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「ラファエル前派展」と「アンディ・ウォーホル展」の比較から読み解く、「心本主義」と「資本主義」の対立 感想とレビュー

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 現在六本木の森ビルで行われている、「ラファエル前派展」と「アンディ・ウォーホル展」に行ってきました。
 まず、「ラファエル前派展」は森アーツセンターギャラリー。「アンディ・ウォーホル展」は森美術館で開催されています。これややこしいのですが、実は同じ場所です。そもそも、六本木ヒルズと森ビルというのは、同じ建物ですし、その部位によって違うのか、どこが提供しているかということで違うのかよくわからないのですが、多くの人を迷わせます。森アーツセンターギャラリーと、森美術館は、一階だけ違う同じ建物内の美術館です。恐らくどこが提供しているのかということで、名称が異なったのでしょう。

ラファエル前派と心本主義
 今回の展示、森ギャラリーの方では「ラファエル前派」、森美術館のほうでは「アンディ・ウォーホル」が展示されていたのですが、この二つの展示はあまりにも象徴的、対比的でした。ですので、私はだれか頭の働く人がこの二つを同時期に同じ場所で対決させたのではないかと勘繰っているのですが。
 何が対比的だったのかと申しますと、「ラファエル前派展」は、「資本主義」に対抗した思想に基づいているということです。ラファエル前派というのは、1848年にジョン・エヴァレット・ミレイや、ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ、ウィリアム・ホルマン・ハントなどらが中心になって結成された美術集団です。当時の美術界は、巨匠時代の1人、ラファエルに倣うことだけが良しとされた時代でした。すでにそこには、先人から学ぶという態度ではなく、単なる模倣をしつづける形骸化されたものしか残っていなかったのでしょう。少なくとも新進気鋭の若者たちが活躍できるような状況でなかったことは確かです。そこで、彼等はそのような形骸化され、古い因習に縛られている美術界と手を切って、自分達で新しい美術の地平を切り開いていこうとしたわけです。
 何もないところから生み出すというのはなかなか難しいものがあります。彼等が新しい美術を産み出すために何をよりどころとしたのかというと、それがラファエルよりも「前」の美術だったわけですね。だから、ラファエル前派と呼ばれるわけです。ラファエルは巨匠時代の人で、生きたのは1483年から1520年までです。なので、ラファエル前派という名前に惑わされて、ラファエルよりも前の時代の人なのかと思ってはいけません。ラファエル前派の人たちは美術の拠り所となるのをラファエルよりも前に求めたのであって、活動したのは1850年前後と、今からやく150年前のことです。
 私たちが彼等の活動から学べることは、すでに形骸化してしまった「今」を乗り越えるためには、それ以前の歴史を振り返り、それをよりどころとしたうえでさらに新しいものを産み出すことが可能だということです。彼等の活動は、当時の評論家たちなどによって厳しく酷評されました。それは保守的であり、先進的であったからです。新しいものというのは、保守的であり、懐古的であるというのは、言葉じりだけをとらえると矛盾しているように見えますが、矛盾していないのです。古いものに学びながら新しいものを産み出していく。歴史はつねにこれの繰り返しなのだろうと思います。もちろん、まったく何もないところから生まれたというようなものも中にはあるかもしれません。ですが、一見するとそう見えるものも、意外と昔のどこかから発想を得ていることはよくあることです。古いものを学ぶというのは、新しいものに活かせるということを彼らは身をもって私たちに教えてくれているように私には感じられます。
 また、ラファエル前派は、第二世代と呼ばれる人たちにウィリアム・モリスを迎えます。1850年前後と言えば、18世紀、1700年代の終わりから始まった、フランス革命、工業化社会、資本主義社会が爆発的な発展をしていた黄金の時代でした。そうした資本主義に対して、モリスは「アーツ・アンド・クラフツ運動」を始めます。
 アーツ・アンド・クラフツ運動というのは、「産業革命により機械化が進んだ結果、大量生産の安価で粗悪な商品が増え、労働の誇りや喜びが奪われたことを批判して、英国で怒った美術運動」で、「生活と芸術を一致させることを目指」す運動のことを言います。モリスは自身は画家でもあり、デザイナーでもありましたが、多彩な人で、詩人だったり作家だったりしたわけです。なかでも、こうした運動面では思想家や社会運動家としての顔がありました。
 形骸化した芸術に一端歯止めをかけ、さらに古い古典をよりどころとしつつ、芸術をもう一度再生した。その次の世代(年代的には数年の差しかないのですが)は、さらに芸術の復権と資本主義社会の批判を混淆させ、芸術を「芸術のための芸術」ではなく、生活とも密接した芸術にしようとしたのです。この点で、芸術を大衆化させたのではないかという批判もありますが、私はそうは思いません。芸術の大衆化というのが一体どういうことかというのは、次に論じる「ウォーホル展」を見ればよくわかるのですが、モリスが行った芸術を生活を結びつける運動というのは、生活のほうを改善することであるように私には思われます。それに対して、芸術の大衆化とは、芸術を貶めることです。

