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特別展 ボストン美術館 日本美術の至宝 展 感想とレビュー 日本美術の真髄とは その2

さて、第四章に入りますと華ひらく近世絵画という副題の通りに、あざやかでダイナミックな作品が立ち並びます。
狩野永徳のライバルにして、彼を疲労のあまり死に追いやったとも伝えられえる長谷川等伯の《龍虎図屏風》。これは六曲一双でとても大きな作品です。互いに見詰め合った龍と虎、まさに緊迫の場面です。この題材はよく他の画家も用いますが、それによくみられるような風の表現がありません。何故でしょうか。龍はかろうじて雲か、風かをまとっているようですが、ただすっと一本筆で描いた実に簡単な曲線のみとなっています。虎図のほうも右半分は殆ど空白に近い。長谷川等伯は抽象画をみているようですね。とてもデザインチックに仕上げてきます。この空白の余し方がやはり上手いのだと思います。今見てもモダン、前衛的ですね。
長谷川等伯《龍虎図屏風》
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鷲を描かせたら一番、曽我二直庵《鷲鳥図屏風》とてもおおきい鷲の雁行鋭きことこの上なし。ぎょっとみつめる先にあるものはなにか、新たな標的か。凛として美しいたたずまいと空の王者と呼ばれる威圧感。この絵の前に立つと、恐怖と畏敬の念でいっぱいになります。
曽我二直庵《鷲鳥図屏風》


狩野山雪《十雪図屏風》は美しい雪原の風景画です。今このように美しく、向こうまでなにもないような風景は失われてしまったのでしょうかね。山楽の弟子にあたる山雪。まさに自分の名前と同じ題材を描くのですからそれだけ決心したのでしょう。民家や山、木はどちらも端に固められ、広い空白を持つことによってはるか彼方までを連想させる広大な距離感を出すことに成功しています。こんなのが部屋にあったらものすごい開放感になるでしょうね。
狩野山雪《十雪図屏風》

そして私の大好きな狩野永納《四季花鳥図屏風》
去年行った不滅のシンボル鳳凰と獅子展でも永納の作品がいくつか出ていたと思います。http://hennkutubunnkazinn.blog.fc2.com/blog-entry-33.html
私は彼の狩野派としてのスタイルを守りつつ、色彩が鮮やかな部部に非常に魅了されるのです。金箔をふんだんに使用し始めたのは永徳ですが、それを見事に引き継いでいます。金箔は艶やかで美しいのですが、その反面二次元的、つまり距離感を殺してしまうことになってしまうのです。金属的な質感がいけないのでしょうか。永納はそれを山を描くことによっていくらかの奥行きを出すことに苦心しているようです。限界はありますが。しかしまことに色彩感覚の優れた画家であることは絵を見れば分かるでしょう。ほんの少しの赤をいれるだけでぱっと画面が凝縮されて、濃密な絵になる。天才的だといっても過言ではありません。岩も狩野派らしくしっかりしているのですが、苔の生えたような緑はよく金箔と映えます。
狩野永納《四季花鳥図屏風》
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そうして最後を飾るのはなんといってもやはり尾形光琳《松島図屏風》です。琳派を作り上げた人ですからね、その画業のすさまじいことといったら日本の歴史上類を見ませんが、その作品が外国へ渡っているとは何事か。彼の絵は今見ても新しい。非常に前衛的でデザインチック。あるいはシュールレアリスムの要素を含んでいます。
うねる様な山々、波も思い思いの方向へ荒れ狂っています。たらしこみによってまだらの模様をつけた山、緑と赤茶の見事なグラデーション。どれをみても美しい。そして金箔と山の緑が映えることすばらしい。普通ならば波は地平線のあたりで切れますが、光琳はその後も空へ向かって波を描いているのです。これはとても面白い見方ですよ。どうして光琳が地平線まででやめなかったのか、謎ですね。
尾形光琳《松島図屏風》

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これがこの展示会の最後の目玉。今回のおおとり。
奇人曽我蕭白の描いた《雲龍図》。めずらしい大きさの屏風、四枚一組なものが三部に分かれて存在していたものと考えられます。しかし真に残念なことに中間にあたる部分がないのです。ですから頭と尻尾ということになってしまいます。胴体はどこにいったのか。もうこの世には存在しないのでしょうか。
しかしその中間が抜けている状態で135㎝×4×2だから1080cm、約11メートルです。
たらしこみ、墨をはねさせたような表現もあります。ところどころ修復のあとが見えます。これがこの作品がどのように取り扱われていたかを物語っています。
これだけ長い龍ですが、怖さや威圧的なものはあまり感じられません。どこかユーモラスな表情。何か困っているのでしょうか、眉間に皺をよせています。ダイナミックな筆使いは今目の前で龍が動いているかのような臨場感を出します。
曽我蕭白《雲龍図》
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他にも秀逸な作品が多く展示されています。刀剣や着物のすばらしいコレクションもありましたが、私はよくわからないのでここでは触れません。日本の美術を歴史を追って追想でき、一つ一つの作品がとても価値のあるものです。日本に返してもらいたいほど。
これは満足できる展示会だと思います。皆さんも期間のうちに是非足を運ぶことをお薦めします。ほかの常設展も見れますし、一日がかりで楽しめます。

狩野芳崖について詳しいサイト
http://homepage3.nifty.com/chofu/hougai.htm
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特別展 ボストン美術館 日本美術の至宝 展 感想とレビュー 日本美術の真髄とは その1

公式ホームページhttp://www.boston―nippon.jp/
先日ボストン美術館 日本美術の至宝展に行ってきました。ゴールデンウィークに行ったのが間違いで、上野は人でごった返し、入場に三十分も待たされました。押し合い圧し合いで大変でした。
この記事を書くために図録を読み直して思ったのですが、日本の美術ということで、図録も縦書き、右から読んでいくのです。

この展覧会はボストン美術館で多くの日本美術作品の補修が完成したということで特別に開かれたものです。そしてこのボストン美術館の10万点を超えるという日本美術作品はアーネスト・フランシスコ・フェノロサ、ウィリアム・スタージス・ビゲロー、岡倉天心によって収集されたものです。
奈良の薬師寺の東塔を「凍れる音楽」と評したことで有名なフェノロサ(これについては様々な見解があるようですが、それは触れません)、日本史を勉強した人でこの名を知らぬ人はいないでしょう。歴史を紐解けばやれ廃仏毀釈だ、西洋文化崇拝だで貴重な作品がどんどん見捨てられていった中、日本美術を高く評価し、その保護に尽力してくれたこの人々には頭が上がりません。
よくもまあこんな価値のあるものを捨てていった日本人はなんて愚かしいのかと思いますが、これはまさに奇跡的に保護された作品の里帰り展と呼べるでしょう。ただ、私としては早く日本に返してもらいたいなと思いますがね。

プロローグ コレクションのはじまり
第一章 仏のかたち 神のすがた
第二章 海を渡った二大絵巻
第三章 静寂と輝き -中世水墨画と初期狩野派
第四章 華ひらく近世絵画
第五章 奇才 曽我蕭白
第六章 アメリカ人を魅了した日本のわざ -刀剣と染織

初めは狩野芳崖《江流百里図》、橋本雅邦《騎龍弁天》など壮大な風景水墨画、淡く静寂で神秘的な絵画が私たちを出迎えてくれます。岡倉覚三像やビゲロー肖像と共に、これから始まる雄大な日本の美術作品へのたびの始まりを予感させます。
橋本雅邦《騎龍弁天》1886
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第一章は古代美術。研究対象としては非常に価値のあるものではないでしょうか。きっと何百年前は色鮮やかであったろう仏教絵画たちも長い長い時間の流れによって色褪せてしまいました。しかし私はこちらの落ち着いた、淡色になった現在のほうがすきなのです。人間の一生なんかたかがしれています。この長い時間を生き抜いたというだけで既に奇蹟なのです。時間によって手が加えられ、さらに味の深みが増したように感じられませんか。私はこうした仏教絵画の前に立つとすっと精神が清められ、霊験あらたかな神秘的な世界へのたびを夢見るのです。これは是非ゆっくりと眺めたいですね。

そしてなにより今回の目玉となっているのが、二大絵巻。《吉備大臣入唐絵巻》《平治物語絵巻 三条院夜討巻》
インターネットミュージアムhttp://www.museum.or.jp/modules/topics/index.php?action=view&id=129ここで展示の様子が詳しく見れます。
私は去年授業でこれが取り扱われたので、ある程度の知識があったのです。あらためて本物を見るとすごいです。驚いたのが、絵巻物は文字と絵の交互という形がおおいのですが、これは殆ど文字がありません。そこからもこの吉備真備の入唐での伝説が広く知れ渡っていて、詳細に書く必要もなくなったのかなとも思いました。そこは研究者にまかせますが。
これは囲碁の伝来などを示すとしても有名なのです。唐の人間がどうしてここまで吉備真備にいじわるするのかが判然としませんが、囲碁や野馬臺詩などが日本に伝えられたということがわかる大変貴重なものです。
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《吉備大臣入唐絵巻》をめぐる事件
埃まみれの書棚から~古寺、古佛の本~(第九回)
吉備大臣入唐絵詞
これまでふれた、モース、フェノロサ、ビゲロー、天心にまつ わる記述のほか、有名な「吉備大臣入唐絵詞購入事件」の詳しい、いきさつも記されている。

この絵巻物は、大正12年若狭酒井家売立てに出され、古美術 商戸田弥七が十八万八千九百円で、手張りで落札する。春日光長筆、世に知られた国宝級平安絵巻物の大名品であったが、その年関東大震災がおこり、美術品ど ころではなくなってしまう。
誰も買い手が無く持ち越していたものを、ボス トン美術館の富田幸次郎(昭和6年から東洋部長)が、大正13年に日本にきた際、これを購入する。
日本にあるはずのこの絵巻が、ボストンにあることが知られるのが昭和8年。
国内ではマスコミも大騒ぎになり、富田は、当時の美術界の重鎮、滝精一から《国賊呼ばわり》されたという。
急遽「重要美術品等ノ保存ニ関スル法律」が成立。重要美術品として認定された美術品の輸出には許可を要することとなった。
現在でも、「重要美術品」と冠せられたものが存するのは、この時の産物である。

「日本では誰も買わない。早く安住の地を見つけてやらなけれ ば、あれだけの名品に気の毒だ。そう思って引き取った途端に、けしからんと国賊呼ばわりされた。」
と、富田はその後長く口惜しがったという。


第三章 静寂と輝きでは一山一寧《観音図》や雪舟等楊など水墨画の最盛期の人物たちの作品もありました。祥啓《山水図》は特に雄大で、構図も非常にバランスのよいものです。これは当時人気の夏珪様(中国の画人夏珪さんのスタイル)ですからどこか見覚えがあるというような感覚があります。また、狩野派の初期の人物の作品も展示され、いよいよカラフルになってきます。ただ、狩野元信の作品は色こそあるものの、実に落ち着いた雰囲気をかもし出しています。《白衣観音図》は背景は細かく優しく描いているのに、白衣が物凄い力強く表現されていて印象が強いです。狩野元信は狩野派の祖正信の子ですから、そこまで狩野派というものが強大な勢力ではなかった時代の人ですが、やはりそれでも十分人気があったのですね。普通絵画は注文を受けてから作るものですが、恐らくこの扇子上に描いたものはあらかじめ作ったものを売ったのでしょう。元信の描いた《金閣寺図扇面》が見れて嬉しいです。これがその息子松栄になると《京名所図等扇面》となります。実に美しいですね。日本のコンパクト文化と相まった芸術です。伝狩野雅楽の《松に麝香猫図屏風》《松に鴛鴦図屏風》はともに有名。比較研究しても面白そうですね。共に右下から生える松、真ん中あたりでぐっと上へ曲がり、左のほうへ開けていく。狩野派の典型的な様相です。こういうのが見られると古典様式の格調高き様子が見えてきます。問題はこの古典的な様式に従うか、そこから反発して独自のスタイルを作っていくかということでしょう。
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狩野元信《白衣観音図》
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元信《金閣寺図扇面》
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伝狩野雅楽《松に麝香猫図屏風》
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夏目漱石 「心・こヽろ・こころ」 もう一度読む名作 テクスト論からバイアスの解放 その四

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(3)恋と疑い
「先生」が下宿してから、Kを同宿させるまでの期間の長さ
さて、「先生」の下宿とKの同宿との間に一体どのくらいの期間があったのか、これを見ていくと、この小説が単純な恋愛小説、三角関係の小説と読むには無理があることが見えてきます。では期間の長さから。
当時帝国大学は9月入学でした。そして、「先生」が「素人下宿(普通の家で下宿人をおくことや、その家をいう。注釈より)」を訪れるのはP194ℓ5「空地に草が一面に生えていた~見渡す限り緑が一面に茂っている」季節ですから、春ないし夏でしょう。
ここからおよそ入学から7,8ヶ月ほど後に下宿したと考えられます。
Kが同宿したのは、P229ℓ2「Kの復籍したのは一年生の時でした。それから二年生の中頃になるまで、約一年半の間、彼は独力で己を支えて行ったのです」の後です。「先生」の下宿が一年生の終わりごろで、その後一年弱でKも同宿したということになります。
そうすると「先生」は平屋の一軒屋で一年弱女学校4年生の「お嬢さん」と一つ屋根の下で暮らしていたということになります。これは恋愛するには絶好の機会です。また当時は女性の結婚は早く、女学校では結婚退学というものもありました。18歳で結婚するということはちっとも珍しいことではなかったのです。下宿人とその家の娘が結婚するというパターンも多くありました。

そこで、K同宿以前に「先生」はお嬢さんに対する恋心を自覚していたかという疑問が生まれます。
P198ℓ7「私の頭の中へ今まで想像も及ばなかった異性の匂が新しく入って来ました」P206ℓ7「私はその人に対して、殆んど進行に近い愛を有っていたのです」と語り、恋心をはっきりと持っていたことがわかります。
P206ℓ11「私は御嬢さんの顔を見るたびに、自分が美しくなるような心持がしました。御嬢さんの事を考えると、気高い気分がすぐ自分に乗り移って来るように思いました。もし愛という不可思議なものに両端があって、その高い端に神聖な感じが働いて、低い端には性欲が動いているとすれば、私の愛はたしかにその高い極点を捕まえたものです。」ここで、「先生」の思想は霊肉分離論があることがわかります。性欲がなく、精神的なもの、プラトニックな愛であるのです。(性欲は田山花袋の小説が初出)

では何故行動に移さなかったのかという疑問が生まれます。
P213ℓ1「私は思い切って奥さんに御嬢さんを貰い受ける話をして見ようかという決心をした事がそれまでに何度となくありました。けれども、その度毎に私は躊躇して、口へはとうとう出さずにしまったのです。断られるのが恐ろしいからではありません。もし断られたら、私の運命がどう変化するか分かりませんけれども、その代り今までとは方角の違った場所に立って、新しい世の中を見渡す便宜も生じて来るのですから、その位の勇気は出せば出せたのです。然し私は誘き寄せられるのが厭でした。他の手に乗るのは何よりも業腹でした。叔父に欺された私は、これから先どんな事があっても、人には欺されまいと決心したのです」
「先生」の遺書にはしばしば「決心」という言葉が出てきます。これがキーワードになります。「先生」はここで言っている通り、別に断られるのが怖いのではないのです。告白しようという決心を別の騙されまいという決心が食い止めたという構図なのです。これは非常に変わった恋愛小説です。

何故信仰心をも持つ相手に対して欺されるということになるのでしょうか。
P208ℓ7「私は他を信じないと心に誓いながら、絶対に御嬢さんを信じていたのです」
P209ℓ7「私の猜疑心が又起こって来ました。私が奥さんを疑ぐり始めたのは、極些細な事からでした。然しその些細な事を重ねて行くうちに、疑惑は段々と根を張って来ます。私はどういう拍子か不図奥さんが、叔父と同じような意味で、御嬢さんを私に接近させようと力めるのではないかと考え出したのです。すると今まで親切に見えた人が、急に狡猾な策略家として私の眼の映じて来たのです。私は苦々しい唇を噛みました。」

「利害問題」 結婚相手としての「先生」の有利な条件
P209ℓ15「然し一般の経済状態は大して豊かと云う程ではありませんでした。利害問題から考えて見て、私と特殊の関係をつけるのは、先方に取って決して損ではなかったのです。」当時女性は殆ど職に就けませんでした。
一方「先生」は、
「資産家の息子」ではなく、本人自身が大変な金持ちであること。これによって下手なことをしなければ、財産には困らないと考えられます。両親も兄弟もおらず、親戚とは絶縁していること。しゅうと・しゅうとめ、小じゅうと・こじゅうとめ問題が起きなくて済み、面倒な人間関係がないことが考えられます。東大生であること。未だ学士の存在が少なかった時代ですから社会的地位もそれなりに確保されていたということが考えられます。これらのことから、誰から見ても結婚相手としては願ったり叶ったりの条件を有していたのです。しかし、普通の結婚出れば、その度合いの違いこそあるものの、こうした部分は誰で考える常識的な条件ですね。しかし「先生」自身はこれを考える人間は絶対に自分を欺していると考えるのです。

