夏目漱石試論 『虞美人草』二十一世紀読者の視点

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夏目漱石試論
『虞美人草』二十一世紀読者の視点




もくじ



序章
二十一世紀に『虞美人草』を読む
藤尾はなぜ死ななければならなかったのか?
一章 独身男たちの罪
小野の罪
甲野の罪
宗近の罪
二章 親たちの罪
井上孤堂の罪
甲野父の罪
親たちの罪
終章
悲劇と喜劇









序章

二十一世紀に『虞美人草』を読む

『虞美人草』は夏目漱石が東京朝日新聞社に入社して初めての連載小説である(東京・大阪『朝日新聞』一九〇七・六・一三~一〇・二九(大阪は二八まで))。新聞連載を意識して、一から五章までは、京都と東京が交互に入れ替わったり、連載時東京上野に開かれた東京勧業博覧会を小説に持ち込んだりと、創作上小説家夏目漱石の試行錯誤のよくうかがえる作品である。
ところが、そうした工夫は評価されず、同時代では正宗白鳥が「夏目漱石論」において『虞美人草』を「近代化した馬琴」が書いたものと評し、「才に任せて、詰まらないことを喋舌り散らしてゐる」「どのページにも頑張つてゐる理窟に、私はうんざりした」という有名な酷評をされてしまった。また漱石自身もこの作品には快く思っていなかったらしく、翻訳するという際には、この作品はやめてほしいと渋ったのは有名である。
藤尾に関しては、小宮豊降への手紙で、次のような有名なことを述べてもいる。

藤尾といふ女にそんな同情をもつてはいけない。あれは嫌な女だ。誌的であるが大人しくない。徳義心が欠乏した女である。あいつを仕舞に殺すのが一篇の主意である。うまく殺せなければ助けてやる。然し助かれば猶々藤尾なるものは駄目な人間になる。最後に哲学をつける。此哲学は一つのセオリーである。僕は此セオリーを説明する為に全編をかいてゐるのである(小宮豊隆宛明治四十年)

作品全体も、また作品のヒロインである藤尾も作者から嫌われてしまった不幸な作品である。だがしかし、作者自身が嫌ったからといってその作品の評価が下がるわけではあるまい。作者がどんなにすき好んだからといってその作品が良くならないのと同じことである。ではまず、この作品が時代のなかでどのように評価されてきたのかを主要な先行研究をさらって見ていきたい。
伊豆利彦氏は『「虞美人草」の思想』(「日本近代文学」一九六五・〇五)において、「完全懲悪であることそのことが、ただちに否定の理由になるというわけはない」と、それまでの「勧善懲悪」だから、という理由だけで否定的な評価をされてきたこの作品への視点そのものを厳しく言及した。「いわゆる勧善懲悪の小説が否定されるのは、それが時代の支配的イデオロギーに安易に依拠して、そのために、人間の本質を深く追求することが妨げられるからであろう。善は必ずしも善ではない。悪は必ずしも悪ではない。価値観の転換深化なくしては、人間の真実に迫る生命の文学を生みだすことが出来ないのである」とし、小説の構造として勧善懲悪自体が、「人間の真実」に迫るに適していない時代性を批評しているのである。
伊豆氏と共に『日本近代文学』一九六五年五月号に『虞美人草』論を寄稿したのは、井上百合子氏と平岡敏夫氏である。特に平岡氏の『虞美人草』再評価の論は、それ以降の研究史を大きく変えたので触れておきたい。
平岡氏は、

「虞美人草」を「文明」批判小説の最後の到達とし、「明治小説」の骨格を明瞭に示すものと見るが、「明治小説」と言ったとき、それは西洋近代リアリズム小説とはちがった小説を意味している。傍流とみなされてきた政治小説系の小説がそれだが、すでに見たように、そこでは「人間」も「恋愛」も従来のイメージされてきた西洋のリアリズム小説とは異質なものである

と読んでいる。この指摘が重要なのは、我々が普段小説を読む際に、この小説はいいなとか、悪いなと感じているが、その感じ方の基準になっているものが、その時代の文化的な尺度と密接につながっているということを自覚させてくれる点にある。すなわちこの小説は、西洋の近代リアリズムという二十一世紀の現代においてもなお根強く支配力のある価値体系においては、評価されにくく、その評価する基準に自覚的でないことには、この小説を読んでも評価できないということなのである。その点、私は自己本位であるべき、という価値体系のもとにこの小説を再評価するわけであるが、この価値体系もまた二十一世紀の現代においての価値体系であることを忘れてはならない。どんなに先見の明を持っていようが、人間はその時代の時代性とでもいうべき、価値体系からは完全には逃れられない。百年前の漱石に、二十一世紀の現代のことがわからなかったように、私達自身もまた現代からの視点でしかものを見ることができない。そういう意味で『虞美人草』の再評価もまた、時代性の束縛からは逸しきれないことは確かである。が、それ以前までの価値体系からの脱却を試み、出来る限り新しい価値体系において小説を読み直すことは意味がある試みだろうと思い、再評価を目指すものとする。
相原和邦氏の『「自然」と「詩」―『虞美人草』の人物像』(『講座 夏目漱石』二、有斐閣、昭五十六)では、甲野や糸子、宗近が「天」を目指すものだと指摘し、藤尾が死んだ際に「天女」と描写されていることに注目。「『虞美人草』は、東洋的な「自然」や「天」によって、西洋的「文明」を根本的に批判するという仕組みになっている」とする。その上で「とくに、文明の問題を藤尾という人物のうちに結像させている点はこの作品の大きな達成といわなくてはならない」と好意的な評価をしている。
近年本作の集中的な研究として大きな成果を残したのは、二〇〇三年の『漱石研究』特集『虞美人草』である。その中で関肇氏は、『メロドラマとしての『虞美人草』』(「漱石研究」(一六)、 二〇〇三・一〇)で『虞美人草』をメロドラマとして捉えることによって評価できると論じている。これまで『虞美人草』が欠点としていた、勧善懲悪や美文、人物の類型性などが批判されたのは、「リアリズムというコードに依拠しているからに他ならない。逆に言えば、その前提に立つ限り、『虞美人草』はいつまでもネガティブなテクストにとどまらざるをえないのではないだろうか」と述べている。
またそれと前後して、近年では水村美苗氏が「「勧善懲悪」があるから失敗作なのではなく、そこにある「勧善懲悪」が破綻しているから失敗作なのである」(『「男と男」と「男と女」―藤尾の死』『批評空間』第一、二号 一九九一年七月)との読みを示し、それまで良くも悪くも「勧善懲悪」でしかないと読まれていた『虞美人草』に新しい読みの可能性を開いた。
『虞美人草』はともすると、正宗白鳥の言うように、勧善懲悪であり、登場人物も類型的であり、批評するのに適さない、時代に束縛された作品であると読むことができてしまう。が、しかしこのような豊かな先行研究からもわかるように、一見すると時代に制約されたテクストであるかのように見えるが、実際のところは、現代から読み解いてもその批評に耐えうる作品となっているのである。
本論では、二十一世紀の読者である我々が、『虞美人草』をどこまで新しく読めるかを論じるつもりである。具体的には、時代の制約や、語り手の倫理意識、あるいは水村氏の言う美文など、様々な要素によって殺されてしまった藤尾の復権を試みる。「藤尾が一人出ると昨夕の様な女を五人殺します」と義兄甲野に評される藤尾は、本当に今までの宿命の女(ファム・ファタール)と呼ばれるような男性が作り上げたヒロインの系譜に叙せられるのか、まずはそこへ疑問を抱くことからはじめていきたい。

藤尾はなぜ死ななければならなかったのか?

これについては水村氏の前掲書に詳しい。少し引用してみたい。

ところで、藤尾に使われる「美文」にこそ、勧懲小説としての『虞美人草』を可能にするひとつの機能が隠されているのはいうまでもない。それは、「美文」によって藤尾を「妖婦」にしたてあげ、そこにあたかも死に対応する罪があるかのように見せるという機能である。「美文」の女はまさに男を殺したり、国を滅ぼしたり、さまざまな悪徳の末、死ぬ運命にあって当然なのである。藤尾は「美文」で描かれているからこそ殺してしまえる。藤尾が「美文」でかかれているからこそ、「藤尾が一人出ると昨夕の様な女を五人殺します」などという兄の甲野さんの科白が、それほど妙にも聞こえないのである。これはふつうの文体で書かれた小説のなかで兄が妹に関していう科白としては異常である。しかしこのことは、逆に死にあたいする藤尾の罪は、ほかの文体では確立不可能だということでもある。(同氏前掲書)

確かに『虞美人草』に使われるいわゆる「美文調」の文章は、途中言文一致体になったりと、かなり統制のとれていない、アンバランスな感覚を読者に感じさせる。にもかかわらず、漱石が特に藤尾を書く際に過剰に「美文調」を使用していたのには、何らかの意味があったはずで、読者はおその意味を考え、付加させていかなければならないだろう。それに対して、良質な読者である水村氏は、引用した箇所のような、美文こそが藤尾を「妖婦」にしたてあげ、それゆえに「罪」のある女、すなわち、罰せられなければならない女、殺されなければならない女、としてその存在を確定させていったというわけである。
ところがそうした文章は、水村氏からしてみたら「悪を悪と決めつけない衝動がすべてに先行」し、「かえって、そのような前提の恣意性をめだたせ」てしまう。
ここでほぼ、藤尾自身には罪がないようなものであることが証明されるのであるが、水村氏は、さらに母親と藤尾が対話している箇所を引用し、藤尾の罪とはなんだったのかを明らかにしている。今後の考察のためにも、長くなるが引用しておきたい。

「御前あすこへ行く気があるのかい」
「宗近へですか」と聞き直す。念を押すのは満を引いて始めて放つ為めの下拵と見える。
「あゝ」と母は軽く答えた。
「いやですわ」
「いやかい」
「いやかいつて、……あんな趣味のない人」と藤尾はずばりと句を切つた。筍を輪切りにすると、斯んな風になる。張のある眉に風を起して、是限で沢山だと締切つた口元に猶籠る何者かゞ一寸閃いてすぐ消えた。母は相槌を打つ。
「あんな見込みのない人は、私も好かない」
趣味のないのと見込みのないのとは別物である。鍛冶の頭はかんと打ち、相槌はとんと打つ。去れども打たるゝは同じ剣である。
「いつそ、此所で、判然断はらう」
「断はるつて、約束でもあるんですか」
「約束? 約束はありません。けれど阿爺が、あの金時計を一にやると御言ひのだよ」
「それが、どうしたんです」
「御前が、あの時計を玩具にして、赤い珠ばかり、いぢつて居た事があるもんだから……」
「それで」
「それでね―此時計と藤尾とは縁の深い時計だが之を御前に遣らう。然し今は遣らない。卒業したら遣る。然し藤尾が欲しがつて繰つ着いて行くかも知れないが、夫でも好いかつて、冗談半分に皆の前で一に仰しやつたんだよ」
「それを今だに謎だと思つているんですか」
「宗近の阿爺の口占ではどうもさうらしいよ」
「馬鹿らしい」
藤尾は鋭どい一句を長火鉢の角に敲きつけた。反響はすぐ起る。
「馬鹿らしいのさ」
「あの時計は私が貰ひますよ」
「まだ御前の部屋にあるかい」
「文庫のなかに、ちやんと仕舞つてあります」
「さう。そんなに欲しいのかい。だつて御前には持てないぢやないか」
「いゝから下さい」
鎖の先に燃える柘榴石は、蒔絵の蘆雁を高く置いた手文庫の底から、怪しき光りを放つて藤尾を招く。藤尾はすうと立つた。朧とも化けぬ浅黄桜が、暮近く消えて行くべき昼の命を、今少時と護る椽に、抜け出した高い姿が、振り向きながら、瘠面の影になつた半面を、障子のうちに傾けて
「あの時計は小野さんに上げても好いでせうね」
と云ふ。障子のうちの返事は聞えず。―春は母と子に暮れた。(傍点原文)

水村氏はここの引用をし、次のように解説する。

ここの藤尾は「妖婦」のイメージから遠く離れる。「我の女」として規定される藤尾は、ここではまさに、自分の結婚相手は自分で選ぶと宣言するひとりの、いわゆる、主体性のある娘でしかない。藤尾は自分で好きなように男を選んだにすぎない。この場面は、功利主義的な母親と、理想主義的な娘との差に光をあてるだけではない。この場面は、死んだ父親と宗近君との約束が、約束といえるほどのものではなかったこと、しかも、藤尾がそのいきさつを詳しくは知らなかったことなどさえ明らかにする。つまり、父親の約束を無効にするという、唯一の藤尾の付帯的な罪すら消滅させようとするものである。あたかも、藤尾には何の罪もないことを強調するためにわざわざ書かれたような場面である。

私はこの水村氏の論におおむね賛成である。同じくこのテクストからは、藤尾の罪を感じることはできないと考える。水村氏は次の様に結ぶ。

藤尾の罪は「美文」にのみ宿る。「美文」から解き放たれ、藤尾に罪がないのが明白になればなるほど浮き彫りになるのは、藤尾が藤尾であること自体を「悪」だと規定せざるをえない『虞美人草』の構造である。罪ある小野さんが悔悛して救われ、罪のない藤尾が殺されるからには、藤尾の罪は藤尾が犯しえたものにはなく、藤尾が藤尾であること自体になくてはならない。藤尾の罪は、藤尾が自分の存在を抹消してのみ、あがなえるものとならざるをえねあいのである。藤尾は死んではじめて「天女」になる。

藤尾が罪を背負い、死ななければならなかったのは、美文のためであり、藤尾が「悪」とならざるをえないのはこのテクストの構造がそうなっているというわけである。私はさらに伊豆氏(前掲論文)の指摘を受けて藤尾の死を解明していきたい。

藤尾はひたすら相手を支配しようとした。藤尾は愛されることを知って愛することを知らなかった。藤尾の結婚の条件は銀時計であり、博士号であり、小野が自分のいいなりになることであった。藤尾の生き方は自己本位のように見えて実は自己本位ではない。相手をひたすら支配しようとするものは、かえって相手に支配されることになる。藤尾には人が何といおうが自分はこの道を行くのだという、自己の内部より出る理想がなかった。それ故小野が小夜子と一しょにいるのを見て驚くのであり、小野に逃げられると外交官試験に合格した宗近に金時計をあたえようとし、ついには自殺することになる。

伊豆氏の言う、藤尾は「愛することを知らなかった」という部分は当たらないだろう。おそらく伊豆氏は、(十二)の「欄干に繊い手を出してわんと云えという。わんと云えば又わんと云えと云う。犬は続け様にわんと云う。女は片頬に笑を含む。犬はわんと云い、わんと云いながら右へ左へ走る。女は黙っている。犬は尾を逆にして狂う。女は益得意である。―藤尾の解釈した愛はこれである」(傍点原文)という部分などに示される箇所から藤尾の愛は、ただ支配するだけであると読み取ったのであろう。しかしこの部分はいわゆる地の文であり、藤尾のことを嫌悪する語り手が、藤尾のことを悪く書いたという部分を差し引かなければならないだろう。つまり、この文章をそのまま無批判に受け入れてはいけないのではないかと思うわけである。
それよりかは、語り手の価値観に染まらない会話文を引用した方がより藤尾の現実の姿に近い形で解釈できるのではないかと思う。(八)の藤尾の母と藤尾が宗近のところへ行くか行かないかという話をする場面であるが、藤尾は宗近のことを「いやかって、……あんな趣味のない人」と断じているのである。また、(一五)でも「小野さんは詩人です。高尚な詩人です。」「趣味を解した人です。愛を解した人です。温厚の君子です。―哲学者には分らない人格です。あなたには一さんは分かるでしょう。然し小野さんの価値は分りません。決して分りません。一さんを誉める人に小野さんの価値が分る訳がありません。……」と述べている。ここから読み取れるのは、小野は詩人であり、藤尾の解釈によれば一と違って愛を解する温厚の君子であり、小野との生活には詩趣があるということである。藤尾が小野と結婚をしたい理由はここに現れている。
このことから、藤尾に全く愛がないというわけではないと言うことができるだろう。だから伊豆氏の論は、やや筆がすべってしまったということになると思いたい。藤尾は小野のことを才能の面でも、人格の面でも愛していたのであり、確かに支配的であるのはその通りだと思うが、愛がないとは言い切れない。
ここで藤尾が死ななければならない理由となったのは、後に詳しく論じるが、小野による裏切りのためである。だから藤尾には何の非もないのである。一方的に小野に裏切られてしまったのであるから、もし藤尾に何かしらの非を見付けるとしたならば、かなり強引に言えば、藤尾が選ぶ相手を間違ってしまった、という水村氏の指摘の通りになる。だが、選ぶ相手を間違えたというのは、非といえるほどのことではない。判断ミスは誰にでもあることである。これを非とか、罪とかととらえることはできない。よって、藤尾は罪もなければ、非もなかったのである。
ではなぜそんな罪も非もない藤尾が死ななければならなかったのか、これを以下詳しく考察していきたい。結論から言ってしまえば、藤尾の周辺にいた人物たちが悪いのである。彼等、あるいは彼女等が藤尾を死においやったのである。まずは藤尾周辺にいた、小野、甲野、宗近三人の独身男たちの罪から考察していきたい。

第一章 独身男の罪

小野の罪

そもそもこの小説において小野は、甲野と同じくらい頼りのない男と描かれていながら、甲野によりそった語り手からは、甲野と同じような評価は得ていない。それどころか、二十一世紀の我々からすると、甲野よりもまともではないかと思われる小野のほうが、よほど「道義」にもとる悪い人間として描かれている。まずはこの語り手の評価から覆そう。
果たして本当にこの小説に登場する小野清三は、語り手が言うような悪玉的な存在なのだろうか。まずは小野清三を語り手が書いている部分をいくつか引用してみよう。

小野さんは暗い所に生れた。ある人は私生児だとさえ云う。筒袖を着て学校へ通う時から友人に苛められていた。行く所で犬に吠えられた。父は死んだ。外で辛い目に遇った小野さんは変える家が無くなった。已むなく人の世話になる。
(中略)
京都では孤堂先生の世話になった。先生から絣の着物をこしらえて貰った。年に二十円の月謝も出して貰った。書物も時々教わった。
友達は秀才だと云う。下宿では小野さん小野さんと云う。小野さんは考えずに進んで行く。進んで行ったら陛下から銀時計を賜った。浮かび出した藻は水面で白い花を持つ。根のない事には気が付かぬ。

「小野さんは水底の藻であった」と書かれるように、小野は過去よいとは言えない生い立ちをしている。だが、この物語の語り手はそんな暗い過去を持つ小野に対して、同情的な立場を取る。そもそも『虞美人草』は、登場人物に「さん」や「くん」と付ける不思議なテクストなのであるが、小野は、甲野と同じく「さん」づけで語り手に呼ばれる人物なのである。ある程度の敬意が払われていると考えてよいだろう。「作者は小夜子を気の毒に思う如くに、小野さんをも気の毒に思う」というように、この物語の語り手は、小野に対して好意的である。そのような小野であるが、この物語のなかでは、彼は是とされずに、宗近によって「真面目」論を説かれ、悔悛する人物として描かれている。では実際に小野の罪について見ていこう。
小野は藤尾と大森へ行く約束になっていた。大森へ行くということは、性的関係を持つ可能性があると指摘したのは、平岡敏夫である。そして性的関係というのは、二十一世紀の現代人の感覚とは大きく異なり、結婚前の男女が性的関係を結ぶということがいかに重大な出来事であるかということを念頭におかなければならないだろう。それを踏まえた上で、小野は大森行きを迷っている。
そこへ宗近がやってきて「真面目だよ。いいかね。人間は年に一度位真面目にならなくっちゃならない場合がある。」(一八)という。この「真面目」という言葉だが、この一語をとってもよくわからない。文脈で判断すると、この少しあとに宗近が次のように言う場面がある。

真面目とはね、君、真剣勝負の意味だよ。遣っ付ける意味だよ。遣っ付けなくっちゃいられない意味だよ。人間全体が活動する意味だよ。口が巧者に働いたり、手が小器用に働いたりするのは、いくら働いたって真面目じゃない。頭の中を遺憾なく世の中へ敲きつけて始めて真面目になった気持ちになる。

