。だから、東洋を救うことによって、このテクストの西洋の象徴である藤尾は死ななければならなかったのである。だが、反対に、小野が東洋ではなく、西洋を取ったらどうだったであろうか。藤尾は生き、その代わりに今度は井上孤堂と小夜子が死ぬのである。私はいつまでも東洋と西洋の間であっちに行ったり、こっちにいったりしているのではいけない、それをまず越えなければならないということから、西洋に徹することを論じた。少なくともそうして両極のうちの片方に徹することによって展望が開けるだろうと考えたのである。そうして、21世紀読者である私たちは、両人を生かすことができる。それは、この東洋とも西洋とも異なる、いわば、東洋と西洋とをアウフヘーベンしたところで、どちらとも結婚しない(あるいは現在の法律では不可能であるが、どちらとも結婚する)ことによって、両方を生かすことができると考えるのである。
「悲劇は喜劇より偉大である」と甲野は言うが、だからといってその悲喜劇論のために人を一人殺されては困るのである。出来得ることならば、両人とも生かし、誰も死なないほうが良いに越したことはない。そうして二十一世紀となった現代において、漸く西洋でも東洋でもなく、どちらをとることもなく、それを超越した地点で、両人を生かしめることができるというのが、私の喜劇論であり、また『虞美人草』論なのである。
小野の罪の箇所で引用した宇野常寛は、『ゼロ年代の想像力』(前掲載)で次のように述べる。九〇年代の想像力であった、『新世紀エヴァンゲリオン』の「引きこもり/心理主義」を批判した上で、こう述べる。

だが二〇〇一年前後、この「引きこもり/心理主義」的モードは徐々に解除されていくことになる。簡易に表現すれば、二〇〇一年九月十一日のアメリカ同時多発テロ、小泉純一郎による一連のネオリベラリズム的な「構造改革」路線、それに伴う「格差社会」意識の浸透などによって、九〇年代後半のように「引きこもって」いると殺されてしまう(生き残れない)という、ある種の「サヴァイブ感」とでも言うべき感覚が社会に広く共有されはじめたのだ。
世の中のしくみ、つまり「政治」の問題としては、小泉構造改革以降の国内社会に「世の中が不透明で間違っているから何もしないで引きこもる」という態度で臨んでいたら、生き残ることはできない。自己責任で格差社会の敗北者を選択したと見做されてしまう。
そしてこの「ゲーム」は現代を生きる私達にとって不可避の選択であり、「ゲームに参加しない」という選択は存在しない。この資本主義経済と法システムによって組み上げられた世界を生きる限り、私たちは生まれ落ちたその瞬間からゲームの渦中にある。

そのため私は小野の罪の節で、小夜子を省みずに捨てても現代では罪に問われないと述べたのである。自己犠牲をしていては生き残れない状況に社会がなってきているからである。だが、私はそのような社会がいいといっているのではない。やはりこの生き残りのゲームに参加しないという選択肢はあるべきであり、それは社会の幅としてなければならないゆとりであろう。現在第二次安倍政権によるアベノミクスによって、格差社会の傾向がより強くなってきている。豊かなものはより豊かになり、貧しいものはより貧しくなる。そのような生き残りを強制するような資本主義の社会ではなく、より安心して暮らせる社会になってほしい、またそのために自分ができることをしなければならない、というのが私の考えである。
藤尾か小夜子かという選択ではなく、藤尾も小夜子も生かしめるような選択肢が持てる社会になればと願い、ここで筆をおくことにする。





参考文献
雑誌論文 著者名、論文名、掲載雑誌名、発行年月
単行本 筆者名、題名、出版社名、発行年
・吉川豊子「虞美人草 (夏目漱石を読むための研究事典<特集>) -- (漱石研究の現在)」、(「国文学 解釈と教材の研究』一九八七・〇五)
・坂本浩『夏目漱石―作品の深層世界』(明治書院、一九七九)
・片岡良一『夏目漱石の作品』(厚文社、一九五五)
・井上百合子『「虞美人草」―研究史的に』(「日本近代文学」二、一九六五・〇五)
・伊豆利彦『「虞美人草」の思想』(「日本近代文学」二、一九六五・〇五)
・平岡敏夫『「虞美人草」論』(「日本近代文学」二、一九六五・〇五)
・平岡敏夫『「虞美人草」から「坑夫」「三四郎」へ―低徊趣味と推移趣味』(『漱石序説』塙書房、一九七六)
・竹盛天雄『二つの「遐(はるか)なる」もの―「虞美人草」周辺 (漱石文学の変貌--三つの転換期(特集)) ―― (「野分」から「三四郎」へ)』(「国文学 解釈と教材の研究」一九七四・一一)
・相原和邦『「自然」と「詩」―『虞美人草』の人物像―』(『講座 夏目漱石 第二巻〈漱石の作品(上)〉』、一九八一)
・西垣勤『「虞美人草」論 (明治39年・漱石とその周辺(小特集))』(「日本文学」一九七四・〇五)
・酒井英行『「虞美人草」論―小野と小夜子』(「日本文学」一九八三・〇九)
・深江浩『漱石長篇小説の世界』(桜楓社、一九八一)
・小林英夫『漱石の文体について』(「国文学 解釈と教材の研究」一九五六・一〇)
・水村美苗『「男と男」と「男と女」―藤尾の死』(『批評空間』第六号、一九九二・七)
・北川扶生子『「虞美人草」と〈美文〉の時代』(『漱石から漱石へ』翰林書房、二〇〇〇)
・杉田智美『ことばの位相―「虞美人草」の言語規範』(『漱石から漱石へ』翰林書房、二〇〇〇)
・水村美苗、小森陽一、石原千秋『鼎談 失敗という名の可能性』(漱石研究 (一六)、二〇〇三・一〇)
・高山宏、小森陽一、石原千秋『奇想天外『虞美人草』講義』(漱石研究 (一六)、二〇〇三・一〇)
・金子明雄『小説に似る小説―『虞美人草』』(漱石研究 (一六)、二〇〇三・一〇)
・武田信明『「小説(フィクション)」の構築―『虞美人草』論』(漱石研究 (一六)、二〇〇三・一〇)
・関肇『メロドラマとしての『虞美人草』』(漱石研究 (一六)、二〇〇三・一〇)
・高橋修『アレゴリー小説としての『虞美人草』―一種の勧善懲悪主義?』(漱石研究 (一六)、二〇〇三・一〇)
・平岡敏夫『虞美人草』と『青春』(漱石研究 (一六)、二〇〇三・一〇)
・北田幸恵『男の法、女の法--『虞美人草』における相続と恋愛』(漱石研究 (一六)、二〇〇三・一〇)
・小山静子『藤尾一人の恋--『虞美人草』にみる結婚と相続』(漱石研究 (一六)、二〇〇三・一〇)
・和田敦彦『博覧会と読書--見せる場所、見えない場所、『虞美人草』』(一六)、二〇〇三・一〇)
・塩崎文雄『女が男を誘うとき--『虞美人草』の地政学』(一六)、二〇〇三・一〇)
・藤田健治『漱石その軌跡と系譜― (鴎外・龍之介・有三)―文学の哲学的考察』(紀伊國屋書店、一九九一)
・相原和邦『「虞美人草」「坑夫」から「三四郎」まで―「三四郎」の位置(国文学 解釈と教材の研究一九八一・一〇)
・佐藤泰正『これが漱石だ。―文学講義録』(櫻の森通信社、二〇一〇)
・渡邊澄子『男漱石を女が読む』(世界思想社、二〇一三)
・池田美紀子『夏目漱石―眼は識る東西の字』(国書刊行会、二〇一三)
・河村民部『漱石を比較文学的に読む』(近代文芸社、二〇〇〇)
・今西順吉『漱石文学の思想』(筑摩書房、一九九二)
・武田充啓『「虞美人草」の「小供」たち』(奈良工業高等専門学校研究紀要(三二)、一九九六)
・佐藤泰正『夏目漱石論』(筑摩書房、一九八六)
・吉本隆明『夏目漱石を読む』(筑摩書房、二〇〇二)
・佐々木英昭著『漱石先生の暗示 (サジェスチョン)』(名古屋大学出版会、二〇〇九)
・増満圭子『夏目漱石論―漱石文学における「意識」』(和泉書院、二〇〇四)
・佐藤裕子『漱石解読―「語り」の構造』(和泉書院、二〇〇〇)