「策略家」としての御嬢さんへの疑い
「技巧」=「策略」という思い込み
P262ℓ6「御嬢さんの態度になると、知ってわざと遣るのか、知らないで無邪気に遣るのか、其所の区別が一寸判然しない点がありました。若い女として御嬢さんは思慮に富んだ方でしたけれども、その若い女に共通な私の嫌いなところは、Kが宅へ来てから、始めて私の眼に着き出したのです。私はそれをKに対する私の嫉妬に帰して可いものか、又は私に対する御嬢さんの技巧と見做して然るべきものか、一寸分別に迷いました。私は今でも決してその時の私の嫉妬心を打ち消す気はありません。」
恋の駆け引きというようなものは往々にしてあの手この手でなんとしてでも手に入れようといったものです。これは本来他人からみたらほほえましいようなことです。しかし「先生」は御嬢さんの行為がわざとなのか無邪気なのかどうしても分けようとするのです。そうしてわざと、「技巧」だったならば、それはすなわち「策略」であり、愛ではないものになります。恋愛の対象外になるのです。

処女=純粋無垢という思い込み 「純白」へのこだわり
P264ℓ3「肝心の御嬢さんに、直接この私というものを打ち明ける機会も、長く一所にいるうちには時々出て来たのですが、私はわざとそれを避けました。日本の習慣として、そういう事は許されていないのだという自覚が、その頃の私には強くありました。然し、決してそればかりが私を束縛したとは云えません。日本人、ことに日本の若い女は、そんな場合に、相手に気兼ねなく自分の思った通りを遠慮せずに口にするだけの勇気に乏しいものと私は見込んでいたのです」
これは「先生」の独断的な思い込みだと言えるでしょう。
P314ℓ8「私はただ妻の記憶に暗黒な一点を印するに忍びなかったから打ち明けなかったのです。純白なものに一雫の印気でも容赦なく振り掛けるのは、私にとって大変な苦痛だったのだと解釈して下さい」
ここから「純白」へのこだわりが垣間見れます。
P327ℓ2「妻が己れの過去の対してもつ記憶を、なるべく純白に保存して置いて遣りたいのが私の唯一の希望なのですから、~」
純白保存の現われです。
P99ℓ5「先生のうちで飯を食うと、きっとこの西洋料理店に見るような白いリンネルの上に、箸や茶碗が置かれた。そうしてそれが必ず洗濯したての真白なものに限られていた。『カラやカフスと同じ事さ。汚れたのを用いる位なら、一層始から色の着いたものを使うが好い。白ければ純白でなくっちゃ』」これは有名なセリフです。白は真白でなければいけないという「先生」の意識はどこまでもあります。

そんな純白志向な「先生」が御嬢さんが純白であるか迷ったのが次の場面です。
P210ℓ4「然しそれだけの矛盾ならいくら馬鹿でも私は大した苦痛も感ぜずに済んだのです。私の煩悶は、奥さんと同じように御嬢さんも策略家ではなかろうかという疑問に会って始めて起こるのです。それでいて私は、一方に御嬢さんを固く信じて疑わなかったのです。だから私は信念と迷いの途中に立って、少しも動くことが出来なくなってしまいました。私には何方も想像であり、又何方も真実だったのです。」

夏目漱石 「心・こヽろ・こころ」 もう一度読む名作 テクスト論からバイアスの解放 その三

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読みに入る前にその三
二人の語り手 「手記」と「遺書」の関係
この「こころ」は一人称小説ですが、それゆえどうも勘違いする人がいますから蛇足ですが説明です。「上」「中」は私、「下」は先生が書いたものです。
「こころ」受容史の最大の問題点
この記事の1番目でも書きましたが、教科書に載って広く知られたために「こころ」は実に悲劇的な作品になっています。それは教科書に使用される「下」(先生と遺書)への過度の集中があることです。「上」「中」が軽視されているということです。
これによって引き起こされるのは「主題=一人の女性をめぐる二人の男性の友情と裏切り」という歪んだ理解の流布です。

「上」と「中」をあわせた長さと「下」の長さはほとんど同じですから、遺書は小説全体の半分でしかないのです。つまりこの前半分を無視してもいいんだという勝手な考えが作品の解釈を歪めているのです。
上と中は「私」の手記、下の語り手は「先生」

もちろんこの小説を書いたのは夏目漱石に違いありませんからこの世界での順番で言えば上、中、下の順に書かれました。
しかし、小説の中の設定としては、遺書が先に書かれ、それから何年か経ったあとで手記が書かれているのです。そして遺書と手記を同じ長さにしたのは「私」です。P1ℓ1「私はその人を常に先生と呼んでいた」とありますから、この手記を書いたのは「先生」の遺書が届いてから後のことです。先生はもう死んでいるのです。ですからここからもやはりこの手記を無視するということはできないという結論に至ります。

先生の「遺書」は私の「手記」の中に引用されている
先生は遺書の中で他人の言葉をほとんど引用していません。この指摘は90年代に入ってから注目され始めた新しい視点です。これはかぎ括弧が非常に少ないことからわかります。しかし、「下」には妙なかぎ括弧があります。それは各章が始まるごとにあるかぎ括弧です。「上」「中」にはこれはありません。P327ℓ5「凡てを腹の中にしまって置いて下さい」 」と最後にかぎ括弧があります。これはどう考えても引用符号だとしか思えないのです。これをつけたのは他でもない「私」なのです。
P168ℓ1「 「・・・・・・私はこの~」で・・・・・・は省略記号です。これは一体何の省略かというと、P163ℓ15「その項は下のように綴られていた。「あなたから過去を問いただされた時、答える事の~P164ℓ6~申し上げることにしました」 」という部分です。つまり先生の遺書は「中」において最初の1ページが出されているのです。もちろん「私」によってです。
つまりこの小説は「私」の編集が成されているのです。かぎ括弧を沢山使用する「私」とかぎ括弧をほとんど使用しない「先生」の対比がみえてきまし。

では実際に読みに入っていきます。
1、「先生」の遺書を貫くテーマとしての「疑い」
(1)「鷹揚」に育てられた少年時代
P174ℓ4「私は二人の間に出来たたった一人の男の子でした。宅には相当の財産があったので、寧ろ鷹揚に育てられました」
鷹揚とはゆったりという意味です。つまり「先生」は初めから疑り深い人間ではなかったということです。
そしてここから「先生」が一人っ子だということもわかります。「先生」の父親の職業はP178ℓ5「父は先祖から譲られた遺産を大事に守って行く篤実一方の男でした。~ℓ10まあマンオフミーンズとでも評したら好いのでしょう。」
注釈にマンオフミーンズ man of means 資産家 とあります。地主だったのでしょう。

「新潟」出身という設定の意味
P39ℓ5「ところが先生は全く方角違の新潟県人であった」という部分から「先生」が新潟の出身であることがわかります。
「私」はかぎ括弧の多様など書き方に癖がある人間ですが、固有名詞をほとんど使わないということも一つあげられます。その「私」が態々新潟という固有名詞を何故明記したのかという疑問が生まれます。
それは当時の人々にとってのイメージが重要です。当時新潟は貧富の差が激しいというイメージをもたれていました。新潟の地主の子は働かなくても暮らしていけるほど裕福である一方、地主に土地を借りている人間はお金を大分搾取されていたのです。
ちなみに「私」の出身地は小説のどこにも載っていません。「しいたけ」を送るということが描かれますが、それだけでは故郷の断定には繋がりません。

(2)叔父による財産一部横領事件について
「先生」が人を疑うことのきっかけになった重要な事柄です。先生の遺書で初めに出てくることからもその重要性が伺えます。
P178ℓ4「父の実の弟ですけれども」から叔父は実の弟であることがわかります。また、当時は長兄が全てを貰い受けますからこの「先生」の父にあたる人物はその弟、先生にとっての「叔父」を養わなければならない義務があったのです。ところが突然父はP174ℓ3「腸窒扶斯(ちょうちふす)」に掛かって死んでしまいます。しかしここで確認しておきたいのは「先生」と「叔父」は財産相続で争ったというわけではないということです。
財産は先生の父に渡った時点で相続者は「先生」と決まっています。叔父には一銭も渡らないのです。
P180ℓ5「東京へは出たし、家はそのままにして置かなければならず、甚だ処置に苦しんだのです」その家を一時的に管理してくれたのが叔父。

叔父との対決
P183ℓ6「私は又突然結婚問題を叔父から鼻の先へ突き付けられました」ここから叔父と「先生」との対決が始まります。叔父は「先生」の財産のため自分の娘と結婚させようとしたと後の「先生」の目には見えたのです。
P186ℓ「ところが帰ってくると叔父の態度が違っています。元のように好い顔をして私を自分の懐に抱こうとしません。それでも鷹揚に育った私は、帰って四五日の間は気が付かずにいました。ただ何かの機会に不図変に思い出したのです。すると妙なのは、叔父ばかりではないのです。叔母も妙なのです。従妹も妙なのです。中学を出て、これから東京の高等商業へ這入る積りだといって、手紙でその様子を聞き合わせたりした叔父の男の子まで妙なのです。」
P188ℓ11「私は叔父が市の方へ妾をもっているという噂を聞きました。私はその噂を昔の中学時代の同級生でああった友人から聞いたのです」ここでいよいよ叔父への不信感を募らせた先生は
P189ℓ5「私はとうとう叔父と談判を開きました」
ここでもう一度注意していたい点が相続をめぐる談判ではないということです。財産の権利は一方的に「先生」にありましたから、ただ返してくれということです。そもそも叔父が本当に不正を行っていたのか、その確たる証拠はありません。あくまでこれは「先生」が書いたものですから、「先生」の主観で描かれます。そして読者としては気になるところの叔父との談判のないようですが、「先生」はP189ℓ8「初めから猜疑の眼」をもって接しました。
そうしてℓ9「遺憾ながら私は今その談判の顛末を詳しく此所に書く事の出来ない程先を急いでいます」としてP190ℓ13「一口で言うと、叔父は私の財産を誤魔化していたのです」といっています。こうして結局その談判がいかようなものであったのか、読者は知る術を失ったのです。
ここでわかることは、この叔父との財産問題は「先生」の若いことに起こったことです。そして遺書を書いている「先生」はその後十数年経っています。ここで、「先生」は昔のことを省みず、若い頃思ったままを描いているのです。全く過去の疑いを反省しようとせず、一貫して死ぬまで疑うという姿勢がここから見受けられます。

奇妙な「ロジック」
P192ℓ3「私は叔父が私を欺むいたと覚ると共に、他のものも必ず自分を欺くに違いないと思い詰めました。父があれだけ賞め抜いた叔父ですらこうだから、他のものはというのが私の論理(ロジック)でした。」
P199ℓ7「私は私の敵視する叔父だの叔母だの、その他の親戚だのを、あたかも人類の代表者の如く考え出しました。」
P94ℓ10「私は他に欺かれたのです。しかも血のつづいた親戚のものから欺かれたのです。私は決してそれを忘れないのです。~彼らが代表している人間というものを、一般に憎む事を覚えたのだ。」
ここから「先生」は自分のことを騙した叔父たちは人類の代表者で、人類の中で最も善良な人であると考えます。普通なら自分を騙した叔父は人類の悪いほうの人間だったのだと考えるでしょう。これが「先生」の奇妙なロジックです。そうして死ぬ数年前に至っても、未だこれを考え続けているのです。

Hubert Robert ユベーロベール-時間の庭-展 感想とレビュー 雄大な時間の流れを感じる

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《古代遺跡の発見者たち》1765
先日Hubert Robert ユベーロベール-時間の庭-展に行ってきました。広告を見たときから一体この廃墟はなんて美しいのだろうかと待ち遠しかった展示会です。
ユベーロベールはフランス人。英語読みをしたらヒューバートロバートですからなんだかへんな名前ですが。彼は1733年、スタンヴィル侯爵の侍従ニコラ・ロベールを父としてパリに生まれました。コレージュ・ド・ナヴァールで当時の画家としては珍しく古典的教育を受けた後、彫刻家スロッツにデッサンを学んだとされます。1754年、フランス大使として赴任する侯爵の息子スタンヴィル伯爵(1758年からショワルーズ公)に同行してローマに渡ったロベールは以後、11年にわたってイタリアに滞在します。
展示会は6つから構成されていて、ユベールの人生を追うことが出来ます。
Ⅰイタリアと画家たち
Ⅱ古代ローマと教皇たちのローマ
Ⅲモティーフを求めて
Ⅳフランスの情景
Ⅴ奇想の風景
Ⅵ庭園からアルカディアへ

作者不明のユベールの肖像がから、クロード・ロラん、ピエール・パテル、ガスパーニ・デュゲ・サルヴァトール・ローザ、ジャン=ニコラ・セルヴァンドーニ、ジョバンニ・パオロ・パニーニと名だたる作家たちの遺跡を描いた風景画から始まります。
ユベールの作品が出てくるのはⅡ章から、彼は赤いチョークを愛用し、展示されているスケッチのほとんどはやさしい赤茶色の色です。ペンによる《セプティミウス・セウェルス凱旋門》《コンスタンティヌス凱旋門》の双門は威圧的で無機質な感覚があります。
彼のスケッチは非常に精緻で明確です。その鋭すぎる部分を彼は赤いチョークを中和剤として使用したのではないでしょうか。スケッチを見ているだけで、一つの作品を見ているように感じられます。しばらくスケッチが続いた後、名憧《ティボリの滝》が展示されています。遠くに見えるティボリの滝は雄大です。その丘の上に見られるのは、スケッチにもあった古代の遺跡群。しかし手前に広がる部分にはヤギやイヌ、水を汲みに来た女など今現在を生きる人間の姿が描かれています。
ユベールは常にこの時間の対比を考えた画家でした。遠い時間にとまってしまった遺跡だけで終わるのではなくて、現在生きている我々をも描きこむことによってそのコントラストを表象したのです。
また彼はスケッチを多くとる画家だったようですが、このスケッチを元にして絵を描くようです。《ユピテル神殿、ナポリ郊外ポッツオーリ》《古代遺跡の発見者たち》はともに下となったスケッチと共に展示されていますからその比較をすることも面白いでしょう。
《ユピテル神殿、ナポリ郊外ポッツオーリ》1761
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しかし遺跡や廃墟で有名とは言え、それしか描いていないわけではありません。宗教画から日常の様々な場面も描いています。一体彼には世界がどのように見えていたのか、これがとても興味深い問題ですね。
《スフィンクス橋の眺め》《凱旋橋》は1767の作品と1782-3と年代の離れた作品ですが、これは非常に面白い比較研究の対象になるのではないでしょうか。絵の構図が全く同じなのです。14、5年経っても変わらない構図。この構図が得意だったのでしょうか。
《スフィンクス橋の眺め》1767
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《凱旋橋》1782-3
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また《カンピドーリオ広場の辻音楽師たち》と《モンテ・カヴァッロの巨像とサン・ピエトロ大聖堂の見える空想のローマ景観》は研究もなされているようです。対になる作品を描くというのは何かしらの心情が働いていますから、それを解明するのが研究者の仕事ですね。
当時すばらしい名声を手にし、技術もあった画家ロベール。彼の世界観は当時の人々を魅了しました。廃墟や遺跡というモチーフが流行り、それをもとにしたデザインの机なども出来ました。時代の流れに奔走され、一時は牢獄へ入れられたこともあるロベール。しかし彼は牢獄にいた間も皿に絵を描き続けます。彼にとっては絵はそれほど人生をかけるべきものなのでしょう。彼が見た世界、時間は彼の作品の中に閉じ込められています。それを私たちが見たときにその世界、時間を感じられるように。
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《サン=ラザール牢獄の囚人たちの散歩》1794

はるか昔の過ぎ去ったことを描いていますから、雄大な、長大なものをイメージさせられます。しかしそれは人間なんて儚いものだといった思想ではなく、どこか身近に感じられるものなのです。遺跡発掘に沸いた時代。彼は先人たちからのメッセージを受け取り、それを私たち後人のために残してくれたのではないでしょうか。時の流れはあまりにもおおきすぎて、その前では私たち人間は塵のようです。しかしだからといって諦めるのではなくて、強く今を生きようというように語り掛けられているように感じられます。
緩やかで、広々とした時間旅行をお楽しみください。

夏目漱石 「心・こヽろ・こころ」 もう一度読む名作 テクスト論からバイアスの解放 その二

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読みに入る前にその二
・1、生まれてから死ぬまで一度も金を稼いだことのない「先生」
結婚後も「何もしないで遊んでいる先生」これは
P36ℓ6「先生は大学出身であった。これは始めから私に知れていた。然し先生の何もしないで遊んでいるという事は、東京に帰って少し経ってから始めて分かった。私はその時どうして遊んでいられるのかと思った。先生はまるで世間に名前を知られない人であった」という箇所からわかります。文字通り無名無職です。

