東京公園めぐり~都会暮らしにちょっと一息~

 もうすっかり寒くなり、いよいよ今年も残すところあと数日というところになりました。みなさんいかがお過ごしでしょうか。私は突然寒くなったので少し風邪気味になっておりましたが、なんとか持ち直しました。
 クリスマスも過ぎてしまいましたね。私は佛教大学に通っているものですから、そのようなものには目もくれず。というより、我が大学は数々の月曜の祝日を無視、天皇の誕生日も無視、クリスマスも無視し、23、24、25と通常通り授業を実施するという荒業を成し遂げました。でも流石にクリスマスやイブに大学に来る人間はそう多くはありません。教授たちだってわかってやっているんです。教授は仕事なので仕方がありません。授業を行いますが、別に学生が休んでもそう何とも思わないでしょう。そのような日に授業を実施する学校が悪いのであります。そして24、25なんかに大学に律儀に出ないで、恋人と愉しいひと時を過ごすのが大学生の本分であると、私も思います。ところが、我が文学部国文学科という特殊な学部はですね、文學オタクの巣窟ですから、まず浮世に興味がない(モテナイ)。男も女も垢抜けない(モテナイ)。流石ですよ。私もその例に漏れないのですが、国文学科専門の科目の出席率は相当よかった。私は周りを見回して、友人たちにいってやったものです。こんな日は恋人と一緒にどっかに行った方がいいぞと。

 そんなこんなな生活を最近は送っておりました。ああ、それからもう一つ追加情報で、先日9日にめでたく誕生日を迎えまして、21になりました。二十歳という区切りのいい、また新鮮味も持ち合わせた素晴らしいレッテルをはく奪され、21になりました。二十歳になるまでは毎年の誕生日がとても楽しみに思えていました。ところが、今年の誕生日はちっとも面白くなかった。このままただ老いさらばえていくだけなのか、人並みの倖せもつかめないまま・・・と考えるともうね・・・。
 二十歳というプレミアも失い、だんだん自分の中に見いだせる価値がなくなってきましたが、なんとか生きておこうと思います。で、今日は何を皆さんに紹介したいのかというと、東京の公園めぐりです。前置きが長い!!

 私は東京生まれ東京育ち(途中海外で生活したこともありましたが)なので、田舎に対する憧れというものがあります。おじいちゃんおばあちゃん、父方母方いずれも東京。なので、夏になったらおじいちゃんち行ってくるんだ~みたいな、田園に囲まれた田舎に帰るというようなことが生まれてこの方なかったわけであります。人は結局ないものねだりをするものだと半ば割り切るようになってきましたが、私もこのような都会にずっとおりますと、漠然とこの都会から逃げて田舎に行きたいなと思う気持ちがあります。アニメーション映画をよく見るのですが、例えば『サマー・ウォーズ』『おおかみこどもの雨と雪』『ももへの手紙』『虹色ほたる』なんかを見ておりますと、ああいいな、私もこういう田舎に住みたいとこう思う訳であります。
 それにどうも私はいろいろと考えなくてもよいことを考えてしまう悪い癖があり、神経衰弱気味なので、都会で暮らしていくには少し辛いんですね。満員電車、溢れる広告、音と匂いと視覚的暴力。時間の流れも速い。疲れます。で、今回は「都会暮らしにちょっと一息」ということで、私が大好きな公園を少し紹介したいと思います。