『わたしを離さないで』感想とレビュー

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 何かのレビューかなにかで情報と知っていたこの映画を、今回鑑賞してみた。この物語は哲学をちょっとかじったことのある人間ならだれでも知っている、「臓器くじ」を題材としたものだ。臓器くじというのは、ジョン・ハリスという哲学者が考案した考えであって、実に合理的なものである。Wikipediaから少し引用しておこう。

 《臓器くじ(ぞうきくじ、英: survival lottery)は、哲学者(倫理学者)のジョン・ハリス(w:John Harris (bioethicist))が提案した思考実験。日本語圏では「サバイバル・ロッタリー」とカタカナ表記されることも多い。
「人を殺してそれより多くの人を助けるのはよいことだろうか?」という問題について考えるための思考実験で、ハリスは功利主義の観点からこの思考実験を検討した。
「臓器くじ」は以下のような社会制度を指す。
公平なくじで健康な人をランダムに一人選び、殺す。
その人の臓器を全て取り出し、臓器移植が必要な人々に配る。
臓器くじによって、くじに当たった一人は死ぬが、その代わりに臓器移植を必要としていた複数人が助かる。このような行為が倫理的に許されるだろうか、という問いかけである。
ただし問題を簡単にするため、次のような仮定を置く(これらは必ずしもハリスが明記したものではない)。
くじにひいきなどの不正行為が起こる余地はない。
移植技術は完璧である。手術は絶対に失敗せず、適合性などの問題も解決されている。
人を殺す以外に臓器を得る手段がない。死体移植や人工臓器は何らかの理由で(たとえば成功率が低いなど)使えない。》

 この合理的な考えは、我々の「感覚」からすると一瞬のうちに一蹴できてしまいそうなものである。いや、そんなのはいかに頭のいい人間が考えたって、どこかおかしい。感覚的におかしい。そういう感情面、情緒的な面で我々はこの提案に反対することができる。
 しかし、それは我々が今この世界のこのような「感覚」を持ち合わせているからにすぎない。
 もし、教育の現場で、臓器提供をすることはいいことである。それに選ばれた人間は、選ばれた特別な人間で、多くの人になる、という教育をずっとつづけたとしよう。我々は戦争はいけない!と思い込んでいるかもしれないが、70年前、多くの日本人が、多くの世界中の人々が、戦争をすることはいいことだと教育によって思い込まされていたという現実があるのである。ナチスドイツは、教育によって、ユダヤ人を大量虐殺してのけたのである。これほど教育の力というのは強いのであって、我々が現在の感覚で、これはおかしいと思われるものが、いかに簡単にくつがえされてしまうのかということは、歴史が証明してくれている。残酷なまでにね。
 さて、この映画の世界もそういう世界観だ。一応年代としては西暦で1900年後半あたりが舞台となっているが、実はそんな西暦は作品にリアリティーを出すための装置でしかなく、必要ないといえば必要なのだ。この映画を未来に置き換えたのが、『アイランド』や『レポジッション・メン』などの映画だ。臓器提供というのは、日本よりも医療倫理が発達している欧米諸国で問題になっているらしい。臓器をテーマにした映画の製作具合からそれがわかるだろう。
 さて、そのような臓器提供のために人工的にクローンを作り出すということが、あまりおかしいと思わないように教育することは簡単だという前提に私は立っている。その上で話をすすめるので、ここがよくわからないというひとは、わからないままで終わってしまうが、それは私の責任ではない。わかるように努めてほしいものだ。この映画の世界では、完全に彼等は臓器を提供することをなんとも思っていない。それは死に対する恐怖等の感情はあるだろうが、臓器提供をしなければいけないと運命づけられていることに対して何ら彼等は疑問を抱かないのである。それはおかしいと意義不服を申し立てないのである。それがこの映画の怖さでもある。なぜそういう感情を発さないのかというのがある。もちろんそれはクローンだからそういうところは上手く教育されている、等々の理由がつけられるかもしれないが・・・。
 この映画で唯一といっていいほど、人間らしい感情を発するのが、愛し合っているので猶予が欲しいとマダムと呼ばれる人物に会いに行った帰り、猶予がないことを知って、トミーが車から降りて叫ぶ場面である。それは実質死を宣言されたも同じである。その死の宣告によって、ようやく人間らしく、「わー」と叫ぶのである。しかし、そこには人間の怒りや憤りというものよりも、激しい無力感しかただよってこない。この映画がすごいなと思うのは、こういう場面を実に淡々と、かなり冷たく描いている場面である。
 そしてトミーが死んだ後、キャシーにも臓器提供の通知が来るのであるが、彼女もまた、それに対する反感などというものもなく、「臓器提供される側の人間と、臓器提供する側の人間との違いはなにか」ということをつぶやいて終わるのである。
 これが、この映画の臓器くじに対する結論であろう。臓器くじをつくって、臓器提供をする。そうすれば、1人が死ぬことによって、多くの人間が助かるようになる。確かにそれは実に合理的で、そのほうが利益としても多いのかもしれない。しかし、そのような利益等々を差し引いても、人間の命そのものに優劣を付けることはできない。それは数の問題ではないのだ、ということがこの映画の結論なのだろう。臓器提供という場には、提供される側とする側が存在している。健康な人間を殺してまで臓器提供というものはやはり倫理的にできない、ということを一度そういう世界観を作り出すことによって描き出したというのがこの映画の魅力であり、見どころであり、評価されるべき部分なのであろう。
 臓器くじを感情的に、感覚的にそれはおかしいということは誰にでもできる、簡単なことである。しかし、その感覚が実は実にあやふやなものでしかなく、教育をすることによって、数十年で書き換えることが可能なものだったとしたならば。そして、臓器くじは、そうした感覚では揺らがない極めて論理的で、合理的なものだったとしたらどうするのか。それに感覚的に反論しても意味がない。論理には論理で、合理には合理で相対しなければならないのである。それならば、一度臓器くじが可能になった世界を描くことによって、そこで人命というものを問うてみるしかないのである。その結論が、提供する側とされる側の人間の違いとはなんだろうか?という問いに他ならなかったのである。
 映画を作ったことがないのでわからないが、これだけの労力を要して、やっと、臓器くじは論理的にも難しいということが、証明されたような感じになった。もちろんこれも実にまだまだ不安定な答えでしかないので、それが覆される可能性もまだ否定できない。しかし、それだけ臓器くじというのは、合理的で、論理的なものなのである。ともすると、現実になりかねないのである。我々はそれを危険だと認識するが、しかしそれも現在の感覚だからこそであって、臓器提供して多くの人が救われるのならばその方がいいのではないかという感覚に世界全体がなってしまったら、それを止める術はない。
 我々にはこのような課題が沢山つきつけられている。それを我々は知恵を以て、映画や小説などの藝術を通して、表現し、答えを模索していかなくてはならないのだということを、今回改めて感じさせられた。

