現代を読み解く女性文学 原田マハ『夏を喪くす』試論 感想とレビュー それぞれの喪失に対してどう向き合っていくか

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-初めに-
 2012年1月に発売された山本周五郎賞受賞作品『楽園のカンヴァス』で一躍時の人となった原田マハは、2012年という年に、今までの彼女の執筆ペースからは考えられないほどの作品を発表しています。4月には『旅屋おかえりthe long way home』、7月には『花々』と『ラブコメ』、9月には『生きるぼくら』、10月には『夏を喪くす』、11月には『独立記念日』、年が変わって2013、一月には『さいはての彼女』と、怒涛のスピードで発表しています。一躍有名となったので、出版社がこぞって彼女の本を売りたがっているのかもしれませんが、ここまで出されてしまうと、追い切れません。私も原田マハの作品はほんの数冊しか読んでいません。ですが、今回論じる『夏を喪くす』は、『楽園のカンヴァス』や前回論じた『カフーを待ちわびて』を考えるうえで重要な視点をもたらしてくれると思います。

-『天国の蠅』-
 『夏を喪くす』は、短編四編による作品です。『天国の蠅』『ごめん』『夏を喪くす』『最後の晩餐』の四編になります。
 『天国の蠅』は原田文学の一つの着眼点でもある親子の縦軸の関係を考えるうえで大きな意味を持ってくると思います。『楽園のカンヴァス』では、早川織絵という女性と、その織絵の私生児であるハーフの娘との関係が描かれています。作品のほとんどはティムの視点に移るため織絵と娘の関係はあまり描かれませんが、作品のメーンは美術を巡る謎解きだとしても、作品の外部には親子の絆という縦軸の関係が作品を構成していることがわかります。織絵は自分の母と、私生児である娘という三人で暮らしていましたが、この複雑な関係が作品を読み解く視点にもなります。この『天国の蠅』は、三人称主人公視点の作品です。主人公は範子と呼ばれるごくごく普通の母親です。自分の娘の明日香が雑誌をリビングにおいていった場面から物語がはじまります。その雑誌には明日香が投稿した詩が掲載されていました。普段はなかなか親子の会話がないものの、娘の意外な側面を見ることが出来た喜びを感じたという作品です。しかし、その雑誌の他の詩を見たときに、範子は回想を始めます。そこにはかつて自分が知っていた詩が載っていたからです。
 範子は現在母となっていますが、範子がまだ娘だった頃、父親は借金にまみれ、病弱な母親と暮らしていた貧しい過去を思い出します。自滅型の父親は、娘にいいことをしてやりたいと思いながらも、どんどん娘の信頼を失っていくことになります。太宰治型の父親といった感じです。娘のバイト代を掠めようとしたりします。しかし、最後の最後になって、父親は父親としての役割をはたして、娘の元を去ります。その後に度々会うことはないのですが、破滅していく父が最後に娘に残した思いが、時を経て再び母となった範子のもとへ訪れるという時間軸を巧みに操ることが得意な原田マハの作品構造がよく表れた作品です。

-『ごめん』-
 『ごめん』は、通常の読者であっても腹立たしさを感じる人格の持ち主が主人公です。陽菜子が病院に居る場面から物語は始まりますが、何故病院にいるのかというと、陽菜子の夫である純一が建設会社で事故にあって植物状態になってしまったからです。一命は取り留めたもののほとんど回復の見込みのない状態でこれからどうしていくのかという問題に直面します。純一が事故にあった際、陽菜子は、自分の不倫相手である正哉とプーケット島のコテージにいました。正哉は陽菜子より10歳年下で同じ職場で働いています。同じ時期に同じ場所にいくことがバレるとまずいため、二人とも別々の場所に行くと言って旅行に出ました。そのため、純一が事故にあった際に、連絡が付かなくて結局最後にはばれてしまったという状態にあります。
 病院では純一の母親にこっぴどく叱られ、酷い女だとなじられます。純一は真面目一筋が取り柄のような男で、遊びほうけている陽菜子に対して何も文句を言ったこともなかったような人物でした。ところが、その純一の口座から毎月定額振り込まれている謎のお金があります。この謎を解いていくというのが、この作品のメーンになります。この点は原田マハのミステリの要素を含んだ構成になっています。結局出てきた答えは、純一が一度だけ出張した先で一目ぼれした女性がいて、その女性が現在でも直向きに働いていたということがわかります。ここで考えたいのは、原田文学の特徴は、女性文学であると同時に、働く女性が生き生きと描かれるという側面です。陽菜子は一般的に考えても、悪い人間ですが、彼女もばりばりのキャリアウーマンです。むしろそのあふれ出るバイタリティーが純一だけでは満足できず、後輩に手を出すというスリルを求めたのかもしれません。パートナーがいたとしても、一人で働いているような女性、その女性が、社会から悪だなんだと非難されてももがきながら生き続ける。こうした側面に意味を見出す必要があると私は思います。
 結局この作品では、自分に落ち度はないと感じていた陽菜子も、完璧な善人であった夫純一にも自分に隠していたことがあったということを知って、自分の今までの行為を見直し、反省し、今までむちゃくちゃを好き放題やらせてもらったお返しに、植物状態になった夫を介護して行こうと決心する若いの物語としても読めます。