 東京には様々な名所がありますが、都市の中に存在する大きな公園というのも不思議なものです。地方の出身の子にこういう話をしますと、自然なんかいくらでもあると一蹴されてしまうのですが、都会空間のなかにまるで別次元のように巨大な公園が存在しているというのは、ただ自然だけがあるということとは意味を別にします。不思議なもので、たった数分で、都市空間から自然の中へと変わるわけです。少し周りに注意をしながら生活していると、都市空間というのはとても断続的で、ある部分ですぱっと途切れていたりするものだなということが発見できます。
 それがいいか悪いかは別として、都市のなかに人工的に自然を作るというのは不思議なものです。自然は自然だから自然なんだと多くの人は思っているかもしれませんが、自然は人工物なのです。人間は本当の何も手の付いていない自然のなかでは生きられないと言われます。実際にそうでしょう。本当の自然のなかで生き抜こうとすればかなり動物的な生活をしなければなりません。ジブリ映画の『おもひでぽろぽろ』は都会育ちの女性が夏の一時を田舎で過ごすという物語ですが、そこで田舎を案内するトシオが次のようなことを述べます。
以下トシオとタエ子のやりとり
「都会の人は森や林や水の流れなんか見ですぐ自然だ自然だってありがたがるでしょうでも ま 山奥はともかぐ田舎の景色ってやつはみんな人間がつくったもんなんですよ」
「人間が?」
「そう 百姓が」
「あの森も?」
「そう」
「あの林も?」
「そう」
「この小川も?」
「そう 田んぼや畑だけじゃないんです。みんなちゃーんと歴史があってね。どこそこのヒイじいさんが植えたとか、ひらいたとか、大昔からタキギや落葉や、キノコをとっていたとか」
「ああ そっか」
「人間が自然と闘ったり自然からいろんなものをもらったりして暮らしているうぢにうまいこと出来上がってきた景色なんですよ これは」
「じゃ 人間がいなかったらこんな景色にならなかった?」
「うん 百姓はたえず自然からもらい続けなきゃ生きていかれないでしょう?うん だから自然にもねずーっと生きててもらえるように百姓の方もいろいろやって来たんです。まあ 自然と人間の共同作業っていうかな、そんなのが多分 田舎なんですよ」


 ここには重要な視点が隠されていると思います。田舎や自然というものは、あくまでもそれ単体としては存在しえないのです。人間や人工という私たちの主観、主体があって、初めて私たちとは別のもの、人間、人工とは別のものという意味でしか自然や田舎という概念は出てこないわけです。すると、自然という概念すらも人間が作り出した人工的なものだと言うこともできます。また反対から考えて、人間だって自然の生き物なのだから、自然の一部ではないかと言うこともできるのです。自然対人間(人工)という二項対比は今まで何の問題もないようにまかり通ってきましたが、本当によくよく考えると、果たしてそんなに簡単に考えることができるのか?ということになると思います。
 東京の公園も、確かにあたかも自然のように自然に作られています。ところが、それはやはりつくられた自然なのであって、本当の自然というわけではない。都会のなかの憩いの場としてあらかじめ目的をもってつくられた自然なのです。だから、確かに憩える。憩いを目的として作ったのですから。私はその人工的な自然もある意味では作品のようでいいものだと思っています。さて、理詰めはここまで、あとは私が好きな公園をのびのびできる度数で紹介していきます。


のびのび度 1

井の頭恩賜公園

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 なんといっても東京で公園と言えば、ここでしょう。デートの定番!私の家からも近いので、出不精で慢性的な運動不足の私にはここにいけばいいんでしょうけれどもね。週末にはミュージシャンやアーティストで賑わいます。ただ中にはちょっと変な人もいるかも・・・。吉祥寺が若者の住みたいまちナンバー1とかなんとかに選ばれてから、(それ以前から結構いましたが)人がどっと増えて、右を見ても左を見てもカップルばかりなので、なんだかだんだん憎しみがわいてくる素敵な公園です。恋人とボートにのると弁天様の嫉妬により別れてしまうという伝説で有名ですね。私はボートには乗りませんでしたが、それでもこの公園でデートしたら見事に別れましたよ。
すぐ近くにジブリ美術館もあります。ただジブリ美術館は完全予約制なので、気を付けてください。灯台下暗しとはこのことで、家から近いにもかかわらず、そしてジブリ映画も研究の対象にしているにもかかわらず、私はまだこの美術館に行っていません!!行かねば!!

代々木公園
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 続いて代々木公園。若者の街、渋谷・原宿の間に位置し、公園内には様々なスポーツ施設があります。イベントも多く催されています。通学途中に当たるので、たまに行きます。隣は明治神宮と隣接しており、地図でみると東京のど真ん中にずいぶん緑っぽい空間があるなと感じます。明治神宮も一周するだけで相当な距離になりますから、休日にお出かけするにはぴったり。明治神宮が静かな雰囲気なのに対して、代々木公園は明るい雰囲気。若者の姿が目立ちます。
 これらの公園は人も多く、のびのび過ごすにはあまり向いていません。そのかわりにぎやかです。