鷲田清一『人はなぜ服を着るのか』 感想とレビュー

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 哲学好きな私にとって、鷲田清一という名前は聞いたことがある、程度のものだった。私が聞いたことがあるという程度ならば、きっとかなりのそちらの世界では有名な人なのだろう、ということも容易に予想がついた。この本との出会いは、金沢に旅行に行った際に、21世紀美術館に行ったときのことである。私は美術館のミュージアムが好きだ。あのものすごくデザインとしてはオシャレなんだけど、実際に使うとなると、絶対つかわないよなこれ、という感覚の、どこか現実離れした部分がなんともいえずいい。芸術がいかに現実世界に通用しないかということを、上手く証明しているように思われて、なんとも心地がいいのだ。さて、そんなミュージアムショップ、ほかの美術館にも美術系の本は置いてあるのであるが、この金沢の美術館には、鷲田清一のように、モードやファッション、哲学に通ずるような本も置いてあった。そこで、前々から知っていた鷲田清一をせっかくだから買ってみようと思って購入してみたのである。

 この本を読んで思ったのは、「まさしく、これだ!」という言葉だった。私はどうしても、普段何気なく人々が行っていることに「なんで?」という疑問符をつけてしまう、ややこしい性格の持ち主である。哲学的なのである。そんな私だから、ファッションなどについても、人々はかっこよくなろうという程度の気持ちでしかないものを、なぜ人はファッションするのか、着飾りたいのか、それは人に良く見られたいからなのか、本当にそれだけなのか、などなど、ややこしいことを考えていたものである。
 そしてこの本は、哲学者の本であるから、まさしく私が欲していたところの、「なぜ~なのか?」という部分にメスを切り込んでいった本だったのである。私は本に線を引きながら読むのだが、第一部が始まって三ページ目にさっそく線がひいてある。長いが引用してみよう。

  《そういえば、あの茶髪や金髪にしても、はじめはつっぱりの若者たちの悪趣味なファッションくらいに重い、アジア人には絶対に似合わないと確信していたひとがほとんどだったのに、みな不思議にあの色になれてきて、最近は、塞いだ気分を切り替えるためにもっとも手軽な手段として、多くのひとたちが愛好するようになっています。黒はやはり重苦しい、もう少しライトにしないと洋服には似合わないというふうに、扇子があれば染めるのが当然、というのが「常識」になってきています。むかしから気分転換に髪を切ったり染めたりというのはありましたが、そういう自己セラピーのような効果が、ピアスや茶髪にはあるようです。身体の表面を変えることでじぶん自信を変えたいというファッションの願望は、いまはもう、表面の演出ということだけではすまなくなっているのかもしれません。》

 《耳に穴を開けることで、身体がいろいろに変換可能なものであることが実感できるということ、つまりこれは、この身体という、じぶんが背負っている存在の条件そのものを変更できるという、ささやかなときめきにつうじるのではないでしょうか。》
 《あるいはひょっとして、身体という自然、親から与えられた身体を毀損することで、親との自然的なつながりからみずからを解除するという、一種の旅立ちのパフォーマンスをここに読みとることも可能かもしれません。これはわたしの身体なのだから、どうするかはわたしが自由に決めるという宣言。その意味では、ピアシングはひとりぼっちの密かな成人式の儀礼なのかもしれません》

 《ファッションには、言葉ではなく身体そのものを使って、みずからの存在を問うという面があります》

 《しかし、わたしたちが現在、身につけている衣料を考えた場合、身体の保護ということで説明できるものより、できないもののほうが多いのではないでしょうか。すぐに重いつくものに、男性ならネクタイ、女性ならハイヒールがあります。ネクタイは社会的な記号としての意味はあるでしょうが、身体の保護といった目的は見出せません。ハイヒールとなれば、踵は異様に高いし先はとがっているというふうに、歩行という機能に反するような不安定なかたちをしています。まるでわざわざ歩きにくくするために考案されたと言いたくなるくらいです。身体を保護するどころか、逆に、履き慣れるまでに幾度も皮膚を傷つけ、骨を痛めるものです。ほとんどの靴は人間の足のかたちを無視した紡錘系のシルエットになっていますが、このことも靴のシルエットが人間の足を大地から保護する以上の意味を含んでいることをしめしています。》
 《このように身体を加工し、変形するというのは、与えられた身体になにか不満をもつからだと、まずは考えられます。じぶんの身体をなにかある物差し、つまりそのひとが属している社会でのスタンダードとかモデルと照らし合わせ、それからいくらか隔たったものとして、じぶんの身体を意識するわけでしょう。じぶんの身体に向けられる他人の視線がひどく気になるというのも、おそらくこういうところに理由がありそうです。このように見てくると、ひとはなぜ装うのかという問いは、ひとはなぜじぶんのありのままの身体に満足できないで、それにさまざまの加工や変形や演出をほどこすのか、どうしてそんな手の込んだことをするのかという問いを、その核心に含んでいることがわかります。》