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ウォーホルと資本主義
 このようにして見ると「ラファエル前派」というのは、一見すると古典的であり、懐古的であり、保守的でありますが、しかし当時の「今」を打ち破り、新しい世界を切り開く力をもった、新しいものであったことがわかります。
この対比となっているのが同時期に、同じ個所で開催されている「ウォーホル展」です。こちらは打って変わって資本主義の権化、資本主義の神様的な存在です。
 私は先のウィリアム・モリスのアーツ・アンド・クラフツ運動に賛同していて、これを私が勝手に「心本主義」と名付けて読んでいるのですが、資本主義はまさしくこれと相反するものです。
 ウォーホルは「もしきみがアンディ・ウォーホルについてすべてを知りたいなら、ぼくの絵と映画、そしてぼくの表面を見るだけでいい。そこにぼくがいるし、その裏には何もない」と言います。これは、まさに至言で、彼の本質をついた言葉でしょう。つまり、中身はないのです。しかし、あまりにも圧倒的な情報量で表面をつくろうために、何か中身があるように見えてしまう。多くの人はその中身に寄せ付けられて彼を称賛し、近づいていったのでしょう。彼は中身はないのだということをこのように表現していますが、多くの人はそれでも中身があると思って彼の幻想を追い求めているのです。
 また、この構図はポストモダン的とも言えます。中身はないのだけれども、表面には多様な言説が散りばめられている。ポストモダン以前は文学にしろ作品にしろ、その背景となる何かしらのモノが存在していています。
 ウォーホルの作品群は、ポストモダン的に内容空疎であるけれども、表面を取り繕っているので、そこになにかがあるのではないかという予感がし、それを追い求めて多くの人が寄せ付けられるのです。しかし、私はウォーホル展を見ていて、非常に不快に感じたのと、さらにはあまりの虚無の深さに疲れてしまいました。そこには何かあるように見えていても、何もないのです。
 彼の代表作であるマリリン・モンローのポートレートも、同じ図版をなんどもなんども再生して、色だけかえて多様な作品として見せている。しかし、そこにはどれも、だれでもが作れるような質の低いポスターが並んでいるだけなのです。
 ウォーホルは1960年代前後のアメリカの大衆消費、大量消費社会を反映させた作品をつくります。ウォーホルの缶のイラストなどが大衆消費、大量消費をさらに促したということもあり、ウォーホルは単に大衆消費社会、大量消費社会を反映させたということだけでは言い切れない、彼もまたそれを助長した側の人間であると言うことができるでしょう。大衆消費社会や大量消費社会というのは、もうすでにその幻影にぼろがでつつある2000年代現在においてはもう手放しで認められることではありません。しかし、その社会に生きていた彼にとっては、それを批判することなく、むしろ増長したと言う点においては、現在の私たちは彼を無批判に賛美することはできません。
 ウォーホルは通常芸術家がアトリエとするような場所を「ファクトリー」と名付け、彼の作品の制作、同時代の作家たちとの交流の場として使用しました。この美術展では、その「ファクトリー」を再現をした部屋があります。ですが、この部屋は本当にひどかった。コンクリートのうちっぱなしで、何もない。無機質な箱です。こんな場所に居たら神経がどうにかしてしまいそうです。ところが、これが恰好良い、クールだと信じられていた時代があるのです。そして、まだ多くの人がウォーホルのことを恰好良いと思い、こうした無機質な部屋がクールだと思っているのでしょう。
 ウォーホルの作品のなかに、資本主義社会の負の側面を捉えた作品があります。自殺をする人たちをテーマにした作品や、スピード社会によって生み出された事故をテーマとした作品たちです。これだけをみると、そこから何か彼のメッセージのようなもの、資本主義やスピード社会に対する批判が見て取れるような気もしますが、しかしそれはほとんど皆無でしょう。たまたまそうした現象が目に入ったからという程度でそれらを作品として取り扱っただけのように私には感じられます。それらの社会を批判する作品群もその後まで続けられることはなかったことからもそれが裏付けされると思います。
 また、彼は芸術を大衆にひらいたということで、モダンアート、ポップアートの神的な存在と目されていますが、これはどうでしょう。私には、芸術を大衆(しかも資本主義社会における大衆)にむかって商品化したということで、むしろ芸術を貶めたと考えます。彼は「アート」も大量生産、大量消費するのだとして、一枚いくらと決めたポートレートを大量につくり、大量に売りさばいていくのです。こうしたことが「アート」であるとは、私は認めることはできません。
 どこまで彼が自分の作品を意識的に捉えていたのかわかりません。なかには、「$」マークを描いて、「記号」だと銘打った作品もあります。他にも、絵の具に尿をまきちらして酸化させただけという、「ふざけた」作品もあります。彼が芸術をどう捉えていたのかということがこれらの作品からわかるのではないでしょうか。

 おもしろいことに、ウォーホルは1968年に、彼の映画にも出演経験のあるフェミニズム活動家ヴァレリー・ソラナスに銃撃されます。資本主義、大衆消費社会の権化であるウォーホルが、マイノリティーを擁護する立場のフェミニストに打たれるというのは実に象徴的なことにように私には感じられます。おそらく、私も同時代に彼の近くにいたとしたならば、彼のことを否定せざるを得なかったでしょう。
 ですが、そのようなウォーホルも、死後に発見されたことですが、彼の寝室は神との対話ができるよう、実に宗教的な部屋になっていたのです。資本主義、大衆消費社会の権化として君臨していた彼も、その空虚さには耐えられなかったのでしょう。自室で神と対話しているときが彼を救った唯一の時間だったのではないでしょうか。だったら、最初からそうした作品を作っていれば彼はもうすこし長生きできたのではないかと私は感じますが。結局彼は58歳の若さで命を削るようにして死んでいきました。胆嚢の手術を受けたあと、心臓発作で死んでしまったのです。胆嚢や心臓といわず、彼の内臓、内面器官はそうとうぼろぼろだったのではないでしょうか。「ファクトリー」とよばれるこころ休まることのない頽廃的な場所で、頽廃的な生活を送る。空虚な作品を作り続けることが彼の内面や、身体にどれだけの負担を強いていたのかと私は感じます。

終わりに
 ウォーホルは、消費社会の権化になった人でした。その点、日本では高度経済成長期のメディアの寵児となった寺山修司にも通じるところがあると思います。寺山もスピードだ、一点豪華主義だと言っていましたが、結局若くして死にました。
 もう資本主義社会が破たんをきたしていることは目に見えているのにもかかわらず、いまだに多くの人がそれに代わるシステムがないからという理由だけで、その沈没しかかっている船に乗り合わせているのです。
 行き詰った時、どうしたらいいのか。ラファエル前派の人々が教えてくれました。資本主義よりも以前の社会を見つめて、そこから新しいものをつくっていけばいいのだということです。残念なことに、資本主義に反旗を翻したアーツ・アンド・クラフツ運動なども、歴史を見れば明らかなように、ウォーホルを見れば明らかなように、資本主義の波に飲み込まれていってしまいました。しかし、今もう一度資本主義以前の社会を見つめ、そこから学び、新しい資本主義にかわる社会をつくっていかなければならないのではないでしょうか。
 日本人はいまだに外国のモノをありがたがって無批判に受け入れる習性がありますから、ウォーホルの作品を見て、「すごい」と手放しに賞賛することでしょう。しかし、それではいけないのです。やはりウォーホルの作品からは何も生まれません。そこにあるのは虚無です。モノに溢れた社会ではなく、モノが少なくてもこころある社会に変革していったほうがいいのではないでしょうか。
 あるいは、この二つの展示会を見て、もっと資本主義を推し進めるべきだと思う人がいるかもしれません。私はそうした人達のことは知りませんが、私たちを巻き込むなと言いたい。自分達だけでやっていてくださいということです。
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2013年 日展の鑑賞 感想とレビュー 書の力