「先生」夫妻の住居は持ち家か、賃貸か
P108ℓ13「『静、おれが死んだらこの家を御前に遣ろう』奥さんは笑い出した『序に地面も下さいよ』『地面は他のものだから仕方がない』」という箇所からわかります。家は「先生」のもので土地は借り物です。

「先生」という言葉のバイアス(偏見、固定観念)がありますが、別にこの「こころ」にでてくる「先生」はどこかで教えていたり何か働いているわけではないのです。何もしていないのです。
余談ですが、漱石自身は家を持ったことがありません。死ぬまで借家だったのです。これも作家という印象が作り出したバイアスです。

「先生」の収入源
P193ℓ6「親の財産」ℓ9「実をいうと私はそれから出る利子の半分も使えませんでした」とあります。金利が現在とはかなり違いますから一概には言えませんが、それでもかなりの財産があったわけです。しかも利子さえ使用しきれないので、さらに財産が増えていくのですから全くお金の心配は必要ありません。これを金利生活者といいます。
ここで一つ重要なのが、親が金持ち、家が金持ちなのではないということです。「先生」自身が金持ちなのです。就職する必要もまたありませんね。

「先生」という呼び名
「私」が始めて先生を先生と呼んだのはP14ℓ8「『先生は?』」という部分。ℓ12「私が先生先生と呼び掛けるので、先生は苦笑いをした。私はそれが年長者に対する口癖だといって弁解した」
これが「私」が「先生」と呼ぶ理由で、「先生」が苦笑いした理由は「先生」と呼ばれたのがはじめてだったからです。

・2、学資を送ってくれる人を失ったKの学生生活の過酷さ
P219ℓ6「Kは真宗の坊さんの子でした。尤も長男ではありません、次男でした。それである医者の所へ養子に遣られたのです」ℓ9「Kの生まれた家も相応に暮らしていたのです。然し次男を東京へ修行に出す程の余力があったかどうか知りません」P220ℓ4「Kの養子先も可なりの財産家でした」
ここからわかることは医者のところへ養子に出されたということです。当時普通医者の家に養子に出されればほとんどが医者を目指すということになります。恐らく医者の家族には男の子がいなかったためにKが送られたのでしょう。
ところがKはP220ℓ14「Kは中学にいた頃から、宗教とか哲学とかいうむずかしい問題で、私を困らせました」P221ℓ1「元来Kの養家では彼を医者にする積りで東京へ出したのです。然るに頑固な彼は医者にならない決心をもって東京へ出たのです。」「道のためなら、その位の事をしても構わないと云うのです」
Kは医学部ではなく文学部を選んだのです。現在とは学制が異なり、現在は大学へ入るのが難しいですが、当時は高校へ入るのが難しかったのです。高校と大学は定員が同じで、無試験で上がれましたから、どの科へはいるのかということは高校時に決定するのです。そうして大学時にKは親に告白をしました。
P224ℓ8「彼は私の知らないうちに、養家先へ手紙を出して、此方から自分の詐を白状してしまったのです」
P225ℓ1「Kの手紙を見た養父は大変怒りました。親を騙すような不埒なものに学資を送る事は出来ないという厳しい返事をすぐ寄こしたのです~Kは又それと前後して実家から受け取った書簡も見せました。これにも前に劣らない程厳しい詰責の言葉がありました」
Kは養子縁組も解除され、実家からも半ば勘当を食らったのです。
P225ℓ8「これから起こる問題として、差し当たりどうかしなければならないのは、月々に必要な学資でした」当然Kは学資のほかに生活費その他諸々を全て自分でまかなわなければなりませんでした。しかも何故ここまで強引に意地を通すのかというとそれは。P221ℓ4「道のため」だったのです。ですからとにかく勉強をするための行動なのです。
P225ℓ9「Kは夜勤学校の教師でもする積もりだと答えました」P226ℓ4「Kは自分が望むような口を程なく探し出しました。然し時間を惜む彼にとって、この仕事がどの位辛かったかは想像するまでもない事です。彼は今まで通り勉強の手をちっとも緩めずに、新しい荷を背負って猛進したのです」

夏目漱石 「心・こヽろ・こころ」 もう一度読む名作 テクスト論からバイアスの解放 その一

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近代作家の中でも群を抜いて有名なのが夏目漱石です。文学史上において漱石と肩を並べる作家は多く存在しますが、現代でも今の読み物として読み継がれている稀有な存在は漱石のみです。その有名さのために、中学、高校では教科書としても使用されます。ですが、それゆえまたバイアス(偏見、固定観念)に縛られているという実情もあります。
今回は高校でも教科書として使用されている「こころ」を取り扱います。漱石の作品のなかでも「坊ちゃん」「三四郎」とともに広く世間で読まれていますが、そのためバイアスも強いのです。教科書では作品のごく一部が掲載されています。多くの人間に読まれていながら、実にその一部分しか読まれていない。そしてそれを以って全てを読んだ気でいる読者が多く存在します。
例えば音楽家の作った交響曲のごく一部のメロディーだけが広く知れ渡り、それだけを以ってその音楽家を知ったような気になっているのと同じことです。作品は全てを読んで初めて読んだと言えるのです。
ページは新潮文庫の「こころ」に拠ります。

読みに入る前にその一
・1、眼鏡の問題から
意外と忘れられがちなのが「先生」が眼鏡をかけていたかどうかということです。読者のなかにはこの「先生」と著者である夏目漱石を重ねてみている人もいますが、それは読者の勝手な読みです。
答えは「先生」は眼鏡を掛けています。P12ℓ2「先生は眼鏡をとって台の上に置いて」P13ℓ4「眼鏡が板の隙間から下へ落ちた」
「私」と「先生」の出会いは眼鏡がきっかけです。漱石の作品では全体的に眼鏡を掛けた人物は少ないですが、これは例外として考えられます。また「先生」は自分の遺書でも目が悪いことを書いています。P261ℓ1「近眼の私には~」P290ℓ「私は片目(めっかち)でした」とあります。ここから「先生」ははっきり見えない目で観察したものを断定する。よく物事がわからない、状況が掴めていないという側面があらわになります。また片目(めっかち)は差別用語のため教科書には載せられないということがあるようです。

・1,1遺書を書いて自殺したときの「先生」の推定年齢
先ずは「先生」が自殺した年に起こった歴史的事件から見ていきます。明治天皇の崩御と乃木将軍の殉死です。ここから「先生」の自殺した年が1912年だということがわかります。ちなみに「こころ」は大正3年に書かれました。
次に「先生」が大学に入学する少し前の歴史的事件を見ます。P195ℓ4日清戦争1894~1895で家主を亡くした未亡人とその娘の家に下宿します。当時の学制は小学校6年、中学校5年、高等学校3年、で下宿したのが大学生の頃ですから何か特別なことがなければこの時満21歳だと考えられます。ここから理論上最も高い年齢は38歳だとわかります。
しかし、P195ℓ4で「日清戦争の時か何かに死んだ」とあります。つまり日清戦争直後に下宿したとは考えにくいのです。ですからこの表現だと日清戦争が終わって数年が経過したと考えられますから、実際「先生」の年齢は30代半ばと考えるのが妥当なのです。

・1,2では鎌倉でであったときの「先生」の年齢は
大学は元々9月入学でした。「私」は当時P16ℓ13「新しい学年」とあります。このときは高校生で、新2年か新3年です。P7ℓ8&P8ℓ1で「私の友人」は「結婚を強いられていた」とあります。P36ℓ1「私は既に大学生であった」とあり、「私」は1912年、「先生」が自殺した年に卒業しています。当時の大学、「私」は文学部と思われますから、文学部は3年です。
入学する一年前に「先生」と出会っています。なので「私」と「先生」が交流していた年数は四年(ないし五年)となります。そうすると鎌倉時代の「先生」は30代半ばより4~5年引きますから、20代の終わりから30代の前半ということとなります。そうして「先生の奥さん」は「先生」より約5歳年下です。P243ℓ10「先生」があと一年で大学を卒業というときに「お嬢さん」もまもなく卒業。「お嬢さん」は女学校に通っていたということが度々かかれています。ですから「先生の奥さん」は初めて会ったときには24~5歳、「先生」が自殺したときでさえ30歳くらいです。P17ℓ9「美しい奥さんであった」という部分には若さも含まれていると読めます。


・2、「こころ」の新聞連載期間
当時朝日新聞は東京と大阪と二つありました
東京朝日新聞 大正3年(1914)4月20――8月11日
大阪朝日新聞           4月20――8月17日
先行研究や資料では両方とも8月11日に連載が終わるとなっているものがありますが、これは間違いです。

・3、新聞連載と単行本との複雑な関係
新聞連載開始に先立って掲載された「予告」には
「・・・今度は短編をいくつか書いて見たいと思ひます、其一つ一つには違つた名をつけて行く積りですが予告の必要上全体の題が御入用かとも存じます故それを「心」と致して置きます・・・」(大正4年1914、4,16~4,18)
独立した「いくつか」の短編をまとめた総タイトルが「心」ということで開始します。

新聞連載のタイトルは「先生の遺書」
総タイトルを「心」として、その短編の一つとして書き始めた「先生の遺書」
この形式のままで110回の連載で「ひとまず完了」として終わった。つまり短編は一つしか書かれていない。
ちなみに、「私」の問題があります。これは私をわたしと読ませるかわたくしと読ませるかの話で、朝日新聞には「わたし」とルビがあり、新潮社には「わたくし」となっていて研究に混乱を来たしています。

連載完結の翌月、岩波書店から単行本が出る
ここの序文で漱石は短編をいくつかまとめてその総タイトルを「心」とするという構想の断念を宣言します。
新聞に連載したときは一部分のはずであった「先生の遺書」が単行本「心」の全部となりました。
単行本刊行に際して、漱石は「先生の遺書」を上中下三部構成としました。
上 先生と私
中 両親と私
下 先生と遺書
ちなみに、岩波文庫は当時無名。創設者が漱石の弟子の友人であったことから、当時人気作家だった漱石は岩波に出版させてあげました。当時の「心」はブックデザインも漱石自身が書いたものです。岩波文庫は漱石によって大きくなった会社です。岩波から出ている漱石全集は当時の「心」のデザインが施されえています。

・4、題名表記の問題
新聞連載時の総タイトルは「心」でした。岩波版の単行本の装丁も漱石自身が行っています。
ここで漱石自身が「心」と「こヽろ」の両方を併用していることが研究を混乱させています。「こころ」は一般に使用されているだけで漱石は使用していません。

朝井リョウ 少女は卒業しない 感想とレビュー 女子高生の不思議な時間感覚

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『桐島部活やめるってよ』でデビューした朝井リョウさんの『少女は卒業しない』を読みました。現在桐島が映画化ということで注目されています。本も平積みになり、今後の活躍が期待できる作家さんです。今回はそんな朝井さんが丹精を込めて書いたであろう7つの少女の物語です。
この『少女は卒業しない』はある廃校が決定した学校の卒業式、3月25日を舞台とした物語です。7つの短編を全て別の少女が語るという多視点小説で、物語られる内容は異なりながらも少しずつ重なります。ですからある短編でなぞだったことがあとになって判明するというように一種のミステリーとしても読むことが出来ます。若手にしては随分挑戦的で、多義的な作品です。
一つずつ見ていきましょう。1、古典の先生と少女の物語です。描写が実に映像的で、イメージが頭の中で簡単に再生されるのですが、そこに依存していない。映像的でありながら文学、少女の語りとして言葉の大切さを、華麗さを読み取ることができます。先生と生徒という関係は結局変わらないのですが、少女の内面が面白い。過去のものは言える。こういう側面は確かに女子にあるかも知れません。
2、孝子という真面目な少女と、対照的な尚輝の物語。前回の東棟を受けて、幽霊の存在が判明します。屋上という学校でしか存在しえないごく限られた空間での二人の幼馴染は廃校ということで関係が変化してしまいます。学校が一つの箱であることに卒業する間際になってこの二人は気がついたのです。その箱がなくなってしまったら、今まで当然と思っていたことが消えてしまう。二人はそれぞれ別の道を歩まねばならない。この卒業が別れとなってしまうことに涙するのです。
尚輝が涙を流しながらダンスを披露する姿は印象的です。そしてそれを見て、一生懸命その時間を忘れまいと記憶に残そうとする孝子。高校最後の時間を箱にしてなんとかとどめようとするのです。彼女はその箱を一生大事にしてゆくのでしょう。
3、今度は高校2年生の送辞です。廃校になってしまって、明日からは別の学校へ通うこととなる後輩たち。彼女の送辞は読み上げたら何分くらいかかるのでしょうね。この後輩は田所という先輩への少女の憧れを持っています。しかしまたその田所も先輩へと憧れをもっているのです。高校という限られた世界の中で、指針となるのは先生もそうですが、やはり大きいのは先輩の後姿。箱の中身はすこしずつ変わっていくものの、生徒はずっと先輩と繋がっているのです。
4、バスケ部公認のカップル後藤と寺田の物語。どうして別れなければならないのか、私は純情な人間ですから遠距離でもといいたくなってしまいます。ですが、この二人は実に強い。そしてお互いのことを本当に思っているからこそ別れを決心するのですね。
「ずっとこういう日々が続けばいいって思っている時点で続かないってわかっていること」という言葉がこの作品の根幹ではないでしょうか。ただ、この作品は続かないから終わりではなくして、その後何か開かれた世界があるということが伝わってくるんですね。
表紙にも見える少女はどこか遠くを見つめていて、それでいて強い意志の力を目に宿している。二人はその未来へ、全身を奮い立たせて今あるものとさらばするのです。悲しいなあ。
5、これは時間軸でいったら送辞のあとの体育館でライブの直前。ヘブンズドアという中2病じみたバンドの森崎という男子をめぐる物語です。語りは神田というけいおん部の部長。そしてもう一人氷川というどことなくクールな女子がキーパーソンです。氷川さんのボールペンをノックする音、これがまた一つのミステリをなしているのです。小道具の使い方が上手いですね。
これは一般に宝物を自分ひとりのものとしていたいか、多くの人に知ってもらいたいかという別の考えをもった二人の女子の戦いでもあるわけです。実際は自分のなかに両方の感情があったりするわけですが、ここでは結局氷川さんの勝ちとなるのです。
6、高原あすかという帰国子女の少女の物語。とかく高校という小さなコミュニティは異質なものを浮き立たせます。大学に入るとあまりにも様々な人がいて大して気にも留めないようなことでも高校では大問題なのです。帰国子女というだけでその子は女子生徒の上のグループに属することができるのです。でもそんな虚勢から解放されたかったあすかはクラスの人気者との間に軋轢を生んでしまうのですね。高校はとにかく息が詰まる、そんな感情があります。
そしてそういう思惑やめんどくさい人間関係からもっとも離れたところに存在するのがH組みの障害を持った子たちです。彼らは発達が遅いということで、他の生徒からは目障りな存在ですが、より自然に、より人間的だといえば彼らのほうがよっぽどそうなのです。純粋でピュアで無垢で、「僕は不思議なんだ」と楠木君がその思いを口に出す姿はこの世のものとは思えない美しさがあります。どうして自分の好きな人は自分から離れていってしまうのか、これはこの作品全体に対する問いです。どうして少女は卒業しなければならないのか、ということへの問いなのです。
7、卒業式の後、深夜26日の朝です。まなみと香川は深夜に忍び込んだ学校で偶然出会います。二人は共通する痛みを抱えているのです。それはまなみにとっては彼氏であり、香川にとってはライバルであった駿の死です。高校でこんな事件は滅多におこらないけれども、別にそれは喪失という意味ではどんなことにも共通することであると感じます。これは駿という人間の死として具体的に話が進められているのだけれども、卒業はつまり今までの生活の喪失だという点で全く同じなのです。
この二人は故人を思い出しつつ、それでも未来へと歩んでいくのです。
少女は卒業するのです。でも少女は卒業しないというタイトル。心のなかでは既にお別れが来ることはみんなわかっているのです。それをわかっていながら隠す。隠してもにじみ出てきてしまう。彼女たちはその失われる時間をどうにかとどめようとして記憶するのです。ですから彼女たちの記憶の中では少女は卒業しないのです。たとえ何年の月日が流れようとも。