 《わたしたちの身体は、知覚情報も乏しいし、思うがままに統制もできないという意味では、〈わたし〉から想像以上に遠く隔たったもののようです。
 他人の身体ならわたしたちはそれを一つの物体として、他の物体のように見たり触れたりできるのですが、ほかならぬこのわたしの身体は、じぶんではいわばどこかたよりないイメージとして所有することしかできないのです。わたしたちはじぶん自信の身体を、いわば目隠ししたまま経験するしかないわけです。これは考えてみれば、物騒な事実です。フリードリヒ・ニーチェという哲学者は、その著書のなかで「各人にとって自己自身がもっとも遠い者である」という、ドイツの古い諺を紹介していますが、身体についてもまったく同じことがいえそうです。》
 《風呂に入ったり、シャワーを浴びたりするのが心地いいのは、湯や冷水のような温度差のある液体に身を浸すことによって、皮膚感覚がはげしく刺激され、活性化されるからです。ふだん視覚的には近づきえない自分の背中の輪郭が、皮膚感覚の活性化によってにわかにくっきりしてくるというのです。つまり、このことによって〈わたし〉の輪郭が感覚的に補強されるので、じぶんと外部との境界がきわだってきて、じぶんの存在のかたちがたしかなものとなり、気持ちが安らいでくるというのです》
 《そして衣料。これについても同じことが言えそうです。というよりも、衣料こそ、ひとが動くたびにその皮膚を擦り、適度に刺激することでひとにじぶんの輪郭を監視させるもっとも恒常的な装置だからです。、眼で見ることはできない身体の輪郭が、触覚のかたちで確認できるわけです。そしてそのことで、うつろいやすいイメージとしての身体から滲みでる不安をそっと鎮めてくれるわけです。もちろんがんじがらめに締めつけるものだと、活動しているあいだじゅう気になってかえって不便ですから、適度に、その存在を忘れない程度にというのがミソだと思います。》

 鷲田清一の論を簡単にまとめると、服には最初は過酷な自然環境から身体を保護するという役割があっただろうが、現在においては、あまりそういう第一義的なものは見いだせない。それに、現在では身体を保護するという考えでは測れないようなデザインの服や行為が反乱している。これはなんなのだろうか。
 私たちは自分というのを実はあまりよく理解できていない。生きることが大変でなくなった現代において、人間は自分とは何かということを考えるようになる。しかし、自分は自分のことを保証してくれない、極めて不安定なものである。その自分を保証するためにこそ、服というのが身体の輪郭を多い、自分というもののからをつくっているということなのだろう。
鷲田清一氏の論は非常におもしろい。知的に楽しめるようなアクロバティックでエキサイティングな知の跳躍をしつつも、あまりにも奇想天外、それは納得できない、というようなものではなく、実に論理的で、ああそうかと納得できるものである。
 もちろん、衣服がなんのためにあるのか、なぜ我々は衣服を着るのかというのは、答えのない問題だろう。だから、これが決定的な答えということではない。こういう考えもできるのではないか?というものにすぎない。しかし、そのこういうものではないかということにすぎない答えも、ここまでの知的な段階を踏むと、かなりの精度のものになってくるということだ。
 この本では、他にも制服についてや、マネキンについて、現代を代表する作家を取り扱った論考などを掲載している。この本は一冊の本として十分に読み応えのあるものであるが、実はそれぞれは独立した論文なのである。一冊の本としても読める、内容の連続性のようなものを持っていながら、実はそれぞれ独立した論文だったというのは、なんだか不思議な、私はこれまでに読んだことのないスタイルです。
 が、いずれにせよ、彼の論理的な哲学論考は、おもしろく、一見の価値があると言えるだろう。