 ここ三四年、日展には毎年足を運んできた。今までは、美術をしている関係から、西洋画、日本画、工芸などに注目してきた。国立新美術館の構造上、書の展示部に着いた頃には体力を消耗し、ほとんど書には注意してこなかった。
 今回は、前期に鑑賞した毎日書道展との違いに着目してみるとよいという指摘のもと、日展の書を鑑賞した。結論から言うと、私は毎日書道展の方が好きだ。私は美術をしてきた人間であるから、書も美術的な面白さがあった方が良い。裏返して言えば、書については素人なので、技術を競っている日展のような真面目な展示はよくわからない。毎日書道展と日展を比較することによって、様々なことが分かった。毎日書道展はかなり自由な書風が多く、前衛的な作品が目立った。墨をまき散らしただけといったような、一見すると誰にでもできそうな作品もあった。それはそれでなかなか絵画的で面白いので私は好きだ。それに対して、日展の書は真面目で、格調高い感じがする。毎日書道展にあった工芸の技術を取り入れた作品や前衛的な作品は、日本画や工芸部門に出されている。そのため、日展の書は、まさしく書といった雰囲気が漂った感じである。
 文字で書かれた作品を見ても、毎日書道展は和様の書が多かったように見受けられた。連綿の作品や、また現代書も多かった。それに対して日展は、古典に習っているという感じがした。会場全体の雰囲気も堅い。柔らかい文字ではなく、中国式の角ばった文字が目につく。全体の感想は、ただただ素晴らしい書なのだなと感じたのみ。絵画的な面白さも少なく、私にとっては少々難しい展示だった。日展の書は、いずれも相当な技術があるとわかるものばかり。そのなかで優劣はつけがたい。ましてや素人の私にはまったくわからない。なので、今回は書の力という視点を設定して論じてみたい。
どの作品も技術的には素晴らしいものなので、微妙な差異はわからない。なので、私は書に現れてくる筆の力について考えてみたい。先ず書で力と考えると、どこかのお寺の門にかかっていそうな仰々しい文字が頭に浮かぶ。それほど仰々しくなくて、美しくまとまった端正な素晴らしいさを感じたのは、星弘道氏の「臨池妙墨」。
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 荒々しい筆脈であるが、その溢れ出る力を上手く制御できている。筆が通ったかすれた線が見事である。ただ、荒々しい書というのは、確かにこのような会場においては目を見張る。だが、その作品をよくみてもそこから発展がない。この書は荒々しくはあるが、それを制御する力によって、見事な書になっている。

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 市澤静山氏の「神采」になると、やや力任せという感が出て、それを統御せしめた作者の力量が伝わってこないように感じる。

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 もう一つ、日展にしては珍しい大きな文字の書で、横山夕葉氏の「霊妙」を取り上げる。水を多く含んだ淡墨で、周りに広がっていく水の跡が中国の岩だった山奥の風景を連想させる。この「霊」という字がかすれゆく淡さと、芯のある山の両面を持った字になっており、柔らかさと強さ、両方を体現した書であると言える。

 次は先に取り上げた書より少し小さめの書。特選の尾西正成氏の「風起こる」。一字一字は荒々しいが、それを綺麗に配置することによって暴力的な要素が上手く抑えられている。特に中央の「神」一時が全体を引き締めているように感じられ、緊張感ある躍動的な書と言える。
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 これまではいずれも中国式の角ばった字だった。今度は和様の柔らかさと力強さの調和を観たい。取り上げるのは、加藤大翔「秋の夕暮れ」、江田弄月「島崎藤村の詩」、金谷雷聲「未央柳」。いずれも漢字仮名交じりの書である。「秋の夕暮れ」は堂々とした筆脈のなかに、真っ赤に燃える大きな太陽の力強さを感じさせる。字形も整った書である。「島崎藤村の詩」はやや向勢の書で顔真卿を思わせる落ち着いた書である。一字一字をしっかりと力を込めて書いている。「未央柳」は、前二作に比べてやや奔放な感じ。風にたなびいている感じのする力強い書である。ただ、やや左右にぶれている感が否めない。これらの書はいずれも、力強さを内に込めた作品で、どれも見事な書であると言えるだろう。
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 比較対象のため、力を抜いた書も挙げる。加藤東陽「王維詩」。淡い墨で流れるように紙面をすべる。脱力という点においてはこの書は極めてレベルの高い書だと感じる。しかし、ただ力を抜けばいいのかというとそうではない。遠藤栄久「夏目漱石の詩より」は「王維詩」に似た書風ではあるが、ただ脱力したというだけで、筆脈も左右上下に飛び放題で、中心となる軸が感じられない。小学校のころ嗜んだ程度だが、力を抜いた技、無構えの構えというのが剣道では強いと聞く。書においても、力を込めるのはもちろん難しいことだが、力を抜くのはより難しいのではないだろうか。この書は力を抜いている分、その作者の力量が問われると思う。
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最期に、今回の展示で私が最も素晴らしいと感じた作品。奥江晴紀「秋の暮」。堅苦しい雰囲気のなか、この書は紙にも美しい他では見られない独自のものを使用しており、美術的な視点から見ても素晴らしい書であった。筆は細く、柳のような趣である。やや硬くなっている感もあるが、芯のあるしっかりとした線である。レポートに不適切な表現をさせて頂けば、書の細マッチョといったところだろう。しなやかさの中にも力強さがある。この境地が私にとっては最も美しく感じる書の力強さである。
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〈清時代の書―碑学派―〉を見て