ここでも、どこかわかったようなわからないような表現に私には取れる。嘘偽りなく、真剣に、誠実であれといった意味に取れるが、仮に真面目の意味がだいだいこのような意味だとして、ではいったい何に対して真面目であるというのだろうか。
結論はすでに出てしまっている。この小説が書かれた時点で、小野が取った「真面目」はすでに書かれてしまっている。それは、「真面目な処置は、出来るだけ早く、小夜子と結婚するのです。小夜子を捨ててはは済まんです。孤堂先生にも済まんです。僕が悪かったです。断ったのは全く僕が悪かったです。君に対しても済まんです」というものであった。
この真面目になれという部分について、小山静子氏は「藤尾一人の恋 『虞美人草』にみる結婚と相続」で次のように分析する。

小野が藤尾との結婚に求めていたものが単なる経済資本であったかといえば、必ずしもそうではなかったように思う。というのは、彼が欲しいのは財産そのものではなく、経済力で維持できる文化的生活水準や藤尾が持っている文化資本だったと思えるからである

と述べた上で、

つまり宗近は、刻苦勉強する小野に、無理をして背伸びをしている姿、不安定な弱い精神を見ていたのではないだろうか。この言葉は、無理をするな、成り上がろうとするなと言っているようにわたしには聞こえ、それゆえ、小野が小夜子との結婚を決めたように思えるのである

と結論づけている。なるほど確かに小野が財産そのものではなくて、財産があるが故に成り立つ文化的生活水準であるというのは納得できる。現に小野は、甲野の書斎を次のように意識しているし、また、小夜子と結婚したときのことを次のように想像している。

十五章は詳細な甲野の書斎の描写から始まる。

小野さんは欽吾の書斎を見る度に羨しいと思わぬ事はない。欽吾も無論嫌ってはおらぬ。(中略)趣味に叶うと云わんよりは、寧ろ実用に逼られて、時好の程度に己れを委却した建築である。さほどに嬉しい部屋ではない。けれども小野さんは非常に羨ましがっている。
こう云う書斎に這入って、好きな書物を、好きな時に読んで、厭きた時分に、好きな人と好きな話をしたら極楽だろうと思う。博士論文はすぐ書いて見せる。博士論文を書いたあとは後代を驚ろかす様な大著述をして見せる。定めて愉快だろう。然し今の様なげしゅく住居で、隣に近所の乱調詩に頭を攪き廻される様では到底駄目である。今の様に過去に追窮されて、義理や人情の粉紜に、日夜共心を使っていては到底駄目である。自慢ではないが自分は立派な頭脳を持っている。立派な頭脳を持っているものは、この頭脳を使って世間に貢献するのが天職である。天職を尽くす為には、尽し得るだけの条件が入る。こう云う書斎はその条件の一つである。―小野さんはこう云う書斎に這入りたくて堪らない。

想像力に富んでおればこそ、自分で断りに行く気になれなかった。先生の顔と小夜子の顔と、部屋の模様と、暮らしの有様とを眼のあたりに見て、眼のあたりに見たものを未来に引き延ばして想像の鏡に思い浮かべて眺めると二た通になる。自分がこの鏡のなかに織り込まれているときは、春である、裕である、悉く幸福である。鏡の面から自分の影を拭き消すと闇になる、暮になる。凡てが悲惨になる。この一団の精神から、自分の魂だけを切り離す談判をするのは、小さき竈に立つべき烟を予想しながら薪を奪うと一般である。忍びない。人は眼を閉って苦い物を呑む。こんな絡んだ縁をふつりと切るのに想像の眼を開いていては出来ぬ。

このように見ると、小山氏のいうように、小野が結婚というか、自分の将来に対して、直接的に財産が欲しいわけではないが、財産がある故に為し得る文化的水準を求めていたことは確かである。その点は私も賛成する。だが、小山氏の結論はどうか。宗近が小野さんに述べた「真面目」になれという言葉は、自分の身分相応の文化にとどまれ、それ以上の高望みはするなという、そういう「説教」だったのだろうか。私にはそうは思われない。
この小説は最後に藤尾の死という「悲劇」で幕を閉じる。ただ、藤尾の死のみが「悲劇」であって、他は全て上手く行ったのであろうか。藤尾の死という「悲劇」によって、他の人物たちのその後は「喜劇」たりえるのであろうか。私はそうは思えない。というのも、小野は決して小夜子のことを想ってもおらず、小野清三、小野小夜子の夫婦に明るい未来を見いだせないからである。
小野は藤尾との森岡行きの直前まで、小夜子と結婚するか、藤尾と結婚するかを選択できる期間があった。なんとも贅沢な話ではあるが、小野はこの二人のうちどちらかを選ぶ決定打に欠けている。もともと優柔不断な男として描かれてはいるが、それにしてもこの描写からでは、どちらでもかまわない、といった印象さえ受ける。
ただ二十一世紀の読者である我々は結婚に対して次のように思う。結婚はエゴで行うものでもないが、ボランティアで行うものでもない。もちろん、結婚に経済的なものが条件になってくるのは理解ができるし、それが悪いとも思わない。世の中愛があれば、なんていうきれいごとを述べるつもりは毛頭ない。ただ、小野にとっての経済とそこから生み出される文化的水準は、一見するととても熱望しているように思われるが、然程欲しいものでもないのではないかと私は思う。なぜなら、どうしても甲野家の財産が欲しくて、甲野家の文化水準が欲しいのであれば、悩む必要などなく、藤尾との結婚に押し切ればいいからである。にもかかわらず、小野は花嫁選びを決めかねている。
実際最後に「真面目」になれということで、小野はそれまでにあった藤尾との関係や、甲野の書斎への想いなどをあっさりと捨て、いとも簡単に小夜子との結婚に踏み切ってしまう。ほとんど火のないところの火種になろうと決心するのである。すでに大きく燃えている火のなかに入っていくわけではなく。
ここで、小野の中でどうしても結婚の条件に経済力が必要かというと、そうではなさそうだということが浮かび上がってくる。では小野の結婚条件は何が重要なのであろうか。一端経済のことは無しにして考えてみることによって問題点がはっきりしてくるように思われる。
小野の結婚条件とは何なのか。東京で西洋流の思考様式を身に付けたと思われる小野には、恋愛・性愛・結婚がひとつになるロマンチックラブイデオロギーの考えが身についていただろうか。すなわち、結婚は恋愛によってなされるべきだ、恋愛感情のあるところに結婚は生じるべきだという考えがあるだろうか。
九章で、小野と小夜子が二人で孤堂の家にいる場面がある。かつて共に暮らし、五年の年月を経てようやく再開した若い二人が、同室にいる。このようなコンディションとしてはそうない場面で、しかし小野は非常に小夜子に対してそっけないのである。語り手は小夜子のことを極めて高く評価している。小夜子の姿を「美しい画」だと言い、もしその姿を小野がきちんと見ていれば、「編み上げの踵を、地に滅り込む程に回らして、五年の流を逆に過去に向って飛び付いたかもしれぬ」とまでいう。それほど小夜子の容貌は語り手好みなのである。だが、そんな語り手が好む小夜子を前にして小野は、「只面白味のない詩趣に乏しい女だと思っ」ているのであり、「小野さんは急に帰りたくな」るレベルの感情しか有していない。
当然美にうるさいはずの小野は、美を求めるはずである。藤尾のほうが小夜子よりも美しい。小夜子も美しいと語り手は述べているが、小野はその美しさには気が付かない。というよりも、小野好みではないというべきだろう。小野の眼はもっぱら藤尾の美しさばかりを見ている。では、美しいことが結婚の条件になりえるのか、美しいことが愛することができる要因になり得るのか、と言うと、どうやらそうでもないらしい。結局「真面目」になれという一言だけで、藤尾の美しさは捨てられるほどのものだったのである。小夜子のことを美しくないと思っていながらも、あっさりと小夜子と一緒になれる。小夜子は決して醜いわけではないだろうが、美にうるさいはずの小野は、自分が結婚する相手の容貌はそこまで気にしていないようにも思われる。ではいったい小野が「真面目」になったのは何なのか。藤尾と既成事実をつくろうとしていたのをあっさりと辞めさせ、すぐに小夜子と結婚させてしまった小野の「真面目」とは何なのか。
三つ子の魂百までではないが、私は小野の生い立ちを記した部分の特にこの部分に重きを置く。
「京都では孤堂先生の世話になった。先生から絣の着物をこしらえて貰った。年に二十円の月謝も出して貰った。書物も時々教わった。」小野がどのような経緯で井上家に下宿するに至ったかはわからないが、文脈から察するに、他に頼るところもなく、一人で生きていくこともできないまだ幼いころのことだったと予想がつく。そのような年頃で、やはり自分の面倒を見てくれるというのは、その人物にいくら精神的に抵抗したところで、お釈迦様の掌ではないが、逃れるのは不可能に近い。特に「書物も時々教わった」とある。すなわち、小野清三は、一見すると東大の文学部を卒業し、銀時計も貰った、西洋化された人間のように思われるかもしれないが、その根幹となる部分では、小夜子と同じく、井上孤堂の血が流れているのである。個人だ自由だ愛だ、といった西洋的なものの下に、道徳や道義、人情といったものが流れているのである。
小野の悲劇は、下地となったものが二十一世紀の現在からすると確かに美徳と呼ぶこともできなくはないが、そのために幸せよりもむしろ不幸にさせている価値体系だったことである。
「上皮の文明は破れた。中から本音が出る。悄然として誠を帯びた声である」(一八)とあるように、小野が東京で五年間、孤堂の下地の上に作り上げてきたもの、積み重ねてきたものが、孤堂と価値体系を同じにする宗近によって破り捨てられてしまったのである。もし、小野の下地が孤堂によるものでなかったならば。例えばイギリスに幼い頃住んでいた、あるいは英学校に通っていた、という下地があったのならば、破れ去るのは西洋ではなく東洋だったはずである。
では小野の「真面目」とは、上皮である西洋が破れ、下にあった東洋が勝利する、というたったそれだけのことであると考えていいのだろうか。そうすると、藤尾という西洋は孤堂という東洋に負けたという、それだけでのことで解釈していいのだろうか。もちろん、こういう側面がないとはいわないし、私はむしろあると思っている。この西洋と東洋という対立図は他の節でも用いる重要な視点である。だが、これはここではあまりにも抽象的にすぎるように私には思われる。西洋だ東洋だという漠然とした、それこそ定義もできないような概念でもって藤尾が殺されたというのはどうにもかわいそうに思われるし、東洋西洋で結婚をされても困るからだ。東洋や西洋といったものを持ちださずに考えてみよう。小野にとって「真面目」とは何を指すのか。
大森へ行く直前の小野の心境を記した文章に次のようなものがある。

約束は履行すべきものと極っている。然し履行すべき条件を奪ったものは自分ではない。自分から進んで違約したのと、邪魔が降って来て、守る事が出来なかったのとは心持が違う。約束が剣呑になって来た時、自分に責任がない様に、人が履行を妨げて呉れるのは嬉しい。何故行かないと良心に責められたなら、行く積の義務心はあったが、宗近君に邪魔されたから仕方がないと答える。

もちろん「思い返す度に、必ず廃せばよかったと後悔する。乗り掛けた船に片足を入れた時、船頭が出ますよと棹を取り直すと、待って呉れと云いたくなる」性分の小野のことであるから、藤尾との性的交渉が予想される大森へ行く際にこのような心境になるのは理解できる。だが、それでもこれは、小野の「約束」への考え方を如実に表していないだろうか。むしろひっぱくした状況だからこそ、小野の上面ではなく、もっと深い部分の、滅多なことではそうかわらない部分が表れてしまっているのではないだろうか。
ここから読み解く限りにおいて、小野は決して「約束」に対して責任を負うようなタイプの人間ではないということがわかってくる。「約束」に対してこのような感覚を有しているということは、どの「約束」においても、基本的にはこのようなスタンスが取られることだろう。
大森へ行く直前、小野には二つの「約束」があった。一つは当然藤尾と大森へ行く、という藤尾との「約束」である。そしてもうひとつは、小野と、小夜子ではなく、小夜子の父井上孤堂との、娘と結婚するという「約束」である。
この場面より少し前に、浅井と孤堂との場面がある。

妻君がなければ参考の為めに聞いて置くがいい。―人の娘は玩具じゃないぜ。博士の称号と小夜と引き替えにされて堪るものか。考えて見るがいい。如何な貧乏人の娘でも活物だよ。私から云えば大事な娘だ。人一人殺しても博士になる気かと小野に聞いてくれ。それから、そう云って呉れ。井上孤堂は法律上の契約よりも徳義上の契約を重んずる人間だって。

孤堂の有名なせりふである。私はこの「徳義上の契約」が藤尾の「約束」と並ぶ、ふたつの〈やくそく〉だと考えている。もちろん、小説の登場人物である小野には、その後浅井と話す機会を奪われているため、「徳義上の契約」というものが立ち上がってきたことは知りようがない。しかし、孤堂のもとに長年いて、小夜子との結婚が半ば雰囲気としても決まっていたということは小野も十分承知していたことであるし、想像力豊かな小野のことである、孤堂が「徳義上の契約」と思っていることも承知していたはずである。だからこそ、小野はその「徳義上の契約」から逃れるために、十二章で自分のなかで論理のすり替えを行わなければならないのである。

只何事も金がなくては出来ぬ。金は藤尾と結婚せねば出来ぬ。結婚が一日早く成立すれば、一日早く孤堂先生の世話が思うようにできる。―小野さんは机の前でこう云う論理を発明した。
小夜子を捨てる為ではない、孤堂先生の世話が出来る為に、早く藤尾と結婚してしまわなければならぬ。―小野さんは自分の考に間違はない筈だと思う。人が聞けば立派に弁解が立つと思う。小野さん頭脳の明瞭な男である。

小野の頭脳が明瞭なことはいいが、この弁明が立つとは考えづらい。少なくとも注意深い読者の前ではこのようなまさしく机上の空論は、無理がある。小野は頭脳が明瞭なために、自分が行おうとしていることが「徳義上の契約」に違反するものだということを重々承知の上で、それが認められないからこそ、このような論理のすり替えを行わざるを得ないのである。
だが、今引用したこの二つの部分、さらに、「真面目」な処置とは、「小夜子と結婚するのです。小夜子を捨てては済まんです」という部分をつなげて考えると、これらの「契約」がいかにも小夜子と小野との間にかわされていたもののように取り違えてしまう危険性がある。敢えてはっきりと書いて置くが、大森へ行く約束は、藤尾と小野との間の「約束」である。「謎の女」との約束ではない。それに対して、小夜子との結婚は小夜子と小野との「契約」ではない。飽くまでも井上孤堂と小野との「契約」なのである。
ここではっきりしてきたと思う。宗近が言う「真面目」とは、この二つの約束のことだったのである。少なくとも宗近の要領を得ない「真面目」の説明に対して、小野はそのように受け取った。小野は、つい最近した藤尾との約束ではなくて、かれこれ五年ほど、明言していなかったとはいえ、流れの中でお互いに暗黙していた小夜子と結婚するという、孤堂との「契約」を優先したということなのである。
物語はこの小野の判断によって、藤尾の死を迎え、悲劇となるが、しかしそのほかのことに関しては何事も語らずに、まるでその後は上手くいくかのように隠ぺいしている。私がこの悲劇は藤尾の死だけではなく、小野と小夜子の未来に対しても言えるというのは、今まで引用してきたように、小野はちっとも小夜子のことを想っておらず、小夜子との結婚も、結局小夜子の父、孤堂との契約においてしたのみであって、この二人の未来は明るくないだろうと感じるからである。
この小説は小野の判断を是とする。だが、二十一世紀の読者である我々の感覚からすると、この小野の判断は非になるのである。では「真面目」になれと宗近にいわれた際に小野はどうしなければならなかったのか。それは、結婚の問題、というのはそれは本人たちが決めることなのであるから、孤堂を介した小夜子との結婚ではなくて、藤尾との約束を優先すべきだったということになる。
現代においても、昼のドラマなどでは、あいつを選ぶのこいつを選ぶのと、泥沼の愛憎劇が繰り広げられている。確かにこれをある一定の視聴者たちは享受し、楽しんでいるのである。だが、これらは、『虞美人草』と同じく、恋愛か道義かという二律背反のなかにあることが多い。以前恋愛関係があった、しかし今現在では他の人が好きなってしまった。そこで、友人たちは大慌てで、主人公に以前から関係のあった異性を選ぶように、それが人の道だろうと説くわけである。この構図は全く『虞美人草』を同じく、この恋愛対道義という構図が、百年前からずっとかわっていないということを如実に表している。
確かに二十一世紀の現代においてもこのようなドラマは巷に横行しているわけであるが、しかしそろそろこうした二〇世紀的な発想とはお別れをして、その先に進まなければならないのではないだろうか。
それが良いか悪かということは別として、二〇世紀的な発想から抜け出し、新しい価値へと向かうためには、まず完全に道義、西洋と東洋であれば、東洋的な考えから徹底的に抜け出さなければならない。徹底して西洋化するのである。まずはここから始めなければ、二十一世紀の展望はない。
だから、二十一世紀の読者である我々は、小野をこう断ずることができるのである。すなわち、結婚は本人同士の問題なのであるから、井上孤堂との道義的な約束ではなく、こころから愛している藤尾と結婚すべきだったと。たとえそれによって井上孤堂が憤死しようと、それは孤堂自身の責任であり、その責任は小野に及ぶものではない、というところに立たなければ話が前に進まないというわけである。宗近の「浅井の話によると、何でも大変怒っているそうだ。それから御嬢さんはひどく泣いてると云うからね。僕が君のうちへ来て相談をしているうちに、何か事でも起こると困るから慰問かたがたつなぎに遣って置いた」というセリフから、普段このようなことに鈍感な宗近でさえ、孤堂が怒りにまかせて何をしでかすかわからないと危機感を持っているわけである。このことから、孤堂は、おそらく娘をつれて心中しないとも限らない。が、そこまでを小野の責任とするのは、やはり現代の感覚でいったら無理である。それはもはや孤堂の責任としかいいようがない。むしろこれを許容してしまったのならば、結婚してくれなかったら心中するぞという本末転倒がまかり通ってしまうことになる。だから、やはりここで心中する可能性があったとしても、心にもない小夜子と結婚することを選ぶのではなく、心から愛している藤尾を選ぶのは、必定のことだったのである。
小野が最終的には井上孤堂への恩義の心を取り戻し、心にもない小夜子との結婚を選んだのには、このままでは孤堂が小夜子をつれて変なことをしかねないという恐怖があったからに違いない。それは、孤堂と数年来一緒に生活していて、さらに想像力の豊富な小野には痛いほどわかっていたはずである。それでもしかし、自分の心に従おうとしたのが、この物語が生ずる原因となったのである。それにもかかわらず最終的には、その自分の本心を打ち殺し、心にもない小夜子との結婚を選んでしまうのである。これはいわば自己犠牲ということができるだろう。
自己犠牲というのは、二十世紀的な価値観でいえば是になる。が、二十一世紀的な価値観で伊庭、非になるのである。やはり自己本位であることがまず何より先んじてあらねばならない。
例えば二〇〇四年一月三〇日にTYPE-MOONから発売されたパソコンゲーム『Fate/stay night』という作品は自己犠牲をする人物が主人公である。この物語は魔術師となった人間が、己の使い魔を召喚して、戦い、聖杯戦争というものを勝ち進んでいくという物語展開をするのであるが、ここで通常の魔術師が自己を守るために使い魔を使うのに対して、主人公である衛宮士郎は、使い魔を守るために、自己犠牲をせずにはいられない少年として描写される。二〇一〇年一月二三日に公開された劇場版アニメ第1作である『Fate/stay night UNLIMITED BLADE WORKS』では、中盤衛宮士郎とともに戦うことになった遠坂凛という少女によって次のように評される場面がある。