『ペイ フォワード』感想とレビュー

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 今回は映画『ペイ フォワード』についての記事だ。普段近所にあるTSUTAYAで借りている私だが、TSUTAYAで行っている、ランキングというのは結構役に立つ。なんかの映画何選みたいなのをやってくれているので、そこで上位に入っている作品をいくつか借りてくるのだ。さすがにそういうランキングにはいってくるだけのことはあって、なかなか面白く、楽しめる。今回の『ペイ フォワード』もそのようにしてであった。
 この映画を観て、久しぶりに「こういう映画をみたなあ」という感慨にふけってしまった。
 この映画は実に単純なストーリーで、何かアクションがあったり、ものすごいストーリーがあったりという、意外性などはない。しかし、それでいて、観終わった後にはうーむとうならせるような力があるのである。
 物語は簡単で、中学生に進学した主人公ハーレイ・ジョエル・オスメント扮するトレヴァー・マッキニーがケヴィン・スペイシー演じるユージーン・シモネット先生の授業で「世界を変えて見ろ」という課題に対して、あるアクションを起こしたことからはじまる。その課題をオリヴァーはこう解釈したのだ。すなわち、世界を変えるには、善意を人に渡すという方法がいいのではないかと。彼の考えは、善意を三人に渡す、こうすることによって、ネズミ算式に、善意が広がっていくのではないかという、極めてシンプルなものだった。このシンプルな発想が、この映画をシンプルにしていると言える。
 まあこの物語は当然作り物であるから、ここでは上手くいくように描かれるのであるが、現実にはそうはいかないであろう。しかし、そういうつまらないことは置いておこう。
 オリヴァーは善意を三人の人に施そうとする。一人目は浮浪者に。もう一人はお母さんに。そうしてもう一人は自分の友人に。
 1人目の浮浪者は、最初成功したかのように見えた。彼は麻薬をやっており、破滅的な人生を送っていたのだけれども、そこにたまたま通りかかったオリヴァーの善意によって、更生する意欲に目覚める。しかし、その後オリヴァーが彼のもとを訪ねるも、前後不覚の常態になっていた彼はオリヴァーの呼びかけに答えることはなかった。おそらく麻薬をがまんできずにやってしまったということなのだろう。
 1人目の善意が駄目だったと自分のノートに×をつけるオリヴァー。観客もやはりそう上手くはいかないとオリヴァーと同じようにしょげてしまう。
 そうしてこの物語の本筋とも言える、自分の両親の問題へと向かっていく。母親は子供を育てるために二つの水商売のような仕事をしているのでが、彼女には問題があって、アルコール依存症なのだ。『男が女を愛するとき』のように、彼女にはアルコールを断ち切るための何らかの方法が必要なのである。
 オリヴァーは子供ながらに母親のアルコール依存症をやめさせようとお酒を捨てたりする。しかし、母はどこかに隠しておいた酒を呑んでしまい、そうしてそれがオリヴァーにばれて、二人の仲は険悪になってしまうという繰り返しの日々を送っている。
 この母親をなんとかしようというのがオリヴァーの第二の善意であった。新しい中学で社会科の先生となったユージーン先生を母と会わせようとする。ユージーン先生は、何があったのかはわからないが、顔がやけどによってケロイド状になってしまっている。そのために一般的な感覚で言えば、やや近寄りがたい印象を与えてしまう。なんだかんだ言っても人間は第一に容姿を気にしてしまうから、女性からしたら、このユージーンは恋愛の対象になかなかなりづらいということになろう。
 それをなぜか、オリヴァーは自分の母親にくっつけようとするのである。そこには、一つには、子供だからそのようなケロイドをなんとも思わなかったという感覚も存在しているであろう。彼は善意を三つ他人に施せば世界が変わるという、善意に働きかけることができるように、そうした恋愛についても、善意によって人が動くだろうという予測のもとに行動しているのである。だから、おそらく自分の母親は、ケロイドのことをなんとも思わないだろうという善意と、先生も自分の母親とだったらうまくいくだろうという善意によっての行動だったのであろう。
 一応映画だから、そう簡単には上手くいかない。暴力を振るうオリヴァーの本当の父が登場したり、二人の仲はうまくいったりいかなかったりする。
 オリヴァーの父の登場によって物語は急速に展開する。実は、ユージーン先生の火傷は、オリヴァーの父のように、妻に暴力を振るっていたユージーンの父からのものだったのだ。ユージーンは母に暴力を振るう父をなんとかしようとして、その父によって焼かれたのである。そういう経験を持つユージーンだったからこそ、自分はそうはなるまいと、良き人間、良き教師になろうと厳格につとめていたわけである。当然暴力を振るうオリヴァーの父を許せないユージーンであるが、改心したという言葉に再びよりをもどそうとしてしまう母も、そこには存在してしまう。そういう人間の心の弱さみたいなものがここにはあるのだ。
 結局のところその父とは再び上手くいかずに、父は家を出てしまう。
 さて、そんなころ、都会では、善意を人に施すというのが一大ブームになっていた。それは細いながらも連綿とつづいていった善意を渡すゲームの延長だったのである。オリヴァーが最初に助けた浮浪者が、自殺願望者を救ったり、あるいは母親からその母親へ、オリヴァーの祖母へ伝わった善意が他の人の善意へ。その善意がまわりまわって、ある記者のもとへとたどり着いていた。その記者は、この善意のゲームがだれから始まったものなのかということを辿り当てて、ようやくオリヴァーのもとへたどり着いたのである。
 取材を受けるオリヴァー。彼はそこでスピーチをする。オリヴァーがスピーチをするのはこの映画で二回。冒頭でこのゲームを簡単に説明することと、最後のインタビューでこのゲームをどうしてやろうと思ったのか。最後のインタビューでは、善意を与えられているのに与えられない人は、人生に負けているのだ、自分はそうなろうとしていた、けれども自分は人生に勝ったんだ、というようなことを話す。それは、おそらく彼なりの、これ以上発展しそうにない母とユージーン先生に向けてのメッセージだったのだろう。そのことにはっとした二人は、その後再び付き合うことに合意する。
 そのような感動的な場面で、この映画で悪ガキたちにいじめられている子供が再びいじめられるという場面が発生する。それを発見してしまったオリヴァーは悪ガキたちを退治しに。そこでオリヴァーは悪ガキたちともみくちゃになり、最後には刺されてしまう。まさかこの程度の傷で、と私は見ていて思ったのであるが、なんとこの映画は、オリヴァーを殺してしまうのである。
 これにはおどろいた。さすがにこのすばらしい心温まる物語で、主人公のオリヴァーを殺してしまう必要があったのだろうかと何度も考えた。結論は半々だ。殺す必要はなかったというまっとうな答えは、やはりいつまでも出てきてしまう。母と先生とオリヴァーと、三人でなかよくくらしましたとさ、というハッピーエンドでもよかったのではないだろうか。しかし、一方で、確かに臭すぎるという感覚はあるにはあるのだ。この物語はあまりにも人の善意によりすぎていて、ユートピアすぎるのである。だからこそ、こんなことは現実には起きませんよということを証明するために、オリヴァーを殺さなければならなかったのである。こんなことがもし現実に起こるとしたら、それはその善意の発信者であるオリヴァーを犠牲にしなければならないくらいのことですよという意味が込められているのだ。
 最後の最後にオリヴァーが死んでしまうことによって観客はかなりのショックを受ける。これまでなんて心温まるいい話なんだと安心しきっていた読者は、突然物語側から裏切られてしまうのである。
 オリヴァーを殺さなくても、予定調和だったとしても、この作品は人の善意を信じさせてくれるような心温まる物語として、ある程度映画史に残ったであろう。しかし、オリヴァーを殺してしまうことによって、それは現実には起こりませんよ、という厳しい自己反省をすることによって、さらに印象深くさせ、名作と呼ばれる作品になったとも言えるだろう。
 とにかくこの作品を見ると、久しぶりに人を信じることや、人の可能性について明るい考えになれる。そういう力を持った作品であると言うことは確かだ。是非見てもらいたいと思う。

『ダイの大冒険』と『勇者アベルの伝説』 感想とレビュー

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 私は昨年末から今年の初めにかけて、南米を一月旅してきた。そこでは、永遠に広がる荒野があり、どこまでも果てしない砂漠があり、はるかかなたには、うっすらと浮かんでいる山々があった。私はこの時ほど、ドラクエの世界ってほんとにあるんだ!と思わないことはなかった。つい山々に恵まれ、海に囲まれた日本にいると、果てしない荒野のようなものとは無縁で、ドラクエなんて実際には存在しない世界だと思ってしまう。しかし、いざ南米の広大な大地をバスで移動してみると、ああ、ドラクエってこういうところの話だったのかと、妙に納得できてしまったのである。
 そんなこんなで、旅先でドラクエが恋しくなり、ゲームもないので観はじめたのが『ダイの大冒険』であった。
 違法なのかもしれないが、YouTubeにアップされていたものを楽しく鑑賞させていただいた。こういう無料で見られるということが、どれだけの文化の発展につながっているかを、きちんと認識しなければいけない。著作権だなんだと、勝手なものをつくりあげて、作者の利益を守るうんぬんはいいが、それが文化の発展に繋がらなければ何の意味もないということをはっきりとわからなければならないだろう。
 ダイの大冒険は、ほんとにわくわくする物語であった。制作されたのが1991年ということもあり、まだ日本が良くも悪くも平和な時代だったころの作品である。だから、作風もおっとりしているといえばしているだろう。シニカルなところもないし、何かひねくれたところもない。非常に威風堂々としていて、意気揚々としている。作品全体からダイの性格と同じような気風の感じられる作品であった。
 最近のアニメは、もっぱら1クール12話程度になってしまっていて、内容が凝縮されているのはいいのだけれども、そのかわりに、あまりその作品にのめりこめないという感覚がどうしてもしまう。やはり、同じものごとでも、1話でおさめてしまうのと、2,3話つかって描いたのでは、そこに入り込める、感情移入できる質量が違ってくるというものである。
 確かに3話めで突然マミさんが死んでしまうという衝撃的な場面をえがいた『まどか☆マギカ』は成功していたろう。しかし、同じ仲間が死ぬにしても、もうすこしきちんとした出会いがあり、一緒にすごした時間があった、ダイの大冒険のほうが、アバン先生の死の描写によりリアリティーがあったのは確かであると思う。アニメの死など、ほとんどは記号の死であり、悲しみを催させるほど人々に影響を与えないものである。しかし、冒頭数話目にしてアバン先生が本当に死んでしまった時には、私はほんとうにびっくりした。ドラクエであるし、どうせザオリクかなにかで生き返るだろうと思っていたら、本当に死んでしまった。その時の驚きと言ったらなかった。あそこには、単なる記号の死ではなく、本当にひとつの人格を持ったアバンという人が死んでしまったという感覚があり、こういう描写が出来たということは、やはり制作陣にそれだけの技量があったのだなと感じずにはいられなかった。
 ダイの大冒険はその後も王道の王道を行く。強い敵が出てきて戦い、仲間になり、さらに強い敵と戦う。パターンはわかっているけれども、どうしてもおもしろいと感じてしまう。結局はこうした王道が強いというのは残念ながら事実のようだ。クロコダインとヒュンケルが仲間になって、フレイザード並びに魔王司令官と戦うアニメ終盤は、手に汗握る戦いであった。
ダイの大冒険、唯一の弱点があるとすれば、このアニメが途中で打ち切りになってしまったことだろう。やっとダイの出生の秘密がわかる、という時になって、アニメが終わってしまったのには、アバン先生が本当に死んでしまった時と同じような衝撃があった。30話あたりから、アニメの進行がやけにゆっくりで、このままでは最後、魔王を倒すまで間に合わないのではないか、と心配しながら見ていたのであるが、やはり結果はその通りであった。魔王軍の軍団長を6人にしたのがいけなかったのではないかと当初は思ったものの、そんなことはなく、単にもっと長い企画であったのが、頓挫してしまったというのが原因だったらしい。今でもこのアニメの続編、後篇を作ってほしいと私は切に願うのであるが、CG化して、話しもかなり入り組んだものが流行る現在においては、それも難しい話かもしれない。