のびのび度 2

上野公園

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 私の大好きな上野公園。私のブログによく来てくださる方はご存知かもしれませんが、美術館に行くのが大好きな私にとって上野公園は庭のようなものです。様々な美術館、博物館が乱立!日本の芸術発信地です。東京国立博物館(愛称東博:とうはく)、国立西洋美術館、東京都美術館、東京芸術大学美術館、上野の森美術館、まだまだあります。広大な敷地ですが、土曜日曜は家族連れが目立ちます。他にもアーティストがやってきたり、大道芸人が芸をやっていたりとにぎやかです。静かな上野公園を愉しみたければ、平日の午後。午前中で仕事や学業が終わったという人は午後を美術館デートをするというのも乙なものです。一人静かに芸術の思索を愉しむのも有り。
 不忍池も隣接しており、夏には蓮が楽しめます。井の頭ほどではありませんがボートもあります。周囲には沢山のお寺があり、これもまた歴史ある見どころの一つでしょう。私は近々上野のお寺巡りをしてみようと思っています。

石神井公園
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 昔住んでいたものですから、思い入れのある公園です。小さいころに父と一緒におでんを食べたのが思い出されます。武蔵野三大湧水池として有名な公園で、都内のどの公園と比べても水の豊かさではひけをとりません。都内では有数の池をボートを漕いで恋人と楽しみましょう。こちらは別れるという伝説はありません。ただ、西武線沿線はこんなことを言ってはいけませんが(すこしさびれていて)、石神井公園も活気がありません。静かに過ごしたいという人には、おすすめですが、少し寒々とした感じになります。


のびのび度 3

小金井公園

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 施設は少なく、のびのびと過ごせます。広大な敷地と豊かな自然。のびのび度3あたりから、広い草原のある公園が登場します。小金井公園は、いわゆる武蔵野の面影が残った数少ない土地。武蔵野の面影を愉しみ、しばし昔へタイムスリップ。
 国木田独歩は我々にこのような言葉を残してくれています。
「武蔵野に歩する人は 道を迷うことを苦にしてはならない。どの路も足の向く方へゆけば 必ずそこに 見るべく 聞くべく 感ずべき獲物がある」『武蔵野』

善福寺公園
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交通の便が少ないことから静かな公園です。普段は地域の人しかいません。毎年春になると桜が咲きます。私の場合井之頭公園に行ってもいいのですが、井之頭の人の嵐といったらもう。それにくらべてこちらの善福寺公園は桜の季節でもまだ比較的すいています。
こちらもボートがあるにはありますが、公園自体も小さいですし、そこまで楽しめるわけではありません。静かに散歩するのには適した場所です。

のびのび度 4

新宿御苑

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 一度行っただけで惚れてしまいました。日本のセントラルパークと呼ばれる新宿御苑。
 皇室の庭園として由緒正しい公園で、約58ヘクタールある敷地内には、イギリス風景式庭園、フランス式整形庭園、日本庭園と三つも楽しめるお得な公園です。本当に広い!
 入場料200円のため平日は誰もいなくて、貸し切り状態!流石に紅葉の季節、土日などは混雑しますが、平日に行ければこっちのもんです。年間パスは2000円。早く買おうと思っているんですけどね。
 本当に美しい素晴らしい公園です。どちらかというとこちらは庭園、人工的につくられたという面がかなり強いですが。大都会新宿の真ん中に存在していながら、公園に入ればまるで町の喧噪が嘘だったかのように静まり返ります。イギリス式の庭園は広大な芝生が整備されています。流石都営。ここで横になっていると普段の小さなつまらないことも忘れてしまいます。東京の空ってこんなに広かったんだということがわかります。
 フランス庭園では数々のバラが楽しませてくれます。バラって一年中咲いているんですね。いつ行ってももてなしてくれるので、楽しみです。
 日本式庭園は、新海誠のアニメーション映画『言の葉の庭』の舞台にもなりました。この映画以降その舞台を見にくるお客さんが増えました(私を含めて)。
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 新宿御苑は歴史ある庭園ですから、多くの文学作品にも登場します。例えば、川端康成の『山の音』では、主人公信吾が息子の嫁である菊子と半ば密会のような形で出会う重要な場面の舞台になっています。