「どうして」
「ん?」
「あいつの前に出れば殺されるってわかってたでしょ。なのにどうして飛び出したりしたの」
「どうしてもなにもない。助けたいと思ったから」
「前から異常だと思ってたけど、今ので確信したわ。士郎の生き方はひどくいびつよ。自分より他人の命が大切なんて間違ってる。人間は自分を一番にしなければいけないの。そもそも自分というものははかりにかけられない別格。いうなれば、はかりそのものでしょ。なのにあんたは、そのはかりを壊してでも他人を助けようとする。」
「遠坂」
「あんたが自分の無いただ生きるだけの人間ならそれでもいい。けど、士郎には自分があるじゃない。そんな確固たる自意識があるくせに自分をないがしろにするなんて。いつか必ず壊れるから。」
「壊れるなんてむしろそうならないために」
「いいえ、もう十分に壊れているわ」

作品では、士郎の自己犠牲は終盤でさらに別の形態へと変化していく。士郎の自己犠牲は自分の理想のためにということであったのだが、やはりその結果が成功しないことが、未来から現れた自分によって証明されてしまうのである。その結果、士郎は今の自己犠牲ではない、新しい何かを求めて戦いへ赴いていく、というように変貌していく。
このことからも、やはり自己犠牲をするということがいびつである、というのは二十一世紀的発想ということができるだろうと考える。さらにこの作品が二十一世紀的な発想を代表することを証明するために、宇野常寛の『ゼロ年代の想像力』から、本作が言及されている箇所を引用したいと思う。

二〇〇五年、東浩紀はそれまで携わってきた〈ファウスト〉から距離を置くことを宣言した。それまで佐藤友哉や滝本竜彦ら「セカイ系」の流れを汲む作家たちを中核に置いていた同誌が、「新伝綺」ジャンルを提唱し、作風としては「サヴァイヴ系」の流れを汲む『Fate/stay night』『空の境界』の奈須きのこを中心に路線変更したことへの批判がその理由である。奈須きのこを「物語を語ることにためらいがなさすぎる」と批判する東は『Fate/stay night』を評してこう語っている。

(『Fate』の主人公、衛宮士郎には)内面がないし、葛藤がない。『機動戦士ガンダム』以前の少年の造形だと思う。むしろ『宇宙戦艦ヤマト』に近いでしょう。古代進ってなにも悩んでいなかったじゃない。なんのために宇宙戦艦乗っかってんだとか、ヤマトって無意味なんじゃないかとか、地球なんて滅びちゃえばいいとか、古代は絶対思わない。一九七九年に『ガンダム』が現れて以降、そういう能天気さは通用しなくなって、その屈託こそがオタク的想像力の強度を支えてきたと思うってたんだけど、『Fate』はそういうのをすべて吹き飛ばしている。
―東浩紀『美少女ゲームの臨界点』一二八頁/波状言論(東浩紀個人事務所)/二〇〇三

つまり、「戦うことに迷いがない」『Fate/stay night』は八〇年代以前への退行であるというのが東の理解である。『Fate/stay night』がオタク的なお約束、快楽原則に忠実な、良くも悪くも非常に淡泊な作品であることは間違いない。だが、東のこの批判は大きな見落としを孕んでいる。これまで確認してきた通り『バトル・ロワイアル』『リアル鬼ごっこ』『野ブタ。をプロデュース』、そして『DEATH NOTE』と、ゼロ年代前半、東の視界から半歩踏み出したところには、既に九〇年代後半の「セカイ系」を通過(克服)した新しい想像力が台頭してきており、『Fate/stay night』は明らかにこの流れを汲む作品に他ならないからだ。
衛宮士郎が戦うことにためらいがないのは、彼が何も考えていないからではない。ゼロ年代を生きる若者にとって、生きることはすなわち戦うことだという認識が徹底されていったという時代の変化がその背景にはある。『バトル・ロワイアル』でも、『リアル鬼ごっこ』でも、主人公はある日突然、理不尽なゲームの中に投げ込まれて、過酷なサバイバルを強制される。そして否応なしにゲームをプレイすることになる。
かつての「引きこもり/心理主義」、あるいはその流れを汲む「セカイ系」が、一九九五年以降の政治状況がもたらした社会像の不透明化に対する敏感な反応だったように、彼等の「サヴァイヴ感」は、社会像の不透明化に怯えて引きこもっていたら生き残れないという、九・一一、小泉構造改革以降の政治状況に敏感に反応した想像力なのだ。「迷い」や「ためらい」は消滅したのではなく、前提として織り込み済みになったのだ。

現代は、二十世紀的な世界とは異なり、道義のようなものを優先し、自己を犠牲にしていては生きてはいけない社会となっている。だからこそ、その社会や政治状況に敏感に反応したのが、この二十一世紀的な、道義を感じていては生きていけないという想像力に繋がるわけである。
結局作中では小野は小夜子を道義によって選んでしまったが、彼等の未来は決して明るくない。二十一世紀の現代であれば、まず結婚しないだろう。もし仮に間違いがあって結婚してしまったとしても、現代において離婚することは以前のように「悪い」ことの様には思われないから、離婚することだろう。離婚してでも自分の生きたいように生きていることが、現代では求められるのである。また、そうしなければ生きていけないのである。
このようなことから、二十一世紀的な想像力において、小野は小夜子ではなく、藤尾を選んだほうがよかった。そして小野の罪は、その自己を犠牲にしてまで道義を優先したということに求められるのである。

甲野の罪

小山静子「藤尾一人の恋 『虞美人草』にみる結婚と相続」につぎのような興味深い一節がある。まずはそこを引用してみよう。

もう一つの家庭の特徴は、一家団欒という言葉に象徴されるように、家族成員の神的交流に高い価値が付与されていたことである。夫婦や親子、兄弟姉妹は愛や親密さといった情緒的絆で結ばれ、親愛の情に基づく人間関係が家庭では追求されていった(拙著『家庭の生成と女性の国民化』勁草書房、一九九九年、参照)

私が批判する甲野の罪は、家族に仲良くしなかったからといった、そのレベルの批判ではない。もちろん、西垣勤氏が明らかにしたように『「虞美人草」論』(「日本文学」明治三九年、五)

甲野さんは二十七歳、藤尾は二十四歳であり。とすれば、父の再婚は早い時期のもので、甲野さんは一番遅く見積っても二歳から育てられていることになり、三歳の時に赤ん坊の藤尾を見て いることになる。この三人は、外交官の父と共に二十数年間一緒に暮らしているのである。そうではあってもなさぬ仲の母子、母違いの兄妹というのはこういうものであるというのも一種の常識ではあるが、そのこともこの小説に明確に説明されているわけではない

という指摘から、いくら西垣氏も配慮して書いていたとして、二十年という歳月は長い。しかも二歳や三歳といった、まだものごころもつくかつかぬかという内から一緒に過ごしているのである。あまりにもその期間、母や妹を理解しようとしてこなかったという批判はなりたたないわけではない。だが、甲野と母の関係を論じる際には、やはりその時代時代の文化的尺度、価値観にそまってしまう。二十一世紀読者である私は、いまさらすでに行われたように、家族団欒が至上の価値であるという価値体系を持ち出すことはなく、家族は仲良くしなければいけないといった作り出されたイデオロギーを押し付けるつもりはない。直接血縁関係のない人々が、家族という制度上一緒に住んでいるだけで、そこにこのイデオロギーを持ち込み、一緒に住んでいる以上は血縁関係がなかろうと、どんな価値の相違があろうと、仲良くなければならないという押し付けは暴力以外のなにものでもないと思うからだ。一家団欒というイデオロギーの押しつけを回避しつつも、甲野と母との関係において、二十一世紀の読者である私がそれでもなお指摘できることといえば、作中に描かれる彼の行動や思考についてのみであろう。
例えば酒井英行氏は氏の論文『『虞美人草』論―小野と小夜子―〉』(「日本文学」一九八三・〇九)において、(一九)で甲野が母を断罪する場面を引用し次のように論じる。酒井氏が引用した箇所も引用しておこう。

あなたは小野さんを藤尾の養子にしたかつたんです。私が不承知を云ふだらうと思つて、私を京都へ遊びに遣つて、其留守中に小野と藤尾の関係を一日〱と深くして仕舞つたのです。さう云ふ策略が不可ないです。私を京都へ遊びにやるんでも私の病気を癒す為に遣つたんだと、私にも人にも仰しやるんでせう。さう云う嘘が悪いんです(十九)
このような「策略」を弄する母、それに加担する藤尾が「小刀細工の好な人間」であり、「死に突き当たらなくつちや、人間の浮気は中々已まないものだ」というわけである。理論としては筋は通っているが、この的確な洞察は、現実を組み替えることに少しの効力も持っていないのである。母の魂胆が分かっているのであれば、母の勧める旅行を拒否すればよいではないか。何ひとつ現実に手を下さないで、母と藤尾の企て通りに進行してゆく現実をただ眺めているだけの無力さは蔽うべくもない。現実を引き受けることをしないで、観念的に高所に居座っている甲野の人格に、まず不快感を表明しておきたい。

この酒井氏の指摘はもっともである。これだけ鋭い洞察力を有していたはずの甲野である。ならばなぜその洞察力を現実世界で生かさないのか、というのはまっとうすぎる指摘である。甲野はおそらく京都に行っている時点で、いや京都に行く前から京都旅行を勧められた時点で、その洞察力をもって母と藤尾の「策略」を見ぬいていたはずである。もしも小野と藤尾との関係をこれ以上進展させてほしくなかったのであれば、その策略を見ぬいて、藤尾は宗近と結婚するはずでは、と藤尾と母親と話し合っておけばよかったはずなのである。にもかかわらず、まるで相手の術にはまったかのように見せかけて、実ははまっていなかった、それは演技だった、というのはあまりにも姑息なのである。しかもその演技の結果に何が生じたのかというと、いくら嫌いだとはいえ実の妹の死である。最初から甲野が京都旅行を拒否していれば、もしくは救われた命である。にもかかわらず、最後に「セオリー」と題して、「悲劇は遂に来た」などと不埒な発言をしているのである。
「悲劇は遂に来た」という日記からは、悲劇が起こることを予測できていたということが如実にわかってしまう。わかっていたのにもかかわらず、それを止めなかったというところからみて、どう考えても甲野は妹の藤尾を最初から殺したかったとしか思われない。
甲野の罪はと言えば、この藤尾の悲劇を予想できていたにもかかわらず、それをなんら阻止しようとしなかったどころか、敢えて相手の術中にはまることによって、できるだけ悲劇を迎えようとした、というものであろう。これはこの作中のどの登場人物よりも業が深いように感じられる。
しかしまだしもこの作者漱石が「セオリー」をつけたいと言ってつけた、甲野の哲学が筋が通っているものであればいい。だが酒井氏はさらに言う。

ハムレット的課題を背負わされた甲野は、「嫁を貰ふ位なら十二年叡山へでも籠る方が増しである」と考えて、糸子の愛を受け入れようとしないのである。ところが、作品が大団円に向かって急転直下する間際に及んで、甲野は彼の哲学を放棄するのであり、それが「真面目」な処置だとされるのである。これでは読者は肩透かしをくわされた感を抱かざるを得ない。作品世界を統御する甲野の哲学は、彼が現実に関わり、現実を生き始めた途端に、根底から瓦解しているのである。彼の哲学は、観念世界においてのみ効力を発揮するものでしかなかったのである。

確かに観念世界においてのみ筋が通っているとも言えなくもないが、しかし嫁など貰うくらいならといったその口で、糸子と結婚した後に、「悲劇は遂に」と言っているのである。笑止である。
しかし、だからといって甲野の「哲学」が無力なのかというとそうではないのである。その部分がさらに罪深い。藤尾はまさしく兄の甲野によって殺された。だがそれはどのフェーズでか、というと、この酒井氏の論考を借りれば、「観念的」な世界においてである。現実世界の段階においては、小野の裏切りもさることながら、直接的な藤尾のとどめを刺したものは、宗近の金時計破壊にほかならない。
甲野の罪は、だが、母と藤尾の策にはまったようにして彼女たちの策略をそのまま野放しにしていたからということだけに求められるものではない。観念のレベルで藤尾を殺したというのが、私の考える甲野の一番大きい罪であるが、それに準じて、兄として、家父長としての罪もまた指摘しておかなければならないであろう。
旧民法の家父長制においては、仕方なかったとはいえ、哲学者を自認する甲野である。自分の信じている価値体系が信ずるに値するものなのか、という疑いを持たずに、その規則に則って、妹藤尾の結婚を兄であり、家父長である権限において決定しようとしたのは現代からすれば、やはり罪となるであろう。このことを北田幸恵氏は『男の法、女の法―『虞美人草』における相続と恋愛』(漱石研究(一六)二〇〇三・一〇)において端的に指摘している。

つまり欽吾は文明を痛烈に批判するものの、半封建的近代の日本型文明の集約である明治民法と家族制度については全くの批判や相対化の意識はなく、むしろそれを自然として受け止め、それに逆らうことを作為、策略ととらえている。彼の文明批判は現実対応力のない観念的なもので、自己批判の契機を持っていない

このことからもやはり甲野欽吾はその不徹底な彼の哲学、「セオリー」で藤尾を裁くべきではなかったのである。にもかかわらず、彼はその哲学で死後の藤尾に最終的に、精神的にとどめをさしたのである。この罪は宗近の現実レベルにおいて彼女を殺害した罪と同レベルのものであろう。
さて、ではどうすればよかったのか。どうすれば藤尾は死ななくて済んだのかということを少し考えてみよう。北田論をさらに引用する。

これは水田宗子が鋭く指摘したように「甲野の家督相続の放棄という決意が、家を離れて自分の望む道を歩もうとする近代的自我に目覚めた男の選択とならないのは、そこに甲野の継母の本心への疑惑があり、彼の決意が自分の望む生き方の主張というよりは、継母からの逃走であるから」だ。彼の出家願望は明治の家制度への身を挺しての拮抗という近代的解放の文脈で理解すべきものではなく、東洋的脱俗、隠遁願望の実践であり、母妹への恐怖とそこからの逃亡であった。

北田氏の水田論を引用しての指摘は共に重要である。まず小説認識として、欽吾が家を出たがっていたのは、西洋的な自己本位ということではないということである。もし欽吾が自己本位で家を出たがっていたのならば、そうすべきであったろう。それもより早くに。この小説はすべての出来事が同時に起こることによって、悲劇を迎えるのである。もちろんこれは作者レベルで考えれば漱石がそのようにこの小説を設計したということになるわけであるが、一度小説の世界に入って、そこからこの悲劇を迎えなくさせるためにはどうしたらよいのかと考えると、この様々な出来事をばらばらに起こるように時間をずらせばよかったということになる。であるから、欽吾の出家は、彼の本心からのものであれば、一刻も早くすべきだったのである。そうすれば、亡き甲野父の父権を笠に着る欽吾がいなくなることによって、少なくとも精神面で藤尾は大分救われたからである。もしかすれば、欽吾がいないことによって、宗近の動きも鈍り、藤尾は死を免れたかもしれない。
だが、北田氏の論はそうではない。欽吾は自己本位で出家したかったのではなく、それは母と妹への恐怖、女性恐怖的なものから来たものだというのである。欽吾は小野とともに小心者で臆病な性格の持ち主として描かれる。小野よりも現実に働きかける力のない欽吾であるが、その結果悲劇を予測できていながら手をこまねいて何もしなかったのであるならば、やはりいくら性格がそうだからといって、わかっていて何もしなかったことの罪を負わなければならないであろう。欽吾は「謎」を増産する継母から逃げるのではなく、一度母ときちんと体面しておくべきだったのである。
ここで私は「真剣に」とか「腹と腹を割って」「建て前ではなく本音で」という形容をつかって、欽吾に母と対することを望むが、これらの形容は、宗近のいうところとははっきりと異なるということを事前に断っておかねばならない。この小説でこれらの形容が登場するのは、宗近が小野に対して「真面目」を解く場面である。
この部分はすでに引用したので割愛するが、この宗近の「真面目」というのは、小野の罪の節で分析したように、西洋的な自己本位ではなく、東洋的な道義という意味である。それを形容する際に宗近は「真面目とはね、君、真剣勝負の意味だよ。遣っ付ける意味だよ。遣っ付けなくちゃいられない意味だよ。人間全体が活動する意味だよ。口が巧者に働いたり、手が小器用に働いたりするのは、いくら働いたって真面目じゃない頭のなかの遺憾なく敲きつけて始めて真面目になった気持ちになる」うんぬんと述べる。だが、よくよく考察してみれば、ここで我々が日常使う意味での真面目であれば、それは自己本位であるから、藤尾を取るということになる。が、ここで小野は小夜子をとるのである。これは宗近の言う「真面目」が自己本位の真面目ではなく、道義の真面目であるからである。こういう意味で、この小説では「真面目」をめぐって形容が混濁しているので、気を付けなければならないと断ったのである。
私が言うのは、一度この東洋的な道義による真面目ではなく、西洋的な、自己本位の真面目で、継母と欽吾はぶつかり合う必要があったということなのである。もちろん、欽吾はそのぶつかりを通して、結婚は当事者同士が決めるものという論理を獲得しなければなるまい。家父長制度に則って、家父長となった欽吾が妹の婚約者を決める権利があるという誤った認識を相対化しなければならない。それと同時に、欽吾は母と一度向き合うべきだったのである。欽吾の哲学が相対化されていなければ、母との対話は藤尾を巡るものとなる。それはすでに作中でも描写されている。が、さらに必要だったのは、あの場面で父が決めた約束という家父長的な考えでは無くて、自己本位による、私は藤尾を宗近と結婚したらいいと思う、という自己本位の論理にしていなければいけなかったのである。ここまで来て、結婚は当事者同士の意向が何よりにも増して最優先されなければならないという論理が通る。これによって藤尾の婚約はやはり宗近ではなくて、小野になることになるのである。この婚約の理解を、より速い段階で欽吾はしておかなければならなかったのである。この理解が遅れたために、藤尾は死んでしまったのである。
この理解を早く了解することによって、欽吾の行動は変わったのであろう。欽吾は家督を藤尾にやるやるといってやらない。これはどこかで欽吾がやはり家と財産を欲していたからではないだろうか。家を出ていくといってなかなか出て行かないのは、欽吾の行動力の無さに加えて、また家父長であるという考えに加えて、実は家や財産が欲しかったからという理由が少なくないはずである。
とすると、語り手の言葉を敢えて使えば「上皮」が破れて「本音」が出てくるのである。本音というのはこの場合、家や財産が欲しいという欲望である。自己本位に為した方が、変に道義を持ち出すよりよほどいいと私は述べて来た。だから、ここで欽吾がでは、といって、藤尾と母から財産と家を奪って、二人を家の外に出してもいいのである。そうすればもちろん、欽吾の非難はさけられないだろうが、嘘偽りで上皮をつくろって、家族ごっこをして継母の面倒も見る、財産ももらうという選択よりよほどいい。藤尾との結婚に、財産目当てもあった小野であるが、財産が全てではなかったはずである。藤尾と結婚しても財産が付いてこなくなったと知っても、藤尾との婚約は恐らく破棄しないはずであろう。藤尾とその母と、小野は、三人で小野の家で過ごすことになるはずである。これは最悪を想定して述べていることなので、もしここでよしわかったと欽吾が家を出たとしても、それはそれで悲劇を回避できるわけである。
このような想定から、欽吾の罪は、一つは藤尾を精神的な世界において殺害したこと。もうひとつは、藤尾の悲劇を予想できていないもかかわらず、それを回避しようという行動を何一つとしてしようとしなかったこととなる。