 ダイの大冒険が、タイトルの通り、どちらかというと成長物語であるのに対して、勇者アベルの伝説は、もう少し「旅」の部分に着目したものだったように感じる。
 毎回最後に次の目的地はといって、マップが表示されるあたりに、このアニメの親切さというか、リアリティーを感じずにはいられなかった。一応こちらのアニメのほうが先に放送されていたので、その部分はダイのほうでも踏襲すればよかったのに、と思わなくもないが、ダイはダイの魅力があるのでいいということにしておこう。
 実際に一か月間南米の旅をしてきた感覚からいうと、現実に近いのは勇者アベルのほうになる。やはりその土地土地をめぐっていくという感覚がリアリティーを獲得しているということができるだろう。
 ダイのほうは、一体何歳なのかわからないような、デフォルメされた人物たちが活躍していた。だからこそ、生身の身体を持ちそうにない、ドラえもんじみたキャラクターが活躍しているのに、いきなりアバン先生が死んだのでびっくりしたのである。それに対して、アベルのほうは、15歳の誕生日を迎えた、とは思えないほど強靭な肉体を持った青年たちの冒険である。去年中学三年生を教えて来た身としては、15であれはないだろーと思いつつも、確かに成長が速い子はあのくらいになる可能性もなくはない。野球部の連中などはアベルに近い感じもしないではなかった。

 しかし、どちらも言えることは、やはり魔王がいて、明確な敵が存在するということである。もちろん、敵がいなければ冒険も成り立たないので、これは悪と善の戦いというよりは、お互いに必要としている必要悪のような存在なのである。真に世界が平和であれば、冒険する必要もない。だからこそ想定される悪が必要になるわけで、その点はやはり90年代的だなと考えずにはいられない。現代では、単に悪という概念を持ち出してくると面倒なことになりかねない。総ツッコミ時代なので、なぜその悪は存在するのか、何を目的としているのか、なぜ悪がでてきたのか、などなど、かなりきめ細かいところまで考えなくてはならない。だからこそ、まどマギでは、魔女狩りをする少女自身が実は魔女になりえるのだという、救いのない悪を想定せざるをえなかったのである。90年代の平和なドラクえ時代には、なぜ悪が存在するのか、そいつはどういう存在なのかということは、考えなくても済んだのである。牧歌的であるといえばいえるのである。
 勇者アベルのほうでは、ヤナックという指導役がつくので物語の進展がしやすかったろう。その分、アニメーターたちはやや楽をしたのかもしれない。少年が成長する物語には、指導役となる人物が必要になる。ダイでいえば、それはアバン先生であり、魔導士のおじいちゃんであり、時として武人のクロコダインだったり、ヒュンケルだったりしたのである。ダイのほうでは師匠役であるアバンを先に殺さざるを得なかったので、ダイがピンチに陥った時は、アバンの記憶がよみがえるという形でダイに進む道を教えるという形をとった。しかし、やはり生きていないので、なかなか難しかった部分があったのではないかなと思う。ダイには、決定的な師匠役というものが存在しなかったので、ダイはその都度自分で考え、行動しなければならなかった。その葛藤が、あの作品の長さに相当するのである。自分で悩んだ分、物語が進むのが遅くなってしまったのだ。だから、42話で、作品の中盤までしかいかなかった。その反面、あまり内面で葛藤することがなく、ヤナックというすばらしい指導役がいたアベルは、42話でみごとに大魔王を倒すに至るのである。その葛藤というものが、やはりどれだけ時間がかかるものなのかということを証明しているように私には思われる。私個人の感覚では、葛藤するダイのほうがおもしろかったと言えば言えるだろう。

 何はともあれ、ゲームの世界をアニメーションに翻案するというのは、難しいところである。ゲームでは実際にモンスターを殺しているわけである。そこはゲームだから省略できるわけであるが、アニメや小説版ではそういうわけにはいかない。一度ドラクエ5の小説版を読んだことがあるが、あの作品では、殺したモンスターはきちんと火葬している描写が登場する。
 アニメ版、アベルではモンスターはバラモスによって生み出された宝石モンスターといって、死ぬと宝石に戻るという設定になっている。これならば、殺してももともと物質なんだからという理由がつけられそうで、特に罪悪感を覚えることもない。しかしこれはやはり記号の身体であり、ご都合主義にすぎるのではないか、という感じもないではない。おそらくそれを制作陣も感じていたのであろう。魔王がいなくてもモンスターは存在するならば、という発想のもとで生み出されたのが今度のダイである。ここでは、モンスターは命あるものとしてきちんといきている。
 だからダイはほとんどモンスターを倒していない。倒したとして、フレイザードくらいであろう。それ以外のモンスターはやはりいきとしいけるものなので、殺すことができなかったのである。そうすると、やはりドラクエのゲームとはずいぶんかけ離れたものになってしまう。これは仕方のないことである。
 そこにやはりゲームを翻案することの難しさがあると云えよう。
 しかし、どちらのアニメも、ドラクエ的な雰囲気、世界観がただよっており、非常にすぐれた作品であることに間違いはない。牧歌的だとしても、現代の緊張しなければみられないようなアニメと違って、リラックスしながら見ることができるという点では、いいのかもしれない。