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 今年は碑学派の祖と称される鄧石如、生誕270周年らしい。ということは碑学派と呼ばれる書風の作品を集めた今回の展示は、少なくとも270年以降の作品しかないということである。私は国立博物館の方を見学してきたのだが、確かにどの作品もそれほど時が隔たっていない分、状態もよく、墨もまだ黒々と残っていて当時の息遣いを感じられるような生き生きとした状態であった。
 今回の展示は国立博物館と書道博物館とで同時に行われた企画展である。ここ数年美術系の展示にはかなり足しげく通っていると自負している私であるが、このような展示の仕方は珍しく感じる。書道博物館のほうに行けなかったので何とも言えないが、書道博物館の展示スペースは限られているのかもしれない。
 さて、今回の展示は清時代の碑学派をメーンに展示したものであるが、時代区分でいうと日本の江戸中期あたりからになる。清と聞くと歴史の教科書を思い出すせいか、とても昔のことのように感じられるが、日本の歴史で考えるとそこまで昔ということでもない。

 書道史の教科書などをぱらぱらとめくっていると、序盤に金文の拓本がでてきたり、その前になると甲骨文などが登場する。そして次第に流麗な現代の書に近づいてくる。だがあるところで、ふと教科書の序盤に登場するような篆書体の文字が登場する。どうしてだろうかと思っていたが、今回の展示でその謎が解けた。王羲之、王献之の文字にならうことの隆盛を極めた清時代。そのような時代のなかで碑学派は誕生した。碑学派の誕生により、それまでの帖を手本としてきた書のありかたは帖学派と呼ばれるようになった。
 なぜこの碑学派が誕生したのかということを考えると不思議に思う。私はある意味ここで一種の限界に達していたのだと思う。21世紀の現在においても、4世紀の二王、特に書聖王羲之の書を超えるものを書けた人物はいないとされている。確かに王羲之の書は素晴らしいし、王羲之の書は人類の宝である。それには間違いない。だが、この17世紀ほど、他の人間は何をしてきたのかという疑問が生じないでもない。いくらなんでも一千年以上、それを超える人物が登場しないというのはあまりにも不自然ではないか。書以外の分野でこれだけ過去の人物を超えられなかったという例はないだろう。とすると、この例外をどう考えるかである。先ほど私は一種の境地に達したと述べた。それは行書や楷書においてであろう。
 清時代の書を学んでいた鄧石如の気持ちを想像してみるに、王羲之の書を褒め称えてそれ以上には誰も恐れ多くてなれないという状況はあまり面白くなかったのかもしれない。せっかく書をやったのだから、何か新しい境地を開きたい。もちろん過去の偉人を手本にするのは重要であるが、何も王羲之だけに限らずともいいじゃないか。王羲之の書は書の歴史のなかでも一つの流れに過ぎない。とすれば、王羲之より遡ることによって、そこから王羲之ルートにはいかない別の書の在り方を模索できるのではないか。おそらく鄧石如はこのような考えを持っていたのではないだろうか。

 国立博物館の展示スペースはごくごく小さなものであったが、そのなかで一番目を引いたのは、鄧石如による篆書白氏草堂六屏。1804とあるから、鄧石如亡くなる一年前、最晩年の作品である。還暦、60歳ほどの書である。鄧石如の作品は他にもいくつか今回の展示にあったが、やはりこれが一番の出来であるように感じられる。熟成とも大成とも言える、見事な書だ。隷書の作品もいくつかあるが、この篆書は文字の力強さが違う。他の展示作品と並べられていても一際異彩を放っていたので、すぐに目に入った。圧倒的に作品のもつ力が違うのである。篆書の文字はややもすると、文字を持ち始めたまだ未発達の、未熟な文字とも見受けられてしまうが、篆書に倣い、それを作品として極めた鄧石如の書からは、古風な香りを残しつつ、怜悧に洗練された力強さが感じられる。素朴でありながらも鋭さを有している。篆書を大成するとはどういうことかをこの書が如実に示していると思う。
 鄧石如の草書行書を見てみると、そこには力強さが溢れていて、コントロールが効いていないようにも見える。書の素人であるから、何が良いのか、何が悪いのか私にはちっともわからないのであるが、草書も行書も自由でのびのびとしていいのだが、当人でさえコントロールできない熱いものがあったのではないかと感じる。帖学派しかなかった時代に、碑学派というものを創造してしまうくらいの人間であるから、かなりバイタリティーのあった人なのだろう。そういう自由で意思の強い人間が行書は草書で書くと度を越してしまう。篆書はそういう意味でも、力をセーブするために必要な書体だったのかもしれない。

 書道博物館は直接見たわけではないのだが、図録を眺めているうちにこちらも素晴らしいと感じたので、碑学派後期の方も少し論じたい。
 呉熙載は鄧石如とちょうど入れ替わるようにして生まれ、碑学派をさらに発展させた人物である。彼の書を見てみると、鄧石如との比較も相まって、本当に書には人柄というものが現れるなと感じる。鄧石如の書が力強いのに対して、呉熙載のなんと柔和なことか。女性が書いたのではないかと感じられるほど柔らかな線。彼の隷書や楷書を見てみても、いずれも優しさが漂っているような書風である。だが、やはり鄧石如を超えることはできなかったのかとも思う。
 呉大澂になると、篆書どころではなく、甲骨文に立ち返っているように思われる。呉の書を見ていると、ヒエログリフやメソポタミアの文字を読んでいるような気分になる。甲骨文の象形文字を一生懸命練習し、鄧石如の昔に立ち返るというスタイルを習いながら独自に開発したのだろう。だが、甲骨文にまで立ち返ると、それを書としてどう生かすかというのが少し難しかったようだ。その後誰も甲骨文をもとにした書を作成していないことからも、その活かし方が誰にも模索できなかったのだろう。

 鄧石如は大事なことを現代の我々に教えてくれていると感じる。というのは、書が特別的だったという事もあるかもしれないが、何かの頂点に達した時、それから先をどうすればよいのかという指針になるからである。彼の行った発想の転換は、書以外のすべての分野に適応できるものである。何かの頂点に達して流動的でなくなったら、一度昔に立ち返り、そこから再出発すればいいのである。過去の一点に戻り、そこから別のルートをつくるのである。あり得たかもしれない現在を作り出すのだ。ポストモダンとなった現在は多様性の世界と言われている。一元的な世界ではなく、多様的な世界を尊ぶのである。ポストモダンは20世紀はじまったとされるが、鄧石如はそれよりも前に、すでに多様的な世界の在り方を書を通して体言していたのである。