宗近の罪

『虞美人草』において、最も好男子と描かれ、藤尾にこそ嫌われるものの、読者からも長いこと好意を持たれてきた宗近について、ここでは考察してみたい。作品世界においても、語り手は宗近のことを非常に高く評価している。研究史においても、宗近はあまり論じられてきたとは言えず、そのなかでも宗近を否定的に見た論は数少ない。管見の限りでは、酒井英行氏が『『虞美人草論』―小野と小夜子―』(「日本文学」一九八三・〇九)のなかで、「宗近が小野を説諭している図は、いささか自信過剰の鼻持ならぬ男がしゃしゃり出ている図でしかない」と述べているのが批評の限界であろう。
だが私は、この宗近一にこそ、この物語においては最も罪の重い人物であると考えているのである。その理由をこれからみていこう。
宗近の罪は二つある。一つは小野に対しての罪である。酒井氏も述べた宗近が小野を説諭する場面は、十八である。浅井と井上孤堂の切羽詰まった場面の後に、浅井が宗近家に転がり込み、一が一部始終を浅井から聞き、小野のもとへ来るのである。
この時の小野は、大変不安定な心理状況にある。一つは、使いにやった浅井が井上孤堂に対してどのように話をすすめたのか気が気でないということである。「否と聞くならば、退っ引きならぬ瀬戸際まであらかじめ押して置いて、振り返ってから、臨機応変に難関を切り抜けて行く積の計画だから、一刻も早く大森へ行ってしまえば済む。否と云う返事を待つ必要は無論ない」と言っておきながら、「決行する間際になると気掛りになる。頭で拵え上げた計画を人情が崩しにかかる。想像力が実行させぬ様に引き戻す」といい、やはりどこかで井上孤堂と小夜子を切り捨てることができない、己の内面に素直に従うことを最上のこととするロマンチックラブに従いきれない、井上孤堂のもとで教わった東洋的な自己犠牲や徳義が出てきてしまうのである。更にそれに付け加えて、小野は自ら「弱い」という「性質」のために、藤尾との大森行きを「是非行かねばならぬとなると、何となく気が咎め」てしまうのである。
このような心理状況の時、ただでさえ気の弱い小野は精いっぱいの状況であっただろう。そこへ、のそのそとやってきたのが宗近一である。一は「何時の間にどう下女が案内をしたか」小野が分からないようにやって来て「ぬっと這入った」のである。そうして、小野という主人がいながら、「「どうだい」と部屋の真中に腰を御」す。そのあまりにも堂々とした態度に小野は、その家の主人であるにもかかわらず、「恐縮の体で向き直」らずにはいられない。
私がいわんとしていることは、このような描写からでも、二人のパワーバランスが圧倒的にあり、宗近のいう「真面目」論は、説得、納得、したために小野が改心したという流れではなく、恐喝、拒絶不可によって無理やりなされたことであるということなのである。
「小野さん、真面目だよ。いいかね。人間には年に一度位真面目にならなくっちゃならない場合がある。上皮ばかりで生きていちゃ、相手にする張合がない。又相手にさても詰るまい。僕は君を相手にする積で来たんだよ。好いかね、分かったかい」という宗近に対して、小野は「ええ、分かりました」としか答えようがない。普段それほど饒舌でもない宗近がこの時ばかりは饒舌に見えるのは、相手にはいかいいえかの二択しか与えない様に巧妙な詰問の仕方をしているからにほかならない。はいかいいえ意外の答えをすべて宗近が用意することによって、宗近は必然的に言葉数が増えるというわけである。そうして分かったという小野に対して、「分ったら君を対等の人間と見て云うがね。君はなんだか始終不安じゃないか。少しも泰然としていない様だが」と述べる。ここでまず確認しておきたいのは、宗近自身が二人の関係を対等ではないときちんと認識していることだ。もちろんこの対等というのは、自分は「真面目」であるから高等な人間であるという認識の上に立つものである。その上で、小野は「真面目」ではないから自分より下の人間であるということだ。だから、宗近の論理で言えば、「真面目」を誓った小野は、「真面目」になるという条件がクリアできて、ようやく宗近と同じ土俵に入ることがゆるされるという論理になる。
だが、確認しておかなければならないのは、宗近のこの「真面目」の土俵が、宗近に有利な場所であり、そこに小野を無理やりに、「いいえ」とは答えづらいような状況で誘導することによって、完全に宗近の論理が通るような場所にしてしまっているということである。ここで小野は宗近のいう「真面目」の土俵に立ってはいけなかったのである。が、それを気の弱い小野に求めるのは酷というものであろう。
さらにこの言説からは、宗近の巧妙な戦術が伺える。「僕は当っ擦りなどを云って、人の弱点に乗ずる様な人間じゃない」という言葉からは、宗近がともすると「当っ擦り」で「弱点に乗」じてしまうというのを分かっている何よりの証拠である。むしろ、そうであるからこそ、そうではないと事前に否定することによって、自分は弱点に乗じたものではないという立場を獲得できたのである。その上で、小野が気の弱い人間であるということを知っていながら、それがさも前のことを分かっているというかのように、「君はなんだか始終不安じゃないか」と言ってのけるのである。
この手法は巷に横行している占い師などと同じレベルの話術で、誰にでもわかりそうなことをさも私にはわかる、私だからわかるということによって、相手に何故この人は私のことがわかるのだろうと、この人なら私のことをよくわかってくれている、という認識に至らしめる話術である。小野の気が弱いことは、誰が見たって分かる。それをさも自分はわかっているというように一つ一つ述べていくことによって、宗近と小野のパワーバランスは占い師と占われる者といった、圧倒的な力関係が構築されていくのである。
「僕の性質は弱いです」と言い当てられたことを今更のように述懐しなければならない小野。このときの小野の心情はどのようなものであっただろうか。いきなりづけづけと入って来て自分の部屋の真中に腰を据える。心理的に考えても、すでにこの時から宗近は小野のパーソナルスペースに入っていくということを認識しているに違いない。もし無意識だとしたら、生粋のヤクザである。そうして、自分からわかりきったことを言わせておいて、「宗近君は猶と顔を寄せる。片膝を立てる。膝の上に肱を載せる。肱で前へ出した顔を支える」のである。これはヤクザやマフィアのような連中が登場する映画でもしばしば使用される初歩的なやり方であり、何か重要なことを言うときに、相手に近づいていく、そうすることによって、相手には否が応でも従わざるを得ないような状況を作り出しているのである。
そして何を言ったかというと「救いに来た」というのである。宗近は小野が置かれている状況を既に浅井から聞いて知っている。小野が恩義になった先生の娘との縁談を断ったというのを知っているはずであり、そしてその結果先生が怒っているということを知っている。情報的にも有利な状況において、宗近は小野を心理的に追い詰める。追い詰めた後で、実は救いに来たのだと一筋の光明を指し示すのである。そうして、なんだかんだと理屈をつけて、最終的には「真面目」になれというのである。この際の「真面目」という言葉があやふやでわかりづらいのは、宗近にとって、どのようにも相手を操るためである。詳しく定義してしまうと、それは「真面目」ではないのではないかと小野に思わせる可能性があるから、敢えて「真面目」という語を漠然としておくのである。そうして、小野に行ってもらいたい行動を述べて、それを「真面目」なのだと言えば、小野をいかようにも操ることができるのである。

「小野さん、僕の云う事は分からないかね」
「いえ、分かったです」
「真面目だよ」
「真面目に分かったです」
「そんなら好い」
「有難いです」

という場面は、小野が宗近のいうよくわけのわからない「真面目」論に何でも従うということを認めてしまった決定的な箇所であるということができよう。あろうことか、そうして自己と云うものを捨てて、宗近の言いなりになることを「有難い」とまで言ってしまっているのである。ここですでに洗脳は完全に完成しているといってもいいのである。

「しかし真面目になると、ならないとは大問題だ。契約があったの、滑ったの転んだの。嫁があっちゃあ博士になれないの、博士にならなくっちゃ外聞が悪いのって、まるで子供みた様な事は、どっちがどっちだって構わないだろう、なあ君」

という箇所はやはり、論理的手に「構う」か「構わない」かのはい、いいえの回答しかできない聞き方になっているのであり、気の弱く、パワーバランスが決定的となってしまっているこの状況で、構うということが出来ないのは明白なことである。小野は仕方なく「ええ構わないです」としか言うことができない。しかしこの箇所の前に、「外の事と違って結婚問題は生涯の幸福に関係する大事件だから、いくら恩のある先生の命令だって、そう、おしおれと服従する訳には行かない」ときちんと小野は述べているのである。小野にとっては、ちっとも構わなくない問題なのである。にもかかわらず、「構わない」と述べているのは、やはり小野の意志から出た真であるとは考えられないのではないだろうか。
そうして、「構わない」としか言いようのない状況を作り出すことに成功した宗近は、小野にその「構わない」のなら、どうすればよいのか「真面目な処置」は何なのかというところのみを言わせるのである。あたかも自分の口で言っているために、自分が考えて述べたことのように小野には感じられたかもしれないが、これは宗近から言わされたことである。「真面目な処置は、出来るだけ早く、小夜子と結婚するのです」というのは、小野の声ではなく、宗近の「真面目」という論理から出された結論でしかない。小野が自分の「幸福」を求めるのであれば、藤尾を大森に行けばよかったのである。
そうして宗近は、そも「真面目」の証拠に「僕の前で綺麗に藤尾さんとの関係を絶って見せるがいい。その証拠に小夜子さんを連れて行くのさ」ということをしろと迫る。さすがにこれには無理だと感じた小野は、「あんまり面当になるから―成るべくなら穏便にした方が……」と必死の抵抗を見せるも、即座に「面当は僕も嫌だが、藤尾さんを助ける為だから仕方がない。あんな性格は尋常の手段じゃ直せっこない」と論を進めてします。それでもできないという小野は、「然し……」と更なる反抗を見せるが、それもやむなく、「君が面目ないと云うのかね。こう云う羽目になって、面目ないの、極ろが悪いのと云って愚図々々している様じゃ矢っ張り上皮の活動だ。君は今真面目になると云ったばかりじゃないか。真面目と云うのはね、僕に云わせると、つまり実行の二字に帰着するのだ。口だけで真面目になるのは、口だけが真面目になるので、人間が真面目になったんじゃない。君と云う一個の人間が真面目になったと主張するなら、主張するだけの証拠を実地に見せなけりゃ何にもならない。……」と宗近独自の「真面目」論を述べ立てることによって、反論の機会そのものを潰してしまうのである。
この場面は、小野が決定的に反抗する意志を宗近によって破壊された箇所として読み取れる。なぜなら、その後、彼が宗近に反論しようというところはなく、それよりか、宗近にどうすればいいかを窺うようになってしまうからである。「ところで、みんな打ち明けてしまいますが」という小野のセリフから、小野はもう完全に宗近の言いなりになってしまったことが判明する。だから、「もう二時だ。君はどうせ行くまい」というすでに決まったことのように宗近が言うのであり、それに対して、小野も「廃すです」なのである。
もちろんこの場面は、気の弱い小野が、一つは井上孤堂に対して済まないと思っていること、それから藤尾を横から奪ってしまったのではないかという罪の意識によって、宗近に気が引けていること、これらの要因が小野をより宗近の言いなりにさせやすくなっていることは言うまでもない。だが、それ以上に、小野は宗近に対しては次のような感情を日頃から抱いているのである。

あの男の前へ出ると何だか圧迫を受ける。不愉快である。個人の義務は相手に愉快を与えるが専一と思う。宗近は社交の第一要義にも通じておらん、あんな男はただの世の中でも成功は出来ん。外交官の試験に落第するのは当り前である。
然しあの男の前へ出て感じる圧迫は一種妙である。露骨から来るのか、単調から来るのか、所謂昔風の率直から来るのか、未だに解剖して見ようと企てた事はないが兎に角妙である。故意に自分を圧し付けようとしている景色が寸毫も先方に見えないのに此方は何となく感じてくる。只会釈もなく思うままを随意に振る舞っている自然のなかから、どうだと云わぬばかりに圧迫が顔を出す。自分はなんだか気が引ける。あの男に対しては済まぬ裏面の義理もあるから、それが祟って、徳義が制裁を加えるとのみ思い通して来たがそればかりでは決してない

これは十四で、井上孤堂から買い物を頼まれた小野が井上家へ行く手前、宗近と偶然鉢合わせた場面の記述である。ここでも、「徳義」の「制裁」だけではなく、小野が宗近と対すると圧迫されると書かれているのであり、やはりここから、小野は本当に「真面目」になったのではなく、宗近に已む無く「真面目」にされたということができるだろう。これが宗近の第一の罪である。藤尾と大森に行きたかったのを、小夜子と結婚したくなかったのを、無理やりさせたという点で、罪である。
もう一つの罪は、もちろん、藤尾への罪である。「面当は僕も嫌だが、藤尾さんを助ける為だから仕方がない。あんな性格は尋常の手段じゃ直せっこない」という部分からは、藤尾の前に小夜子を連れて行き、そこで小夜子が小野の妻であること、藤尾との関係を小野が切ることは、藤尾にとって「面当」になっていると宗近は分かりきっていることが判明する。だからこれは何よりも藤尾への「面当」なのであり、その「面当」のために藤尾は死んでしまう。
不思議なのは、宗近はこの藤尾の「性格」をいつ「尋常の手段では直せっこない」と認識したかということである。それまで宗近は、十六で外交官の試験に受かった直後に父に対して「外交官の女房にゃ、ああ云うんでないと不可ないです」と述べている。このような判断基準から、宗近には、自分の妻となる者に対して、実用的な基準でしかとらえられていないのである。藤尾に「あんな詩趣のない人」と言われても仕方がない。宗近の考えのなかには、愛だとか恋だとか、そういう概念はないのである。「外交官の女房」には、藤尾のような存在がよかったのであり、もしも、西洋ではなく、東洋の方の外交官にでもなる場合は、ことによっては小夜子のようなのが女房でなければならないといいだしていても何らおかしくないのである。
そうして、父には縁談が断られそうなことを聞いた上に、妹の糸には「だけれど、藤尾さんは御廃しなさいよ。藤尾さんの方で来たがっていないんだから」「ええ、だって、厭がってるものを貰わなくっても好いじゃありませんか。外に女がいくらでも有るのに」と言われているにもかかわらず、「外交官の女房には」藤尾のようなのがいいという理由からだけで、まだ藤尾を嫁に貰おうと考えているのである。
まず、ここからは、嫌がっているにも拘わらずに、それでも自分が良ければ、という自己中心的な考えで藤尾を妻にしようとしているというエゴイズムが見られる。この後散々小野に対して、「真面目」という道義を説いておきながらである。
宗近の算段はこうだ。

「然し自分の財産を棄てて吾家を出るなんて馬鹿気ている。財産はまあいいとして、―欽吾に出られればあとが困るから藤尾に養子をする。すると一さんへは上げられませんと、こう御叔母さんが云うんだよ。尤もだ。つまり甲野さんんお我儘で兄さんの方が破談になると云う始末さ」
「じゃ兄さんが藤尾さんを貰うために、欽吾さんを留めようと云うんですね」
「まあ一面から云えばそうなるさ」
「それじゃ欽吾さんより兄さんの方が我儘じゃありませんか」

散々藤尾はやめておけと父と妹に言われているにもかかわらず、「外交官の女房」に相応しいという理由から未だに藤尾を貰うつもりでいる宗近は、さらに藤尾を貰わんとするために、父から聞いた、御叔母さんの論理に従って、藤尾をなんとか貰おうとする。そのためには、兄欽吾に家にいて貰わなければ藤尾を家から出すことができない。そのために、欽吾に家にいてもらう為、欽吾に嫁をやる。その嫁となるのが、糸御前なのだという論法なのである。これはいくらなんでも酷過ぎると、現代の読者であれば思うだろう。
なんと自分の結婚のためには、妹を嫁にしてしまうという、この物語の中でも小野よりも卑怯な論理を駆使しているのである。その宗近が何の断罪も受けないのはおかしい。ここには、先ず結婚を本人同士の取り決めではなく、家父長による取り決めという、現代から見た罪がある。ここで糸は父には、「本人の意志」など「聞かんでも好かろう」と言われ、「そりゃ聞かなくっちゃ不可ませんよ」という兄にも、兄の結婚のために利用される存在として描かれている。宗近家の父、一、糸は、それぞれこの物語内においては、非常に高く評価され、読者もその評価に従って無批判に読まれてきてしまった経緯があるが、もっとこの宗近とその父の非業さを指摘し、明白のもとに晒さなければならないのではないだろうか。
話しを進めよう。それでも藤尾を諦めきれない宗近は、十七において、藤尾が小野に金時計をかけて「ホホホホ一番あなたに能く似合う事」という現場を見る。甲野が宗近を覆いかぶさり、部屋を立て切った上で、「宗近さん」「藤尾は駄目だよ」と欽吾に言われて、ようやくここであきらめがつくのである。おそらくここで欽吾にこのように説得されない限り、まだ藤尾を「外交官の女房」として認識しつづけていたであろう。宗近は藤尾と小野が仲が良いのを知っていたのであり、この二人が話しをしたりしている程度では、何とも思わないからである。ここで欽吾の忠告を受けて、ようやく藤尾を諦めることになる。だが、それも欽吾にここまで言わせたからであり、それがなければこのような認識には至っていなかったであろう。にもかかわらず、この直後に、小野とのやりとりのなかで引用したような「あんな性格は尋常の手段じゃ直せっこない」という評価に反転するわけで、やはりここに宗近の評価の不安定さが露呈している。
「僕はこの通り学問もない、勉強もしない、落第もする、ごろごろしている、それでも君より兵器だ。うちの妹なんぞは神経が鈍いからだと思っている。なるほど神経も鈍いだろう。―しかしそう無神経なら今日でも、こう遣って車で駆け付けやしない」と自認する宗近である。浅井から話を聞いただけで事の事態を把握し、「僕が君のうちへ来て相談しているうちに、何か事でも起こると困るから慰問かたがたつなぎに」父を「遣って置」くくらいの男である。小野ほどまでとはいかなくとも、なるほど一般程度には想像が出来るはずである。そのような男が、「面当」を藤尾にした結果、藤尾がどうなるか想像できないとは思い難い。
その宗近は、怒りとともに帰ってきた藤尾を、藤尾がそのような状態であるということをわかった上で、あえて、「やあ、御帰り」と「烟草を啣えながら云う」のである。そうしてこの場の代表者であるかのごとく、小野の言わなければならないことを全て代理で言う。まだ、小野と小夜子と藤尾と三人での対話だったならまだしも、ここには欽吾も宗近も糸子もいる。そのような衆人環視のなかで、このように恥をかかせられたとあっては、藤尾でなくともしばらくは立ち直れないほどの精神的な衝撃を受けるだろう。
私にはどうしても、宗近が藤尾を「助け」ようとしているようには思われない。この章の終わりに、藤尾は「じゃ、これはあなたには不用なんですね。よう御座んす。―宗近さん、あなたに上げましょう。さあ」といって、金時計を宗近に渡そうとする。ここまでコテンパンに藤尾をやっつけておきながら、最後に藤尾がプライドを保つための小野への最後のあがきを、宗近は「やっと云う掛声と共に」時計を投げ「大理石の角」で打ち砕てしまうのである。藤尾の最後の砦であった金時計というアイデンティティーは宗近によって破壊される。宗近はそんなことをすれば藤尾がどうなるか当然わかっていたはずである。でなければ、井上家に父を送ったりはできなかったであろう。井上家に父を遣らなければ万が一のことがあると想像力の働く男が、藤尾がどうなるか想像力が働かないことがあるはずがない。
確かに「助ける」ということが、命を「助ける」ことだとは書かれていない。解釈の仕様によっては、例えば末期患者が苦しんでいるのを「助ける」として、尊厳死を認めることも「助ける」ことの一例になるだろう。しかしこの場合はどうであろうか。藤尾の性格を直すためには、確かに、「死に突き当らなくっちゃ、人間の浮気は中々已まないもの」であるから、死も仕方がないのかもしれない。だが、それでも「凡ての疑は身を捨てて始めて解決が出来る。只どう身を捨てるかが問題である。死?死とはあまりにも無能である」のだ。藤尾は死ななければならないほどに罪があったわけではない。それはこの論考でも見て来たが、藤尾にはこの時代で言ってもそう罪にはならない、自分の婚約者を自分で選んだだけである。それを罰することなど誰にも本来はできないはずなのである。だが、宗近は、小野を自分の「真面目」論で自分の好きなように動かした挙句、何が気に入らなかったのか、それまで自分の妻に相応しいと思っていた女性を、あろうことか、現実レベルで殺してしまうのである。
「藤尾さん、僕は時計が欲しい為に、こんな酔興な邪魔をしたんじゃない。小野さん、僕は人の思をかけた女が欲しいから、こんな悪戯をしたんじゃない。こう壊してしまえば僕の精神は君等に分かるだろう。これも第一義の活動の一部分だ。なあ甲野さん」「そうだ」というやり取りは、現実レベルでは宗近が金時計を壊すという具体的なことによって、精神のレベルでは、甲野さんが、宗近の行動を「そうだ」で肯定し、論理づけをし、「悲劇は遂に来た」と藤尾を二重に殺すのである。宗近も甲野も、こうすれば藤尾がどうなるか分かったうえで、藤尾を殺したのである。その罪は何にもまして重い。これが私の読みである。