パウロ・コエーリョ『星の巡礼』 感想とレビュー

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ブラジルの国民的作家、パウロ・コエーリョの名は、やはり文学の領域において独特の立場をもっている。それは、彼の手法が、マジック・リアリスムの様態を呈しているため、先日亡くなった巨匠、ガルシア・マルケスに追随する作家のように目されているからでもある。
 しかし、似ているからというだけで、ガルシアマルケスのたとえば『百年の孤独』と、パウロ・コエーリョの『星の巡礼』を同一視してしまうのは、ものの本質を逃すことになるだろう。『百年の孤独』と『星の巡礼』。どちらも、日常の生活のなかに、ふとしたところに我々が感じる非日常的なことが紛れ込んでくる。もちろん登場人物たちにとっては、それは現実なのであるが。しかし、この類似点だけをとって、マジックリアリスムだと断言して、思考停止してしまうのでは、確かにそれはある面ではそう云えるかもしれないが、それ以上の発展を生みださないだろう。むしろ、ここでは、マジックリアリスムかもしれないが、そのなかでどこが違うのかというところに着眼したほうがおもしろいかもしれない。
 私が感じたこの二つの大きな違いは、ここにある。すなわち、精神性のようなものだ。それを人々はスピリチュアルというかもしれない。しかし、このスピリチュアルという言葉には、無宗教を唄う我が日本国においては、江原啓之に代表される、どことなくうさんくさい感じがついてまわってしまう。もちろん私は江原氏を非難しているわけでもなんでもない、ということは断っておこう。
 ただし、日本ではスピリチュアルという言葉を使ってしまうと、あるいはそういう言葉を使わなくても、なんとなくそう思われるものは、どれもうさんくさい、という感じで受け取られてしまうことが多いのではないかと感じる。

 しかし、この作品を読めば分かると思うが、そうした非科学的なものに対して、即座にそれはうさんくさい、嘘だ!と断言することがいかに軽薄な行動であるかがわかるだろう。
 という私も、こうしたものを完全に信じているわけではない。ここには、ややそうしたものを信じたいという気持ちがあることを認めざるを得ない。しかし、だからといってそれを完全に信じられるかというとそうではない、どうしても疑いの目を持ってしまうといいたいのである。
 この小説のなかには、非科学的でない、幻想的な体験も多く書かれている。おそらくそれらは、認識の問題なのだろうと考えることができる幻想的な体験が書かれている。そうした諸現象については私も、納得できるところだ。人間はけっこう認識によって、見える世界がかわるものである。そういうのを体験的に知っているので、これがどういう精神状況において起こったことなのか、そういう状況下においては、こういう表現になるな、ということがおぼろげながらではあるが理解できるのである。
 しかし、なかには思念をつかって大きな木を横たわっている状況から立てようとしたという、我々科学人がどうかんがえても理解できない描写もある。これはどう考えたらよいのだろうか。私はその答えを持たない。作者はすべて書かれていることは事実だと述べている。作者はおうおうにして嘘をつくものであるが、本当だと言っていることを信じないというのには勇気が必要だ。あるいは、本当だということを本当と信じることを同じくらいに勇気がいることかもしれない。
 小説内では、残念ながら思念によって木を立てることには失敗するのであるが、ここで成功していた場合、我々は本当にどう考えていいのかわからなくなる。しかもそれがあたかも現実であるかのように書かれているし、作者も本当であると言っているのである。私たちは、現実と夢想のはざまのような世界で宙ぶらりんにならざるをえない。むしろ、読者をそうした状況にさそうことこそが、この作品の狙いなのではないかと思わずにはいられないほどである。他の読者はこの問題をどう感じ、どう考えるであろうか。

 一旦そうしたスピリチュアルな部分を抜きにして考えてみよう。この小説は、なにもスピリチュアルなところだけを取って終わるようなものではない。
 私はこの作品を非常に楽しく、興味深く読んだのであるが、この小説の魅力は、そこから我々が何かを得ることができるという、深い読者と本との関係によって築き上げられている。
 例えば、それぞれの章立てごとに、我々読者は、主人公が所属するRAM教団に伝わる秘伝の教えを得ることができる。祈りの仕方だったり、呼吸法だったり、我々が現実にできることが書いてあるのである。おそらく、それらを続けることによって、なんらかの認識の変化が起こりやすそうだというところまでは言うことが出来そうである。なんだか、トイレを掃除して見ろという指示を出して来た『夢をかなえるゾウ』のようなおもむきもある。
 私のような本を読書としてしか読んでいないような軽薄な読者は、ここに書いてあることを、その時は一度くらい真似してみても、その後も継続的に実践してみるということはない。そういう人がいたら、どうなったか聞いて見たいものである。
この小説の魅力に戻ろう。そう、このように章ごとに課される課題のようなものもおもしろいのだが、我々はそれ以上に、この小説から深い知恵のようなものを得ることができるような気がするのである。それは、こうしたスピリチュアルな、幻想的な、精神的なものを信じている主人公=作者だからこそ述べられるような箴言のようなものがあるのだ。特に私が感銘した部分を一部引用してみよう。

 「人間は、自分が死ぬということに気づいている唯一の存在だ。そのために、そして、そのためだけに、僕は人類に対して深い尊敬の念を持っている。そして、人類の未来は現在よりずっと良くなると信じている。自分の人生には限りがあり、予想もしない時にすべてが終わるということを知っていても、なお、人々は、自分の人生で、永遠の生命を持つ者にこそふさわしい戦いをしている。人々が虚栄とみなしているもの、つまり、すばらしい仕事を残したり、子どもを持ったり、自分の名前が忘れられないように一生懸命になったりするのは人間の尊厳の最高の表現であると僕は見ている。
 それでもなお、か弱い生きものである人間は、常に自分たちが確実に死ぬということを自分に隠そうとしている。人生で最もすばらしいことをしようと彼等に思わせるものは、死そのものであることを、人は誰も見ようとしない。彼等は暗闇に足を踏み入れるのを恐れ、未知を恐れている。そしてその恐怖を克服する唯一の方法は、自分の人生が限られているという事実を無視することなのだ。死を意識してこそ、もっと勇気を持つことができ、日々、さらに多くのものを得ることができるということを、彼等はわかっていないのだ。なぜなら、死を意識した時、何も失いものはなくなるからだ。死は避けられないのだから」

 こう書くと平凡な表現になってしまうが、この小説には、物質に溢れた文明社会に生きる私たちに、精神性の重要さを説いた部分もあるということを言っておかなければならない。
 私は資本主義が嫌いな人間なので、ここに書かれていることのいちいちが身に染みて、そうだよなと納得できた。もしかしたら、普通の読者にとっては、しばしば耳のいたい指摘があるかもしれない。しかし、ここには、人間に対する深い愛情が横たわっているし、生きとし生けるものへの温かいまなざしがあると感じる。
 全体的に精神的に何かにつつまれるような、そんな温かさを持った小説であるということができよう。
 深い精神の旅。この小説を読んで感じたのは、そんな言葉だった。もし、文明社会に生き、なぜ生きているのかわからなくなった人間は、こういう小説を読んだりすると、何かしらの発見を得られるのかもしれない。