映画『虹色ほたる~永遠の夏休み~』 感想とレビュー アニメーションでしか出来ない作品






原作 川口雅幸(アルファポリス刊)
監督 宇田 鋼之介
脚本 国井 桂
キャラクターデザイン・作画監督 森 久司
画面設計 山下 高明
美術監督 田村 せいき
音楽 松任谷 正隆
主題歌 「愛と遠い日の未来へ」松任谷 由実
出演 
 ユウタ 武井 証
 さえ子 木村 彩由実
 ケンゾー 新田 海統
 ユウタ(大人) 櫻井 孝宏
 さえ子(大人) 能登 麻美子
 ケンゾー(大人) 中井 和哉
 青天狗 大塚 周夫
 蛍じい 石田 太郎
東映アニメーションがいよいよオリジナルアニメーション製作に再び力を入れ始めました。とても強いメッセージのこもった作品ですが、別段メッセージのためにつくられたという媚びた様子も無く、今現在私の中では今年最高の映画だと確信しています。こんなよいアニメーション映画は久しぶりにみました。観客があまり入っていませんでしたが、これは宣伝ミスでしょう。こんなに感動できるすばらしい映画は今に観て御覧なさい、口コミでロングセラーになりますよ。この記事を見た方には是非劇場に足を運んでいただきたい。私がここまで薦めることは稀有ですよ。
副題としてアニメーションでしか出来ない作品だと述べました。これは実写にしたらなんとつまらないものになるかわかったものじゃありません。CMなんかを見た方はわかると思いますが、線がきっちり描かれていません。手抜きではなくして、故意にやっているのです。崖の上のポニョのように手書き感を敢えて強調することによって生まれ出る味があるのです。
この作品は震災のこともあり、テーマ・キャッチコピーは「今を生きる」です。生きるということはその反対の事物である死を認識せずには生まれ出ません。つまり生と死は二項対立であると同時に、表裏一体なのです。生とともに死を強くイメージさせる重い作品ですから、それをきっちり描いてしまったら暗いだけです。その中和剤としてもこのラフな絵が活きてくるのです。
ほたるという虫、今ではちっとも見られなくなってしまいました。実はこのことも大いに作中で物語られるのですが、ほたる自体も寿命は非常に短いのだそうですね。そしてそんなはかない命だからこそ今を生きる。運命の相手を探すために必死になって光る。
この作品は多くのことに言及がなされていて、この上なく深く多義的な作品です。おそらく見る人によっても受け止め方が全く異なる可能性もあります。

印象に残る場面がこんなに多かったと感じる作品も今までにありません。先ずは不思議なおじいさん、蛍じいと主人公ユウタとの出会いの場面。光がはっと差し込み、何か神秘的な、それでいてどこか冷たげな光景は心に響きます。聖書を題材としたディズニー映画の出エジプトの物語で、羊を追って迷い込んだモーゼと神の木の出会いの場面が思い出されました。神なる光の具現化です。
次はタイムスリップの直後、ユウタとさえ子が出会う場面。これはこの間みた新海誠監督の「星を追う子ども」の明日菜とシュンがであった崖にもにて、そこからなにか言い知れぬ恐怖を感じました。本当は怖くない場面なのになぜかさえ子が冷たく感じられたのです。一瞬死後の世界なのかとも考えましたが、実はタイムスリップだったのですね。でもこのとき感じたものはあながち間違ってはいなかったろうと思います。夕日がとてもきれいでした。
次は青天狗が若かった頃に見た虹色蛍の光景。岩の中に入っていくと水が滾々と沸き出でている。その閉鎖された空間のなかで虹色の蛍がかっと光を放つ。虹色に染まる岩の断面。これは今でも頭の中に残っているほど鮮烈な印象を与えました。虹色蛍関連でいけば最後の大群となった虹色ほたるの光景も印象的でしたが、私はこちらのほうがより深みがあり静かななかに情熱があるといった感覚を持ちました。
最後はやはり製作者側も印象に残るといっている、ユウタとさえ子が二人して灯篭祭りから抜け出していく場面でしょう。今までのラフでどこか暖かみをもった描き方とは打って変わって劇画チックに強い線で描かれたシーン。スピード線の乱立で、人物も急に現実味を帯びて恐怖感を持ち、激動という言葉を具現化したような場面。これはこの映画で最も重要なターニングポイントとなる部分だからなのでしょう。映画「鉄コン筋クリート」を見ているような動き、激しさを持つと共に、暗い重い画像のなかでどこか現世に戻ろうとする強い意志を感じられるのです。ここでは今まであった光がまったく描かれない。

この作品を論じるうえでやはり重要なものは「ひかり」です。なんとこの映画CGを一切、100パーセント使用していない。全て手書きなのです。蛍の大群が動き回るところなどCGかなと思ったのですが、きちんと丁寧に丹精込めて作られたとパンフレットに書いてありました。そしてパンフレッットでも最も言及されている部分に「ひかり」の表現があります。
確かに作品を観ている間ずいぶん光の描き方が今までのアニメとは違うなと感じていました。太陽が上にきたときに普通のアニメならば写しているカメラが無意識のうちに現れ、レンズを通してみたときのように幾何学てきな光の輪がいくつもでますね。でもこれはそれが人の目のようなもので観ている感覚に近いのです。光がふわふわとかたまる。これは新しいなと思いました。
またほたるのひかりといい、灯篭といい、花火のいい、暗いなかでのひかりの表現が今までのアニメーションと比べても断然上手い。リアリズムではないのです。絵画で言ったら写実派より印象派。だけれども何故かこちらのほうが共感できる。
先ほど述べた印象的な場面と並び、ひかりの表現といい、やはりこれは実写やCGでやったらばつまらないものになりましょう。それをよくわかっている。製作者側はそれを理解した上で、アニメでも写実的にきっちり描かずに、このように描いたのでしょう。

またこの作品はつっこめる部分が多いことも素敵な理由の一つです。完璧でつっこみどころがない作品は観ていてすごいと思うけれど後に残らない。この作品の人物はラフな輪郭線、出来る限り省略した描き方の性で、なにかふらふらしていて、くにゃくにゃしていてどこかスライムめいているのです。そこまで人間ぐにゃぐにゃにならないよと思いながらも、これが確かに思いテーマとよいバランスをとっているなと感じました。
ただ、キャラクターとは対照的に背景は実にリアリズムに満ちているのです。この対比がまたなんともいえない魅力の一つです。ですが、ただ写実的にしているのではない、そこにもやはり省略はあるのです。ですからこの作品は全てを出し切らないところによさがあります。実に簡略化されたなかで、観客がその部分を補っていくという相互作用が働き、作品の深みが出ているのです。
作品の深みについては絵もさながら、物語構成も非常に重きを成しています。タイムスリップという不可思議なことが起こる作品ですが、回想も含め4つから5つほどの時間軸が展開されます。それぞれ明確に分かれていますが、このように時間軸でもいくつもの層があるということが深みをまします。特に事故の回想場面は重要なところを描かない。この上手く隠す技が絶妙なのです。

最後にキャラクターたちの個性がすばらしい。ユウタの演技はなんだかちょっとわざとらしくと笑ってしまう部分もあるのですが、まあそれはよしとしましょう。子どもたちと老人たちの交流が今はなき人間関係のありようを見せてくれます。1977年にタイムスリップするのですが、とあるダム工事が進む集落では最後の夏休みが送られます。子どもたちは全身全霊をかけてその夏休みを謳歌して、記憶にとどめようとし、老人たちは過ぎ去るものの悲しさに胸を痛めながらも生き抜くのです。子どもは子どもで元気がよく、こんなふうに私もあそべていたらもっと性格のよい子になったろうにと思ったのですが、注目すべきは老人たちの方です。この作品では何故か親世代の大人たちが最初と最後しか出てきません。物語の中心では子どもと老人の対比になっています。
老人たちは子どもとどう生活するのか。今の世はとかく祖父や祖母など身内の老人としか関わりがないと思います。しらない老人とは関わりを持ちませんよね。神主の青天狗はまるで雷さん。厳しく子どもを叱りながらもどこかで愛しているのです。子どもたちのためにと思って行う灯篭作りはどこか老人の悲しさがつまっています。
蛍じいは仙人のようです。神的な力を持っていながらそれを利用してユウタに全面的に協力しようとはしない。あくまで自然の摂理に従うのですが、暖かさを持ち合わせていてこの作品一番の謎の人物です。最後は仕方ないといった心持で、ユウタにやさしくその力を使うので、これはユウタの強い思いが神、自然の摂理をも乗り越えたと考えてよいのではないでしょうか。
私が最も心揺さぶられたのはおばあさんです。谷育子さんが声優を勤めていますが、時間をかりている身であるユウタとさえ子は本当は全くおばあさんとは関係がない。おそらく記憶が植えつけられたからってああはならないと思うのです。今まで一人で暮らしていたおばあさん、さえ子と二人きりでさえさみしいというような言葉を口にしています。きっとそれまで一人でさみしく暮らしてきたおばあさんが全く気がつかないことはないと思うのです。ですからやはりどこかで悟っていると思います。それでも全てを受け入れてくれるおばあさん。さえ子もユウタも最後にはおばあさんにさようなら、ごめんなさいという言葉を残していきます。私の祖母もこんな優しい人でした。早くになくなってしまったのが今でも悔やまれます。
ここには人と人との交流、特に愛というものが根底を流れています。それは老人が子どもに対する無償の愛であったり、親が子に対する愛であったり、妹がお兄ちゃんを思う愛であったり、夫婦の愛であったり、友情であったり、生きるというテーマのもと人間の可能性についてもう一度考えさせられます。
父の死、それを乗り越えるという点で「ももへの手紙」とも似ています。やはり震災の影響は意識的にしろ無意識的にしろ必ずどこかで現れてくるのです。それを無視してはいけませんし、そればかりに気をとられて前に進めなくてもいけないのです。今までに先例がないのですから、認めながら共に歩んで行くほかないのです。どうしようもないからといってほっぽってしまってもいけないのです。強く活きなければいけないのです。

絵もよし、音楽も松任谷夫婦によって見事に完成させられています。私が責任を持ってお薦めします。こんなに泣いた映画は久しぶりです。

goninten ごにんてん ~武蔵野美術大学5人による展示~ 女性からみえる世界を表現する

ガレリア原宿 GALLERIA HARAJUKU
展示は明日5月21日までですが、本日ごにんてんにいってきました。出展者は
オオツカユミカ
大橋英子
Yuka Hamada
NASA,F
Yuka Machida
の五人です。武蔵野美術大学の油絵科の仲良しの五人組での展示会です。私の盟友のYuka Machidaの作品が観れるということで応援も含め行ってきました。
展示期間中に同大学の教授もきて講評をされてまいったとこぼしていましたが、世界観が出来上がっており満足できる展示会でした。
一枚一枚細かく言えば技術がどうだのと色彩がということは簡単ですが、これをたったの五人で作り上げることは至難の業だと感じます。それぞれの持ち味が違っていて五人五様の世界観が楽しめます。しかし仲良しの五人、日ごろから馬が合うのでしょう、それぞれ違ったものを持っていながらどことなく共通項がある。これが展示会を見事に纏め上げているのです。
絵の技術はもっと上手くなります。それは各々のこれから頑張っていくところだと感じます。ですが、その洗練された色彩感覚には驚かされました。特に今回は女性のみの展示会なので女性の持つ色彩感覚というもの強調されていてとてもおもしろい。
五人とも原色はあまり使わないようです。ですがだんだんと色が変わっていくようにして様々な色が散りばめられている。これは実に鮮やかだです。鮮烈さというものはありません。しかしすこしずつすこしずつ変わり、重なる色に彼女たちの世界観を見ることができるのではないでしょうか。
NASA,Fは遊び心、Yuka HamadaとYuka Machidaはメッセージ性、オオツカユミカと大橋英子は鮮やかな色彩感覚がそれぞれ強調されているように感じました。
場所が少し分かりづらいために着くのに苦労しましたが、よい刺激を受けました。
全体の様子
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Yuka Machida 「初恋」
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NASA,Fの作品3点
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「そよかぜキャットナップ」靖子靖文 榎本正樹教授との対談 駒沢にて 

「そよかぜキャットナップ」靖子靖文 榎本正樹教授との対談 駒沢にて 
榎本教授のホームページhttp://enmt.jp/
講談社BOX倶楽部のホームページhttp://www.bookclub.kodansha.co.jp/kodansha-box/powersselection/
なんと改訂前のこの記事を靖子靖文さん自身が御覧になられて少し伝わっていない部分があったからと丁寧に補足、改訂をしてくださいました。これは靖子さんに意見を反映させた上での再アップになります。


5月15日火曜3限の近代文学研究Ⅰの授業開始前およそ10分には大教室は普段より多く約67割の大学生に賑わっていた。ところが、教授は壇上から教室を見渡すと「なんか違うんだよな」とつぶやき、後ろに固まっている女子を前に移動させた。「ライブ感を演出してくれ」という要望である。
チャイムがなり「では靖子靖文(以下靖子)さんに登場していただきましょう」と榎本教授(以下榎本)が言うと後ろに座っていた坊主頭の青年が壇上へ向かって歩き始めた。「そうです、なんと靖子さんは皆さんにまじっていたんですね。」榎本。まとめると以下の通りである。

榎本、何故小説を書き始めたのか
靖子、就活がとにかく嫌だった。実家が寺なので、就職は結局しなかったが、周りの人間が頑張っている中自分も何かしようと思ったことが主な理由。
ライトノベルというジャンルについては、オタクである友人との出会いがきっかけで、自由度の高さに惹かれて書き始めた。
榎本、ライトノベルというと、アニメなどの影響はあるのか?
靖子、学生時代に影響を受けた作品として『けいおん』の世界観がある。しかし、様々なものに影響されやすいという一面があり、多くのアニメ・ラノベ・一般小説問わず影響を受けている。自分の中に確固たるものは未だない。その人にしか書けないような文章を書ける作家を尊敬する。その一人ととして尊敬する人物には「森博嗣」を上げる。
榎本、ゆるミスと評されるように緩い空気が漂っているが、これはゆるいミステリーであると同時に大学生小説、帰省小説、でもあり仕掛けのたくみさに驚いた。
靖子、何度も書き直しをしている。『どのこ』(=改題後『そよかぜキャットナップ』)は初めての創作で、あまり難しく考えずに自由に執筆したものである。仕掛けの巧みさを褒めて頂いたが、自由にかきながら何度も修正を繰り返していくうちに完成した仕掛けである。
榎本、この作品は他ジャンル的(ミステリ、ラノベ、青春小説など)であるが、それについては?
靖子、初めはメフィスト賞に応募しようと思ったが、最終的には講談社BOX新人賞に応募した。メフィスト賞はミステリー的色彩が強く、講談社BOX新人賞はラノベ的色彩が強い。応募当時、私はミステリ作家よりもラノベ作家のほうが自分には可能性があると考えていたので、既に書き上げていた『どのこ』をよりラノベらしく修正して、後者の賞に応募した。ミステリとしては大した事件は起きないが、当初はミステリを書くつもりだった。それが修正によってラノベ・青春小説に近づいた。
榎本、ゆるさには無駄も含まれているが、この作品はその無駄のよさが活かされている。T県という言葉が出てきてこれも一種のミステリであるが、日本で一番人口が少ないというところから鳥取だとわかった。 鳥取は妖怪など非日常とのつながりがとても強い場所でもある。
靖子、一時期田舎ブームというものがあった。田舎のよさというものを全面的に押し出すのは自分の望むところではないが、作品のなかには田舎独特の噂のネットワークが存在する。
榎本、東京と地元という対立は実際成り立たないと思う。田舎に流れるゆるい雰囲気が出ている。これは関係性の構築の問題だ。