第二章 親たちの罪

井上孤堂の罪

本書で語り手によって是とされてきた道学者の井上孤堂であるが、この人物はいままでの研究によってもだいぶ批判されてきた人物である。
まずはこれまでの研究史でも批判されてきた、小夜子の父としての罪である。

「話さない? 話せばいいのに。いったい小野が来たと云うのに何をしていたんだ。いくら女だって、少しは口を利きかなくっちゃいけない」
口を利けぬように育てて置いてなぜ口を利かぬと云う。小夜子はすべての非を負わねばならぬ。眼の中が熱くなる。(九)

この箇所は多くの研究諸家にも引用される有名な箇所である。井上孤堂の何よりの罪は、親としての罪である。孤堂は、当初娘小夜子に英語を習わせていた。男と対すると口も聞けぬような小夜子ではあるが、かつては女学校に通っていたこともあり、この時代の女性としては、かなり香華句歴な存在である。彼女が英語を習っていたということが書かれてある場面を引用しよう。敢えてその前の琴の長い描写も引用しておく。

 どこやらで琴の音ねがする。わが弾くべきは塵も払わず、更紗の小包を二つ並べた間に、袋のままで淋さびしく壁に持たれている。いつ欝金の掩を除ける事やら。あの曲はだいぶ熟れた手に違ない。片々に抑えて片々に弾はじく爪の、安らかに幾関の柱を往きつ戻りつして、春を限りと乱るる色は甲斐甲斐しくも豊かである。聞いていると、あの雨をつい昨日のように思う。ちらちらに昼の蛍と竹垣に滴る連翹に、朝から降って退屈だと阿父様がおっしゃる。繻子の袖口は手頸に滑すべりやすい。絹糸を細長く目に貫ぬいたまま、針差の紅をぷつりと刺して立ち上がる。盛り上がる古桐の長い胴に、鮮あざやかに眼を醒さませと、への字に渡す糸の数々を、幾度か抑えて、幾度か撥ねた。曲はたしか小督であった。狂う指の、憂うき昼を、くちゃくちゃに揉もみこなしたと思う頃、阿父様は御苦労と手ずから御茶を入れて下さった。京は春の、雨の、琴の京である。なかでも琴は京によう似合う。琴の好すきな自分は、やはり静かな京に住むが分である。古い京から抜けて来た身は、闇を破る烏からすの、飛び出して見て、そぞろ黒きに驚ろき、舞い戻らんとする夜はからりと明け離れたようなものである。こんな事なら琴の代りに洋琴ピアノでも習って置けば善かった。英語も昔のままで、今はおおかた忘れている。阿父は女にそんなものは必要がないとおっしゃる。先の世に住み古るしたる人を便りに、小野さんには、追いつく事も出来ぬように後れてしまった。住み古るした人の世はいずれ長い事はあるまい。古るい人に先だたれ、新らしい人に後れれば、今日を明日と、その日に数はかる命は、文も理めも危やうい

ここから分かるのは、琴を激しく弾く小夜子の姿である。「狂う指の、憂うき昼を、くちゃくちゃに揉もみこな」すほどの弾きっぷりとは一体いかほどのことであろうか。この描写が、その後の英語を習っていた、そして「こんな事なら琴の代りに洋琴ピアノでも習って置けば善かった」という文句を引き出していることの意味は重大である。この部分は風景描写から、小夜子の内面に近寄っていく、三人称視点から小夜子の心情に寄り添っていく語り方であるが、ここで小夜子の行動から小夜子の心情が描かれていることが重要だというのである。例えばこの鳴り響く琴にはこのような意味が読み取れる。関肇氏の『メロドラマとしての『虞美人草』』(「漱石研究」 (一六)二〇〇三・一〇)に次のような指摘がある。

メロドラマは、口がきけず、会話が不自由な存在がふさわしく、そこには話すことに不適応な登場人物がメッセージを非言語的手段によって表現する「無言のテクスト」が含まれているとされる。まさに口籠るばかりの小夜子は、そうした話すことに不適応なメロドラマのヒロインであり、その心の奥に秘められた重いの深さを言葉に代わって雄弁に表現し、あるいは語り得ないもののありかを喚起する機能を果たすのが、琴の音なのである。

氏の指摘は誠に鋭いと感じる。もちろん現実レベルの話をすれば、小夜子をこのような人物造形にしたのは作者である夏目漱石であるので、漱石が悪いといえばそれまでになってしまうのであるが、物語内において小夜子をこのような人物に仕立て上げたのは、その親である井上孤堂なのであるから、その責任は孤堂に帰せられるべきであろう。
小夜子は父のために口をきけなくなってしまった、現代の読者が読んでも同情に値する人物であるが、そのような小夜子は、口がきけない代わりに何を以て自己表現するのかというと、それが琴なのである。であるから、この作品にしばしば登場する琴の音はそれだけ重要な意味を持つ。ほとんどかぎ括弧付きのセリフを与えられなかった小夜子は、言葉の代わりに音で自己を表現したのである。であるから、ここでの琴の描写は、小夜子が最も饒舌に何かを語っている箇所として注目しなければならない箇所なのである。それを「小夜子を気の毒に思う」という「作者」という語り手は、彼女の無言の言葉を言説化してくれているのである。
「こんな事なら琴の代りに洋琴ピアノでも習って置けば善かった」というのは、小野の部分でも見たが、西洋と東洋の象徴に他ならない。井上孤堂というこのテクストのなかで最も東洋的な人物を親としてもってしまったために、小夜子は西洋的な思考方式を手に入れるための英語もやめさせられてしまい、楽器でさえピアノなどの西洋楽器ではなく、琴という和風なものしか与えられないのである。そうして小夜子はその琴でしか饒舌に自己の心情を語ることができない。ここでは、楽器でしか自分の心情を表現することができない、という一つ目のファクターにさらに、その楽器が父親から与えられた東洋の象徴である琴でしかないという点で、二重に父親に縛られている小夜子像が浮かび上がってくるということができるだろう。父の呪縛はそれほどまでに強いのである。さらに関氏は京都という場所に注目し、次の様にも述べる。

小夜子ははじめから受け身の女性だっとぁけではない。小夜子は「東京もの」(五)であり、東京の女学校に通って英語を学んだとされている。しかし、「女にそんなものは必要がない」(九)と言う父とともに京都に五年間住み、琴を習い覚えるうつに、小夜子はすっかり京都になじんでしまう。見方を換えれば、それほど京都という都市は、女性を古風に仕立て上げる磁力をもつことになる。

このテクストにおいては、京都という場所は特別な意味を付与されている。甲野が「ところが敷設したのが世界一なら、進歩しない事も世界一だそうだ」と述べるように、京都は、「第十義以下」の場所である。そのような場所に、五年間もどこへも通わせずに、小夜子をただ家のなかに籠らせていた井上孤堂の責任はやはり重いのではないだろうか。いくら宗近が「東京もの」であると下女から聞いたところで、その実はやはり「京人形」なのである。「殆ど異性の感がない。女も程に飾ると、飾りまけがして人間の分子が少なくな」り「人形は機械だけに厭味がない」存在になってしまうのである。それは確かに人間的な臭みというものはなくなるだろうが、そこに残るには人間というよりは人形なのであり、それがいいというのであれば、それはただ男性の欲望を対象化したものに過ぎないということができよう。それは例えるならば一躍社会問題ともなった、一九九五年から九六年にかけて放送されたテレビアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』に登場する、ヒロイン、綾波レイのような存在であろう。私はこの綾波レイに対して、男性的な欲望の対象として最初から作り出された人形であるという点で、厳しくその男性的な欲望を糾弾している。
人間であることの「第一義」の要点は、「自己」を持つことである。小夜子は、この「自己」を持つことを、父孤堂から、口を奪われ、琴しか与えられず、京都に閉じ込められている、という点で、三重に封じられているのである。人間を人間たらしめることなく、「京人形」に仕立て上げようとしている点で、孤堂は小夜子に対して、拷問にも近い封じ込めをしているのである。そうしておいて、である。最初に引用したように、「話さない? 話せばいいのに」と言う孤堂は、己の行為に対して全くの無自覚すぎるのであり、このような無自覚さ、無責任さからすべてが端を発しているのであり、このような孤堂の独善性は極めて厳しく糾弾されなければならないだろう。
このような孤堂に「妻君がなければ参考のために聞いて置くがいい。―人の娘は玩具じゃないぜ。博士の称号と小夜と引き替にされて堪るものか。考えて見るがいい。如何な貧乏人の娘でも活物だよ。私から云えば大事な娘だ。人一人殺しても博士になる気かと小野に聞いてくれ」「君は結婚を極めて容易事の様に考えているが、そんあものじゃない」と述べる資格はないのである。「人一人」を実質的に「京人形」にしたて、人間的に「殺して」いるのは、ほかでもない孤堂その人なのだから。
そうして結婚問題もこの独善的な孤堂は自分の思いのままに勝手に自分一人で取り決めてしまっているのである。結婚は当人同士の問題であるにもかかわらず、小野と小夜子の結婚を取り決めてしまっているのは、孤堂その人である。「悪いが、外の事と違って結婚問題は生涯の幸福に関係する大事件だから、いくら恩のある先生の命令だって、そう、おいそれと服従する訳にはいかない」というのが、結婚する側の言葉なのである。「ところが、先生の方では、頭から僕にそれだけの責任があるかの如く見做してしまって、そうして万事をそれから演繹してくるんだろう」というのである。いくら小さいころに世話になったからといって、そこの娘、あるいは息子と結婚しなければいけない、なんていう取り決めがあったら、誰も人のところに転がり込めたものではない。やはり結婚の取り決めを当人たちに代わって勝手に自分の都合のいいように仕立て上げようとした孤堂の責任は重いだろう。なぜならそれによって、結果的には藤尾を殺すことにもつながったからである。

甲野父の罪

甲野家の父は物語では名前も明らかにされない人物であるが、その存在はあまりに大きい。これまでの研究史では、絵画としての父親に迫ったものはあったが、ほとんどは無視されてきたといっていいだろう。だが、私はこの甲野の父、すでに亡き父にこそ、この物語の責任があると追窮するのである。甲野の父は「任地で急病に罹かかって頓死してしま」い、この物語が語られるのは、それから「四ヵ月後」のことである。
この物語がなぜ「物語」られるのかというと、全ての事の発端は甲野の父の死にあった。それまではあやふやにされてきた、藤尾を宗近一にやるだの、やらないだのという死去前の「約束」が、その約束を結んだ父の死によって突然前景へ立ち上ってきたのである。この物語には二つの父の「約束」がある。一つはこの甲野父の約束で、もう一つは先ほど論じたように、孤堂の約束である。孤堂の約束のために、小野が不幸にならなければならなかったのは明白で、私はこの孤堂の約束を糾弾した。それと同じレベルで、この甲野父の勝手な約束は藤尾を死に至らしめ、悲劇を呼び起こしたとして、分析され、批判されなければならないだろう。
甲野母、謎の女の言う約束は次の通りだ。
「約束? 約束はありません。けれども阿爺が、あの金時計を一にやると御言いのだよ」「御前が、あの時計を玩具にして、赤い珠ばかり、いじっていた事があるもんだから……」「それでね―この時計と藤尾とは縁の深い時計だがこれを御前に遣ろう。然し今は遣らない。卒業したら遣る。然し藤尾が繰っ着いて行くかも知れないが、それでも好いかって、冗談半分に皆の前で一に仰しゃったんだよ」というものである。旧制学校制度では、帝国大学(おそらく甲野も小野も宗近も帝国大学の出身だと考えられるが)を最短で入学したとして一九歳である。であるから、理論上もっとも早い、この約束が結ばれたのは、宗近が卒業していない時期、すなわち帝国大学生の時分であるから、物語内において宗近は二十八歳であるから、九年前のことと考えることができる。十九歳で帝国大学に入学してから間もないころにこの約束が結ばれたというのが最も早い約束になる。そう考えると、藤尾は物語内時間において二十三歳である。そこから九年という歳月を引くと、十四歳。なるほど、現在の中学二年生程度ということになり、「時計を玩具」にしているという表現も納得がいく。やはりこの藤尾が「時計を玩具」にしているという表現には注意を払わなければならないであろう。ここから読み取れるのは、藤尾がまだその時には、幼稚性の残る描写をしなければならない年齢だった。結婚に適した状況ではない、すなわち第二次成長期を迎える前であったということなのではないだろうか。こう想像することが可能だと思う。
とすると、やはり甲野の父のこの「冗談」のような「約束」は、本当に「冗談」であっただけであり、それを間に受けた宗近、宗近の父が問題であるということができるだろう。それを真に受けて約束を履行しなければならないと考えている甲野と一もまた、家父長制度における、家父長の言葉だけを重要視するのであり、それによって自分の意志とは関係ないところで勝手に約束させられた藤尾本人の意志を全く無視しているということができる。が、勘違いした人達よりも、勘違いをさせるような言動をした本人の罪は重いだろう。すべてはそれが原因で話が動きだしているのであるから。
何よりも婚約を当人の意志ではなく、親の取り決めで勝手に行ってしまうというのは、現代からでなくとも批判されるべき点である。さらに問題なのは、恐らくこの約束をした時分、藤尾は第二次成長期を迎える前であり、まだ子供であったということだ。子供の婚約相手をこう決められてしまっては藤尾も辛かろう。そうして藤尾以外の周りの者はみんなその約束を冗談ではなく、本気のこととして信じ込んでいるのである。当然藤尾がそんな約束を守る義理はなく、まるでこの約束を破ったがために死ななければならないように描かれているテクストは、暴力以外の何物でもない。
さて、こんな一般的に考えれば馬鹿馬鹿しい約束であるが、これを「馬鹿らしい」とまともな感覚を持って掃いて捨てることができるのは、藤尾その人しかいない。それ以外の人々は、藤尾の母である謎の女を含めて、みな確固たる約束であるという異常な認識に立っているのである。それほど、甲野の父の存在というものが巨大なものであったことが伺える。なによりも、この物語は甲野の父の死によって始まったのであるから、その巨大さというものははかり知れない。
このテクストでももちろん、甲野の父は表面に現れてくる。が、それら目に見えるものだけを考えるのではなく、眼に見えない時でさえ、甲野の父というのは、このテクスト全体に横たわっているのであり、小夜子の無言とはくらべものにならない力でもって、登場人物たちを「絶えず見下している」のである。
甲野の父の肖像画はこのように描写される。

仰向く途端に父の半身画と顔を見合わした。
 余り大きくはない。半身とは云え胴衣の釦ボタンが二つ見えるだけである。服はフロックと思われるが、背景の暗いうちに吸い取られて、明らかなのは、わずかに洩るる白襯衣の色と、額の広い顔だけである。

活きているものはただ眼玉だけである。それすら活きているのみで毫も動かない。――甲野さんは茫然として、眼玉を眺ながら考えている。

この「半身」のみの父の像によって、この物語のなかでも特に語り手と癒着している甲野欽吾が操られていく。もちろん現実レベルで考えたのならば、この絵に影響されて行動したということでは、その責任は欽吾にあるように思われる。そう考えるのが一般であろう。しかし、これは現実ではなく、物語りである。物語の世界においては、現実レベルの生と死というのをそのまま輸入してはいけないだろう。読み間違える恐れがある。物語内においては、むしろ、死んでいるからこそ、特権的な地位になって何でも好きなことをすることがゆるされるということもあるのである。この場合、この甲野父がその立場にある。甲野父は、物語という現実とは異なる空間で、すでに死んでいるにもかかわらず、その像だけは「活きている」という状況によって、己は傷つかずに、他人を操り自由にできるという特権的な地位を手に入れることに成功している。
欽吾がいかに父親によって呪縛され、本人の意志とは関係なしに動かされているかを見てみよう。

馬鹿馬鹿しい。が近頃時々こんな事がある。身体が衰弱したせいか、頭脳の具合が悪いからだろう。それにしてもこの画は厭だ。なまじい親父に似ているだけがなお気掛りである。死んだものに心を残したって始まらないのは知れている。ところへ死んだものを鼻の先へぶら下げて思え思えと催促されるのは、木刀を突き付けて、さあ腹を切れと逼せびられるようなものだ。うるさいのみか不快になる。

この体たらくを親父には見せたくない。親父はただの人である。草葉の蔭で親父が見ていたら、定めて不肖の子と思うだろう。不肖の子は親父の事を思い出したくない。思い出せば気の毒になる。――どうもこの画はいかん。折があったら蔵のなかへでも片づけてしまおう。……

欽吾は父の像を「厭」な「絵」だと述べる。「折があったら蔵のなかへでも片づけてしま」いたいほどの「厭」さなのである。ではなぜそんなにこの絵に対して「厭」に思うのか。欽吾は述べている。「身体が衰弱したせいか、頭脳の具合が悪いから」か、欽吾はこの絵からうける影響に徐々に逆らえなくなってきているのである。実際に生身の身体が存在し、海外で父が生きていた時には、欽吾はつとめて暮らしやすい生活をしていたことであろう。しかし、その父がなくなった今、家父長の座は父から欽吾に移った。家父長としての適応力の無い欽吾は、家に掲げられた父の像によって常に監視されるという拷問をうける。そうして欽吾のことを無言でじっと見つめているのである。それを意識しなければいい、と欽吾に責任を転化するのでは面白くない。小説の読みとしてはあまりに現実に即しすぎている。ここはやはり物語なのであるから、物語の文法に即した読み方をしなければならないだろう。
母親に対しては「阿父さんは大丈夫です。何とも云やしません」といった強い口を叩く欽吾であるが、心を許した宗近には「父は死んでいる。しかし活た母よりもたしかだよ。たしかだよ」という本音が表れてしまう。
私はここに、宗近が小野に有無を言わせずに宗近の言う「真面目」に無理やりさせたのと同じく、ここにも有無を言わせずに欽吾に家父長の務めを果たさせようという、暴力が働いていると読む。それは物語という特別な場所だからこそできたことであり、この物語の内部においては、我々が考える生死の概念で言えば身体は死んでいるが、登場人物として甲野の父は死んでいないのである。むしろ身体を無くすことによって超人的な存在になった父は、反抗のしようのない、究極的な存在であり、物語内においては語り手と同じレベルで、登場人物たちが手出しのできない特権的な地位に立っているということができよう。
その父の罪は、まず一つ目は、いくら自分の娘だからといって、まだ結婚のいろはもわからない藤尾を勝手に一にやるといった冗談を言ったこと。その冗談が冗談として通用しておらず、本気捉えられていたことからも、そうした軽率な約束をしたことが何よりも罪である。そうしてもう一つの罪は、物語内において特権的な地位に立ち、自分の息子である欽吾を支配し、自分の意志を貫徹させようとしたことである。欽吾が父の約束にこだわりつづけたのは、父が欽吾を実質支配してからである。欽吾が観念の国に住む人間であるが、現実の世界の欽吾はどうしたのかというと、すでに父の操り人形になっていたと読むことができよう。もちろん欽吾にも罪はある。欽吾の罪は先ほど見た。だが、物語内の現実世界での欽吾の行動は、やはり矛盾したところもあり、おかしい。それはなぜかというと、父に支配されていたからだ、というのが私の読みである。そうしてこれが甲野父の二つ目の罪である。自分の息子とはいえ、人の意志をないがしろにして支配したことも罪であれば、それをもって本人たちの意志とは関係なく、藤尾を一にやろうとさせたのも罪である。

親たちの罪

この節では、これまでどの研究者も指摘してこなかった宗近の父の発言を切り口に、親そのものの罪や家父長制度への批判をしてみたい。
そもそもこの物語では、宗近家の人々は是とされてきた。宗近一でさえ、これまでの読者も研究者もほとんどが是としてきたのであるが、それに対して私は一はちっとも是といえる者ではないということでそれまでの読みのルートに一石を投じた。では、一を非としたところで、一と同一の価値観を持つ父はどうなのか。これまでの研究史でも、一については言及した研究も少ないがないわけではなかった。だが、一の父とまでなると、言及している研究もほとんどない。すなわちこれは、宗近の父がいまだに何ら批評をされる側に立たされていない、という点で、読者の思考停止になっているのである。二〇世紀後半の読者や、二十一世紀の読者がこの一の父の言動に違和感を持たないとしたら、それは読者の怠慢である。宗近家は一見すると語り手もとても評価しているし、その功罪の罪の部分は隠ぺいされやすい。しかし、どうしても隠ぺいできないほどに、一の父は圧倒的に時代に制約された言動をしているのであり、それを批判し、明るみに出すことによって、これからの我々の生きる上での役に立つと思うのである。
では、問題となる部分を引用してみよう。