のびのび度 5

砧公園

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 我が大学からも近く、私が最もおすすめしたい公園№1
 何もないからいい!広い芝生、人も少なく、都会暮らしに疲れた貴方に最適!
 無いものねだりが人生だと最近悟るようになってきましたが、「ない」ということがない状況にあると私は思うのです。物質がすべてを幸せにしてくれるわけではありません。むしろ、物質に溢れた現代では、物質によって人が支配されてしまっています。例えば、車を手に入れた。そうすると車を維持するためには莫大なお金がかかりますし、時には運転してあげなければなりません。このように考えて行くと所持した物それぞれにどんどん時間を費やさなければならなくなるのです。物質的に満たされなくても幸せを感じている人々は沢山います。そして、ものに溢れた我々が失ったものは何かというと「ない」という状態ではないでしょうか。何もかもが「ある」現代だからこそ、「ない」という状態を欲することも必要なのではないかと私は思っています。物質的に私はもう満足しています。これ以上有形のものでほしいものはあまりありません。本はいくらでも欲しいですがね。だから、ものが「ない」状態が私は欲しいのです。
砧公園は本当になにもありません。なので、つまらないと感じる人の方がおおいことでしょう。ですが、私にとっては公園にいってまで、遊ぶものが多すぎる。のびのびできない。それに対してこの公園はただ芝生が広がっているだけ。なので、人も少なく、小さな子供たちも自由に安全に遊んでいます。こういう公園で一日本を読んで過ごす、こんなに贅沢な時間の使い方、生き方があるでしょうか。

 他にも様々な公園があります。地方から来た人でも、東京の公園はただの自然とは異なりますから、観に行くと面白いと思います。まだまだ紹介したい公園が沢山ありますが、何時までも終わらなくなってしまうので、このくらいにしておきましょう。

2013年 日展の鑑賞 感想とレビュー 書の力

 ここ三四年、日展には毎年足を運んできた。今までは、美術をしている関係から、西洋画、日本画、工芸などに注目してきた。国立新美術館の構造上、書の展示部に着いた頃には体力を消耗し、ほとんど書には注意してこなかった。
 今回は、前期に鑑賞した毎日書道展との違いに着目してみるとよいという指摘のもと、日展の書を鑑賞した。結論から言うと、私は毎日書道展の方が好きだ。私は美術をしてきた人間であるから、書も美術的な面白さがあった方が良い。裏返して言えば、書については素人なので、技術を競っている日展のような真面目な展示はよくわからない。毎日書道展と日展を比較することによって、様々なことが分かった。毎日書道展はかなり自由な書風が多く、前衛的な作品が目立った。墨をまき散らしただけといったような、一見すると誰にでもできそうな作品もあった。それはそれでなかなか絵画的で面白いので私は好きだ。それに対して、日展の書は真面目で、格調高い感じがする。毎日書道展にあった工芸の技術を取り入れた作品や前衛的な作品は、日本画や工芸部門に出されている。そのため、日展の書は、まさしく書といった雰囲気が漂った感じである。
 文字で書かれた作品を見ても、毎日書道展は和様の書が多かったように見受けられた。連綿の作品や、また現代書も多かった。それに対して日展は、古典に習っているという感じがした。会場全体の雰囲気も堅い。柔らかい文字ではなく、中国式の角ばった文字が目につく。全体の感想は、ただただ素晴らしい書なのだなと感じたのみ。絵画的な面白さも少なく、私にとっては少々難しい展示だった。日展の書は、いずれも相当な技術があるとわかるものばかり。そのなかで優劣はつけがたい。ましてや素人の私にはまったくわからない。なので、今回は書の力という視点を設定して論じてみたい。
どの作品も技術的には素晴らしいものなので、微妙な差異はわからない。なので、私は書に現れてくる筆の力について考えてみたい。先ず書で力と考えると、どこかのお寺の門にかかっていそうな仰々しい文字が頭に浮かぶ。それほど仰々しくなくて、美しくまとまった端正な素晴らしいさを感じたのは、星弘道氏の「臨池妙墨」。
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 荒々しい筆脈であるが、その溢れ出る力を上手く制御できている。筆が通ったかすれた線が見事である。ただ、荒々しい書というのは、確かにこのような会場においては目を見張る。だが、その作品をよくみてもそこから発展がない。この書は荒々しくはあるが、それを制御する力によって、見事な書になっている。

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 市澤静山氏の「神采」になると、やや力任せという感が出て、それを統御せしめた作者の力量が伝わってこないように感じる。

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 もう一つ、日展にしては珍しい大きな文字の書で、横山夕葉氏の「霊妙」を取り上げる。水を多く含んだ淡墨で、周りに広がっていく水の跡が中国の岩だった山奥の風景を連想させる。この「霊」という字がかすれゆく淡さと、芯のある山の両面を持った字になっており、柔らかさと強さ、両方を体現した書であると言える。