靖子、田舎と都会ではコミュニケーションの性質が異なる。そういう点で田舎ならではのコミュニケーションを描いたつもりである。しかし、田舎のコミュニケーションが上質で、都会のコミュニケーションがそれに劣るということではなく、都会でも濃密な人間関係は築ける。環境が変われば人間関係の在りようも異なるということでは。
榎本、猫の失踪というミステリーとしては殆ど事件性のない物語を書くことのむずかしさがあったと思うが。
靖子、繰り返しになるが、途中で何度も考えながら何回も書き直した。プロットは頼れるだけの自信があるものを作れないので、その場で書いていくということをした。修正を重ねる中、先ほどでた田舎の人間関係から、高丸さんなどのキャラが産まれた。(当時応募予定であった)メフィスト賞は派手な作品が多い。だが、自分はそういうものがかけないので、徹底的に地味にしたら逆に目に留まるのではと思った。講談社BOX新人賞はメフィスト賞と姉妹賞的な関係なので、同じ戦略で目を引けるのではと思った。ちなみに、個人的に「ひぐらしのなく頃に」は好きだが、「田舎」での「事件」というと真っ先に思い浮かばれる作品なので、そのイメージから脱出する必要はあった。
榎本、この作品はゆるいといっておきながら、実際重いテーマを内包している。作品を一貫する独特なユーモア感はつらい最後への中和剤として機能しているのではないか。
靖子、ライトノベル的要素、恋愛や、敵と戦うとか冒険するとかを書けないからコメディにしてみた。
榎本、(恋愛要素に関して)間違っていたらそう言ってほしいのだが、男2女1という関係は普遍性である。ここから恋愛関係に発展するとき牽制しあってしまう。そして猫の名前のマコトは漢字で書けば「真琴」と作中にある。これは「時をかける少女」と全く同じ構図である。映画の時をかける少女からアニメ映画までのオマージュか。
靖子、すみません。違います。
榎本、なんだ違うのかよ。そこはそうですって言うんだよ。(一同笑)
靖子、これは「ボンボン坂」からである。ただ時をかける少女に似ているとはたまに言われる。
榎本、作中に、死の問題もある。死者との別れ、追悼の再定義のテクストではないか。(一例として)つかまった猫が保健所に行くかもしれないということで主人公は保健所に毎日通うが、そこでみた猫に対し救えない命、しかし心に留めることはできると意思を固める。
靖子、「死」の問題に関しては恐らく実家の職業(お寺)が関係している。また、小説になんらかの悲しみを落とし込むことの意義について遠藤周作に影響を受けている。 現代において死者との別れをどのようにすべきかという問いは、学生時代の研究テーマであった。その影響は、『そよかぜキャットナップ』にも出ているかと思うし、次回作の『ハイライトブルーと少女』(そよかぜの続編ではない)にも出ている。今後、同様のテーマを持ち続けるかどうかということに関しては定まっていない。
榎本、大矢さんと呼ばれる年配の人と主人公たちの交流がある。別の年代との交流である。大矢さんは若い主人公が来たときに告白するように社堂の話をしてしまうが。
靖子、非日常から物語は生まれるのではないかと思うところがある。作中の大矢にとって、弘忠たちの訪問は非日常の一つだった。
榎本、ヒールが出てこない作品である。これからはいい人のみの共同体から出て行くことが展望となるか。
靖子、(『そよかぜキャットナップ』は)よくも悪くも「ゆるい」だけの作品だと思う。人の負の要素を書くにはまだ実力が伴っていない。今後についてはまだ何も決まっていないが、私はプロット作りが下手なので、小さいことから書き始め、書きながら話を膨らましたいと考えている。
榎本、生徒からの質問をいくつか読み上げる。ネタが無くなったらどうするのか。
靖子、未だ書いたものが少ないからネタが無くなるということは体験していないが、すぐ切り替える。そして先ずは書いてみるところからはじめる。
榎本、「山田詠美」のように書き換えが重要では。そうすることによってダイナミックさがでるかも知れない。
靖子、プロット至上主義といえる流れがある。自分も小説の書き方のようなものを読んでそう思っていた。確かにプロットを作る意義はある。しかし編集さんに言われてその限りではないと気がついた。私は書く前に設計図を仕上げるよりも、書きながら作ることのほうが向いているので、書き始めの段階では遊びの部分を多く残している。
榎本、(生徒より質問)文章の構成で貴をつけていることは?
靖子、リズムというものには気をつけている。会話のリズムは崩したくない。また、フィクションにおいて全面的にリアリティーが必須であるとまでは考えない。作品ごとにリアリティーをおろそかにしてはいけない部分があるとは考えるが、物語は多くの場合、非日常から紡がれるものである。キャラクターは日常からずれているほど際立つ、とは考えている。 忠弘と啓太は初めキャラが被っていたため、受賞後によりライトノベルらしいキャラになるよう変更した。
榎本、(生徒より質問、作家を志した経緯について)将来僧侶になることへの忌避があったのか?
靖子、僧侶になることの忌避より、就活から目を背けたかった。就活からの逃亡が小説を本格的に書き始めた一因である。ちなみに、(将来僧侶になるならば)曹洞宗なので一年半の修行があり、これをいつ行うか、その間は執筆活動ができなくなることが問題ではある。
榎本、これから何を書くのか。
靖子、広い意味での「人間関係」があるかと思う。その中には死者と生者の関係も含まれている。いつか『そよかぜキャットナップ』の続編を書きたいという気持ちは強くある。

「そよかぜキャットナップ」靖子靖文 感想とレビュー 命の継承

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今年、しかも4月にデビューしたばかりの新人作家さんの本です。講談社BOXからですからライトノベルと小説の中間といったところでしょうか。帯には「ゆるミス」とあります。ではこの本を読み解いていこうと思います。
一人称小説で、忠弘と啓太の二人の登場人物によって語りが交替で展開されます。各章の間にはおそらく猫であろう語りが挿入され、物語を多層的に展開しています。
主人公は語り手である忠弘と啓太、それから玉井の三人で、男2と女1という三角関係ができます。しかしこの忠弘というのが難癖もある人物で、趣味はとにかく読書。三人で喫茶店に入っても飲み物が出されるまでに非効率だといって読書を始めようとする人間です。
啓太はお調子者、しかし玉井に一目ぼれしてしまい、この夏休みをいかに接近できるのかということに全てささげます。
玉井は啓太によればかわいい現代の女子大生。忠弘に対する突っ込みを兼ね備えながら天然のボケを連発する女性です。
さて、この三人が啓太の家の飼い猫のマコトを探すというひと夏のお話です。猫を探すというミステリー小説のなかではもっとも軽度なミステリー、本当にミステリーかとも思うような作品ですが、ジャンル分けはそこまで重要とは感じませんので、それは榎本教授と靖子さんの対談の記事に載せましょう。
作品全体を一貫しているのはまさしく現在の大学生同士の会話のやり取りです。これを読んでいてまったく違和感を感じません。著者が大学院を出た手ということもあるでしょう。ですが、よく観察されていると思いました。意味はとくにない大学生どうしの掛け合いが非常に上手い。リズムがあって会話を聞いているようにとんとん進む。そこには意味がほとんど無いながらも、軽い冗談や皮肉が飛びあい、その笑いが実によく説得力をもっているのです。
三人の若い大学生は謎をおって郷里の千葉で猫を探すわけですが、その謎解きの途中でであう老夫妻との対比が興味深いです。若者と老人、それぞれ違う生き方をしてきて違う考えをもつ、まったく別のコミュニティーの人々がコミュニケーションをとる、これがやはりこの作品の奥深さの一つではないでしょうか。よくライトノベルにみられるような軽薄さがないのです。老人はきちんと老人たらしめる人物として描かれており、この老人の描写もまた著者の技量のあることを物語っています。
このミステリの主題である猫に関してもやはりいのちの継承なのだなということが窺えます。老人から若者へ、親から子へ、青年から少女へとなにか語り継がれていくような、そんな大きな流れが根底にあるのです。
またいのちの継承ということは死も平行に存在するということです。いなくなった猫がもしかしたら保健所にいるかもしれないと思い日々通うのですが、保健所の猫は数日おきに処分される運命なのです。そこから一匹でも救おうとする忠弘でしたが、選ぶことが出来ない。一匹を助ければほかの猫を捨てるのか、それとも一匹も救わないのか、この大きな問題の前に忠弘はなす術なかったのです。
老夫婦が感じる死もまた大きなテーマです。年老いてくると自然と自分の死を覚悟するようになりますが、息子に急に先立たれるという衝撃を負ったこの老夫婦が抱える問題があるのです。この小説はミステリーを解いていくことによって、この生命の問題をもなんとかしようと四苦八苦する希望の物語でもあると感じます。
一見大学生の軽い小説にように見えますが、よく考察するといのちというテーマがその背後に脈々と流れているのです。
またこれは恋愛小説としても読めると思います。啓太と玉井はもちろんのこと、人間と関わるのが苦手な忠弘でさえ、高丸さんの孫娘、幼馴染で4つ下少女との恋愛の発展の予感をちらと見せて作品は幕を閉じます。この作品は続編が出るのかどうかわかりませんが、そこにあたらしい人間関係が出来、物語が生まれるのです。

映画『ももへの手紙』 感想とレビュー 悲しみを乗り越えた親子の成長


監督、沖浦啓之
イタリア第14回フューチャーフィルム映画祭 最高賞プラテナグランプリ受賞
ニューヨーク国際児童映画祭 長編大賞受賞
文化庁メディア芸術祭アニメーション部門 優秀賞受賞
第36回トロント国際映画祭 正式出品
第27回ワルシャワ国際映画祭 正式出品
第44回シッチェス・カタロニア国際映画祭 正式出品
第16回釜山国際映画祭 正式出品
第31回ハワイ国際映画祭 正式出品
ベルリン映画祭で高い評価を受けた『人狼JIN-ROH』の沖浦啓之さんが、なんと年の歳月をかけて完成させた作品です。
色々と注目になっているなか、日本ではあまり話題になっていないのかなとも感じますが、大丈夫でしょうか。それとジブリ映画ではありませんよ。
どうして7年もかかったのかその理由を知りたいのですがよくわかりません。私の考えるところではとにかく絵がきれいなので、そこに時間がかかってしまったのかなとも思います。絵だけでいったらジブリより細かいかもわかりません。非常に精密に描かれていて、隙がないといった感覚があります。
ストーリーは日本の八百万の神の思想が重きを成しているのではないでしょうか。事故で父を失ったももとその母いく子の物語。夏にももといく子はおじおばのいる汐島へ引っ越してきます。ここでの物語りなのです。
こういう映画をみると本当に自分はなんてつまらない夏休みを過ごしているのだろうという自責の念に駆られてしまうわけですが、そんな青春の夏休みを描いた作品です。
そんな青春、できればもどりたいような夏休みですが、この作品は喪失にどう向き合い、それを乗り越えていくかというとても重要なテーマを抱えている作品です。いく子は突然の事故で自分の夫をなくしているわけです。幼い頃喘息でこの地で養生していた彼女はももという子を抱え、気丈に振舞わなければならない状態です。パートナー失うという非常事態に強いいく子は押しつぶされまいと自分を省みずに仕事に没頭するのです。これは自分がつぶれてしまわないようにとにかく内容のないものでもいっぱいに詰め込んでおこうという限界のラインだったわけです。
そしてももは、当日になって急に約束を破った父に対して「お父さんなんて嫌いだ。もう帰ってこなくていいよ」という言葉を言ってしまう。それが事実上の最後にかけた言葉になってしまったことを彼女は後悔するわけです。これは大人でも耐えられませんよね。喧嘩なんかをした後に死んじゃえばと軽くいったら本当に事故にあってなくなっちゃったなんていったらそりゃ気が気じゃないわけです。まして自分の父親に対してですからね、それはそうとう心に残る部分があるわけです。
当然ももは母ともっと話し合うべきなのですが、二人は少しずつずれていってしまいます。結局は喧嘩をしてしまう母子なのですが、それをこの妖怪たちがなんとかしてくれるのかどうかという話ですね。気になったら劇場に足を運んでくださいまし。
妖怪は日本の八百万の思想からきていると感じます。またこれは生死観の問題も入ってきていますからその点でも深い作品となっているわけです。
しかしこの妖怪たちは別段なにか出来るわけではないのです。昔のあらぶる神の時代に、あまりに乱暴を働いたために神通力を失ってしまったというのですからしょうがありません。妖怪三人組ともものぶつかりあいが非常におもしろく描かれております。
作品のすばらしい点は絵が非常にきれいなことから声優さんたちの豪華さにまで及びます。妖怪三人はベテランばかり。
イワには西田敏行、カワには山寺宏一、マメにはチョーさんとすごいことになっています。この三人は名演で作品に華を添えてくれます。ももは美山加恋、宮浦いく子は優香、この二人がどのような演技をしてくれるのかと思っていたのですが、上手くて正直びっくりしました。優香って声優さんなんだと感じられるほど上手だった。美山加恋ちゃんもアフレコ時は中2だったそうで、大したものです。96年生まれとか、若い。
ただ一部で評価されていないのも実態です。どうしてかと考えたのですが、七年かけて精密に精緻に作ったせいで、作品につっこむよちが無いからなのではと思います。完璧なものをみてしまうと感動はするのですが、ああそうかで終わってしまうということなんでしょう。絵も写実に近く、物語展開も期待通り、ですから優等生を見ているような感じがするわけです。私はそれでもいいかなとも思うわけですが、そうでない人もいますね。
丁寧すぎるのかな、沖浦監督、今度はちょっと気を抜いてみたらどうでしょう。

映画『みじかくも美しく燃え(Elvira Madigan)』 感想とレビュー 愛と死について

1967年スウェーデン映画
監督、ボー・ウィデルベルイ

あ、そういえば記事が二百を超えました。まだブログを始めてから一年も経ってなく、計算すると二日に一つは記事を書いている計算になりますが、やはり多くの人に知ってもらいたいことや共に論じたいことなどまだまだ山のようにあります。
よし頑張ってみますかね。お付き合いくださいまし。
ということで前回は暗い映画でしたので、今回は美しい映画を論じます。ですが、これもやはり美しさが内包する崩壊という暗さがありますが。

この映画は1889年にスウェーデンで実際に起きた事件を映画化したようです。これを書くに当たって初めて知りました。名画として名高いですが、何分時間が経ちましたから現代ではほとんど忘れられてしまっているのではないでしょうか。
この映画に使用されたモーツァルトの『ピアノ協奏曲第21番』はこれがきっかけで広く知れ渡るようになったそうです。
さて、この作品は芸術のための芸術。美しさを追求したものです。そのため大衆には受け入れられないでしょうが、芸術をやる人間には是非見てもらいたい映画です。
美しさ、愛と死を端麗に描いた作品で、愛すれば愛するほどに破滅への道を進む二人の若い人間の悲劇です。この映画をみるとこんなにも人間は人を愛せるのものかと人間の可能性に改めて感じさせられる部分があります。こんなトゥルーラブを死ぬまでに一度は、(出来るだけ若いうちに)したいものです。
そして全てを投げ打ってまで手に入れた愛というものはこの世界で最も美しいものなのです。私は芸術は自然の美だと感じることが多々あるのですが、その人間にとっての最も自然な行為とは愛することではないでしょうか。だからこの二人の愛はとても美しく、きれいに見えるのです。
陸軍中尉で、伯爵の称号をもつ貴族トミー・ベルグレン演じるシクステン・スパーレと駆け落ちの相手サーカスの綱わたりのスターピア・デゲルマルク演じるエルヴィラ・マディガンの若い二人の悲恋。貴族と平民でも卑しい身分のサーカス団員との恋愛は当然身分違いのもので許されるはずもありません。ましてやシクステン・スパーレは妻子があるのです。絶対に叶うはずの無い恋愛。
この作品では二人がどのように出会い、駆け落ちるに至ったのかが説明されません。既に二人で逃走した時点から映画は始まるのです。エルヴィラ・マディガンを演じたピア・デゲルマルク、彼女は絶世の美女だと感じました。彼女は綱渡りのサーカス団員として、普通の女性に見られるか弱しさというものがあまりみられません。自立はできないものの、自分で考え行動できる強さをもっているのです。その女性にしては強い意志の力がこの悲劇を招いたのかもわかりませんが、どこか悲しさを含んだ美しく精白な顔は観ていると息を呑むほどです。風のつよく吹く場面では長いブロンドヘアーがなんとも言われぬ清楚さが深く心にしみこみます。
ただ、元々有り得ない恋愛を決行したのですから無理がたたり、二人はどんどん追い詰められていきます。新聞での記事にのり、宿泊先で身元がばれ、軍の友人が現れて、逃亡に逃亡を重ねた二人は食べるものもままならなくなります。
エルヴィラ・マディガンが空腹のために草を食べ、戻してしまう場面は哀れです。しかしそれほどまでしても欲しかった愛。まさしく愛よりお金という人間と正反対の行動をしたわけです。人間としてこの上なく正しいことに違いはありません。違いはありませんけれども、人間に生まれたからにはそういうわけにはいかないのです。
二人は次第に無言になり、いいようのない破滅の影を見てみぬ振りをしつづけるのです。それは最後の最後まで続いて、愛のために全てを失うのです。
愛はやっかいですね。この映画をみると愛のために結局はいのちまで失うのですから、私はこのしがらみの多き世を実に悲しく思うのです。愛する人とも愛しあえない。どうしてこんなに人間は生きづらくなってしまったのでしょうか。
自分をだまし続けてこの共同体でなんとかやっていくのか、嘘をつけないほど正直に忠実に生きて死ぬのかということだと思います。
そんな愛を経験できるのでしょうか。

映画『タクシードライバー( Taxi Driver)』 感想とレビュー デニーロの名演に惚れる

ネタバレ注意。伝説のラストシーン

テーマソング。バーナード・ハーマンの遺作となった。サックスのメロディーが映画を引き立てる。

1976年公開アメリカ映画
制作会社コロムビア映画
監督、マーティン・スコセッシ
脚本、ポール・シュレイダー
主演、ロバート・デ・ニーロ
第26回カンヌ国際映画祭パルム・ドール受賞作品