「うん、自分の事を自分で片付けるのは結構な事だ。一つ遣って見るが好い」
「それでね。もし甲野が妻を貰うと云ったら糸を遣る積ですが好いでしょうね」
「それは好い。構わない」
「一先本人の意志を聞いて見て……」
「聞かんでも好かろう」
「だって、そりゃ聞かなくっちゃ不可ませんよ。外の事とは違うから」
「そんなら聞いて見るが好い。此所へ呼ぼうか」

これは一六で、一が父に外交官の試験が及第したことをつげる場面である。告げたところから、藤尾の話になり、藤尾の話から兄の欽吾の話になり、そしてその妻として糸の話になる場面である。
ここで一の父は、「自分の事を自分で片付けるのは結構な事だ」として、己のことを自分で行うという西洋的な価値観肯定する人物としても描かれている。これはきちんと評価すべき点であろう。子供のことは親がやるといった、江戸時代的な価値観から少しではあるが、抜けだそうとしている部分が認められる。だが、それを言った人物が、その次の瞬間には、娘の結婚について、本人の意志を聞かなければならないという兄の申し出に対して、「それは好い。構わない」と述べてしまうのである。やはり二〇世紀後半の読者も、二十一世紀の読者も、ここに関してはもっと敏感になるべきであったろうと私は考える。管見の限りではあるが、研究論文のなかにこの箇所を引用し、一の父に対してなんら言及していないのは怠慢であろう。
宗近家は語り手が過剰に評価しているということからも、このような時代に制約された言動を行っているにもかかわらず、現代の読者でさえ、その言動に対して批判の目を持つことは難しい存在となっている。
だが、この場面は明らかに、親が自分の娘の結婚は、本人の意志など気にすることがない、すべて親と兄の一存で決めてしまっても良いという、現代からしたら異常な価値観が露骨に表れている部分なのである。一の父がこのような価値観を持った人物であるということを先ず念頭に置かねばならないだろう。そして、その点に関しては、一は「そりゃ聞かなくっちゃ不可ませんよ。外の事とは違うから」という批評性を有しているのである。
だが、結婚は流石に親の一存で決めるのはいけないと思っている一でさえ、その批評性は自身の結婚問題については驚くほど失われてしまっている。一は自分のパートナー選びに対して、藤尾がいいと思っているが、何故そうなのかというと、「外交官の女房にゃ、ああ云うんでないと不可ないです」といった基準のレベルでしかなく、結婚は「外の事」と考えているはずの一でさえ、パートナー選びには、実用的かどうかというレベルの判断しかしていないことが伺える。
さて、この小説の問題点は何か。切り口によって様々な問題点が浮かんでくるが、この親が自分の子の結婚を決めるという視点からこの物語を読む限り、この小説には、婚姻の親決めの問題が横たわっていることが判明する。
一と藤尾の結婚についても、今見て来たように、一は実用のレベルでしか藤尾を欲していない。他に外交官の女房に相応しい女性がいれば、誰とでもいいのである。だが、そんなことよりも問題なのは、自分達の結婚だというのに、藤尾の意志を本人に確認もせずに、結婚するだのしないだのという話になっているという点である。藤尾を結婚の相手にするかどうかも、一は父と相談して決めていることであるし、藤尾の方も、自分ではなく、母を通して自分の意志を伝えるという、親同士の相談取り決めになってしまっている。
欽吾と糸子の場合は今見たように、糸子の意志とは関係なく、親が勝手に決めようとしているのである。もちろん、この論考で詳しく見て来た、小野と小夜子の結婚も、井上孤堂という人物と小野と、家父長と長兄同士の勝手な取り決めになっているということが判明する。そのような親が結婚を決めるという時代のなかで、藤尾が死ななければならなかったのは、それは一重に藤尾が自分で自分の結婚相手を決めようとしたからということに他ならない。
このような結婚を親が取り決めるというのは、現代でも根強く残った問題である。もちろん、相談もしてはいけないという極端なことを言うつもりはない。が、現代でもよく結婚の相手に親が文句をつけたために結婚が出来なくなったとか、親同士の間でトラブルがあって結婚が出来なくなったとか、本人の意志とは関係のないところで親が結婚の問題に介入してくることは少なくない。
近年では少なくはなってきたが、いまだに結婚式場に行けば、「○○家」と「××家」の婚姻披露と札がさがっていることは珍しくもなく、日本の結婚の意識のレベルというのは、20世紀のそれから抜け出せていないのである。このようなことからも、結婚というのは本人の問題であるということをより徹底して意識することが必要であろう。
家制度が廃止されたのは、一九四七年の民法改正の時であるが、法律上廃止されたからといって、人々の意識がそう簡単に変化するとは思えない。変化していないことが、現代社会でも様々な問題に発展しているわけで、人々の意識がいまだに二〇世紀のそれであることの何よりの証拠になっている。
日本の高度経済成長は、一九五〇年代の理想的な家庭を描いたアメリカドラマとともに繁栄したと言われている。その結果、一家には一台、自動車、洗濯機、冷蔵庫があるといった豊かな生活が人々の理想像として植え付けられたのである。こうしたドラマがヒットした理由はいくつもあろうが、そのなかでも、日本の問題であった、嫁姑の問題がここには存在しなかったこともヒットした理由の一つに挙げられよう。すなわち、このドラマで提示していたのは、一家が独立するという物語であったのだ。結婚した若い夫婦はそれまでの両親から離れて、二人でマイホームを持つという夢を手にした。私が指摘したいのは、このドラマの無批判な輸入とともに、日本では高度経済成長という、経済的に豊かになれる時代が偶然重なったために、人々は経済的に独立するものという価値観が出来上がってしまったと言うことである。
そのため、現代では、人は成人すると(実際には、モラトリアムである、大学卒業後、社会人になってから)家から出て一人で生活をすること、が理想的な形であると一般に認識されるようになったのである。ところが、このような経済的な独立をすると、なんだか私たちは精神的にも独立したような気持ちになってしまうのだが、実は精神的にはまったく独立できていないというのは、私が感じているところなのである。
私はむしろ、経済的に独立する必要はそれほどないのではないかと感じている。それぞれの課程が独立できたのは、これから経済が右上がりになっていくということが明白であり、しかも確実に国がどんどん裕福になっていった時代だったからこそ可能であったことであって、現代のように経済的発展はあり得ず、人工も徐々に減りつつあるという超高度高齢化社会の社会モデルにはふさわしくない理想像なのである。だからこれからも過去に生み出された概念に無批判で社会人になったら独立するものという理想像を批判し、経済的な独立をするということが、選択肢としてはあってももちろん構わないが、それをするのは当たり前という認識レベルからは脱却されなければならないということである。またそれと同時に、経済的には独立しなくても、精神的に独立しなければならないということを指摘しておきたい。
独立という言葉には、今大きく分けて二つのことが言えると思う。それは経済的な独立と、精神的な独立である。経済的独立は、今述べてきたように、高度経済成長とともに実現されたものであった。しかし、私が考えるのは、経済的独立は現在ではほぼ不可能になってきているモデルであり、経済成長をしなくともよい。その代わりに精神的な独立をすべきだということである。
そうしなければ、いまだに結婚は親に実験を握られているという状況が引き続くのであり、『虞美人草』は、二〇世紀のテクストではなく、二十一世紀のテクストと言えることになってしまうからである。早く『虞美人草』を二〇世紀のテクストだったというためにも、人々は親からの精神的独立を果たし、自分の結婚相手を自分で選ぶ、親になんといわれようが自分の意志を貫きとおすということが必要になるだろう。また、自分が親という立場になったときは、自分の子供の結婚は本人の問題なのであるから、相談に乗る程度はいいだろうが、結婚の問題に口出しをして本人たちを困らせるというようなことを決してしてはいけないと心に決めておかなければならない。たとえそれが自分にとっては信じられないと思うような結婚相手だったとしても。
親は子ではなく、子は親ではないのである。その認識が徹底してこの国には欠如している。よく有名人の家族が不祥事を起こした際に、本人ではないのに、その親であるから、その子であるからというだけで謝罪をしている芸能人がいるが、これも本来おかしな問題であるので、そうした謝罪をしないという勇気もこれからは持ち合わせなければならない。また、それを謝罪しろということもしてはならないのである。まずは、親と子がそれぞれ独立した存在であり、そして親だからというだけで子よりも優位に立つというようなことがあり得ないということをはっきりとさせなければならないであろう。成人をしたならば、対等な関係であるということを徹底しない限り、婚姻の親決め、兄決めという問題がなくならないのである。

終章

悲劇と喜劇 

何が悲劇で何が喜劇なのかということを定義づけることはできない。それをしているだけで大著が出来てしまうだろう。ここでは、西垣氏(前掲論文)が示した、最も理想的だと思われる指摘を考えの材料にして、そこから考えを深めて行こう。

仮りに現代の軽薄な「文明」や功利的な「我」にあやつられて、藤尾や母や小野さんが動かなかったら、つまりこの小説の劇が起こらなかったならどういうことになるか、という見方である。甲野さんは糸子と結婚し、母とともに暮し、小野さんは小夜子と結婚し、孤堂先生と共に暮す。ここまではこの作の結末以降と同じである。藤尾だけが宗近君と結婚することになる。これが漱石の「道義」に沿った姿ということになる。

何が悲劇で何が喜劇かという不毛な議論をひとまず置くとして、喜劇の理想形をこの3組のカップルが成立することとひとまずしておこう。(この理想像は坂本浩『夏目漱石―作品の深層世界―』昭和五十四年四月二十日、でも指摘されていることである。)少なくともこれまでの研究史や、多くの読者は、これが最も理想形であると信じて疑ってこなかった。すなわちカップルはできないよりできた方がいいと疑いもせずにこの作品を読み、批評してきたわけである。
だが、価値観が多様化し、必ずしもライススタイルにおいて結婚をすることが「当たり前」でなくなった二十一世紀の現代においては、理想形をここからずらす、あるいはこの理想形の呪縛から逸脱できる可能性がある。すなわち、カップルを三組つくることが理想形だと思い込んでこの作品を批判すると、カップルができなかったことが、「マイナス」、「悪い」こととなってしまう。しかし、二十一世紀読者の我々は、そのカップルができなければならないという理想形から、良くも悪くも離れることができる。とすれば、この作品の読み方はさらに新しい可能性へと開けるのではないか、というのが私の考えである。
そこで、先に論じた小野が取ればよかった行動の説明ができることになる。すなわち、小夜子のこともその美しさには気が付かずに、それどころかじめじめした「過去」を嫌悪さえして嫌がっており、また藤尾とも「必ず廃せばよかったと後悔する」ような大森行きである。結局小野は、小夜子とも、藤尾ともこれ以上男女の関係が深まるのが嫌なのである。ここに小野のセクシャリティーをヘテロではなく、ホモセクシャル的なものであると見ることも可能であるが、ここではとりあえず置いておこう。
これ以上の男女の関係、あるいは小夜子と藤尾、どちらも嫌であるという小野である。その小野にとっての理想形は、先の西垣論のようなカップルが成立するほうがいい、という価値体系からは生み出されてはこない。そうした価値体系を脱け出せばこそ、小野の理想形は、誰とも結婚しないもの、という形が出力されるのである。婚姻には、両者の同意がなければならないという原則を踏まえれば、どんなに小夜子や藤尾が結婚をしたかったとしても、小野との婚姻はないほうがいいだろう。自分と結婚したくないと思っている男である。小夜子にしても藤尾にしても、そんな男と結婚してこれから生涯を遂げようというのなら、やめた方がいい。どちらも容姿は端麗で、相手はすぐに見つかるだろう。どうしても結婚をしたいというのならば、他の相手を見つけたほうが小野と一生を過ごすよりかはよほどいい生活ができるに違いない。
私は先ほど小野の罪という節では、小夜子を省みることなく、藤尾への愛を通すべきだとした。まずは出発点はここだと思っている。しかし、これは小野が藤尾を愛しておればという前提のもとに立った考えであった。現在でも昼のドラマ、メロドラマというものは、『虞美人草』で見るように、あの人か、この人かということで思い悩む。そのようななかに義理や愛が入ってくるのである。だが、これは二〇世紀的な発想であり、二十一世紀となった今となっては古い発想なのである。もちろん古い発想だからということで駆逐すべきだとかそういう乱暴なことを言うつもりはない。だが、それを越えるような作品がこれからはもっと出てきてもいいはずなのである。先ずは、この20世紀的想像力を越えることから始めたい。その思いで私は先ほど、藤尾を選べばよかった、西洋のロマンチックラブイデオロギーにまずは貫徹することから始めよと述べたわけである。
だが、西洋のロマンチックラブイデオロギーを貫徹すること自体は二十一世紀的と言えるかというと、やや疑問が残らなくもない。もちろん、今でさえ、西洋のロマンチックラブは貫徹されておらず、しばしばこの『虞美人草』のように、東洋的な義理や道理、あるいは世間といったものが邪魔になり、物語の主人公たちを、いわんや実際に生きている私たちをアンビバレントな状況に招いているのである。だから、そこからの脱却という点では、西洋のロマンチックラブに徹するというのが、新しい発想でないということはない。だが、それでもそれは近代欧米によって生み出された時代の産物であり、その時代の制約から自由になれていないという点で、やはり二〇世紀的なものになってしまっていると言うことができよう。
私はさらにそこから抜け出すことによって、新しい時代に到達できると信じている。すなわち、先ほども言ったように、結婚し子供を産むというスタイルが一般的ではなくなってきた二十一世紀においては、この男女三組というのは成立しなくてもいいのではないかということである。そういう視点によってこそ、こうした物語は新しい時代の水準によって読み解かれ、またそのような価値を反映した作品が登場することによって、人々を感化していくのではないかということである。あるいは、一度結婚しても、近年では子育てが終わったら離婚し、一人で自由に暮らしていくという、極めて理にかなった結婚のスタイルもあると聞く。
孫引きであるがここで永野潤氏の論文『自我と自由―サルトル「自我の超越」について』(「哲学誌」一九九三)からサルトルの言葉を引用してみよう。

  大部分の哲学者にとって、自我は意識の《住人》である。ある人々は、自我が、《体験 Erlebnis》のただなかに、空虚な統一原理として形相的に現存するということを断言する。他の人々―大部分心理学者であるが―は、自我が、我々の心的生活の各契機の内部に、欲望や行為の中心として質料的に現存すると考えている。我々はここで、自我が、形相的にも質料的にも意識の内部にはないということ、自我は外部に、世界の中にあるということ、それは他者の自我と同様、世界の一存在であることを示そうと思う。(TE,13)

我々が例えば禁煙をしようと堅く誓ったにもかかわらず、禁煙できないというような場合がしばしばおこるが、これはなぜかということにサルトルは明確に答えたのである。デカルトが言ったような、「我思う、故に我あり」式の西洋近代の自我というものが、これまで、いや現在でも無批判に存在すると我々は信じ、生きている。そうでなければ、カードの支払など、その人がつねに同一の人物であるということが信じられていなければあり得ない話であるからだ。だが、サルトルは、それまで信じられてきたような自我というものが、自分の内部には存在しないということを言いきったのである。だから、禁煙しようと誓っても、しばらくするとその誓った自分はすでに自分ではないので、その誓いを破ってしまう、というわけである。
人間も同じ人物をずっと好きでいる、という考え方は、西洋のロマンチックラブイデオロギーにおいては正しいこととされ、現在でもそれがまかり通っているために、我々もなんとなくいろいろな人を好きになることはおかしい、間違ったことで、一人の人をずっと愛しつづける、というのが何か正しいことのように考えている。だが、その価値さえも作り出された価値であるということを認識しておかなければならないであろう。もはや好きでもなくなった、愛想をつかしてしまった相手とも、一生を一緒に過ごさなければならないというのは地獄であるし、それが何かいいことのようには思われない。人間が意志の力によって常に同じ人間を愛し続けることができるのであれば話は別だが、愛は意志の力ではどうしようもない感情である。そのような無理がある考えから解放されることによって、より人間はよりよく生きることができるのではないか、と考えるのである。
『虞美人草』に話を戻せば、この物語は西洋のロマンチックラブと東洋の道義の対立によって、どちらに転んでも悲劇が起こるように巧妙につくられたテクストであるということができるだろう。作品内においては、宗近の「真面目」論によって、徳義上の契約を重んじた小野は、小夜子を選ぶことになる。小夜子は井上孤堂とともに、東洋の象徴である。だから、東洋を救うことによって、このテクストの西洋の象徴である藤尾は死ななければならなかったのである。だが、反対に、小野が東洋ではなく、西洋を取ったらどうだったであろうか。藤尾は生き、その代わりに今度は井上孤堂と小夜子が死ぬのである。私はいつまでも東洋と西洋の間であっちに行ったり、こっちにいったりしているのではいけない、それをまず越えなければならないということから、西洋に徹することを論じた。少なくともそうして両極のうちの片方に徹することによって展望が開けるだろうと考えたのである。そうして、21世紀読者である私たちは、両人を生かすことができる。それは、この東洋とも西洋とも異なる、いわば、東洋と西洋とをアウフヘーベンしたところで、どちらとも結婚しない(あるいは現在の法律では不可能であるが、どちらとも結婚する)ことによって、両方を生かすことができると考えるのである。
「悲劇は喜劇より偉大である」と甲野は言うが、だからといってその悲喜劇論のために人を一人殺されては困るのである。出来得ることならば、両人とも生かし、誰も死なないほうが良いに越したことはない。そうして二十一世紀となった現代において、漸く西洋でも東洋でもなく、どちらをとることもなく、それを超越した地点で、両人を生かしめることができるというのが、私の喜劇論であり、また『虞美人草』論なのである。
小野の罪の箇所で引用した宇野常寛は、『ゼロ年代の想像力』(前掲載)で次のように述べる。九〇年代の想像力であった、『新世紀エヴァンゲリオン』の「引きこもり/心理主義」を批判した上で、こう述べる。

だが二〇〇一年前後、この「引きこもり/心理主義」的モードは徐々に解除されていくことになる。簡易に表現すれば、二〇〇一年九月十一日のアメリカ同時多発テロ、小泉純一郎による一連のネオリベラリズム的な「構造改革」路線、それに伴う「格差社会」意識の浸透などによって、九〇年代後半のように「引きこもって」いると殺されてしまう(生き残れない)という、ある種の「サヴァイブ感」とでも言うべき感覚が社会に広く共有されはじめたのだ。
世の中のしくみ、つまり「政治」の問題としては、小泉構造改革以降の国内社会に「世の中が不透明で間違っているから何もしないで引きこもる」という態度で臨んでいたら、生き残ることはできない。自己責任で格差社会の敗北者を選択したと見做されてしまう。
そしてこの「ゲーム」は現代を生きる私達にとって不可避の選択であり、「ゲームに参加しない」という選択は存在しない。この資本主義経済と法システムによって組み上げられた世界を生きる限り、私たちは生まれ落ちたその瞬間からゲームの渦中にある。

そのため私は小野の罪の節で、小夜子を省みずに捨てても現代では罪に問われないと述べたのである。自己犠牲をしていては生き残れない状況に社会がなってきているからである。だが、私はそのような社会がいいといっているのではない。やはりこの生き残りのゲームに参加しないという選択肢はあるべきであり、それは社会の幅としてなければならないゆとりであろう。現在第二次安倍政権によるアベノミクスによって、格差社会の傾向がより強くなってきている。豊かなものはより豊かになり、貧しいものはより貧しくなる。そのような生き残りを強制するような資本主義の社会ではなく、より安心して暮らせる社会になってほしい、またそのために自分ができることをしなければならない、というのが私の考えである。
藤尾か小夜子かという選択ではなく、藤尾も小夜子も生かしめるような選択肢が持てる社会になればと願い、ここで筆をおくことにする。