『夏を喪くす』
 作品全体のタイトルともなっている『夏を喪くす』は、それぞれ女性の在り方を見つめて来た作品のなかでも極めて働く女性という部分に着眼した作品だと言えます。主人公の咲子は、かつて勤めていた仕事場をやめ、先に他の職場に移っていた部下の青柳とともに起業します。地方の公共建設のコンペに出たり、リゾート開発に似た仕事をしたりと、仕事のために生きているような充実した生活の真っただ中にいます。特にパートナーはいませんが、妻と子供がいる渡良瀬一と不倫関係にあります。仕事に満足し、結婚したいとは思っているものの、それほど強烈な願望はないため、一応仕事と男とに充実した成功したキャリアウーマンとして描かれます。
 自分の年齢の割にはプロポーションもよいと自認している咲子は、新しい建築計画の下見で来た海岸で、部下である青柳と他二人とバケーションを愉しみます。その間に咲子は自分の不倫相手である渡良との逢瀬や、そのことで発覚した胸の異変、乳がんのことの回想が入り乱れます。摘出しなければならないほどに進行していた乳がん。もしそのことを告げたらどうなるのか、自分と渡良の関係は今後どうなるのかが常に念頭にあるため、晴れない様子の咲子に、青柳は声をかけます。
 この短編は特に内容が濃密なだけに、長編の容量がないとどうしても唐突すぎて不自然さが出てきてしまうのですが、この青柳という男も、近々失明するのだということがカミングアウトされます。何故この青柳が突然視力を失わなければならないのかが多少理解に苦しみますが、この作品はそれまで獲得しつづける人生にあった人々が何かをなくす=喪くすということに着眼すべきでしょう。前回論じた『カフーを待ちわびて』との類似点は先ず、前回の作品がリゾート開発をされる側の人間の視点であったのに対して、今回はリゾート開発をする側からの視点で描かれていることです。こうしたことからも、作家としての原田マハは、美術に造形が深いだけでなく、建築方面にもかなりの知識があるということが察せられます。また、『カフー』がすべてを失った人間が獲得しはじめるという方向に向かったのに対して、この作品はすべてを手に入れた人間がそれぞれの大切なものを失うということを描いている点です。このようなことからも、この作品が『カフーを待ちわびて』と対になる作品であると言うことができるでしょう。
 自分のプロポーションにも自信があった彼女にとって、乳房の摘出という衝撃は計り知れません。この点男性である私には本質的に理解することができるわけはないのですが、当然夏場にビーチに水着で出ることもできなくなるのでしょう。愛人である渡良との関係もどうなるかわかりません。渡良には家族がいますし、咲子と逢瀬を重ねる理由は肉体的なことが大きな目的であることは誰が見ても明らかです。もしかしたら渡良との関係は終わるかもしれない。それにもう一人の女としては男性に接することができなくなるかもしれない。そうした中でこれから自分はどうしていくのか。仕事を続けるのか、家庭を築くのか、そうした人生の転換期を迎えた中年の女性の心理が水水しく描かれています。