ゴッドファーザーを観てからデニーロの演技に魅了されて、古典映画として名高いタクシードライバーを観ました。
今回はどうしてこの映画が名作だと呼ばれるのかそのわけを考えてみたいと思います。
全体を通して描かれるのはロバート・デ・ニーロ演じるトラヴィス・ビックルがみるニューヨークの社会悪です。ベトナム戦争からの帰還兵である彼は、戦争が原因か不眠症に悩まされます。トラヴィスが一体戦争を経てなにを経験したのかは語られませんが、不眠症のみに留まらず、その精神状態は異常です。そしてベトナム戦争という大きな戦争はニューヨークの社会をも変容させたのです。これを始終批判的な視点で描かれているので、この映画は非常に社会的な面が強いとも思われます。
この映画をみて感じることは何かが狂っているということです。トラヴィス自身も精神的に欠落があるらしく、時々変な行動にでるのですが、そのどこかずれた感覚というのはトラヴィスの視点のせいかもわかりませんが、社会全体がずれているように見えるのです。
同じまち、タクシーですぐのところに一方では清廉潔白としたオフィス街があり、他方にはスラムと化した悪がはびこる町がある。売春、麻薬、銃、ゴミ、様々な悪をトラヴィスはタクシードライバーをしながら目の当たりにするのです。
私は彼は清廉さと悪との両方をもつこの映画唯一の存在だと感じました。善と悪の世界のちょうど中間にいて、両方の性質をもっている。もともと彼は善のほうの人間だと思います。それは売春をしている少女を救出しようとしたところからもわかりますが、戦争という大きな事件が彼を悪をわからせてしまったのだと思います。次期大統領選の議員、それからその議員のサポーターであるベッツィー、この二人は善の人間です。もともと善であったトラヴィスは映画の前半こちらへの歩み寄りを見せます。偶然タクシーに乗った議員に対しておくびもなく悪の根絶を頼み、浄化の願望を共有するのです。
ただし、議員一人が頑張ったところで何かが変わるとはどこかで信じきれていなかったのでしょう。ベッツィーとのデートの失敗もあり、善なる人間と思っていた人々はみんな偽善者だということに気がつくのです。ですが、悪に走るかというとそうではない。アイリスという13歳の家出娘との出会いによってやはり自分は悪ではないことを再認識し、彼女の救済、浄化を企てます。
銃を身にまとい、鏡を前にして、自分の計画のシミュレーションをするトラヴィス。「俺に用か? 俺に向かって話しているんだろう? どうなんだ?」はあまりに有名な台詞。
自分の理想を描いている彼、正常であるようにもみえるし、狂っているようにも見える、一体どっちなのかそのあやふやな感覚が作品の大きな魅力であり、魅了される部分であるのです。
最後のシーンは映画史上とても有名。トラヴィスがアイリス救出のため3人の男たちを次々に殺していくという非常に凄惨なシーンではありますが、淡々とトラヴィスの視点から世界を写した後にこのような展開になるのは度肝を抜かれます。私はまったく違う結末を想定しながら見ていましたので、期待の地平が裏切られる面白い映画です。
このくらい映画がどうしてハッピーエンドになるのか、またこれは本当にハッピーエンドなのかという論争は多く展開されてきましたが、私は両方の部分があると思います。トラヴィスが3人の男を殺したのにも拘わらず、少女を助けたということで全く何の処罰も無いどころか、英雄視されもてはやされます。これはその当時の社会をあらわしたとても興味深い点だと思います。今考えたならばどうみてもおかしい。そのおかしな社会に対する痛烈な批判であったのだと私は感じるのです。そのおかしさがまかり通ってしまう。トラヴィスはそんなことはおかまいなしに、まるでなにも起きなかったかのように運転手を続けます。
トラヴィスの行為は確かに少女を救いましたが、それでも世界はちっとも変わらなかったということです。ただ、社会はトラヴィスを英雄としました。最後はトラヴィスのいやらしさに離れていったベッツィーがタクシーに乗ってきます。ただ、私はこの事件をきっかけに、社会こそ全く変わらなかったものの、一人の少女とトラヴィスは救われた、浄化されたのだと感じるのです。
未だ変わらないベッツィーや社会に対して冷めた皮肉と哀れみを感じながら、彼女を振るというのがトラヴィスの行動ではないでしょうか。このおかしな社会の中でおかしくされた二人の人間。しかし最後は回復するということが世に受けたのではないでしょうか。
最後に至ったときに汚いものが流されていくようなすがすがしさと、しかし今までと全く変わらない社会をみて冷笑する、なんともアイロニックな映画ではないですか。世の中を小ばかにしつつ、自分はどこか超然としている。このかっこよさに人々は理想の像を重ね合わせ楽しみを享受するのです。

トラヴィス・ビックル ロバート・デ・ニーロ
ベッツィー シビル・シェパード
アイリス ジョディ・フォスター

映画『アーティスト(The Artist)』 感想とレビュー 最高のサイレント映画 古典への回帰 


監督、ミシェル・アザナヴィシウス
主演、ジャン・デュジャルダン、ベレニス・ベジョ
2011年製作フランス
第84回アカデミー賞では作品賞、監督賞(ミシェル・アザナヴィシウス)、主演男優賞(ジャン・デュジャルダン)など5部門を受賞。
コマーシャルを見たときからいよいよそういう流れが出来てきたなと一人わくわくしていた映画『アーティスト』を観てきました。今ごろサイレント白黒映画なんてだれも見に行きません。というかそんな形態の映画があることすら知らないような若者が多いでしょう。
少し映画や芸術に関して語りますと、20世紀はまさに変革の時代でした。例えば美術でいえば、圧倒的な力を持っていた写実主義が前衛的な画家たちによって見事に取り壊されていきます。映画もサイレント白黒からトーキー、カラーへと変わっていきました。
現在小説も古典とよばれるような夏目漱石や森鴎外はどこかへ忘れさられ、全くストーリー性のない作品が溢れています。
大いなる変革ののち、一時は発達した芸術もやがては有象無象の物量に飲み込まれ、現在では見るも無残な状態だと感じます。
そんななか最近の流れとして未だごく一部の作品にしか見られませんが、古典への回帰が現れているのではないでしょうか。古きよき時代へと戻りたいという衝動が日増しに芸術家たちの間で強まっているのをひしひしと感じます。
今世界がどのように見えているのかをお話しますと、私にはマジョリティーである前衛的な芸術と、マイノリティーと化した古典芸術との戦いが始まろうとしているように見えるのです。そして私は古典を愛する一人の小さな芸術家としてこの戦いに身を投じようとしているのです。
最終的な目的地は古典と前衛のよいところをとった世界へと昇華することです。私が生きている間にそこまで辿り着けるか心配ですが、長い目でみましょう。

さて、この『アーティスト』についてですが、舞台は1927年から1932年までのハリウッド。サイレント映画のトップスタージャン・デュジャルダン演じるジョージ・ヴァレンティンの栄光とその没落、回復を描いた作品です。サイレントからトーキー映画へと以降するときに落ちぶれるヴァレンティンと反比例して栄光への道を歩むベレニス・ベジョ演じるペピー・ミラー。彼女はどこかマリリン・モンローを髣髴させます。この二人の鮮やかな対比が台詞がない映画を単純明解にするのです。
ヴァレンティンはどこかチャップリンを彷彿させられるような感覚がありました。サイレント映画は全てが演技でよしあしが決まるわけですからこれは大変なことだと思います。トップスターとなって映画界の頂点へと上り詰めたヴァレンティン、しかしそんな彼も映画がトーキーへと変化すると、誇張した演技は観客に飽きられ、大衆が求めるものは俳優の声だといわれます。
ここで出てくるプロデューサーは「大衆が常に正しいのだ」と彼に言い、彼は「私は芸術家だ」と独自で映画を作り始めます。
一方ヴァレンティンとの出会いがきっかけで徐々に駆け上り始めたペピー・ミラー、彼女が主演の映画とヴァレンティンが作った映画が同日公開となってしまいました。結果は言うまでもなく。
株の大暴落により破産したヴァレンティン、数年の後にかつてとは比べられないほどの貧しい生活を送っていました。彼は自殺を決意します。ところがそれを察したペピー・ミラーが寸でのところで駆けつけて「私が救ってあげる」というのです。
クライマックスは21世紀に残る映画の名シーンになるのではないでしょうか。声を出すことをためらうヴァレンティンにペピー・ミラーはタップダンスを一緒にやろうというのです。
過去と現在の大スターがそれぞれのよい点を持ち合わせ止揚(アウフベーヘン)した最高のダンス。軽やかに躍る二人と晴れやかな顔、これがまさしくアートなのだと魅了されました。
また、言葉のない世界ですからあるのは音楽のみ。この音楽が古典的なものを踏襲していてとてもよい。二時間クラシックのコンサートに行ってきたかのようにも感じられるほどですが、それだけが目立つのでなく、映画を上手く引き立てる。
ただ、これは先ほども述べたように保守的な作品でありますから、CGのみによって迫力のあるもの等に慣れてしまっている人には面白くないかも。こういう芸術のための芸術はどうしても大衆受けしないのです。それは高い芸術度を内包した作品の運命なのでしょうか。

『姿三四郎』 名画鑑賞 鑑賞とレビュー 古典的な話形を見る

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監督 黒澤明
出演者 藤田進
大河内傳次郎
公開 1943年(昭和18年)
この『姿三四郎』は富田常雄の小説が原作で、大手の松竹や大映も映画化を希望していたなかで、偶然映画雑誌記事を読んだ富田の妻が黒澤を薦めたために版権が東宝に渡ったというわけである。
黒澤という言葉を聞くと先ず思い浮かべるのが『七人の侍』である。実際に見たことはないが、世界的にその作品のオマージュがなされていることは知っている。また私が大好きで何度もあきもせずに見ているジョージルーカスの『スター・ウォーズ』は『隠し砦の三悪人』から影響を強く受けているということを知っている。
この世界的にも有名で、最も影響力のある偉大な映画監督黒澤明の初めての作品を見ることが出来た。

冒頭からいきなり町を誰かの視点でみて歩くという場面から始まる。これは一体誰なんだと考えたところで藤田進(姿三四郎)の視点であることがわかる。ここから主人公の視点を見せることによって観客に作品を近づけている。
映画をみて感じた印象は、ジャッキーチェンのカンフー映画と全く同じ構成、ストーリー展開だなということである。ジャッキーチェンの映画がこの黒澤の映画に影響されたであろうかどうかは定かではないが、強く、正しきものがよしという価値観はどこへいっても変化なさそうである。
国文学科の学生として、まさに貴種流離譚であると感じる。

貴種流離譚とは、折口信夫の造語で古伝承や物語等の発想の一類型。若い神や男女主人公が何かの事情で所属する社会を離れ、異郷に流離し、多くの艱難を経験した後に、尊い地位に到達する。または悲惨な死に逢うもののやがては神にまつられる場合もあった。このような類型は世界的に偏在するが、日本の古来の文学の趣向・筋立ての基本的な話形として一つの伝統を形成している。以下略  
【参考文献】折口信夫「日本文学の発生序説」(折口信夫全集7 昭和30年)

この姿三四郎は出自が不明である。会津から来たということのみが一つ姿の出生をあらわす手がかりとなるわけだが、本編では全く彼の正体には言及されない。また有り余る力によって周囲に危害を加える「あらぶる神」としての側面も持っている。強く、激しい気性、これが高貴な神の力の象徴とどうしても重なるのである。
それを上手くなだめて、コントロールするように仕向けるのが師である大河内傳次郎(矢野正五郎)である。乱暴を働く姿に対しての「人間の道というものを分かっていない」という一喝はとても迫力があった。そこから姿は自分の気概を示そうとして、一日中冷たい池の中で忍ぶ。このあらぶる神がはっと目前の白い蓮を見て真の強さに悟る部分は極めて重要な場面であり、人間になったということである。あらぶる力を自分で制御できるようになり、神の力を自分のものとして体得したという重要な変革のときであった。
前半で悟りを得て着実に力をつける姿であるが、そんなかれをいくつもの試練が襲う。先ずは冒頭で弟子入りしたものの、皆や身内で返り討ちにあった小杉義男(門馬三郎)の復讐である。今度は正々堂々としての勝負であったが、その分本気と本気のぶつかり合いとなり、力を制御していても投げ技を食らって門馬は死んでしまう。
道場に横たわる門馬の死体と、その娘の物凄い形相、鋭い眼光が姿をおもいきり貫く。短刀を手に隠し姿の下まで復讐しにきた娘には驚いた。姿がそれに動揺して修行もままならなくなり、そこから師の矢野によって再び立ち直るという重要な場面が無造作なカットの為に失われてしまったのは残念である。
次なる試練が警視庁武術大会で戦う志村喬(村井半助)の娘轟夕起子(小夜)との出会いである。当人同士はまったく相手のことなど知らないままに淡い恋に落ちかけていたところに、晴天の霹靂のごとくしてその素性がばれてしまう。父が勝つようにと心から神に願い、その美しさに魅了されてしまっていた姿にとってはこれを承知の上での村井との試合は苦しみ以外の何物でもない。
また板ばさみ状態にあるのは姿だけに留まらず、小夜自身もそうであった。
この二つの試練により悟りを忘れて以前の姿に戻りかけていたときの和尚の「その娘の美しい強さに負けない、お前の美しかった時を思い出せ」という言葉がこの作品の一貫したテーマの象徴である。ぱっとあの泥池で目の辺りにした白い蓮が頭の中に現れる。たちまち悟りを取り戻した姿は完全なものとなる。全身全霊をかけた戦いに苦戦しながらも村井を倒し、悪の力を象徴のような月形龍之介(檜垣源之助)もまた姿の前に破れたのである。

勧善懲悪のテーマ、貴種流離譚という物語展開、どれをとっても日本人が大好きなモチーフである。内容も至って単純明快。この映画は初めから姿が勝つに決まっている出来レースめいた作品である。ただ、その期待を裏切られない、期待通りということが我々日本人には受けるのである。
数々の試練を乗り越えてさらに強くなるという構成も、少年漫画と全く同じことから今現在でも通用する価値観であることが窺える。
続編もあるようだが、内容は未だわからない。ただ、貴種流離譚等、今までのテーマを見ると、小夜と夫婦になるか、或いは更なる敵が出てきて、修行により倒すということが考えられる。また最後の決闘で檜垣源之助は姿の力に破れ、改心したということをほのめかされていたから、仲間になっている可能性も高いと思う。
だが、この作品は大衆に向けて作られた感があってどうも私には合わない部分がある。貴種流離譚というのは本来自分の生活している世界では絶対にありえないことへの憧憬の念が強く含まれた理想の世界である。つまり、この作品もまた大衆の理想である。これがよいという絶対的な価値観バックボーンに支えられている作品である。だからなかなか批判批評が出来ない。
上手に作ってあるため非の打ち所がないのだが、しかし私はこの製作年から考えても、暴力を使ってもいいから強く、正しいものがよいという価値観を押し付けようとする魂胆が見え隠れするようで気に食わない。
これは皆が扇動されているなかで一人ぽつねんとそれに疑問を抱いているようでとても心細い感覚であるが、そうした感覚を抱かせるような状態に陥れている世界観にあっぱれと思いながらも嫌悪感も抱くのである。
戦争が終わったとき、本当に強ければよかったのかという思いを日本人はだれもが感じたはずである。アメリカはその強さを盾にして原爆を投下したのである。価値観が変わってしまった戦争後にこの作品を描くとしたらどのように変容したであろうか。
姿は人の道をどのようにとらえるであろうか、これが疑問である。


大河内傳次郎(矢野正五郎)
藤田進(姿三四郎)
轟夕起子(村井の娘、小夜)
月形龍之介(大映)(檜垣源之助)
志村喬(村井半助)
花井蘭子(お澄)
青山杉作(飯沼恒民)
菅井一郎(三島総監)
小杉義男(門馬三郎)
高堂国典(和尚)
瀬川路三郎(八田)
河野秋武(壇義麿)
清川荘司(戸田雄次郎)
三田国夫(津崎公平)
中村彰(新関虎之助)
坂内永三郎(根本)
山室耕(虎吉)

『東京物語』 名画鑑賞 感想とレビュー 様々なテーマを読み解く



監督、小津安二郎
主演、笠智衆
制作、1953年
私は小津安二郎の名前こそ知っていたものの、今回が初めての作品を観る機会である。
初めてこの映画を観ていて違和感を感じたことが小津監督の有名な手法であるローポジションだ。通常の対話の撮り方とは異なり、話者を真正面から写す。こうするとなんだか自分に語りかけられているような心持になって少し気恥ずかしいが、その分会話が身近に感じられて理解しやすくなると感じた。ただ、こんな撮影の仕方を見たことが今までなかったため驚いた。
この『東京物語』は確かに面白くはない。この面白いというのは例えばわくわくするとかどきどきするといった娯楽的な要素がないからである。なにか事件があったりするわけでもなく、その点ストーリーは皆無といえると感じた。
ストーリー的な要素と言えば笠智衆演じる平山周吉とその妻である東山千栄子の平山とみ夫婦が東京に子供たちの下へ遊びに行って帰ってくるということのみである。あとは全てドキュメンタリー調のような、家族の描写をそのまま写し取ったという感じである。
こういう会話主体でストーリー性がない作品を観ると私は夏目漱石の『吾輩は猫である』を思い出す。これもまた誇張したストーリーはなく、ありのままの現実に皮肉を込めて描いた作品である。この点において共通していると感じるが、『東京物語』には『吾輩は猫である』にあるわらいの要素がないのである。

