FC2ブログ

2020年 2月の雑記 去年から新しい歳の抱負もかねて

ふと、ブログように使うワードを開いてみると、そこには去年の10月の観賞記録をまとめた記事が一番上にあったので、11月から、三カ月以上なにもかいていなかったことになる。
というのも、去年の11月から、以上に普段働いている職場のほうが忙しくなって、その店はそこに出店してから14年くらい経過するのだけれども、その長い歴史のなかにおいても、売り上げの記録を更新し続けているというのだ。いったいこれはどういうことだろうか。
確かに気が付いてみれば、周りには有名で気軽に入れるチェーン店は少ないので、一人勝ちになってしまっているのかもしれない。また、これは個人的観測だからあたっているかはわからないけれども、経済は安定していると、アベノミクスは成功しているという声もきくけれども、しかし、相対的に日本が貧しくなっているのは明らかで、そうした経済的な苦しさが、安いのを売りにしているチェーン店にくるのかもしれない。だが、それでも私が働いていた時間のながれのなかで、異常なクレームをいれてくるようなおかしい奴もへってきているし、客層はよくなっているし、まああれだけお客がたくさん入っていればクレームをいれているすきもないという感じだろうか。
安いを売りにしているといっても、徐々に値段はあがっている。税を外税にしてごまかしたりして、少しずつであるが、値段が高くなっているのは事実だ。その分、飲食業界の深刻な人手不足のこともあってか、時給も徐々にあがっているのはいいことだけれども。これで日本も少しは相対的に物価の高い国になれるだろうか。つい昔までは日本は世界の先進国のなかでもトップクラスだと思っていたけれども(それは私がUAEに4年間滞在していたり、海外旅行にたくさんでかけていたから)、その認識のまま時だけが流れ、日本の外はもっと進んでいたのだなと言うことが徐々にわかってきた。
なぜこれだけ大勢の観光客が日本にやってくるのか。インバウンド消費もあっていいじゃないかと思っていたら、あるとき目にした記事で、それは日本が相対的に安いからであるというのを見て、おどろいた。そういればそうか。私だって南米を長いこと旅した時、向こうの物価が日本と比べて安いから、長旅でも楽に旅をし続けることができたのだ。ヨーロッパやアメリカや中国から大勢の観光客が、例年にないほどに、毎年記録を更新し続けているけれども、それは日本が有名になったとか、そういう面もあるにはあるだろうが、それ以上に世界は豊かになり(格差が広がり?)日本は相対的に安くなったから、行きやすくなった、来やすくなったということなのだろう。
大変な福祉国家である北欧の国では、一時間の時給は20ドル以上ということもあるときく。そのぶん税やらなにやらも高く、出ていくのも同じくらい高いから、相対的におんなじということになるだろうが、それを海外と比べた時にはそれが有利にでる。
私も日本が裕福なのを便利と思って諸外国を旅してきたけれども、やはり、アメリカやヨーロッパには地理的に遠いと言うこともあるが、それと同じくらいに物価が高く、日本で得られる賃金では、旅行をするのはなかなか厳しいということは感じていた。ましてや、日本人がよくいく中央アジア圏の国の人達からしたら、余計だろう。彼らが北欧なんて旅するなんて、ほんとにわずかな裕福な人にしかかなえられないことであろう。幸い、インターネットの普及によって、海外旅行以外にもたのしいこともたくさんあるし、映像やニュースなどで海外をしることができるようになったのは、ほんとうにグローバル化してきたなという感じもするが。
しかし、そのグローバル化といえば、今度のコロナウイルスは大変である。経済の話に少しもどせば、2月の頭で、太陰暦を使用している中国、ベトナム、タイなどの、アジア圏の人達にとっては、旧暦で言うところの正月、春節であり、大規模な祝祭のムードで今年も日本に何千万という人がきて、たくさん爆買いをしていって、という段取りのはずであった。日本は消費税を10パーセントに引き上げたせいで、内需は減り、ますます高齢化する社会において、高齢者への年金や医療費ばかりがかさみ、新生児は予想よりも早く90万人を切ってしまった。20代後半である私は、同じ年に生まれた人が120万人。ちなみに40代では200万人。毎年人数が数十万単位で減ってきているのはおどろきである。物価が高くなる一方、給料はそれに見合わず、20年前とほとんど同じ水準。人ひとりにかかるお金が大変になってきているから、子供を産むこともできない。そもそも賃金も高くないし、生産性もよくないから、若い人々はものすごい時間を働いている。アフターファイブもなにもあったものじゃない。こんなに長時間働いていれば、体もこわすし、そもそも疲れてなんの気力もわかないし、女性も女性で働いているからデートにもいけないし、いったいどこで出会うんですか?という感じ。
大学時代の友人が、この間結婚して、久しぶりに一同会したのだけれども、結婚しているのは3、4組友達のなかにいて、でも、その人たちが結婚したのは大学時代に付き合い始めた人たちで、やはり大学は最後のお見合い所というのは本当で、その後の職場での出会いはさんさんたるものだった。どういうことが起こったかというのは、去年、おととしの記事を見てくれたら幸いである。ほんとに許せないので、個人名と会社と、住所を明らかにして公開してやりたいくらいだけど、そうすると相手に非があっても、こちらが会社など、そういう法律にあかるいところに訴えられる可能性もあるし、名誉棄損になったらこちらのほうが不利になるのでしないけれども。ほんとうはお金があればいくらでもやってやるけれどもね。