参考文献
雑誌論文 著者名、論文名、掲載雑誌名、発行年月
単行本 筆者名、題名、出版社名、発行年
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・坂本浩『夏目漱石―作品の深層世界』(明治書院、一九七九)
・片岡良一『夏目漱石の作品』(厚文社、一九五五)
・井上百合子『「虞美人草」―研究史的に』(「日本近代文学」二、一九六五・〇五)
・伊豆利彦『「虞美人草」の思想』(「日本近代文学」二、一九六五・〇五)
・平岡敏夫『「虞美人草」論』(「日本近代文学」二、一九六五・〇五)
・平岡敏夫『「虞美人草」から「坑夫」「三四郎」へ―低徊趣味と推移趣味』(『漱石序説』塙書房、一九七六)
・竹盛天雄『二つの「遐(はるか)なる」もの―「虞美人草」周辺 (漱石文学の変貌--三つの転換期(特集)) ―― (「野分」から「三四郎」へ)』(「国文学 解釈と教材の研究」一九七四・一一)
・相原和邦『「自然」と「詩」―『虞美人草』の人物像―』(『講座 夏目漱石 第二巻〈漱石の作品(上)〉』、一九八一)
・西垣勤『「虞美人草」論 (明治39年・漱石とその周辺(小特集))』(「日本文学」一九七四・〇五)
・酒井英行『「虞美人草」論―小野と小夜子』(「日本文学」一九八三・〇九)
・深江浩『漱石長篇小説の世界』(桜楓社、一九八一)
・小林英夫『漱石の文体について』(「国文学 解釈と教材の研究」一九五六・一〇)
・水村美苗『「男と男」と「男と女」―藤尾の死』(『批評空間』第六号、一九九二・七)
・北川扶生子『「虞美人草」と〈美文〉の時代』(『漱石から漱石へ』翰林書房、二〇〇〇)
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・高山宏、小森陽一、石原千秋『奇想天外『虞美人草』講義』(漱石研究 (一六)、二〇〇三・一〇)
・金子明雄『小説に似る小説―『虞美人草』』(漱石研究 (一六)、二〇〇三・一〇)
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・平岡敏夫『虞美人草』と『青春』(漱石研究 (一六)、二〇〇三・一〇)
・北田幸恵『男の法、女の法--『虞美人草』における相続と恋愛』(漱石研究 (一六)、二〇〇三・一〇)
・小山静子『藤尾一人の恋--『虞美人草』にみる結婚と相続』(漱石研究 (一六)、二〇〇三・一〇)
・和田敦彦『博覧会と読書--見せる場所、見えない場所、『虞美人草』』(一六)、二〇〇三・一〇)
・塩崎文雄『女が男を誘うとき--『虞美人草』の地政学』(一六)、二〇〇三・一〇)
・藤田健治『漱石その軌跡と系譜― (鴎外・龍之介・有三)―文学の哲学的考察』(紀伊國屋書店、一九九一)
・相原和邦『「虞美人草」「坑夫」から「三四郎」まで―「三四郎」の位置(国文学 解釈と教材の研究一九八一・一〇)
・佐藤泰正『これが漱石だ。―文学講義録』(櫻の森通信社、二〇一〇)
・渡邊澄子『男漱石を女が読む』(世界思想社、二〇一三)
・池田美紀子『夏目漱石―眼は識る東西の字』(国書刊行会、二〇一三)
・河村民部『漱石を比較文学的に読む』(近代文芸社、二〇〇〇)
・今西順吉『漱石文学の思想』(筑摩書房、一九九二)
・武田充啓『「虞美人草」の「小供」たち』(奈良工業高等専門学校研究紀要(三二)、一九九六)
・佐藤泰正『夏目漱石論』(筑摩書房、一九八六)
・吉本隆明『夏目漱石を読む』(筑摩書房、二〇〇二)
・佐々木英昭著『漱石先生の暗示 (サジェスチョン)』(名古屋大学出版会、二〇〇九)
・増満圭子『夏目漱石論―漱石文学における「意識」』(和泉書院、二〇〇四)
・佐藤裕子『漱石解読―「語り」の構造』(和泉書院、二〇〇〇)

文学の読み方


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文学作品を読む際に、私たちは「読む」という行為が当たりまえすぎるために、別段、「読む」という行為が実はどのような行為なのかを意識したことがありません。ですから、読んでいる文章というものにも、特に意識をくばったことがないのが現状です。ですから、文学作品というものには、何か作者の言いたいことがあり、それを正確に読み解いていくのが正しい読み方だと通常は考えます。しかも、それを中学、高校の国語の教育では教えてきているのです。これは本当に大学で文学を研究している人間から見ると、ゆゆしき事態なのです。
『現代文学理論』という本から、内容を要約して書きます。
 文学作品というものは、依然はそれを書いた作者のものでした。しかし、現在では少し大胆に述べると、文学作品は作者のものではなくて、読者のものなのです。文学作品を研究する際には、いくつか研究方法があるのですが、かつての主流は「作家論」や「作品論」というものがありました。これらの研究方法が前提とするのは、作品を書いたのは作者であるという常識です。作者が書き上げた作品には、作者の意図と、文学作品の意味が隠されており、それを解き明かすのが文学研究の役割であるというのがこれらの立場です。これらの研究の中心は、何よりも作者の伝記的事実に関心を集め、実生活の細部を探り出すことでした。伝記的情報を蓄積すれば、作家の本質をつかむことが出来ると考え、作品の意味は、作家の伝記的事実のなかで解き明かされるのだという考えです。しかし、これは実は文学というよりかは、歴史や考古学のようなものです。研究は、その作家に関する知識のみがものをいうようになり、作品の研究というよりは、作家の研究だったわけです。
 その後、これまたこちらの世界では常識なのですが、言語学のソシュールという人物の思想にヒントを得た言語論的転回という考えが1900年代の23十年ごろから勢いをつけ、50年代にはアメリカを中心に、「新批評(ニュークリティシズム)」という考えが確立します。言語論的転回というのは、ちょうどほぼ同時期に、哲学者であるウィトゲンシュタイン(ヒトラーと同じ学年で、同じ学校で過ごしていたということを先日知り、びっくりしました、年代の把握に役立つと思い書きました。)も同じような考えに至っています。この両者の考え方、アプローチの仕方など、それだけでもかなり興味深いものがあるのですが、今回は結論だけ。彼らが考えたのは、我々が言葉を使っているのではなくて、言葉の方が何かしらの理由で我々よりも先にあるのだということです。これだけでは何のことかわかりづらいかもしれません。言葉はそれ自体は本質的には意味を持たずに、言葉が意味を持つのは、その後の人間による行為だとでも述べましょうか。モノがあって言葉があるのではなくて、言葉が(何かしらの状態、あるいは理由、これは人間では捉えられない事象)先にあって、モノがある、というような考えなのです。どうでしょう、何とか理解できますでしょうか。私も最初は何を言っているのかわからなかったのですが、次第になんとなく理解できるようにはなってきました。しかし、いざ他人に論理的に説明しようとすると、まだぼんやりとしか理解できていないので、難しいです。至らなくて申し訳ありません。わからなければ、また説明しますので、理解できなかった点を後で連絡してください。約100年前に転回したこの思想は、アカデミズム(学問の)世界では常識となっています。このことに関しても、本来ならば中・高で教えなければならない常識であるはずなのですが、なぜか日本の教育機関ではこのことに関しては全く沈黙を守っています。だから、現在の日本の教育機関は100年間遅れているとも極言すれば言えるのです。
 さて、言語論的転回から発想を得た「新批評(ニュークリティシズム)」は、作品そのものを研究の中心にしようというものです。作者から一旦作品を切り離して考えようというものです。作者の伝記的事実や、作品外の情報は切りすてられ、一つの閉じた世界としてテクストが精読されます。また、ここで、A,ディボーデが指摘した、二つの読者の存在も考える必要があると思います。小説から筋だけを性急に読み取ろうとする大衆的読者と、そうした段階を超越したエリート読者(表現の仕方がちょっといらっときますけど、わかりやすさのため敢えて)という対立構図です。文学作品の人間性を探求する特権を自認している選ばれた精読者(リズール)と、「小説に娯楽、清涼剤、日々のちょっとした休息、そういうものしか求めな」い消費的読者(レクトゥール)です。
 50年代の後半に入ると、フランスを中心に構造主義が隆盛を極めます。現在の大学での文学の研究もこの、この構造主義の考えを主流としています。構造主義と新批評の差は、専門家は違うとしているのですが、文学部ではそこまで明確な差を考えてはいません。どちらも、作品に主眼を置いた研究の方法です。
 この後、さらに発展した研究があるのですが、それはまだ新しく、十分に確立されていないので、日本の大学では導入されていません。なのでよく私も理解できていないのですが、第一の段階が、作家、第二の段階が作品(私たちがメインにするのはここです)、そうして新しい第三の段階が読者ということになるそうです。一部、この考えが我々の使用しているテクスト論の考えにも入ってきているのですが、その全貌は私もよくわかりません。ただ、考えとしては「読者とは、何よりも能動的存在であり、読む行為により、積極的に文学作品の具体化に関わっているのである。文学作品とはそれ自体で成立する客体ではなく、読者の読みにより、初めて姿を現す何かなのである」そうです。この考えまでは何とか現状の我々も理解できるのですが、これの後を行く考えもまたあり、それはあまりにも本題から逸脱するので、割愛します。
 こうした、文学を読む以前の前提として、作品とは何か、作家とは何か、読者とは何か、といったものも一回考えてみたいとお思いになりましたら、先ずはこれらの本を図書館で読むなり、本屋で買うなりしてみるといいかもしれません。お勧めします。
前田愛『文学テクスト入門』筑摩書房
筒井康隆『文学部唯野教授』岩波現代文庫
石原千秋・木股知史『読むための理論』世織書房

現代を読み解く女性文学 綿矢りさ『大地のゲーム』試論 感想とレビュー 現代の震災から人間の本質を問う綿矢文学新たな地平

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-初めに-
 2013年3月号の雑誌新潮は、川端康成の未発表作品『星を盗んだ父』と綿矢りさの最新長編書下ろし『大地のゲーム』が同時掲載ということもあり、かなり力の入った雑誌になりました。文学の意味や意義というものが多少示されるような形になったと私は思います。
 未曽有の大震災から約2年。この間に私たちは何をしてきたのか。ふと立ち止まって考える必要があります。まず第一に大震災から何を学んだのかということ。原発の問題もあれば、津波の被害を過小評価していたという認識の問題もあります。帰宅難民が出たり、その他さまざまな震災への心持と対策の不備が露見しました。次に、震災から2年間で私たちは何を学んだのかということです。がれき撤去がまだちっともできていないのが現状です。「復興」「復幸」と言っても、何一つ前進していない。なぜなのか。「絆」や「つながり」を声高く上げてきれいなもので蓋をしていないだろうか。「がんばろうにっぽん」一体何をがんばるのだろうか。日本という文化はもともとから、できるだけ音便に、事なかれ主義が根強い文化です。ふと気が付くと、あの震災から二年しかたっていないのに、もうだいぶ前のような感覚がします。なぜでしょうか。すでに震災は前のこととなり、今のことではありません。みな何不自由なく生活しているし、今さら震災を蒸し返そうともしません。しかし、本当にそれでよいのか、確かにあの震災によって心に傷を負った人もいるでしょう。ですが、それを忘れてしまったふりをし続けていてもよいのでしょうか。デビューが早かったためにもはやベテランの域に居る綿矢りさですが、年齢的にはまだまだ若手としてのみずみずしい感性も有しています。その綿矢りさが、震災というものをフィクション化することによって、様々な側面を炙り出すことに成功したのがこの『大地のゲーム』です。

-綿矢文学を読み解く二つの指標 場所と関係-
 3・11後にその影響を受けた作品は俗に「3・11文学」として呼ばれています。あらゆる作家に影響を与えた大震災。小説はもちろん、文学という言葉の範囲には映画も、漫画も、アニメも大きな意味での「文学」になります。例えば『おやすみプンプン』では、震災が描かれることによって、作品の時間軸が現在であることが判明しました。桜庭一樹作品も、『傷痕』『無花果とムーン』などは震災の影響を受けていると考えられます。『あの日みた花の名を僕たちはまだ知らない』も、死者の霊との交流という面で、3・11文学作品と呼ぶことができるでしょう。こうした震災の影響を受けて、作品の内部に震災を多少なりとも入れたものは数多くあります。逆に全く震災を無視しているというものも、ある意味では3・11文学と言えるかもしれません。作家がわれ関せずという主義を保ち、あるいは沈黙することによって、震災に対する何らかのメッセージを逆説的に表出させていると考えることもできます。
 しかし、そうした3・11文学とよばれる作品群のなかで、真っ向から震災に立ち向かった作品というのはありませんでした。震災はすべての価値観を覆してしまいましたから、何が良いのか、悪いのかが誰にも判断できなくなってしまったのです。その中で、震災に対する何かしらの言説を述べると、批判されるおそれがありますから、作品の内部に多少組み込むことはあっても、震災そのものをテーマに、そのものから作品をつくるということはありませんでした。2年というインターバルを経て、もはや風化しそうになっているこの震災を「テーマ」として選択し、そこから構造した作品が今回の『大地のゲーム』です。

 一体いつの時間軸かは小説内からはわかりませんが、3・11と思われる震災が主人公たちの親の世代が若いころにおこったということがわかります。しかし、その震災も3・11とは断定できません。ですが、一般的に考えれば、西暦でいえば2000年代の後半にあたるであろうことがわかります。
 綿矢文学には、固有名詞が描かれる作品と排除される作品とに分かれますが、この作品は作品内から固有名詞がかなり削除された作品です。その点では、つい先日発表された『abさんご』に似ている側面もあります。主人公の名前もわかりません。作品は女子大生である「私」の語りによって進行します。主な登場人物は、「私」との「私の男」という彼氏。それから、大学内で「反宇宙派」というグループを立ち上げている「私」が「リーダー」と呼ぶ男。そうして、今までの綿矢文学の三角関係からは登場しなかったはずの第四番目の人物マリの四人です。
 小説の時間軸がいつかは明確にはわかりませんが、
人称と固有名詞の冒険―綿矢りさ「大地のゲーム」
http://tomonodokusho.cocolog-nifty.com/blog/2013/02/post-7aa0.html
参考したブログではこのような指摘がされています。
―12ページ目のはじめに「大学創立二百周年記念タワー」という固有名詞を持っていることが不意に判明します。ここで日本における最初の大学の設立が、1877年の東京大学であったことを思い出しましょう。すなわち、「大学創立二百周年記念タワー」は、固有名詞が不明などんな大学であろうとも、2077年以降にしか存在しないことが判明するのです。―
 ここで重要な指摘がなされていますが、このタワーの形容から、少なくとも2077年以降の時間であることが判明します。
 場所はどこでしょうか。この大学には14号館と呼ばれる「私」たちが住み込んでいる会館があります。少なくとも14以上は会館があることから、かなり大きめの大学であることが判明します。また記念タワーなども鑑みると、作者である綿矢りさが卒業した早稲田大学を彷彿させます。おそらく作者レベルでは大学内の描写においては自分の記憶を頼ったことでしょう。しかし、作中では時間軸も異なりますし、現実の早稲田は都会にありますが、この小説内では舞台となる「大学」はかなり田舎にあることが判明しています。回りを運動神経のかなりある男でなければ飛び越えていけないほどの囲いがなされているような閉塞された空間であるということもわかります。
 
 綿矢文学を考える場合は場所が特に重要だと私は感じてきました。綿矢文学は私が勝手につけた名称ですが、「ひきこもり文学」として読み解くことができます。「インストール」は押入れの中にひきこもりました。「蹴りたい背中」は教室と、にな川の家の二か所にひきこもります。「ひらいて」は教室の中にひきこもっているのです。この『大地のゲーム』では、登場する人物が大学生ということもあり、多少活動の幅が広がっていますが、意識的に大学が閉塞された空間であることが描かれており、大学にひきこもるという典型的な綿矢文学の特徴を引き継いでいます。この作品は、大地という命の温床、海と対比される大きな自然の世界を描いていながら、たったひとつの小さなキャンパスに閉じこもっているという二面性を有しているのです。
 また、綿矢文学を読み解く際の手掛かりが人間同士の関係性ですが、今まで綿矢文学で多用されてきたのは「三角関係」でした。今までの作品ではルネ・ジラールの「欲望の三角関係」の理論から、主人公は大抵の場合ルネ・ジラールのいうメディエーターというポジションに位置し、三角関係の中では恋愛に敗れる役を演じてきたと私は考察しています。
 以前綿矢りさ氏のインタビューを聞かせていただいた機会があったのですが、「ひらいて」執筆後で、彼女は「次は三角関係にもう一人足して四角関係を描きたい」というようなことを述べていたことを記憶しています。今までの作品がどれも三角関係の構図を含んでいたのに対して、今回の登場人物たちがどこか不思議で謎めいているのは、新たに今まで存在しなかったはずの四人目が登場したことに原因があると私は思います。

-三角関係から変化した四角関係を巡る物語-
主人公が女性であることから、便宜的に四人目はマリだろうということを述べましたが、それはあくまで主人公の「私」の主観から見た場合です。誰が四人目なのかということはあまり議論になりませんが、この作品では、「私」と「私の男」と「リーダー」と「マリ」という四人の関係性を巡る物語として読み解くことができます。
今までも固有名詞が謎めいた作品が多かったものの、今回の『大地のゲーム』では、「マリ」以外の主要人物が、「私」を含め、彼氏である男も、反宇宙派を率いて大学を統治しているリーダーの名前も一切描かれません。一体「私」と関係のある男たちがどのような存在であるのか、名前を奪われることによって、漠然としてきます。そうしてそれと同時に、「私」と二人の男の関係性もどこか明瞭としません。「私の男」とは当然「私」にとっては付き合いをしている彼ということになりますが、本当に好きなのかどうかが一向に描かれません。付き合って一年くらいであるということが震災後の冬の回想で描かれていますから、震災の半年ほど前から付き合っていたということになるでしょう。しかし、なぜ付き合っているのかはなぞですし、あまり好きなようでもありません。「私の男」の人物造形は、どこかがさつで言葉が少なく、語彙力も少ないために「私」に言い負かされて尻に敷かれているような人物です。しかし、プライドが高いため、尻に敷かれることは彼にとっては嫌なことで、怒鳴ることによって自分が上位にあることを知らしめているようなタイプの男です。それに対して、リーダーは大震災の中でグループをまとめ上げ、無法地帯となった大学内を自力で秩序だったものにするほどの能力の持ち主で、しばしばかぎ括弧を使用して演説の言葉が切り取られていることからも、弁舌の立つ有能な人物として描かれます。そうして肝心なのが、「私」はこのリーダーを「狙っている」のです。好きや愛しているという感情ではありません。そうした言葉も登場しませんし、リーダーとどのような関係になりたいのかは不明ですが、「狙っている」と言ったほうがしっくりくるような感情をリーダーに投げかけています。自分の彼氏のことを「私の男」という所有物として命名していることから、リーダーを自分の手中に入れたいという感情なのかもしれません。
今までの綿矢文学で登場したどこかなよなよした男というのは登場しません。攻撃を誘発させる弱弱しさというのは、今回「マリ」の存在に引き継がれています。男はたくましく描かれますが、その反面今までの弱弱しい存在は女性であるマリが請け負っています。このマリはしばしば綿矢文学で登場する「ハーフ」です。容姿が非常に美しいということが判明しますが、リーダーのファンである女子大学生三人のグループに大学中を追い回され、常にいじめられています。そうしてしばしば「私」のもとに逃げ込んでくることが判明します。