毎日書道展の感想 ―シロとクロ―

 シロとクロ

 はじめに
 私が毎日書道展へ行ったのは夏休みが始まる前、24日のことだった。私は美術部に所属しているので、よく美術館に足を運ぶ。書道展へ行くのはほぼ初めてであったが、六本木の新国立博物館へは足しげく通っている場所だった。高校生の頃から新国立美術館は私の美術の先生の絵が飾られたりしていたのでよく行っていたのだ。日本を代表する建築家、黒川紀章氏のことが思い出される。国立新美術館のあのうねるようなガラス張りの建物は彼が設計したものだ。都知事選が思い起こされる。彼は最後に何を思ったのか、都知事選に出馬したのだ。しかし、都知事選が終わるや否や、まるでそれに合わせていたかのように彼もまた没した。岡本太郎とまではいかないまでも、彼の人生も最後は華々しかったので、芸術家とはかくのごときものかと思ったものである。
 もう少し私の話をさせて頂くと、私は高校の頃から美術部に所属している。子供のころから絵を描いたり何かを創ったりするのが好きだった。それで高校からはきちんとした先生のもとで教えを受けたのである。一応新聞に名前が載るくらいの賞は得たことがある。絵画と写真においてだ。私は絵画も描けば、写真も撮るし、彫刻や立体造形も行う。それらをミックスして、表現の仕方というメディアに縛られるのが嫌なのだ。大学に入ってからは、文字にも興味を持ち始めた。特に古文書などを読んでいると、全然私は文字の読解が出来ないのであるが、単純に美しいと思った。そして大学では書道的な要素を取り入れた作品も制作している。絵画のなかに墨を入れたりしている。私はアクリル絵の具を普段使用するのだが、アクリルの黒絵具では出せない美しい黒を墨は出してくれる。
 ただ、書道という、仮にも「道」が冠する分野であるから、私のような訓練もしてこなかった人間には文字の良し悪しというものはよく判らない。ある程度他の学生たちよりかは普段からそうしたものに触れてはいるだろうが、この年齢の差であるから、五十歩百歩である。どういう文字が素晴らしいのかということは私にはちっともわからない。なので、今回は私が普段から触れている美術的な分野の視点で書道展の感想を述べようと思う。先ずは書道におけるシロとクロの表現から。

 書道の世界は面白い。私が普段から触れているのは西洋絵画の分野であるが、これも確かに面白いには面白いのだが、書道は絵画とは全く異なった面白さがある。何が面白いかというとその表現手法の狭さである。こんなことを言うと怒られるかもしれないので、言い方を変えよう。表現の仕方がシンプルである。絵画はある意味複雑で面倒な手段を踏む。キャンバスを張って、下地を塗って、時にはサンドペーパーで削ったりして、それから絵具を混ぜて、ジェッソやらメディウムやらの薬品を混ぜて書く。絵具も自分の色を出すために様々な調合を試みる。そして何層も何層も塗っていく。大体私の場合は、三層以上塗ってから形を整えていく。
 絵画の手順はかなり入りこんで居て最初はそれを覚えるので大変である。だが、それだけ手法が確立されていて、手段が決まっていると、一端覚えればある程度のものが仕上がる。少なくとも仕上がりやすい。人間様々な指示を出されれば出される程、大体のかたちにはなるものである。絵画の分野はそうした側面があるだろう。芸術の中で最もシンプルなのは写真だと私は思う。基本的にはただ撮るだけ。撮る対象を創るまではしない。そこまでする人も居るが、基本的にはシャッターを切るだけだ。だが、写真が奥深いのは、その表現手段がシンプルなために、表現できる幅が人によって大きくことなることである。つまり何も決められていないに等しいので、表現できるのびしろが広いのだ。殆ど何も決められていない状態というのは、想像力のない人間はそのままだし、想像力のある人間はいくらでも伸びることができるという側面があると思う。
 書道はまさしく写真に近いのではないかと私は感じる。表現手法としては極めてシンプルなほうであろう。墨をすったりする手順はさておき、基本的なスタイルは書くだけである。凝ればいくらでも細かい部分が出てくるだろうが、基本的には下地を塗ったり、絵具を混ぜたり、薬品を混ぜたりといった部分はない。そのかわり、一度書いたらそれで終わりという、極めて難しい表現手段である。一回きりなのだ。絵画はミスをしても何度も塗りなおすことができる。ところが書道はそれが出来ないのだ。たった一回きり。本番一本の勝負。その点で書道がスポーツになっているというのは理解できる。一回きりの勝負なのだ。おそらく自分との戦いなのだろう。数年前書道ガールズといったものが流行ったのを記憶している。様々な音楽や踊りに合わせて、一回きりのパフォーマンスをするのだ。書道は、単純。一回きりの勝負である。だからこそ、一つの作品を捏ね繰り回せる絵画とは異なった面白さがある。
 書道は絵画と異なり、色は一色だ。黒だけ。もちろん、他の色を溶いているものもある。実際に今回の書道展ではカラフルな作品が沢山あった。だが、基本は黒だけである。その黒をどのように表現するのか。たった一色であるぶん、その表現の幅が広くなる。どう表現するのかが作者に問われることになる。これは大変難しいことだ。絵画ならば、ある程度絵具を混ぜれば色ができるし、描く対象だってこれだけの色を使っていいのだから、ある意味簡単だ。風景を描こうと思ったら、目に見えた色と似た色を使用すればいいのであるから。それに対して書道はたったの一色。全てを一色で表現するというのだから大変だ。しかも、もともと書道は文字を書くところから発展している。最初から抽象的なものを扱う分野の出発であるだけ、現代書になると絵画的なものも多くみられるが、やはりそれは写実というよりは抽象的なのである。