-『最後の晩餐』-
 原田マハ自身キュレーターとしての経歴を持つ経験を生かした作品が話題になった『楽園のカンヴァス』でした。美術業界の裏側に精通していなければとても書けない、日本では原田マハ以外にはかけない我々がまだ触れたことのない新鮮な世界を紹介してくれた作品です。この『最後の晩餐』は『楽園のカンヴァス』に登場する織絵のような女性キュレーターである麻里子が、アメリカニューヨークへ訪れた際の数日間の記録といったところです。織絵のその後と考えることもできるような作品ですので、まるで私たちも美術界の一員となった感じで美術界の裏側に入っていけるような感覚に襲われます。
 この作品は、ニューヨーク近代美術館、MOMAで働いたことのある作家原田マハが9・11に対してどのような思いを抱いているのかを少しうかがわせる内容にもなっています。9・11の後帰らなくなったルームメイトのクロ。あの事件から何年も経った今、まだクロとの思い出のアパートの一部屋の家賃を払い続けている人間がいます。事件ぶりのニューヨークで昔の知り合いに一人ずつあって、過去の話に花を咲かせ、現在の状況を話し合い、そうしてあのアパートの家賃を払っているのはあなたではないかということを繰り返す麻里子。多くの旧友と話しているうちに、クロとの記憶が回想してきます。
 クロは女性ですが、どこか麻里子とは同性愛的な関係があったかもしれないという可能性も捨てきれないと私は思います。肉体関係はなかったかもしれませんが、非常に濃密な関係であったことがうかがえます。美術界の人間ですから、登場してくる人物はそれぞれ個性的な人間が多く、オカマっぽい人物もいれば、きれきれでハンサムでも腹黒い人物もいたりします。この小説は、クロが死んだことを誰もが認められないという心の傷をどうやって癒すのか、クロが消えてしまったことによって空いた空洞をどうやってうめるのかという問題が描かれているのだと思います。
 クロは9・11後から行方がわかっていませんが、遺体も見つかっていません。普通に考えれば亡くなったと考えるのが最も妥当ですが、当事者であるほどクロは死んでいない、生きているかもしれないというように思いたがるものです。そうしてそれを信じるかのように、払い続けられるアパートの家賃。その家賃を払い続けているのが誰なのかを探すという、原田文学特有のミステリ要素もあります。

-終わりに-
 この短編四編は、それぞれ失うということがテーマになっています。失うことを、ここでは「喪」ということばを当てて喪くすと表現されています。『天国の蠅』では父親との関係や、少女として踏みにじられた心などの失われたものを「今」になって送られてきた詩によって向き合うということになります。『ごめん』は、普段気が付かなかった夫の気持ちや大切さというものを失って初めて気が付くということがテーマになっています。
 『夏を喪くす』は女性として女であることを失うことにどう立ち向かっていくのかという女性の最大の悩みを描いた作品です。『最後の晩餐』は、失われてしまったものとどう向き合うか、亡くなった人間を生きている人間はどう考えて行けばよいのか、現在の3・11震災にも通じる普遍的な内容が描かれています。
 何かをなくしたり得たりするということは相対的で、常に起こり続得ることです。人類の初めから終わりまである課題です。それにどう立ち向かうのか、それを考える一つの指標になると私は思います。

現代を読み解く女性文学 原田マハ『カフーを待ちわびて』試論 感想とレビュー 突然やってくる外界からの来訪者、主人公はいかにして自分の殻から出ていくのか

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-初めに-
 現代文学を読み解くうえでは女性の文学を無視することは決してできることではなくなりました。明治時代の男性主権的な文壇の状況は、かつては文豪と呼ばれた知識人たちがその座を占有していた時代から、戦後文学へと移行し、平成に入ってからは、女性作家が文学の中心を担うようになりました。今しばらく、女性文学を中心に論じて来ました。有川浩、桜庭一樹、三浦しをん、柳美里、小野不由美、宮部みゆき、辻村深月、綿矢りさ、などなど数を挙げればきりがありません。そのなかでも、特筆すべきは今現代最も売れに売れている作家としてのキャリアはもちろん、その華々しい経歴も魅力的な作家、原田マハでしょう。
 2012年に発表された『楽園のカンヴァス』は新潮社からの出版ということもあり、同社が主催している第25回山本周五郎賞を受賞。文學畑の人間は略して山周賞というのですが、この時に争ったのが同じく勢いのある辻村深月の『オーダーメイド殺人クラブ』でした。この戦いは原田マハが勝利しましたが、同年行われた第147回直木三十五賞、芥川賞と直木賞と略される直木賞のことですが、ここでは、原田マハの『楽園のカンヴァス』は同じく辻村深月の『鍵のない夢を見る』と拮抗。最後にこの二つの作品が残ったのですが、惜しくも『楽園のカンヴァス』が敗れました。昨年は特にこの二人が熱烈な勝負をしているのを興奮しながら見守った記憶があります。どうも山周賞をとってしまうと、直木賞をとりにくくなるというような側面もあるようですが、それは大人の事情というものでしょうか、私にはわかりません。とにかく、こうした戦いを魅せてくれた作家原田マハとはどういう作家なのか、今回はそのデビュー作となった『カフーを待ちわびて』を論じます。