当時からの問題であった核家族化や親子の問題、高齢化社会、夫婦の問題等を描いていると感じるが、これを全くありのままで表現しているためやはり楽しいとか面白いという映画ではない。
しかしつまらないかといわれればそうではないと答えざるを得ない。2時間ほどの映画だったが、私はどうしても眠くならなかったのである。表立って興味を引くような事柄はなくとも、そこには静かに淡々としたものが描かれていてそこに魅了されるのである。
最も大きなテーマはやはり親子の問題ではないかと感じた。笠智衆(平山周吉)の子供である山村聰(平山幸一)、杉村春子(金子志げ)、香川京子(平山京子)、この三人の構図がとても面白い。
長男である幸一と長女である志げはわざわざ田舎からやってきた両親をはじめのうちこそ歓迎しもてなしていたがすぐに邪魔に感じ始め、次第に対応を冷たくする。どこかへ出かけようとしたときも急患だといって家族のことを省みずに出て行ってしまう長男、美容院の仕事が忙しい忙しいといって全く面倒も見ず、両親を非常に邪魔者扱いする長女、どちらも見ていて腹立たしくなってきるほどの名演技であった。特に長女志げのヒステリックな様子は見ているだけで大変いらだたしい。父がへべれけになって夜中に友人を連れて帰ってきたときにはキーキー喚き散らし「もう、本当にいやになっちゃうな」とこぼす。
子から親への反感は周吉とその子供だけにとどまらない。冒頭で祖父母がやってくるために勉強机を移動させられた幸一の息子は母に向かって怒る。一見するとただの子供のだだのようにも思えるが、こういうことが積み重なっていつかは幸一の周吉に対する態度と同じようになるであろう。

ここまでは子から親への感情を見てみたが、親から子への感情はどうなのかということを明確に表した部分が父周平が東京の飲み屋で二人の友人と共に飲む場面である。これは親から子への期待過多を描いた場面だ。親である三人の老人は口々に子供の悪口を言う。ちっともだめだ、情けない、もっと頑張って欲しい等々である。
これは全くもって現在と同じだと身をもって感じた。というのも私はよく父と祖父と三人で食事に行くことがあるのだが、祖父は父に、父は私に随分と期待するのである。この期待するという行為自体はとてもよいことだと思うし、期待が出来るから期待をしているのであってそれは期待される当人にとっても喜ばしいことである。ただ、それも行き過ぎると期待される側にとって見ればあつかましさや面倒臭さとなって気分を悪くする。
親のこうあってほしいという願いは子供たちにとっては重荷になり、そこから解放されるために子は親を邪魔者扱いし疎ましくおもうのである。要は近すぎるのである。
これが少しはなれた関係になると180度一変する。周吉やとみに対する原節子(平山紀子)である。次男の妻として平山家へ嫁いだわけであるが、その次男昌二は戦争でなくなっている。東山千栄子(平山とみ)が東京での最後の日に彼女の家に泊まる場面が描かれているが、これがとても感動的であると感じた。まるで自分の子供のように可愛がる一方、夫に先立たれてまだ若く美しい紀子に対してどうしても申し訳ないという気持ちがあり、どこへでも嫁いで行ってくれと頼む。
ここには実の親子関係はないが、その分だけ親子という関係の最も美しい姿が現れている。結局東山千栄子(平山とみ)との対話では原節子(平山紀子)のあまりにも完璧な対応により平山とみはしくしくと泣いてしまう。穏やかでまあるい雰囲気をもったやさしい母が泣いている場面は涙を誘う。
最後の場面では周吉が紀子に対してとみが言ったことももう一度繰り返す。そうしてとみの死を受けた二人は本音で語りだす。完璧に見えた紀子も、将来ずっとこのまま自分が独身でいられるかどうか不安であるということを告白し涙を流す。それに対してかまわないのだとやさしく慰める周吉の姿、二人とも独り身であるという点でやっと対等になりなき妻の時計を渡す。

私はこの作品は親子の問題であると共に夫婦の問題が隠された大きなテーマなのではと感じた。長男幸一とその妻、長女しげとその夫、これはもっとも平凡な東京の住民の夫婦の形であろう。これを基準にしてほかに様々にある夫婦の形、これが重要なテーマである。
周吉ととみとの夫婦関係は最も安定したものである。長年連れ添った二人、頑固な周吉がとみに当たる。旅行前に荷物でもめる二人の姿は演技とは思えないほどの自然さがあった。この二人の夫婦関係は典型的な古来からの日本人の夫婦象である。ただ、そんな二人も、長く連れ添ったためになかなか言い出せない部分もあるのかと感じるような場面が多々あった。熱海で夜中眠れないときなど、お互い思っていることは同じだろうになかなか言葉にしない。翌日の熱海海岸で佇む二人には、相手への信頼とともに、どこか悲しげな不安があるように感じられて仕方がないのである。
もう一つ特筆すべき夫婦間は紀子と今は亡き昌二の関係である。昌二は映画では登場しないが、そこには形容しきれない夫婦関係がある。何度も周吉ととみが紀子に対して、悪いから、嫁いでもらわないと私たちが辛いからといって結婚を勧める。
紀子はいいんですとだけ返すばかりで、その本当の理由も最後の場面でこぼすのであるが、どうしてもそれで全てが納得できはしなかった。亡き夫へ対する思いはもちろんあるとして、その夫の両親への後ろめたさももちろんあるだろう。ただ、それだけではない気がする。はっきりとはわからないが、自分個人の問題でもあるのではないだろうか。それは社会というものとも繋がっており、亡き夫の為に未亡人であることがよいと思われるような感情や、他の夫へ嫁ぐときの社会の目などを気にしているのではないかと感じられた。
つまるところ、夫婦というのはその二人だけの間に存在する関係ではなく、広く社会的にも繋がっている存在であるということである。

この対人関係や社会に縛られた人間が死ぬときこそそれらのしがらみから開放されるときである。作品を通して常に全員の母であった東山千栄子(平山とみ)が亡くなるところはこの上なく悲しい。何事に対してもいつも穏やかで二言目には「ありがと」と訛った感謝を口にしていた母が静かに亡くなっていく。打算的な子供たちは喪服をもって来るのに対し、万が一のことなど考えていない紀子は喪服を用意していない。ここにも対比が鮮やかに描かれている。
ただとみがもう持たないであろうと長男が判断して父周吉と妹のしげに告げる場面ではこの子供たちが別に親を嫌っていたわけではないことがよく窺える。確かに普段から邪魔だ面倒だと思っていても、それはやはり一種のあまえなのであって、母がなくなることを聞かされたしげはえんえんと鳴く。それに対する周吉の「そうか、いくんか」という静かに死者を見送る対比が観客のこころを強く引き寄せるのである。

これを見て何か娯楽的なファニーを求めることは出来ないと初めに言った。だが、この作品を見て思うことは、この映画が全く新しいことである。当時の問題は製作から60年を経とうとしている現在でも全く変わっておらず、これを取り上げ、ここまで鮮烈に描ききった作品は類を見ない。
子はいずれ親になり、親はいずれ老人になる。この生というものの大きな変化、これを親子、夫婦という点を通して描いた作品は現代でも色鮮やかなドキュメンタリーである。次女の香川京子(平山京子)が義姉である原節子(平山紀子)に対して、兄や姉は間違っている、薄情だということを訴える。しかし紀子はそれを聞いて、いずれはみんなそうなるのよと諭す。ちょうどその境目にたって先を見てしまった紀子は、不安と戦いながらも突き進んでいくしかない。
最後の周吉と紀子が二人でしゃがんで遠くを見つめている場面は、そんな大きな時間の流れと比べるとちっぽけな人間を描いたようで、それでいて立ち向かおうとする勇姿に見える。

平山 周吉(ひらやま しゅうきち) - 尾道市在住の72歳の老人。
平山 とみ - 周吉の妻。68歳。
平山 紀子(- のりこ) - 周吉の次男の昌二の未亡人。会社員。昌二は第二次大戦で戦死した。
平山 京子(- きょうこ) - 周吉の次女。小学校の教諭。両親と同居している。
金子 志げ(かねこ しげ) - 周吉の長女。美容師。東京で美容院を経営する。
平山 幸一(- こういち) - 周吉の長男。内科医。東京で内科医院を経営する。

笠智衆(平山周吉)
原節子(平山紀子)
東山千栄子(平山とみ)
山村聰(平山幸一)
杉村春子(金子志げ)
香川京子(平山京子)
三宅邦子(幸一の妻、文子)
中村伸郎(志げの夫)
大坂志郎(周吉の三男、平山敬三)
十朱久雄(服部)
長岡輝子(服部の妻)
東野英治郎(沼田三平)

桐島、部活やめるってよ 朝井リョウ 感想とレビュー 高校生物語を読み解く

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第22回小説すばる新人賞受賞作にして、映画化、コミック化が決定。今注目の朝井リョウ著の『桐島、部活やめるってよ』を読みました。
平成生まれの作家ということが一つ大きく取り上げられています。ですから当然とても若いわけです。今回の作品はタイトルからしてとても興味をそそるものです。桐島、部活やめるってよ。こんなの帯に書いているものとか、本文からの一部抜粋とかですよね。それがタイトルなんですから当然注目を浴び、作品も良かったから今回の映画化、コミック化が決定したのも理解できます。
文庫本が4月25日に発売されました。私はこちらを読んだのですが、この文庫化にあたって朝井さんは最後に14歳の東原かすみの章を新たに描いたそうです。ですからハードカバー版にはないのかな。これはこの本を読むに当たってどうしても重要になるところです。どうしても足したかったのですからそれがもつ意味は大きいと考えるべきです。
それから映画の公式サイトを見たのですが、http://www.kirishima-movie.com/index.html「全員、桐島に振り回される」という文言が出てきます。これは映画ではそういう風に描かれるのですかね。少なくとも小説では振り回されるという言葉が持つニュアンスはでていないと思います。これは一つ注目ですよ。もしかしたらただの宣伝のための誇張かもわかりませんから注意が必要です。
この作品はタイトルからしても桐島というのが主人公なんだろうと考えるのが普通ですが、なんと桐島は殆ど出てきません。本編6章+番外編1章はそれぞれ桐島のクラスメイトからの視点で、少しずつ重なりながらも別のことを語り始めるのです。
確かに2章の小泉風助というバレーボール部の少年が語るところでは桐島がその部長でしたので、割と多く登場するのですが、それも回想する表現方法。どれも一貫として現在の桐島を知る手がかりが残されていないのです。そういう点で一種のミステリーと考えられないこともありません。
またこの主要人物である人間を敢えて書かない。こういう主役欠如型の小説は前々回書いた桜庭一樹さんの『傷痕』と似た構図をみることができます。主役の欠如。これはヒーロー、カリスマの欠如。引っ張るものが消えてしまった現在をどう生き抜いたら良いのかということに繋がってくると私は思うのです。今までの強きリーダーのいる世界から抜け出したかった人々はいざそのリーダーを失ってみると忽ちどうしてよいかわからなくなる。それでも歯車は回りつづけ、有用感というものを感じないままただひたすらに生きるほかないというなんとも無常な世界観。これが今広く社会に浸透していると感じるのです。

高校生活の小説ですが、著者が若いゆえかまさしく映像を見ているかのように鮮明にイメージができ、また説得力にたる作品であります。これを読めば現在の高校生はとても納得するというか、実際にいるクラスメイトに重ね合わせて読むことができるほどリアルな作品です。大学生や社会人になりたての人々には数年前の楽しくも辛かった青春時代を思い起こされるでしょう。そこになにを感じるか、これを一人ひとり聞いてみるだけでもまた小説が何冊かかけそうな感じがします。ちなみに私はこの小説で描かれているいわゆる下の住人でしたから(派手なグループに憧れつつも)、腹立たしく思い小説を投げ飛ばしそうになりましたよ。心穏やかでなければいけませんね。
また大人が読むとこれはまた違った読みになるのだと思います。映画化に際し、監督の吉田さんが解説を最後に行っていますが、高校生の現状、空気がかつてとは異なってきていると感じたそうです。上とか下とか自分の場所を読む、空気を読むということがかなりシビアにおこなわれるようになっていることは現役生でも感じるところでしょう。
やはりストーリー性はあまりないというほうがいいのですかね。これは古典的な小説に比べてという意味です。ある事柄、これでは桐島というなぞの人物が部活をやめるという事件を通してその前後のことを関係者が語っていくというドキュメンタリーめいた小説。やはり小説のありようが変わってきていると感じます。ドキュメンタリーを通して高校生を見る。徹底したリアリティーの追及は名前にも及びます。なにか歯がゆくなるような変な名前ではなく、クラスにいる友人の名前そのままです。
青春というものがなんなのか未だ具体的に理解できていない私ですが、その青春を思い起こすためこの本を読んでみたらいかがでしょうか。 

ふがいない僕は空を見た 窪美澄 山本周五郎賞受賞・本の雑誌が選ぶ2010年度ベスト10 第1位・本屋大賞 第2位 感想とレビュー 性的表現について考察する

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先ずは映画化おめでとうございます。私が買ったときはまだそんなに評判になっていなかったのですが、いつのまにか映画化の帯がついているのを本屋で見て、なるほどそうくるかと思いました。
現在注目の女性作家である窪美澄さん。本屋では今回の『ふがいない僕は空を見た』と現在読書中の『晴天の迷いクジラ』が平積みになっていますので御覧になった方も多いと思います。
さて、女性作家で女性のための本と称されているようですが、読んでみてなるほどと思いました。妊娠や出産をテーマにしている彼女の文章は人によっては嫌悪感を抱くかも知れません。私も個人として読んだ場合抵抗がありました。
性的表現ですが、文学の大きなテーマの一つであることは間違いありません。ですが、これをここまで緻密にあからさまに書くというのはどうしてなのか、これが謎であります。描かなくたってすむことを敢えて描く。しかもリアリティーを追求していますからどうも気分が悪くなる。
性的表現について、一つ大きく変わると思うのは書き手の性です。男性が書く性表現と女性が書く性表現はやはり違います。例えば男性作家が女性の独白体で書いたとしてもやはり性表現は異なるのです。どこが異なるのか、恐らく着眼点だと思います。
今回の作品では全体と通して性と生について語られていました。登場人物である斉藤卓巳を中心に短編が5つ。斉藤以外にも語り手はそれぞれの短編で変化します。
作品の中で斉藤は母が助産師、コミケでであった他人の妻と不倫、彼女との性行為ととにかく性にまみれた人間として描かれます。そんな彼が一度女性の子宮にはイクラや数の子のように卵がいっぱいつまっているのだなと感じて興ざめする場面があるのですが、これを読んだときとても気分が悪くなりました。こんな発想ふつうの男性にはどうしても出来ない。こうした観点からものをみれるという点で、この窪さんは多くの女性から支持を受けるのだなと感じるのです。
また生についてですが、セイタカアワダチソウの空という章ではいわゆる低下層の子供からの視点を通してこの世の原寸大をそのまま描ききっています。これを読んでいるととても生きるということが辛くてしょうがない。なんとか学校にいって勉強はさせてもらっているものの、すぐにもその現実も崩壊しそうな危うさを内包している生活は現代の問題の一つです。
そうした低下層にいるとどのように世界が見えるのか、この描き方はあっぱれだと思いました。ああ確かにそう見えているのかと納得できるほどの説得力には驚かされます。
この性と生について、とかく日本はこういう人間に関わることの表現を出来るだけオブラートにしてきた民族でありますから目を逸らしたくなります。ただ私も腹を括ってじっと見詰め合ってみる、そうするとやはり描かれているものは暗く汚く、どうしようもないものばっかりなんです。それでもどうして描かなければならないのか。ここに今の世の中を見るための大きな手がかりがあるのです。
敢えて汚いものを隠さずに描く。そしてそのリアリティーが世間には受け入れられる。賞を取っているのですから一目瞭然ですね。
つまり現代人は何か嘘や欺瞞、理想や幻に包まれた小説にもうあきつつあるのかも知れないということです。そうしたものも良いけれど、時には今のままを写し取ったリアルを体感したい。娯楽よりも醜く汚い現実を見たいといっているのです。
これを社会の問題と結びつけるのはあまりに簡単なことですが、こういう大きな流れがあるとやはり小説を描く側の人間としてはやりづらい部分があります。要は大衆受けするパンとサーカスを作るか、自分の理想の小説を描いて売れないかということです。
ストーリーも一本の芯があり、語り手の変容によってもきちんと通っているので面白く読むことが出来ます。ただこれはR18だなと思う部分が多々あります。刺激が強すぎる。私は窪さんがいずれは違った小説を描くようになると思っています。