 クロとシロだけの表現
 黒のみしか使用しないということになると、必然その裏返しの発想が生まれ、余白の白を使おうということになるだろう。それは黒をどのように使うかということと同じことだろうが。そして私はその時、黒はクロに変わると思う。単なる文字を伝達するための墨の色、黒から、余白のシロと一緒にその場を彩るクロに変化するのだ。墨の色から、色の色(表現が難しいが)のクロになるのである。

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 中尾遥香さんの作品である。非常に抽象的で、もはや何を書いたのかはわからない。おそらく何も書いていないのだろう。ただ墨の形の美しさ、余白のシロのあそび、そうした部分がこの作品には上手く表れているのではないかと思う。これ以上クロとシロは、決してどちらも多くなったり少なくなったりしてはいけない。その絶妙なバランスを捉えている。シロのために、クロが引き締まって見えるし、クロの合間にシロが顔を出していることによって、クロにも風が通っている。クロの合間のシロを塗りつぶしでもしたら、大変窮屈でつまらない作品になったことだろう。

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 クロとシロという色は、中国の陰陽のように実は相反するものとしても、同時にその二つで一つになるという考えを体現した作品がある。この二つの作品は、よくクロとシロという一種対極にあるようでありながら、同時に相互を補完し合っているのだということが現された作品だと思う。
 左の豊田法子さんの作品は、その良し悪しは別として、逆説的にクロとシロの関係を示している。我々が一般的に考えるのは、書道においてはシロの中にクロがあるという構図である。当然紙がシロなのだから、そこにクロを入れると、クロの方が割合的には少なくなると考える。その考えを揺さぶろうとして、クロでほとんどを埋めてしまい、シロをほんのわずかしか残さないという構図もまま見られた。だが、これはさらに発想を展開している。クロのなかに、シロを塗っているのだ。クロの上にシロを塗るというのは、絵画でも結構難しい問題である。どうしても下のクロが出てきてしまうからだ。ジェッソに似たようなものを使用していると思うのだが、真っ黒ななかにシロの墨が浮かび上がってきているのは、シロとクロの関係を反対から捉えたものである。ただ、発想は素晴らしいが、作品はもう少し面白味があってもよかったと思う。
 それに対して右の眞鍋智浩さんの作品は対極図のようである。この作品の面白いところは、シロのなかにクロがあるのと同様に、クロのなかにシロがあることである。このような絵をパソコンなどで作成するのは簡単なことだ。色を反転させればいいだけのことである。ところが、実際に書で行おうとなるとなかなか難しいだろう。一瞬クロとシロが反転しているのだなと通り過ぎようとしたが、その不思議さに思わず気を取られた。クロの中にあるシロは恐らくジェッソか何か、かなり厚みのある絵具である。クロがすけないところを見ると、濃厚な液体を垂らしたようだ。このシロのなかにあるクロと、クロのなかにあるシロは一見するとどこかつながりがあるように思われる。この軌道を追って行けばどこかにシロの世界とクロの世界とがつながっているかと思う。だが、実際に辿ってみると違うのだ。シロのなかのクロはそれだけで独立していて、クロのなかのシロもそれだけで独立している。シロとクロの世界の交流はないのだ。私はこの絵がたまらなく不思議でならない。構図や図柄をもう少し変えた方が良いとは思ったが、この発想の豊かさは、シロとクロの世界の関係をよく表している。

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 これまではクロとシロとまさしく白黒つけてきたわけだが、クロとシロは本当に対極する二つの異なるものなのかという謎はある。クロとシロは色においては無彩色と呼ばれるが、私は本当に色が無いのかと疑問に思う。それから、クロとシロは普段は反対の色のように思われるが、しかしそれも書の世界に浸っているとだんだんと怪しく思えてくる。というのは、シロとクロは段階によっていくらでもその表情を変えるからだ。本の少しシロが入ったクロもあれば、ほんの少しクロが入ったシロもある。人間はそれを知覚できる範囲において灰色などという名前をつけているが、そうだとすると、本当のクロや本当のシロというものは果たして存在しえるのかという疑問が浮かぶ。完全にシロが入っていないクロもなければ、完全にクロが入っていないシロもない気がするからだ。全部実は灰色なのではないかとさえ、だんだん思われてくる。そのような哲学的な難しいことはいいとして、これらの作品は、シロ、クロという二分法を乗り越えて、様々な段階の墨の美しさを見せてくれる。
 大抵の場合、書を鮮やかにしたいと思ったら色を入れればいいのである。印鑑一つにしてもその朱が入っただけで、うんと書の表情が引き締まる。特に書には、緑や青、金箔などが相性がいいようだ。だが、そのような色を入れなくとも、墨の可能性がまだまだいくらでもあることにこれらの書は気が付かせてくれる。
 左の堀井海如さんの作品は、最初海の白波のように思われた。岩肌などにぶつかって細かい泡をたてる海のように見える。本人の名前も海の如きとあるのだから、おそらく海や水に関係したものが好きなのか、それを表そうとしているのだろう。なんだか細かい葉っぱのようにも見える。海綿かなにかを使用してトントンと叩いて制作したのであろうが、この表現方法は他の作品には見られない独創的な手法であった。これも、構図や図柄がもう少し工夫されると良い作品となると思う。
 右の清水桜幻の作品も面白い。随分高くに掲げられていたものだから、じっくりとみられなかった。何を表しているのかはよくわからないが、何かうねっているウミヘビのようにも見えるし、妖怪や化け女の類にも見える。荒波や嵐を表現しているようにも思われる。この作品の素晴らしいところは、色相段階の異なった灰色を使用して、立体的な効果を得ているところである。どうしても平面的になりやすい書の作品において、この作品はとりわけ立体的に見えた。余白の使い方も素晴らしいし、とてもみずみずしい作品であると感じる。

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 榛葉壽鶴さんの作品はモダンアート的である。他にもいくつかモダンアートのような作品があったが、私はとりわけこの作品が気に入った。稲妻のように墨が外へと飛び跳ねて行っているのが面白い。なんだか近寄ったら感電しそうな作品であるが、コンクリートの打ちっぱなしの部屋などに置いたら空間が引き締まるだろう。そのような力ある作品だと私は感じた。墨の絵が水墨画を越えて世界に理解されるためには、このような分野が開拓される必要があるかもしれない。