 次は先に取り上げた書より少し小さめの書。特選の尾西正成氏の「風起こる」。一字一字は荒々しいが、それを綺麗に配置することによって暴力的な要素が上手く抑えられている。特に中央の「神」一時が全体を引き締めているように感じられ、緊張感ある躍動的な書と言える。
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 これまではいずれも中国式の角ばった字だった。今度は和様の柔らかさと力強さの調和を観たい。取り上げるのは、加藤大翔「秋の夕暮れ」、江田弄月「島崎藤村の詩」、金谷雷聲「未央柳」。いずれも漢字仮名交じりの書である。「秋の夕暮れ」は堂々とした筆脈のなかに、真っ赤に燃える大きな太陽の力強さを感じさせる。字形も整った書である。「島崎藤村の詩」はやや向勢の書で顔真卿を思わせる落ち着いた書である。一字一字をしっかりと力を込めて書いている。「未央柳」は、前二作に比べてやや奔放な感じ。風にたなびいている感じのする力強い書である。ただ、やや左右にぶれている感が否めない。これらの書はいずれも、力強さを内に込めた作品で、どれも見事な書であると言えるだろう。
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 比較対象のため、力を抜いた書も挙げる。加藤東陽「王維詩」。淡い墨で流れるように紙面をすべる。脱力という点においてはこの書は極めてレベルの高い書だと感じる。しかし、ただ力を抜けばいいのかというとそうではない。遠藤栄久「夏目漱石の詩より」は「王維詩」に似た書風ではあるが、ただ脱力したというだけで、筆脈も左右上下に飛び放題で、中心となる軸が感じられない。小学校のころ嗜んだ程度だが、力を抜いた技、無構えの構えというのが剣道では強いと聞く。書においても、力を込めるのはもちろん難しいことだが、力を抜くのはより難しいのではないだろうか。この書は力を抜いている分、その作者の力量が問われると思う。
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最期に、今回の展示で私が最も素晴らしいと感じた作品。奥江晴紀「秋の暮」。堅苦しい雰囲気のなか、この書は紙にも美しい他では見られない独自のものを使用しており、美術的な視点から見ても素晴らしい書であった。筆は細く、柳のような趣である。やや硬くなっている感もあるが、芯のあるしっかりとした線である。レポートに不適切な表現をさせて頂けば、書の細マッチョといったところだろう。しなやかさの中にも力強さがある。この境地が私にとっては最も美しく感じる書の力強さである。
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〈清時代の書―碑学派―〉を見て

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 今年は碑学派の祖と称される鄧石如、生誕270周年らしい。ということは碑学派と呼ばれる書風の作品を集めた今回の展示は、少なくとも270年以降の作品しかないということである。私は国立博物館の方を見学してきたのだが、確かにどの作品もそれほど時が隔たっていない分、状態もよく、墨もまだ黒々と残っていて当時の息遣いを感じられるような生き生きとした状態であった。
 今回の展示は国立博物館と書道博物館とで同時に行われた企画展である。ここ数年美術系の展示にはかなり足しげく通っていると自負している私であるが、このような展示の仕方は珍しく感じる。書道博物館のほうに行けなかったので何とも言えないが、書道博物館の展示スペースは限られているのかもしれない。
 さて、今回の展示は清時代の碑学派をメーンに展示したものであるが、時代区分でいうと日本の江戸中期あたりからになる。清と聞くと歴史の教科書を思い出すせいか、とても昔のことのように感じられるが、日本の歴史で考えるとそこまで昔ということでもない。

 書道史の教科書などをぱらぱらとめくっていると、序盤に金文の拓本がでてきたり、その前になると甲骨文などが登場する。そして次第に流麗な現代の書に近づいてくる。だがあるところで、ふと教科書の序盤に登場するような篆書体の文字が登場する。どうしてだろうかと思っていたが、今回の展示でその謎が解けた。王羲之、王献之の文字にならうことの隆盛を極めた清時代。そのような時代のなかで碑学派は誕生した。碑学派の誕生により、それまでの帖を手本としてきた書のありかたは帖学派と呼ばれるようになった。
 なぜこの碑学派が誕生したのかということを考えると不思議に思う。私はある意味ここで一種の限界に達していたのだと思う。21世紀の現在においても、4世紀の二王、特に書聖王羲之の書を超えるものを書けた人物はいないとされている。確かに王羲之の書は素晴らしいし、王羲之の書は人類の宝である。それには間違いない。だが、この17世紀ほど、他の人間は何をしてきたのかという疑問が生じないでもない。いくらなんでも一千年以上、それを超える人物が登場しないというのはあまりにも不自然ではないか。書以外の分野でこれだけ過去の人物を超えられなかったという例はないだろう。とすると、この例外をどう考えるかである。先ほど私は一種の境地に達したと述べた。それは行書や楷書においてであろう。
 清時代の書を学んでいた鄧石如の気持ちを想像してみるに、王羲之の書を褒め称えてそれ以上には誰も恐れ多くてなれないという状況はあまり面白くなかったのかもしれない。せっかく書をやったのだから、何か新しい境地を開きたい。もちろん過去の偉人を手本にするのは重要であるが、何も王羲之だけに限らずともいいじゃないか。王羲之の書は書の歴史のなかでも一つの流れに過ぎない。とすれば、王羲之より遡ることによって、そこから王羲之ルートにはいかない別の書の在り方を模索できるのではないか。おそらく鄧石如はこのような考えを持っていたのではないだろうか。