『.hack//Quantum』 感想とレビュー

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 ここ最近、アニメにおける電脳空間と現実とを描いた作品を見ることが多い。この「.hack」はシリーズもので、今回私が見た「quantum」はシリーズとしては第9弾(OVAとしては第6作目)にあたる。この作品との出会いが突然だったので、他シリーズをまだ見ていないのであるが、簡単に言えば、『サマーウォーズ』の大人向け作品といったところだろう。もちろんこちらのほうが古いのであるが。
 今回の作品はOVAということもあり、よく作り込まれていて、愉しく鑑賞することができた。アニメ25分ほど、かける3話であるから、少し短い映画という感じだろう。起承転結で、よくまとまっている作品だった。
 作品世界は、CC社が運営する世界最大級のネットゲーム「The World R:X」を舞台に展開する。このゲームに参加する「サクヤ」「トービアス」「メアリ」であるが、ある事件に巻き込まれ、メアリこと、エリがゲームから帰還できなくなってしまう。この電脳世界から帰還できなくなってしまう、というのは、マトリックスによって世界的に広く知れ渡った現象であるが、それ以前からこのような発想はなされていた。日本でも、コナンの映画に電脳世界に閉じ込められて帰ってこられないという設定のものがあったように覚えている。
 私は文系の人間であるからこのようなことがあと何十年後かに実際に起こり得る現象なのか、ちっとも想像がつかないのであるが、極めて怖い想像力であるとは感じる。人間にこれだけ想像できるということは、おそらくそんなに実現不可能なことではないのだろう。意識がもどらなくなるようなことはあるのかもしれない。しかし、おそらく現実世界でそのようになった場合、魂や意識というものが電脳世界に取り残されるということはなく、単に肉体が植物状態になってしまうだけなのではないだろうか。魂や意識というものが、そんなにきれいに切り離されて、そして再びその肉体にもどるとはとても考えられないのである。

 この作品は当然物語であるから、切り離された魂は、なんということもなく、簡単に肉体に戻る。
 今回の作品を見ていておもしろいなと思ったことがある。しばしば電脳世界などを舞台にする作品は、その反動としてか、肉体に眼差しが向かっていく。電脳など、仮想の、バーチャルな世界を描くことによって、その反対に、現実の物理の世界が浮き彫りになってくるのである。
 今回の映画も、それまでバーチャルな世界で、痛みを感じることもなく、ゲームをしていたのに、突然そこに「痛み」が生じてくるというのが、生々しく表現されていた。いままで仮想だと思っていた世界が、突然現実化してしまうことの怖さというものがうまく描写されていたと思う。ここに、アニメにおける身体論があるように私には感じられる。
 ドラえもんなどに代表される日本のアニメは、そのもとである漫画と同様、生身の身体を持つことがなかった。特にここ近年で本当に記号化された身体だなと感じたのは「ベルセルク」の映画で、あそこではガッツがその名の通り百人切りをしてみせるが、あそこで切られる側の存在は、生身の身体を持っているようにはとても思えないのである。ガッツとの肉体の堅さのようなものがまったく違った次元で描かれてしまっている。ああいうほとんど意味を見いだせない肉体の死というのが、記号の身体というものである。
 今回もバーチャルな空間であるから、アニメーションが求めていた記号の身体とほぼ同じ世界観を共有することになる。アニメで実際に生身の身体を持つものがいないように、バーチャルの世界でも生身の身体を持つ者はいない。そうすると、アニメとバーチャルというのは、生身の肉体を持たないという点では共通し、そのために、しばしば二つのメディアが融合することがあるのである。もともと類似的なものであるので、融合しやすいわけだ。
 しかし、今回は途中からバグのようなものが発生し、実際に痛みを感じるようになる。
 たかが眼鏡を掛けた程度では痛みまでは身体に感じないだろうというつっこみは置いておこう。この作品では描かれなかったが、たとえばログインが、もっと神経の中枢をプラグかなにかで共有させるような、マトリックスのようなものと考えればいいだけのはなしである。
 この作品の怖さは、我々がバーチャルだと思い込んでいるところに、リアルが突然入り込んでくることにある。それをなしえてしまったのが、ハーミットという存在だったわけだ。
 しかし、この作品はバーチャルとリアルという二つの対比項だけではなく、さらなる次元へと向かう。私が新しいなと思ったのが、このハーミットが実は病気で、自分のドナーをこのバーチャルの世界で見つけようとしていたことである。結論からいうと、一段落したあとで、主人公であるサクヤがドナー登録をするというところで話が終わっている。これはおもしろかった。
 つい最近臓器移植をテーマに扱った『私を離さないで』というグロテスクな映画を観たが、そこにも通ずる問題が横たわっていたと思う。
 が、ここでは単に、ドナー登録をして、何かの臓器を提供するということで、この物語は無事に終局を得そうだということである。全体としてじつによくまとまっているし、何の欠陥もないし、すばらしい作品であると思う。

月別鑑賞録 12月~2月

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月別鑑賞録 2月
Mr.ビーン カンヌで大迷惑?!
『わたしを離さないで』
『ファンタスティックMr.FOX』
『ブエノスアイレス』
『ユージュアル・サスペクツ』
『ローマ法王の休日』
『ロッキー・ホラー・ショー』
『時計じかけのオレンジ』
『小説家を見つけたら』
『理由なき反抗 特別版』
『2 ベスト・キッド』
『3 ベスト・キッド 最後の挑戦』
『4 ベスト・キッド』
『エビータ』
『オリバー・ツイスト』
『カルテット!人生のオペラハウス』
『チェ 28歳の革命』
『チェ 39歳別れの手紙』
『ツリー・オブ・ライフ』
『ペイ フォワード』
『楽園追放』
『ユニコーンガンダム』エピソード1~7


書籍
村上春樹『1Q84』book1
村上春樹『1Q84』book2

訪問地
北海道
箱根

ゲーム
『ファイナルファンタジーデシディア』
『スターオーシャンpart2』


1月
有川浩『レインツリーの国』
鷲田清一『ひとはなぜ服を着るのか』
パウロ・コエーリョ『星の巡礼』
宮台真司『14歳からの社会学』
中島義道『働くことがイヤな人のための本』
中島義道『哲学者とは何か』

『STAND BY ME ドラえもん』
『るろうに剣心 京都大火編』
『るろうに剣心 伝説の最後編』
『舞子はレディ』
『ルパン三世』実写映画




月別鑑賞録 11月
・『文学少女』劇場版
・銀河鉄道999・永遠の旅人エメラルダス
・銀河鉄道999 エターナル・ファンタジー
・1000年女王
・劇場版 NARUTO -ナルト- 疾風伝 ザ・ロストタワー
・劇場版 NARUTO -ナルト- 疾風伝 火の意志を継ぐ者
・イヴの時間
・鉄人28号 白昼の残月
・真ゲッターロボ対ネオゲッターロボ
・Fate Stay Night
・Road to Ninja
・名探偵コナン 異次元の狙撃手
・河童のクゥと夏休み




アニメ
・Zガンダム 1話から12話
・Gのレコンギスタ 1話から6話

マンガ
・あしたのジョー 一巻(文庫版)

ゲーム
・スターオーシャン1
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