-作品構造分析-
 『カフーを待ちわびて』。『楽園のカンヴァス』を読んでから挑んだ作品でしたので、カフーという言葉は誰か外国人の名前かなにかと思っていました。しかし、最初のページにも記されているように、カフーとは【果報】与那喜島の方言。いい報せ。幸せ。という意味です。
 三人称主人公視点で描かれる作品です。主人公は友寄明青。35歳にもなって、まだ一人寂しく暮らしている男性が主人公です。この友寄は、生まれたときから指がくっついて、右手は四本しか指がありません。彼はその手を不細工な手だと考え、そのこともあって女性に対して奥手になってしまっています。この手が女性を怖がらせないか、女性をこの手で触ったら嫌がられないか、というように苦心しています。ある意味これは、この手によって女性から怖がられたり嫌がられたりして傷つくのを防ぐために自分からは女性に近寄れないということにもなっていると私は思います。
 そんな明青は、一匹の黒いラブラドール犬のカフーと隣に住むユタであるおばあと三人で静かに暮らしていました。このおばあとは血縁関係はないのですが、血縁関係以上に深い関係があるのがこの作品からは伝わってきます。それは一つの島という閉塞された空間のなかで、さらに隣同士ということがあり、小さいころから面倒を見てもらっていたために生まれた関係です。明青の祖母は7年前に亡くなっています。明青の父は出稼ぎで漁に行って事故死、弟の死産のあと、母親もふいにいなくなってしまいます。その後祖母もなくなって、明青の血縁関係者は誰もいません。明青はそうした大切なものを失い続ける人生でした。島からはほとんど出たことがなく、本島に行ったことが初の遠出になるくらいの非常に小さな活動範囲の中で過ごしてきた人物です。
家族が無くなる度にそれを予言してきたおばあ。おばあは何の悪気もなく、ただ事実を伝えるだけですから、それを理解している明青も、そうした一般的に考えれば不幸しか予言してこなかったおばあに対しては寛容です。そのおばあが突然いい報せ、果報(カフー)がつげられたという部分から物語は始まります。
そうして突然送られてきた一通の青白い封筒。明青には手紙をもらうような人間は一人もいませんでした。その内容は、遠久島の飛泡神社という場所に行った際に絵馬に「嫁に来ないか」とウケ狙いで書いたものに対する手紙でした。まったく見ず知らずの女性、手紙には幸と書かれていた人間から突然、絵馬を見ました。お嫁さんにしてくださいという内容のものが送られてくるのです。冗談だと思って一喜一憂した後に、間をあけずしてその幸という女性は明青の前に現れます。

こうした「ある日少女が(この作品に限っては少女ではありませんが)」という物語の話型を、私は「かぐや姫型物語」と勝手に命名しています。こうした傾向の作品には、例えば『天空の城ラピュタ』や『とある魔術の禁書目録』のような作品にも見られます。文学用語を用いれば異界訪問譚としても考えることができます。外界、異質な世界からの来訪者が主人公と出会う。そこから物語が始まるわけです。
こうした突然やってくる少女は、大抵謎を秘めているのですが、反対から考えれば、あるコミュニティーを追放ないし、それに近い形で出て行かざるを得なくなったという過去を持っているわけですから、秘密があるのはある意味では当然です。逆にやってきた少女が全然謎を持っていなかったらそっちのほうが謎になります。どうして来たのということになりかねませんから。
この小説に登場する幸という女性も、謎が多い人物として描かれます。しかし、大切なものを失いつづける人生で、初めて手に入った幸福に対して、明青はその幸福を失いたくないという思いから謎解きはしません。大抵こうした物語は、謎を解明した時点で、鶴の恩返しと同じくその場にも居ることが許されなくなることになりますが。しかし、その幸という謎の女性がやってくるのと前後して、リゾート開発を手掛ける俊一という男が島に戻ってきます。この俊一という男は、明青の同級生で、クラスでは常にもてた人間です。その俊一が島を生き返らせて見せると息巻いて戻ってきます。俊一の口車に乗せられて、島民のほとんどは俊一がいう事を信じますが、唯一おばあと、明青だけは、自分の場所から離れたくないと拒み続けます。次第に島民さえもがおばあと明青のことを疎ましく思うようになってくる部分は、閉塞された空間においていじめの対象が次第に明確になっていくプロセスにもにて、この島全体が一つのクラスというようにも考えることが可能だと思いました。もちろん俊一はクラスでは常に皆の脚光を浴びている中心人物です。