 この小説は、「私」と兄の幼少のころの回想から始まる典型的な階層型の小説です。作品における主な現在は、未曽有の夏の震災から約半年たった冬です。夏の震災によって学園祭が延期になり、冬の学園祭からカウントした時間軸で回想がなされます。学園祭二週間前と一週間前。途中で夏の震災の記憶も回想されます。最後は夏の震災、冬の震災が来た後の時間が多少描かれます。その中で四人の関係が徐々に変化していくのがこの小説のメーンになっています。
 今までの作品よりもあらゆる面で規模が大きくなっています。閉塞された空間という縛りは、震災の後大学の周辺の治安が悪くなったこともあり、極めて緊迫した空気の中で強まっています。さらに、今までの攻撃性は「蹴りたい」やいじめたいレベルのものでしたが、閉塞感が強まったためか、手段リンチにより殺人までに強まっています。「私」の攻撃性は、今までの三角関係であれば、男であるリーダーか「私の男」に向かうはずでしたが、今回は同性であるマリに向かっています。そうして、四人に増えたことから、攻撃する人間が増えました。「私」はマリに。「私の男」とリーダーはお互いに攻撃しあっています。
 作中ではかなりおとなしくしていた四人ですが、夏の震災の後に必ず来ると政府が予測した同規模の地震が発生した瞬間に急にその攻撃性を発揮します。震災があって治安が悪くなったことから、この小説内においては、日本でも護身用に銃を持つことが許可された世界になっています。その点では多少ライトノベル的な要素があると言えるかも知れません。
 その攻撃力の極めて強い武器をただでさえ攻撃性のある登場人物たちが持ったらどうなるのか。冬の震災の時、「私」はマリを殺そうとします。地震に紛れて行えば、後々犯行がばれる可能性が少ないからです。「私」にとってマリは自分が所有したいリーダーを横から奪っていく人物でした。そのマリを自分しかしらない彼女が逃げ込んできた際にかくまう場所で殺してしまえば、リーダーを狙うのは自分だけになるという魂胆です。しかし、また男同士も壮絶な決闘を行います。「私の男」はリーダーを殺したがっていました。それは、自分の彼女である「私」をリーダーに奪われないための行動と考えることもできますし、もしかしたらマリを好きだったという可能性もなくはないと私は思います。リーダーが何故「私の男」を殺しに行ったのか謎ですが、もしかしたらリーダーもまた「私」を奪うためにその彼氏を殺したかったというラインが浮上してきます。三角関係では明確だった人間同士の関係性が、四人になったために重複し始めました。ある意味ではこの不明確さが作者が狙った小説上の技巧だったのかもしれません。そうした面でも作家綿矢りさに磨きがかかってきたという事ができます。

-終わりに、『大地のゲーム』とは何か-
 タイトルにある『大地のゲーム』が一体何を指しているのでしょうか。この小説は、3・11があったであろう世代の次の世代の物語です。そうして、作品内ではすでに夏に3・11レベルの震災が起こったという設定がなされています。政府の報告によれば、1年以内に夏の震災と同規模の震災が再び起こることが予測されて、その際には特別なサイレンがなるということが、ニュースを通じて日本国民全員が認識している世界です。
 作品内では、次におこる震災に怯えながらも、着々と学園祭の用意をする登場人物たち。小説では、学園祭の当日、中でも最も盛り上がっている部分、リーダーの演説中に大震災が訪れます。あまりにも都合がよすぎる震災という点ではリアリティーに欠けますが、リアリティーの排除というのは、ライトノベル的な設定にも表れていますし、また固有名詞が排除されているというのも具体性を無くすためと考えることもできます。ではなぜ、リアリズムを排除したのか。それは一つには、まだ日本人の心に3・11の影響があまりにも残りすぎているという点です。この作品は震災を真っ向から描いた作品です。ある意味不謹慎な作品と考えることもできるでしょう。ですから、これを3・11のこととして描くと、被災者の方やまだ立ち直っていない人たちにあの恐怖を思い起こさせることにもなります。ですので虚構性を強めたというのが現状だろうと私は思います。
 『大地のゲーム』というのはつまり、大地側がそのうえに住んでいる人間たちに対してゲームをしているということです。ゲームというのは、playではなく、末尾に表記されるように「bit(賭け)」です。大地がディーラーで、その上にいる私たち人間は賭けをしている存在です。その上では、様々な駆け引きも行われています。四人の関係は、その関係性を巡る賭け事だったのです。
 
通常ではありえないような設定の上で、極限の状態に置かれたらどうなるのかという「if」の世界を描いたというのが、この作品の最大のテーマではないでしょうか。それは、もしも大震災が起きて、さらにもう一度同じものがおこることが予想されていたならば、人々はどのようにそれに対して臨むのかということでもあります。現実でも、近いうちに再び地震が起きるということがわかっていますが、果たして私たちはあの震災から何を学んだのでしょうか。ほとんどの人間が震災を忘れ、次にいつ来るともわからない地震に対して何も準備をしていません。この作品では近いうちに地震が来るとわかっていれば人間がどのように動くのかというシミュレーションでもあります。
またifの世界を描くという点では、今まで三角関係がメーンだった綿矢文学にもしもう一人を持ち込んだらということもその一つではないでしょうか。もし、大学という場所に閉塞されたら人間はどう動くのか。今までも必死に動いてきた綿矢文学に登場する人物たち。しかし、その人物たちは平穏な日々の中では、その必死さはどこか滑稽味を帯びていました。だから、綿矢文学に登場する主人公は「ちょっと痛い子」というようなレッテルが張られていましたが、今回の極限の状況下においてはその必死さは生きるための必死さとして、まったく滑稽味をうしなっています。極めてシリアスで、みんなどこか神経が擦り切れている状況の中で、人はどう生きるのかということを真剣に問うた人間の本性を暴いた作品です。勿論それを操っているのは皮肉として大地というディーラーであるということもいう事ができると私は思います。
これこそ綿矢文学新たな地平と呼ぶにふさわしい、綿矢ファンならびに、現代の震災を考える人間が読むべき書物であると思います。

綿矢りさ『夢を与える』試論 感想とレビュー 綿矢文学の特異点としての側面から綿矢文学を読み解く

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-初めに-
 『インストール』『蹴りたい背中』に続いた綿矢りさ三作目となった『夢を与える』は、今までの一人称小説の形式から変わり、三人称で描かれています。作品形態が大きく変化しているということもあり、綿矢文学を語るうえでは決して外すことのできない重要な作品です。今回はこの作品から綿矢文学を読み解いていこうと思います。

-綿矢文学の三角関係は幹子が負う-
 作者初の三人称小説ということもあり、その形態に慣れるのにかなり苦労したであろうことが察せられます。綿矢文学を読み解く指標としては三角関係があります。この小説にも三角関係が登場しますが、それは最初の夕子の母幹子の物語です。
 フランスと日本のハーフで、主人公夕子の父親である冬馬。この冬馬をどうやって獲得するのかという幹子の戦いからこの小説は始まります。綿矢りさのそのほかの作品を観ると、この三角関係こそ彼女が書きたがっているものだというのがわかりますから、『夢を与える』時点においてもやはりこちらの方が活き活きと描写されています。途中で主人公が幹子から夕子に変わる部分に違和感があるのは、書き手がこちらの幹子の方を描くのに入り込みすぎたからだと考えられます。ここは作家の未熟な部分と考えてもいいと私は思います。
 幹子がフランス人のハーフである冬馬を、フランス人で日本語の講師をしている女性と取り合うというのは、その後の『かわいそうだね?』に引き継がれる構図となっています。この小説のあとに『かわいそうだね?』を執筆していることからも、やはり綿矢文学においてはこの三角関係がテーマだということがわかります。
 
 やむなく主人公が夕子に引き継がれます。夕子は今までの綿矢文学には登場しない少女として存在します。綿矢文学の女性像はどこか攻撃性を持っていて、困窮した際にはちょっと常人では理解しがたい行動をとる、いわゆるいたい人として登場します。しかし、この夕子は、自分の母幹子がそのような性質を請け負っているためか、とても素直な少女として登場します。『インストール』の少女から、攻撃性を取り除いたような感じの少女です。この少女が成長していく様を、作中のチーズのCMのように、私たち読者は見ていくのです。衆人環視の中で成長する人間がどのような感覚であるのか、これが活き活きと描かれるのは、やはり作家である綿矢りさ自信が、17歳のデビューと同時にそうした生活を送ってきたからでしょう。
 また『夢を与える』というこちらから一方的に向かう方向性も、綿矢文学における攻撃性を考えるうえで重要なものだと私は思います。夢というのは本来貰ったと感じたとしても、与える側からしたらそんな意識はありません。アイドルやタレントから私たちが夢をもらったと感じることはあっても、本人たちは自分が誰かに与えたとは思っていないでしょう。ある意味では傲慢になるかもしれませんが、この夕子は夢を与えるという立場に立った数少ない人間として描かれます。幹子によって綿矢文学の攻撃性を奪われた夕子は、夢を与えるという攻撃にもにた方向性を有しています。
 ただ、夕子がそのような方向性を持っていても、受け取る側は今回それを拒否することになります。『蹴りたい背中』にしろ『ひらいて』にしろ、攻撃性の対象となるのは常に男でした。今回の作品でも、幹子は冬馬に対してかなり強くあたっています。これが綿矢文学の本質だと私は感じていますが、夕子にはその攻撃性を向ける相手がいないのです。物語後半から登場し、夕子をスキャンダルで貶める原因となったダンサーの正晃は、今までちやほやされて育てられてきた牙のない夕子からの攻撃を拒否するのです。ですから、夕子の攻撃性は今回正晃に拒否されるという初めての構図が浮かび上がります。これは象徴的に、夕子が与える夢を作中では登場もしない多くのファンが、現実レベルでは私たち読者が拒否するという構図を現していると私は思います。

-相互補完する幹子と夕子-
 この作品は今までの綿矢文学に登場する女性と共通する幹子の方が活き活きと描かれます。夕子が主人公となってからも幹子の存在感は偉大です。しかし、その幹子の生き方の限界を作者が悟ったためか、幹子を登場させることによって、今までの綿矢文学の攻撃性を幹子に負わせることによって、他の生き方を模索しているとも考えられます。夕子はまさしく、幹子の他の生き方と考えられることが出来るのです。それは、作家レベルで話をすれば、綿矢りさ自身の二面性ともいえるでしょう。
 ですから、この作品は幹子だけでも、夕子だけでも成立しないのです。二人がお互いに補完しあって成立しているという状況です。幹子一人では、冬馬をどうやって奪うかという話だけで終わってしましますし、夕子だけではまず芸能界には入れないでしょう。幹子と夕子は正反対の人間ですが、お互いの存在によって成り立っています。これは綿矢りさの内面にあるジレンマや葛藤とも考えることが出来ると私は思います。
 
 たった一つの恋によって、失墜していく様は多少強引とも感じられますが、ここでは丁度夕子が幹子からの脱却を図ろうとしている時期と重なります。二人で一人であった片方の人間からの脱却を図ろうとしているのですから、それはすなわち死を意味します。最後に病室で二人の親子がいる場面は、再びこの二人が一人になるということを象徴的にあらわしていると私は思いますが、そうすると、少女夕子の自我同一性はどこにあるのかという問題になります。おそらく母幹子からの脱却は、作家の二面性ということを考えてもできないでしょう。夕子は母から脱却できない存在として登場しているのです。一人になろうとして、失敗し死にそうになった彼女ですが、母と再び一つになることによって、死にながら生きるといった壮絶な状況になります。それが最後のやせ細って眼光だけがするどくなった夕子の姿です。
 夕子にとっての自我同一性は母と再び芸能界に殴り込みに行くということになりますから、ここで同一性が画一されます。だからここで物語が終わり、それまで夕子視点で書いていた語り手が突然夕子を離れて記者について行ってしまうのです。夕子の物語はここでおしまいということになります。

-終わりに-
 綿矢文学の指標の一つにラストの描き方があります。『ひらいて』ではオープンエンディングと言われるように、作品がひらいていくような感覚を与えました。この作品では、語り手が自己同一化を確立した少女から離れて行ってしまうという構図になります。この親子二人はこれからきっと芸能界に必死に抵抗なり、攻撃なりをしていくことでしょうが、その成果はおそらくないでしょう。しかし、それでも攻撃せざるを得ないというあまり良い未来は予想できません。記者たちがあの子はもう終わりだというのはまさしくその通りなのです。しかし、そのラストを描かずに、記者が離れると同時に逃げて行ってしまう語り手は、使うだけ使っておいて用が済んだら捨ててしまうという、芸能界そのものをも象徴的にあらわした視点になっている点が、この作品全体を通して今の芸能界に対する強い批判となっていると私は思います。
 この小説のテーマである、チャイルドモデルもまた、現代のアイドルへ対する批判と読み解くこともできます。この作品は綿矢りさ自身が経験したであろう苦労や悲運などを彷彿させる彼女の自伝的小説としての側面もあるのではないでしょうか。

綿矢りさ『勝手にふるえてろ』試論 感想とレビュー 綿矢文学を読み解く指標

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-はじめに-
他の作家に比べて比較的遅筆な綿矢りさですが、この作品も数年の空白の後に書かれて登場しました。「勝手にふるえてろ」という一瞬相当強い言葉にも感じられるタイトル。この作品は、江藤良香(よしか)という主人公の一人称小説です。

-綿矢文学を読み解くキーワード-
綿矢文学には、今のところ二つの段階があると私は感じています。一つは主人公の年齢が学生であること。ティーネイジャーと言ってもいいかも知れません。いまのところ大学生がモデルとなった作品がないのでこの大学生がかかれた場合は、学生小説に入れるのか、どうするか議論が分かれるところでもあると思います。もう一つは、OL小説。これはどちらかというと、作家レベルで考えれば綿矢りさ自身とほぼ同年代の女性がモデルになっている小説です。
大別すると、綿矢文学は、学生小説と、OL小説の二つに分かれると考えることが出来ます。そうして、この二つにはさらに、胎内回帰願望と、外界へ向かおうとするリビドー(情動)という二つの相反する概念が付加されていると私は思います。
今まで見た『インストール』と『蹴りたい背中』は内向の小説であったと考えられます。そうして、昨年出版された『かわいそうだね?』は完全な外向の作品。以前この『かわいそうだね?』を論じましたが、私はこの作品がどうして大江健三郎賞を受賞したのかまったくわかりません。私はこの作品は綿矢作品のなかで最もよくない作品だと考えているからです。それは、初めて完全な外向をしたために作品が大きく失敗していると感じたからです。それをある意味では、作者も感じていたのかもしれません。その次の作品となった、去年刊行の『ひらいて』は、再び内向作品となり、私はこの作品に大変感銘を受けました。
今回論じる『勝手にふるえてろ』は、内向から外向へうつろうとしていることが感じられます。この作品はちょうど『蹴りたい背中』から『かいわいそうだね?』の中間で書かれたのです。

また、綿矢文学を読み解いていく上で重要なキーワードは、三角関係と、ヴァルネラビリティです。ヴァルネラビリティ(vulnerability)とは、人類学では、攻撃を招きやすい性格のことををいいます。「攻撃誘発性」とか「被撃性」と訳される概念です。社会学や現代思想の分野では「可傷性・暴力誘発性・傷つきやすさ」などと訳されます。(広辞苑より引用)
綿矢文学のヒーローは、しばしばこのヴァルネラビリティを付加された造形になります。簡単に言えば、クラスのなかのいじられっこ、いじめられっこということです。この攻撃誘発性は、『蹴りたい背中』が最も顕著に現れました。にな川は、まさしく初実にとって攻撃を誘発させる存在だったのです。ところが、ここではまだにな川は、初実だけに誘発させる存在でした。それが、『勝手にふるえてろ』では、クラスの全員から攻撃を誘発させる人物へと変化します。このヴァルネラビリティを有したヒーロー像は、『ひらいて』にも継承されています。
三角関係については、『かわいそうだね?』と『ひらいて』に顕著でした。この『勝手にふるえてろ』は、妄想して三角関係を擬似的に作り上げるということをしています。

-三角関係から、理想と現実の問題-
三角関係がこの作品でも主題となりますが、この作品の三角関係はほかの作品とは異なり、現実的には三角関係ではないということになります。妄想で、自分は三角関係である、三角関係になりたいと考えているだけなのです。綿矢文学でこれだけ妄想が烈しかった作品も珍しいともいえます。妄想だったという作品は、森見登美彦の『太陽の塔』の系譜があるとも考えることができます。
この作品では、彼氏が1彼と2彼というように分別されています。現代の女性にはこのような思考があるかわかりませんが、これは理想と現実という意味でも、深い試論になっていると思います。
この作品では、1彼が自分の理想。だけれども決して手に入らない(と思い込んでいる)。そうして、2彼が、現実。いいかなと思ったりするのだけれど、やはり気持ちわるいという嫌悪感を抱いてしまう(と思い込んでいる)。あえて、私がどちらの最後にも思い込んでいると書いたのは、やはりこれだけ妄想の強いヒロインだと、書いてあることが客観的に見たら本当のことであるか不明だからです。彼女にとっては、もちろん真実でしょう。しかし、真実と事実は=では結ばれません。事実は一つしかありません。しかし、それは真実となった際に、いくつもの真実が生まれるのです。

そうして、この作品では、便宜的に理想と現実という対比がなされ、非常に明確化されています。結論は、理想を切り離して現実に目を向けるという穏当な方向へ向かうことによって作品は幕を閉じます。しかし、この二人の彼氏の脳内対比は、我々現実世界のある一面を捉えていると私は感じました。
この作品では、理想の彼と、現実の彼はどちらも実体として存在しており、別の人物です。しかし、もしこれが二人は別の人物ではなかったらと考えると非常に面白い考えができると思います。そうしてこの作品には、それを考えさせるテクストの空白があると私はかんじました。
私たちは彼氏、彼女と付き合っている際、本当に彼氏彼女を理解することはできません。本当の理解というのは、例えばエヴァで言えばATフィールドが無くなった世界、固体と固体の境界性が分からない世界にならないと得られないのです。そうして、私たちが普段他者を理解しているのは、自分のなかに作り出した他者のイメージを理解していることに過ぎません。
ですから、付き合っている人がいるとして、その付き合っている人を理解するということは、自分のなかに抱いた彼氏彼女のイメージを理解しているだけなのです。この作品は、その自己のなかのイメージと、物理的、現実的な彼との折り合いをどうつけるかという問題でもあると思います。ただ、それをそのまま描くのは非常にややこしく難しいことですから、あえて便宜上二人を別人としたのです。
だから、本質的には1彼と2彼は一緒だということもできると私は思います。自己のなかの他者のイメージと、客観的な彼。この二つがもしだんだんと離れていってしまったらどうするのか、それを問題にしているのです。

他者理解というのが、この作品の根底には含まれているのです。会社を辞めるというところで、すでに一から二、つまり理想から現実へ移行したことがわかります。そこから、ではどうやって現実を受け止めていくのかという問題です。ここで両親が電話で登場するというのは、親子の関係性が他者理解の根底にあるという意味を含んでいると私は指摘しておきます。
そうして、ヨシカを理解するにはどうしたらよいのかということで、ヨシカは二彼にアニメイトに2時間一緒にいたらわかるということを述べます。ただ、そのようなことをしても決して全て、完全に100パーセント分かり合えるわけではありません。それはヨシカも分かっているのです。ですから、理想からはなれて現実をとったとしても、その現実もやはり理想でしかないのです。100パーセント現実はないのです。最後の「二」という表象が、「霧島」という固有名詞に変わったのは、現実も1パーセントの理想が含まれているということに気が付いたからなのではないでしょうか。
完璧、完全から離れて、ある程度の現実でしかないということを認めることが出来たというのが、この作品の最後に繋がっている問題ではないかと私は思います。

-最後に-
一つ残る疑問は、この一彼が一体なんだったのかということです。一彼はヨシカが現実に目を向けるようになってから消えていってしまいます。この攻撃を誘発させるような、脆弱な少年の存在は一体なんなのか。どうして、綿矢文学に出てくる彼らはそのような引力を有しているのか、それがまだ分かりません。
また、この作品には短編『仲良くしようか』が同時掲載されています。この短編は、いくつかの場面が交錯しているために、非常にわかりにくい小説になっています。いずれこれを精読してみようとも思っていますが、ここではこの作品は少女マンガ的作品と指摘しておきます。特に80年代90年代の少女マンガは、内向が極限まで極められた時代です。いくつもの心理的な階層の言葉が同時並行的に羅列される。そのため、最後は読者もわからなくなってしまったくらいです。
そうした、自分の内面、記憶、心理的階層が幾重にも重なって出来ているため、わかりにくいのです。これはそれぞれ解きほぐして分別すると、そこから見えてくるものがあると思っています。
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