 国立博物館の展示スペースはごくごく小さなものであったが、そのなかで一番目を引いたのは、鄧石如による篆書白氏草堂六屏。1804とあるから、鄧石如亡くなる一年前、最晩年の作品である。還暦、60歳ほどの書である。鄧石如の作品は他にもいくつか今回の展示にあったが、やはりこれが一番の出来であるように感じられる。熟成とも大成とも言える、見事な書だ。隷書の作品もいくつかあるが、この篆書は文字の力強さが違う。他の展示作品と並べられていても一際異彩を放っていたので、すぐに目に入った。圧倒的に作品のもつ力が違うのである。篆書の文字はややもすると、文字を持ち始めたまだ未発達の、未熟な文字とも見受けられてしまうが、篆書に倣い、それを作品として極めた鄧石如の書からは、古風な香りを残しつつ、怜悧に洗練された力強さが感じられる。素朴でありながらも鋭さを有している。篆書を大成するとはどういうことかをこの書が如実に示していると思う。
 鄧石如の草書行書を見てみると、そこには力強さが溢れていて、コントロールが効いていないようにも見える。書の素人であるから、何が良いのか、何が悪いのか私にはちっともわからないのであるが、草書も行書も自由でのびのびとしていいのだが、当人でさえコントロールできない熱いものがあったのではないかと感じる。帖学派しかなかった時代に、碑学派というものを創造してしまうくらいの人間であるから、かなりバイタリティーのあった人なのだろう。そういう自由で意思の強い人間が行書は草書で書くと度を越してしまう。篆書はそういう意味でも、力をセーブするために必要な書体だったのかもしれない。

 書道博物館は直接見たわけではないのだが、図録を眺めているうちにこちらも素晴らしいと感じたので、碑学派後期の方も少し論じたい。
 呉熙載は鄧石如とちょうど入れ替わるようにして生まれ、碑学派をさらに発展させた人物である。彼の書を見てみると、鄧石如との比較も相まって、本当に書には人柄というものが現れるなと感じる。鄧石如の書が力強いのに対して、呉熙載のなんと柔和なことか。女性が書いたのではないかと感じられるほど柔らかな線。彼の隷書や楷書を見てみても、いずれも優しさが漂っているような書風である。だが、やはり鄧石如を超えることはできなかったのかとも思う。
 呉大澂になると、篆書どころではなく、甲骨文に立ち返っているように思われる。呉の書を見ていると、ヒエログリフやメソポタミアの文字を読んでいるような気分になる。甲骨文の象形文字を一生懸命練習し、鄧石如の昔に立ち返るというスタイルを習いながら独自に開発したのだろう。だが、甲骨文にまで立ち返ると、それを書としてどう生かすかというのが少し難しかったようだ。その後誰も甲骨文をもとにした書を作成していないことからも、その活かし方が誰にも模索できなかったのだろう。

 鄧石如は大事なことを現代の我々に教えてくれていると感じる。というのは、書が特別的だったという事もあるかもしれないが、何かの頂点に達した時、それから先をどうすればよいのかという指針になるからである。彼の行った発想の転換は、書以外のすべての分野に適応できるものである。何かの頂点に達して流動的でなくなったら、一度昔に立ち返り、そこから再出発すればいいのである。過去の一点に戻り、そこから別のルートをつくるのである。あり得たかもしれない現在を作り出すのだ。ポストモダンとなった現在は多様性の世界と言われている。一元的な世界ではなく、多様的な世界を尊ぶのである。ポストモダンは20世紀はじまったとされるが、鄧石如はそれよりも前に、すでに多様的な世界の在り方を書を通して体言していたのである。
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