-殻からいかにして外界へと出ていくのか-
 原田マハの作品を分類するのは非常に難しいのですが、エンターテイメントでありながら、恋愛を描いた純文学作品に近い感じもします。大衆性があるというのが原田文学の強みです。『カフーを待ちわびて』は彼女のデビュー作となりましたが、代表作となった昨年の『楽園のカンヴァス』にも色濃く出ているミステリの要素が途中から強まってきます。
 俊一は明青が立ち退きを拒否して自分のプロジェクトの邪魔になることを予測していたために、とても同じ幼少期をともに過ごした人間とは思えないほどの卑劣な行為に及びます。明青は、もしかしたら自分を籠絡するために女性を差し向けた可能性に気づき、どうしても謎であった幸が自分のところへ来たことへの理由づけとして、俊一の策略と幸とを結びつけます。俊一の女として自分をだますためにやってきたのだと思い込んだ明青は、厳しく幸にあたり、彼女を追いだしてしまいます。しかし、すべてのことが終わった後で、俊一が差し向けたことは確かですが、実はその女性は金を持って逃亡しており、明青にやってきてはいなかったということが判明します。では幸はなんだったのかというと、本島に絵馬を頼ってやってきた女性だったということになるのですが、そこは物語として少し出来すぎな感じもします。ただ、その欠点を見事に凌駕するほど、この小説は年をとっても青春さを失わないさわやかなあどけなさや、人が人を信じるということの重要性などが表出していますので、小説としては決して失敗しているわけではありません。
 私が指摘したいのは、この小説が一人の人間がいかにして殻から出るかという問題だと思います。そうした点では、デビュー作ということもあり、綿矢りさの『インストール』との類似点が挙げられると思います。『インストール』は目に見える形で押入れという暗所、閉所に閉じこもり、そこから世界との関係の結び方を変更することに成功した物語です。このテクストは、一つの島、とても閉塞された空間、関係のなかですべてを失った人間が、そこから出ていくという物語です。やはり殻にこもっていた状態から、外へ働きかけるという方向性に変化したという一人の人間の成長が描かれていると私は感じます。
 
 タイトルにもある「待ちわびる」という言葉ですが、この小説では、しばしば犬のカフーが待ちわび顔をしているという描写があります。カフーはいつも主人を待っているのです。そのカフーの待ちわびるという姿勢は、主人である明青のことを象徴的にあらわしていると思います。明青は家族を全員なくしていますが、唯一母だけは生きている可能性があります。出て行って帰ってこない母がいつ帰ってくるか、母の帰宅を待ちわびているのです。母の欠如という意味では、自分の島、自分の家に閉じこもっているという引きこもる性質は、胎内回帰願望としても考えることが出来ます。自分の帰るべき場所、母親の胎内という場所へもどりたいという欲求が、母不在のため満たされず、自分の場所にひきこもりつづけることで疑似的に自分を胎内にいると感じさせている構造になると思います。『インストール』が外界とのかかわりを見直すツールとしてインターネットを登場させたのに対して、このテクストでは幸が外界との関係の結びつきの手掛かりになります。
 幸が外界からやってきた謎の存在です。その存在が「待ちわびていた」明青のもとへやってきたわけです。明青の世界にやってきた外界という意味が幸にはあります。明青の世界でその外界の象徴である幸と交流することによって、ただ自分の殻に籠ってひたすら待ち続けるという消極的な姿勢から、外界に働きかけていくという積極性に変質したことが、このテクストの最も重要な部分であると私は思います。

-終わりに-
 通常人間は年を取ればとるほど外界に働きかけていく力というものは弱まっていくのではないでしょうか。作家レベルで話をすれば、原田マハは非常に精力的な、時には多少力溢れすぎるほどのバイタリティーにあふれた人間です。少なくとも彼女の経歴を見る限りでは、どんどん押していくような人物に見えます。この小説を読んで思うことは、人間はいくつになっても、たとえそれまで自分の世界に自閉していた人間でも外へ働きかけてもいいのだということを教えてくれているような気がします。
 また、待つということですが、待つということは待たれる人間がいるから成立することです。一人の人間では成り立たない関係性です。この小説では幸を追い出してしまってから、幸は二度と登場しません。そこには一抹の悲しさを感じますが、これから探しに行くというところで小説は終わっています。もしかしたら、消えてしまいそうな存在だったので、これから見つからないかもしれないという可能性も捨てきれません。ハッピーともバッドとも言い難い結末ですが、きっと幸は明青のことを待ちわびているのだろうと考え、読者としては明青が幸を探し出すことを願ってやみません。
 この小説はそうした、誰かを待っている、あるいは待たれているという関係、自分のことを待っていてくれるひとがいるという関係性を重視した作品です。現在、コミュニケーションツールが横行し、ありとあらゆる関係性がちらばっている時代ですが、そのなかで最も根源的なもの、自分を待っている人がいることの大切さを感じさせられる作品です。
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