桜庭一樹 『傷痕』 感想とレビュー 大きな喪失と向き合う

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桜庭一樹さんの傷痕を読みました。先ず読んで思ったことは、これは小説なのかということです。
私はこれは今までの小説と同じものとしてみるととてもつまらないものだと思います。なぜなら物語性、ストーリーがないからです。
ストーリーがない作品として私がもっとも面白いと感じるのものは夏目漱石の『吾輩は猫である』が挙げられると思います。これはストーリーはありません。ただ登場人物たちによる話、掛け合いが淡々と続いていくというものです。ただ、そこには様々な古典的なものに基づいたジョークやアイロニーがあるから娯楽小説して十分に、いや普通の小説以上に楽しめるのです。
今回の『傷痕』はストーリーもなければ登場人物たちによる掛け合いもありません。だから全く面白くない。ファニーとか楽しいとかわくわくするとかそういう感情は一切生まれないのです。
ではこの作品をどう読み解いていくかということです。『傷痕』はもしも日本にキング・オブ・ポップ、マイケルジャクソンのような存在がいたらという前提の物語です。ただ誰が読んでもマイケルだと思うのですが、これはそのマイケルの話とはまた違うのです。
作品が始まった時点でキングオブポップたる「彼」は死んでいます。この物語はその「彼」の周りの人物が全6章にわたって語りついでいくという構成になっています。

詳細は全く謎に包まれている「彼」の娘である「傷痕(という名前の少女)」、中年の男性、ルポルライター滋田夏生、「彼」を訴えた復讐(ベンデッダ)、「彼」の姉孔雀、孔雀の運転手・セキュリティスタッフの一人・一ファンの女性、によって語られていきます。
物語ではなくなにを描きたかったのか、そして何をここから読み取らなければならないのか、これが論点になると思います。
先ずは大きな喪失をどう受け止めるのかということ。物語の最初の時点でこの物語の主たる存在は欠如しています。それはマイケルがなくなったのと同じことが日本で起こったと考えればいいわけです。この大きな存在、日本で言えば天皇のような存在がなくなってしまった。するとその周りにいて、存在に依存していた、或いは存在と共存、共有していた人々はどうなるのかということです。
大きな損失は、今度の震災を連想させます。ただ、桜庭さんは震災以前にこの小説の殆どを書き終えていたのでそれをこじつけるのはよくありませんが、それでも私たちは心に大きな損失を受けたわけです。この物語は娘である「傷痕」が最終的に人間性を取り戻すという構成になっています。これは私たちに置き換えられたとき具体的にどうしたら人間性を回復、失われたものからの脱却が出来るのかという問題を考えさせられます。

「傷痕」の人間性の回復にも関連していますが、この物語に一貫しているテーマは子供時代です。この「彼」は幼少期をきちんと子供として過ごせなかったため、その弊害によって大人になりきれなかったのだということが繰り返し描かれています。これはマイケルと重なる部分です。自宅にネバーランドなるものをつくり子供を招待し、一緒に遊ぶ。幼児への愛の表れが他人からみたら虐待になってしまう。自分というものを常に整形により変化さえてしまう、等々。
この子供時代をきちんとすごせなかったため大人になれなかったということはこの作品のいたるところに現れてくるわけです。「復讐(ベンデッダ)」という「彼」の楽園に遊びに行っていた少女もまた、少女のときに裁判によって大きな時間を奪われ、家族は崩壊しきちんと子供時代を送れなかった一人なのです。そして「傷痕」も特殊な環境におかれ、きちんと子供時代をすごせていません。この物語は、最後に「傷痕」が一般人になることによって人間性の復活を描いているのです。
この子供時代と密接に繋がりあって親の問題も深く言及されていると感じます。「彼」は幼い頃スパルタ式で父親から音楽のレッスンを受けたことを死ぬまで引きずります。父はどうしても愛情の表現が素直にできない人でした。その偏った愛の表れがスパルタになってしまったのですが、幼い頃の純粋で繊細な「彼」はそれを愛と受け取ることができずに、一種のネグレクトや虐待のような形で受け取り、人間性の欠如を引き起こすのです。
ルポルライターの滋田という男も、幼い頃の父が乱暴で、いつもお母さんと自分を殴っていたことを根に持ち、自分はそうなるまいと思えば思うほど自分の息子に対してなりたくなかった父親と同じことをしていることに気がつきます。妻とも上手くいかず、どんどん破滅の道を歩んでいく滋田。やはり彼も親の愛情を受けることができなくて少年時代を送れなかった人物の一人なのです。
「復讐(ベンデッダ)」も両親の愛は受けられませんでした。父は俳優でしたが家にいることはあまりなく、「彼」の家に招待されるようになって有名になったため、金銭目的のために本当に父親に利用されるという被害者なのです。
ここで私が思うことは芦田愛ちゃん問題です。現在どのテレビにも引っ張りだこの彼女ですが、子供なのにもかかわらず大人と一緒に働いてお金を稼いでいる。今まで多くの子役の行く末は決していいものばかりとは言えませんでした。結局は大人たちがいいように愛ちゃんを使用しているに過ぎないのではないか。大人になったときにはもう用済みで、きちんと子供時代をすごせなかったためにでる障害は無視する。これがモーニング娘などで非行に走る人間が出てきてしまう原因の一つだと考えられるのです。

この小説はマイケルのような謎多きポップスターが登場するにもかかわらず、その謎はまったく解明されません。物語展開もなし。面白くありません。ただ、そこに描かれていることにバックグラウンドが重要なのではないか、様々な現代に起こっている問題を提起、そこから回復するにはどうしたらいいのか、そうしたメッセージが読み取れるのではないかと感じます。
そのメッセージももちろん重要だと思いますが、メッセージをはらまざる終えない状態というのが重要なのではないかと考えます。このカリスマなき時代にどう生きていけばよいのか、これを考えさせられる作品です。

偏屈文化人による本グランプリ 2012年第1位 原田マハ作『楽園のカンヴァス』 感想とレビュー

2012年始まってまだ5ヶ月ですけで構いません。今年読んだ本のなかで最もすばらしいと感じたのが原田マハさん作の『楽園のカンヴァス』です。
前回取り上げたルソーですが、私がルソーを知るようになったのはこの本に影響されたからです。この『楽園のカンヴァス』はルソーの最後の筆、『夢』をめぐる物語です。

夢の詳細はこちらのホームページから引用させてもらいます。
http://www.salvastyle.com/menu_impressionism/rousseau.html
■ 夢 (Le rêve) 1910年
204.5×298.5cm | 油彩・画布 | ニューヨーク近代美術館

素朴派を代表する画家アンリ・ルソー随一の代表作『夢』。本作は国外へ旅行したことがなかったルソーが、想像力と独特の観察眼によって制作した大作であり、1910年にアンデパンダン展(無審査出品制の美術展覧会)へ出品され、多くの批評家らから賞賛を受けた作品である。同展へ出品された際、イタリア出身の詩人ギヨーム・アポリネール(ポーランド人)による次の詩が添えられたことが知られている。「甘美な夢の中のヤドヴィガ、いとも安らかに眠りへと誘われ、蛇使いの吹く笛の音を聴き、その瞑想を深く胸に吸い込む。そして緑燃える木々の波の上では、月影がきらめき、野生の蛇たちは、曲の陽気な調べに耳傾ける」。ヤドヴィガとは画家が数年前に恋焦がれていたポーランド人女性の名前であり、画家自身の言葉によると「このソファーの上で眠る女は森の中に運ばれて、蛇使いの笛の音を聴く夢を見ているのだ。」とソファーに横たわるヤドヴィガについて解説している。本作に描かれる動植物は雑誌や書籍、動・植物園などに何度も足を運び、観察を重ねて描かれたものであるほか、本作ではルソー作品に通ずる緑色を多用した独特の静謐な世界観が画面全体を夢想的に支配しており、本作の不可思議で幻惑的な雰囲気は観る者を強く魅了する。なお本作は画商ヴォラールからニューヨークのジャニス画廊に入り、その後、大富豪ロックフェラー家が所有し、ネルソン・A・ロックフェラーによってMoMA(ニューヨーク近代美術館)へと寄贈された。
柔らかな光で闇夜を照らす月明かり。画家自身の言葉によると「このソファーの上で眠る女は森の中に運ばれて、蛇使いの笛の音を聴く夢を見ているのだ。」とソファーに横たわるヤドヴィガ(ヤドヴィガとは画家が数年前に恋焦がれていたポーランド人女性の名前)について解説している。
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今から約100年前のルソー最後の作品をめぐる物語ですが、純文学とは言えないと思います。でもミステリーかといわれるとそうでもないような気がするのです。ジャンルわけは対して重要ではないのでどうでもよいことなのですが、何が重要かというとやはりそこに描かれる物語性だと思います。最近いくつか本を読みましたが、どれもこれもストーリーというものがちっとも面白くない。
それをこの作品は物語を書くということの真髄を教えてくれるように作られているのです。便宜上絵画をめぐるミステリーとしておきますが、とにかく面白いの一言に限ります。ルソーの絵が人々を魅了し、引き寄せはなさないように、そのルソーを題材にしたこの作品もまた人々の心をわしづかみにしてしまいます。あまりにも熱中しすぎて、本を開いたその日に読み終わってしまいました。こんなことは久しぶりです。
プロローグとエピローグは元日本人研究者、早川織絵による視点で描かれます。本編はニューヨーク近代美術館(MoMA)の学芸員ティム・ブラウンにより描かれます。実在する事柄や、史実に基づくよく取材された作品で、今になっても一体どこからが原田さんによる創作(嘘)なのかどこまでが史実なのかの判断を決めかねる状態です。
そのよく取材されていて計算された作品はとても美しい芸術といっともいいと思います。またその精密さだけに留まらず、作品のなかに時間軸を明確に作る。これが作品をとても深く、重厚なものとしています。読書好きにはたまらない、読書欲を見事に満たしてくれる感動の一冊です。
登場人物たちの20年の時間の推移と、100年前のルソーの物語、この二つが見事に織成しているのです。上手く言葉に出来ないのですが、作品の中に出てくる物語(ハリーポッターで言ったら3つの秘宝の物語、とある魔術の禁書目録で言ったらその原典)を描くことの重要性を感じます。物語のなかに物語をかく。これは実際難しいのです。例に挙げた二つの作品、ハリーポッターではその民話のような3つの秘宝の話が全て語られていました。だから納得できるのです。ただ禁書目録の場合原典の一部さえ文章になって出てきてはいません。作品のなかで重要になってくるその作品のバックグラウンドにある物語を書き込むということは本当に難しいことなのだとおもいます。それをかける作家が殆どいません。そんななか、原田さんは見事に作品のなかのルソーの物語を描ききったのです。
原田マハさんという方、実は私は今回初めて知ったのです。実際にキュレーター(施設の収集する資料に関する鑑定や研究を行い、学術的専門知識をもって業務の管理監督を行う専門職、管理職を指す)でもある彼女は、なんと今回登場するニューヨーク近代美術館に勤務していたことがあるのです。なるほどよく取材されているなと思いました。きっと原田さんはMOMAに勤めていることからルソーの絵をよく目にして作品の構想を何年も練っていたのではないでしょうか。
少し専門的なものであることは確かです。ですから大衆受けするかどうかは少し不安なところがあります。それだけ内容の濃く、すばらしい芸術作品であるから、普段から本を読まないような人にはかなり難しいのかも知れません。ですが、このよさをわかる人々、特に本を読む人間や、美術に関連のある人々には是非読んでもらいたいすばらしい作品です。

アンリ・ルソーを観る ルソー入門

ここ最近の私のブームはアンリルソーです。美術を愛好して止まない私ですが、はてアンリルソーってどこかで聞いたことがあったよなという程度にしか認識していませんでした。私とルソーとの出会いは次の記事で書くとして、ルソーに興味をもったので二玄社出版の利倉隆著『シリーズ イメージの森のなかへ ルソーの夢』を買いました。
ルソーの本名はアンリ・ジュリアン・フェリックス・ルソー(Henri Julien Félix Rousseau, 1844年5月21日 - 1910年9月2日)、フランスの画家です。ルソーと聞くと大抵の人が思い浮かべるのが思想家のジャンジャックルソー。このアンリルソーは死んで100年ほどしか経っていませんし、未だ絵画の評価も定まっていない画家です。
この画家は写実主義から抽象画、シュールレアリスムへと時代が変化するまさに先駆者となった人です。交友のあった人間を挙げればとても偉大な人物であることがわかるでしょう。ピサロ、ルドン、ドガ、ピカソ、トゥールーズ・ローレック、コクトー、アポリネール、ローランサン等等。
素朴派といわれる彼の作風はまったくそれまでの絵画とは異なります。芸術という概念を覆すような大事業を行った彼、そのあまりに異様な、風変わりな作品は当時まったく相手にされませんでした。また、絵を描き始めたのも40代になってから。40の手習いということです。そこから「日曜画家」。或いはそれまでパリで税関の仕事を行っていたことから「ル・ドゥアニエ」(税関吏)ルソーとして広く知られています。

では先ず『蛇使いの女』1907年 油彩・カンバス 167×189㎝ オルセー美術館 から。
ルソーは一度もフランスから出たことのない画家でした。しかし、彼はその卓越した想像力、それはまさしく子供のような発想をもって未だ見たことのない土地、生き物、自然を想像して描いたのです。そこには美術学校で習うような技術だったり、ものの見方や、描き方などはありません。あくまでも自分の描きたいものを自由にかくというのが彼のスタンスなのです。
ですからこの絵も若干の遠近法のようなものも見えますが、ほとんど平面状の絵。陰影も殆ど観られずリアリズムは欠如しています。葉っぱは全てこちらを向いているし、まるで子供が描いたような絵です。
ただ、よくよく見ていると私たちはいつの間にかルソーの描いた森の中に足を踏み込んでいるのです。例えば葉っぱ。全部こちらをむいていてなんだか絵本のようなものですが、色彩はとても鮮やかです。ルソーが最も愛した色は緑です。その緑を少しずつ表現を変えながら全体として緑でまとまっているのですが、細かいところを観てみると極彩色のように豊かな表情がみられるのです。
彼の絵は今までどの評論家や批評家が言ってきたように神秘的です。実際にはありえない構図やものの描き方、それを全て想像で描いているのです。背後から煌々とまるで太陽のように光り輝く月。これは右上のほうに木々から垣間見える星々が夜であることを教えてくれます。その月光によって真っ黒に描かれる蛇使いの女。まったく表情が窺えないのにぎょっとするほどに眼光を放つ白い目。はっきりいって怖いです。それだけこちらに訴えかけてくる力がある。生命力のようなものを感じるのです。
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次は飢えたライオン 1905年 油彩・カンバス 200×300cm
いくつかのルソーの有名な絵画を論じます。これは最後の作品『夢』と並んでかなり巨大な作品です。
またタイトルの正式は「飢えたライオンはカモシカにとびかかり、むさぼり食う。ヒョウは分け前にあずかるときを心配そうに待っている。鳥たちは肉片を切りきざんでいるところ。そしてあわれな動物は涙を流している!太陽が沈む!」です。
彼はまたとても変わった人間としてもよく話題にされます。例えば友人アポリネールとまりー・ローランサンを描いたときのこと。『詩人に霊感を授けるミューズ』では詩人の花といわれるカーネーションを間違って他の花を描いてしまったとき。彼はそこを直そうとするのではなく、一からまったく同じものを描きました。またアポリネールを描く際、顔の寸法をきちんと測るというおかしなこともしています。
やはりそんなかなり変わった人ですから変わった絵を描くのです。どうしても注目してしまうのは鹿にかぶりついているライオンや沈み行く太陽ですが、この生き生きとした森には他にも動物が何匹も隠れているのです。肉片をくわえている鳥や、時期を窺うヒョウ。それから何か得たいの知れないもの、大きなクマのようにも見えますし、へんなクツバシがあるのでペンギンの大きいもののようにも見える怪物が左のほうに隠れています。
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眠るジプシー女 1897年 油彩・カンバス 129.5×200.5㎝ ニューヨーク近代美術館
ルソーの初期の作品です。この後に上に挙げた森を描く夢シリーズが始まるわけですが、この絵にはそれ以前の静かな空気が漂っています。ルソーが長年描いたモチーフに弱肉強食の生命の世界があります。それは後期の作品には殆ど観られるモチーフなのですが、ここがその転換期のように私は感じます。このジプシー女の後ろにいるのはライオンです。ただしここには弱肉強食の関係はありません。このライオンは女を食べるわけではなく、ただじっとそばに寄り添っているのです。
ルソー本人はライオンが女を食べないことを「月の光がとても詩的だったから―」と説明しています。利倉氏はこのライオンは夢見るジプシーの想像の産物であって優しいライオンなんだということを言っています。
一見するとなんともないような絵に見えるかもわかりませんが、ジプシーの虹色の服装や、作品に漂う空気感はやはりどうしても私にはかけないものばかりです。
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よく解説されています。興味を持った方はこちらを見てください。
http://www.salvastyle.com/menu_impressionism/rousseau.html
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