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 この二つの作品は墨の流れというものを感じさせる。西洋絵画においては、スパッタリングと言われるが、絵具を吹き飛ばして半分自然にできた模様を作品に取り入れる手法である。左、岡本蛍光の書は、記号的で絵に近い。右でまるまっているのは、ムカデかなにかの虫のようでもあるし、左の三角の痕は鳥の足跡とも、葉っぱのあとのようにも見える。全く何を表現しようとしているのか、凡俗な私には理解できないが、中央を上から来て、ぐるりとまわって再び上へ帰っていく墨の軌道が鮮やかである。スパッタリングの技法は、水分の少ない絵具ではなかなか難しい。筆に水を多く含ませて、指ではじいて絵具を飛ばすのがこの手法のやり方であるが、それでは規模も小さいし、水増しされた絵具であるから絵のしまり具合の調節も難しい。墨の最大の利点は、水々しくてもきちんと色が出るということである。ぱたぽたと垂れたはずなのに、力を感じさせる。この墨の利点の活かし方は、西洋の絵具を使用している人間からするととても新鮮で恰好が良い。
 右の国竹雨杏さんの作品は、クロとシロと題して論じて来たこの文章で初めての色を使用した作品である。写真ではわからないが、大変鮮やかな藍色であった。だが、水分をたっぷりと含んだ文字の外側は黒の墨なのである。どうも成分の重さが異なったようだ。墨は外側まで浸透したが、藍の絵具は文字の真ん中にとどまったのである。これもまた、文字の軌跡を描いた墨の飛び方の美しさと、クロとシロの割合の美しさを感じたので取り上げた。「祭」と書いてあるようにも思われるが、ここの部分は自身がない。

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 最後は塚本真由美さんの作品。クロとシロという二項対比で論じてきたが、最後はこの素晴らしい作品で終わりにしたいと思う。この作品は上手く説明できないのだが、やはり秀作賞を取るだけのことはある、「みごと」と言わざるを得ないのだ。まるで枯山水の庭園を見ているような心地さえしてくる。非常に力強い墨だ。大地そのもののようにも感じられるし、大きな岩、あるいは山々のようにも見える。それでいて、この力強い墨は水が多かったのか、淵際になるとふっとぼけてくる。それが山にかかる霞のように思われて非常に美しいのだ。力強さと優しさが同時に並立している。枯山水くらいの大きさから、山のような大きさまで、感じ方によって変化する素晴らしい書である。






雑記、最近行った美術館やコンサートの感想 ~2


前回の記事の続きです。

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プーシキン美術館展 フランス絵画300年 並びに横浜美術館コレクション
 9月16日まで横浜美術館にて開催中。
 この展覧会はまだまだ夏の間開催されていますから、もし私の記事を読んで興味を持たれれば行くことをお勧めいたします。横浜美術館というと、東京に住んでいる私にはちょっと遠いなあなんて思っていたのですが、渋谷ヒカリエのオープンとともに大分電車の乗り継ぎが楽になったようで、渋谷から30、40分くらいで行けました。横浜にはあまり足を運んだことがないのですが、以前、通っていた学校がミッション系だったということもあり、横浜と外人みたいな視点で見学に行った記憶があります。大人になりましたから、いろいろと見学してやろうと思っていったのですが、美術館を見て、図録を買ったら重くてとても歩けなかったので帰ってきました。こんどは是非攻略したい。
 横浜美術館は日本が誇れる西洋式の建物だと思います。日本の美術館はどれも建物にあまりこだわりがないのか、観ていて面白いものが少ないです。上野の建物は赤レンガが特徴だったりしますが、私としては今一つといった感じ。六本木の黒川紀章先生が設計した国立新美術館は面白いですね。横浜美術館は、堅牢な西洋建築といった感じ。重厚感あふれるシンメトリーの石造りの建物です。
 プーシキン美術館はロシアの美術館。ですので、ロシアの絵画がやってきたのかなと思っていたら違いました。ロシアが集めたフランス絵画のコレクションでした。あれ~おかしいなと思ったんですが、仕方ありません。フランスの約300に及ぶ絵画の歴史がわかる美術展となっていました。
 古典主義、ロココ時代からはクロード・ロランやシャルル・ル・ブラン、ユベール・ロベール、グルーズなどがやってきていました。ロベールは、以前上野の西洋美術館でロベール展に行ったのでその時のことが思い出されました。グルーズはあまり有名な画家ではありませんが、『三四郎』で漱石が言及したことによって、漱石研究者のなかでは有名です。先に書いた漱石展にもグルーズの絵が何枚か飾られていました。
新古典主義、ロマン主義、自然主義からは、ドラクロワやカミーユ・コロー、ミレーなどが来日。この時点で、18世紀は宗教画や人物画が多かったのが、次第に自然や風景の絵が多くなってくることに気が付きます。
 19世紀後半、印象主義、ポストモダンからはマネ、モネ、ルノワール、ドガ、ロートレックら、お馴染みの画家たちが集結。今回のパンフレットを飾ったルノワールの『ジャンヌ・サマリーの肖像』は、特に夢見るような女性の微笑みが美しかったです。セザンヌ、ゴッホ、ゴーギャン、モーリス・ドニなども集まっていて、その点では豪華絢爛なメンバーが集合していました。私に限らず、日本人はみんなこの時代のフランス絵画が大好きですから、随分お客さんも沢山いましたよ。
 20世紀、フォービズム、キュビズム、エコール・ド・パリからは、マティス、ピカソ、アンリ・ルソー、ローランサン、シャガールなど。私はこの時代のパリが大好きなので、とても興奮して鑑賞しました。特に、去年山本周五郎賞を受賞した、原田マハの『楽園のカンヴァス』という素晴らしい作品を読んでからはアンリ・ルソーにはまっていまして、ルソーの『詩人に霊感を与えるミューズ』が来日していたのでびっくり。日本でこの絵と対面できるとは思っていませんでした。相変わらず不思議な絵でしたが。
 もちろんプーシキン美術館に行けば、もっと多くの作品が見られるのでしょうけれど、この展示会ではある作家の作品よりも、できるだけ多くの作家の作品を集めたと言う点に主眼が置かれていたように思われます。ちょっとばらばら過ぎるという感じもしましたが、集まっている作家は豪華絢爛。それはそれでバラエティーに富んで面白かったです。

 それで、この展覧会のチケットを購入すると同時に常設展のほうも鑑賞できます。横浜美術館は初めてだったので、どんなコレクションがあるのかきちんとチェックしてきました。なかでも驚いたのが、ギュスターブ・モローの『岩の上の女神』。とても小さな絵画ですが、この絵が横浜美術館蔵だったとは知りませんでした。とても素敵な絵です。現代人の感覚でみると、どこかキャラクターを描いたアニメチックな絵にも見えます。しかし、やはり絵の深みというか、力が違う。本物を前にしばらく心を釘づけにされて佇んでいました。
 他にも、セザンヌやピカソ、ブラック、レジェ、カンディンスキー、エルンスト、ダリ、マグリッドなど、名だたるシュールレアリストたちが大集結。セザンヌは違いますがね。日本の美術館は、本当に美術館自体が所蔵している作品の数も質も貧相で困ったものなのですが、ここの横浜美術館はかなり作品収集に手を入れているのだなということが感じられました。どれも、財閥の人間が集めていたものだったようですが。
横浜美術館は結構気に入りました。今度また別の展示会があった際には足を運びたいと思います。


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善竹狂言会
 海の日というとみなさんはどのようにお過ごしになるのでしょうか。海に行くのですかね。でも、わざわざせっかくの休みの日に人でごった返していて、しかもあまりきれいではない海に行きたいと思いますかねえ。若いうちはいいですけれどもね。かくいう私もまだ若いのですが・・・。しかし、そうした日には是非文化的な生活を、というのが私のモットーでございます。
 直接関係があるわけではないのですが、私の大学の国文学科の卒業生で、狂言師の方がいらっしゃいます。私の友人が狂言研究会ということろで活動をしているのですが、その友人を介してその狂言師の方とお会いしたこともあります。大学の先輩にあたりますね。私も誘われたのですが、結局狂言研究会には入りませんでした。私はあくまで演じる側ではなくて、見ている側でいいですかなね。まあ、そんな関係があるものですから、毎年恒例の海の日に行われる善竹狂言会には三年連続で鑑賞しに行っています。もちろん、その狂言研究会に師匠として来てくださる先生も、善竹狂言会では狂言師として登場します。
 狂言というと、どこか難しそうな、眠くなってしまうようなものというイメージがありますが、そんなことはありません。歌舞伎にしろ、実際に行ってみてみるととても面白いことがわかります。特に狂言は、歌舞伎よりもファニーの要素が強い。短い話のうちに、なんどもなんども同じ言葉、行為の繰り返しがあり、いわゆるお笑いの世界でいう「てんどん」がなされます。もう、観客はげらげらわたってしまうようなものです。難しさで言ったら、能、歌舞伎、狂言の順でしょう。能は仮面をつけて舞ったりしますからなかなか難しい。それに付け加えて戦闘シーンなども入る歌舞伎はよりファンタスティックです。狂言は、悲しいお話もあるのですが、ファニーなお話も多い。大人になると結構な値段がするのですが、学生は3000円でオッケー。一流の芸術をたった3000円で見られる機会はほとんどありません。来年もまたやりますので、これもおすすめの演劇の一つです。

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毎日書道展
 最後は毎日書道展。私は今年、書道の教員免許をとる関係上、大学生にもなって書道をやっています。もう一度最初から、姿勢、筆の持ち方などをやりました。意外とこの歳になると新鮮で、きちんとやってみようという気持ちになります。また、私の場合は自分の作品にも書道の要素を取り入れた作品を制作したりするので、いい勉強にもなります。
 それで、書道の先生の作品も出展されているということなので行ってきました。場所は六本木の国立新美術館。残念ながら東京での展示会は終わってしまいましたが、毎日書道展はこれから全国を回って展示会が開かれますので、地方の方は近くにやってきた際に行ってみると良いかもしれません。
 書道なんて何が良いんだみたいなことを言う方は沢山いますけれど、やはりこれも実際行ってみると考えが変わりますよ。と私は思うのですが、変わらない人もいますかね・・・。漢字、ひらがな、カタカナ、ローマ字と四つもの表記を使い分ける国というのは日本くらいしかないようです。それだけ日本人は言葉に対して敏感なわけです。漢字にしようか、ひらがなにひらこうかと、たった一文を書くだけでも考える。さらに、文章への愛着といったものは、言葉をつなげて書く際の美しさへもむけられます。どうしたら文章がより視覚的にも美しくなるのか。千年以上の年月をかけて、連綿というひらがなをつなげて書くことや、漢字をつなげて書くこと、または崩してみたり、省略してみたりということを洗練してきました。文字自体を芸術の領域まで高めたのは漢字文化だけです。ローマ字やアラビア文字にも、カリグラフィーはありますが、カリグラフィーで展示会というのはなかなか開かれません。いまだに芸術作品とまではいかないような気がします。
 書道展に行くと、日本人の言葉に対する愛、繊細な心やりといったものが見えてくると思います。書を見る際の観点は、一に、文字、二に墨、三に筆勢だと私の先生は仰っていました。その先生は専門が篆刻なので、先生のにはそれ応用できないじゃないかと思ったりなんかしたのですがね。文字の形や墨の色。筆勢というのは、筆の流れというか、気のようなもの、これが途中で途切れているとやはりみた時に素晴らしいとはならないものです。こうした点から見る。ほかにも空白の使い方だったりとか、絵具をつかっているのもありますから、総合的な判断が必要になってきます。
 まあ、なかにはシュールレアリスムなのかわかりませんが、墨を垂らしただけみたいなのもあります。そういうのはよくわかりませんが、墨の色がきれいだなとか思ったりしています。ただ、作品が多すぎるので、全部みようとすると疲れて仕方がありません。場所をしぼってじっくりみるか、さっと全体を見るのかといった感じになってしまいます。同じ券で何度も入れるようにしてくれればいいのですがね。でも面白いですから、書道の展覧会というものもおすすめです。
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