まあ、そんなこんなで、アラサーになった私は、結婚したいなー、子どもほしいなー、奥さんほしいなーなんて思ってはいたけれども、正社員で働く気力も意志もなく、ただ自分の時間が欲しいからと非正規でしかない人間と結婚して子どもを産んでくれる女性がいるとも思えないし。いいわよ、私が稼ぐからあなた家で家事と子育てやっててくださいっていってくれるような男気のある方がいれば、ぜひぜひもらってほしいのだけれども。でもまあ現実的ではないなと思い。別にあきらめだけがすべてで、大人になるってそういうことかなと簡単にひとりごちるわけでもないのだけれども。ただ、ああ、なんかこの社会に出てからの5年間、いろいろあったようで、たしかにあったんだけど、でも、あっという間だったな、自分の精神年齢も変わってないし、ライフスタイルもまったくかわってないし、僕は時間の流れのなかから取り残されてしまったのだなと、敷かれたレールからドロップアウトしたのは自らの希望だったので、いまさらその選択を悔いてもしかたなく。一度外れたものは元に戻るのは本当に難しいもので、私にはそれを成し遂げるだけの力はない。


昨年の1月にほんとうにお腹の調子が悪くて、ちゃんとした大きな病院で内視鏡をいれて見てもらった結果、過敏性腸症候群であると診断されイリボ―を出され、あっという間にお腹は改善。しかし、夏ごろにかけて大変厳しい人間関係のトラブルによる精神状況におちいり、かねてよりの身体の痛みも軽減されていないことから、痛みにも効くサインバルタを投与。それによりなんとかそのごたごたは乗り切って、去年の後半からはいままでにないくらいの、体調のいい日を過ごせてきた。
だが、イリボ―をやめてもこんどは便秘がひどくなり、ずっと便がたまっている状態で、水分を完全にとってしまっていて、出すにも痛くて、本当に大変。ここはちょっと医者と相談というところだけれども、今日もまたそのひどい便秘のせいで大変なめにあった。あまりにもお腹にたまりすぎて、ずっと気持ちが悪くて、出したいのだけれどもまったく出る気配はなく。で、無理に出そうとマッサージしたり、漢方の下剤みたいなの飲んでみたりしたのだけれども、そのせいで余計にひどくなって、あまりの痛さに、トイレから出ることができなくなり、結果として二時間ねばったあげくに、母に浣腸をかってきてもらって何とか、たぶん10日分以上の便を出したというところ。本当につらくて、きつかった。
想えば、今年に入ってまだ三が日が過ぎない頃、仕事に行く前に、ふと甘栗を食べたらそれがカビていて、しまったということに。でも、一時間経過しても何もないから大丈夫かなあと思いながら仕事をしていたのだけれども、それが夕方になって急に腹痛が。はいてしまったほうが楽だったのかもしれないけれども、吐くにも、あのバリアフリーのトイレとかにある、吐けるところならいいが、トイレだときつくて。で、下から出そうかと思ったけど、その時もひどい便秘で、肛門に蓋をされているような感じで、やばいものがでたがっているのに、肛門からでていってくれないということで、職場で二時間ほどトイレにこもって、結局出ないから病院にいこうと思ったのだけれども、タクシーを呼んだのだけれども、店の場所がわからないのか一向に来ず、結果として空いていた病院も5時になってしまってしまい、なんとか家の駅まで電車で移動して、父に迎えにきてもらってということで。救急病院にも電話したのだが、それはもう出すしか方法がないので、うちにきても何も対処できないよと電話でいわれてしまったので。
それもそれで大変だった。私は夕方の3時からお腹が痛くてにっちもさっちもいかない状況で、ケータイを忘れたので、店のケータイで家に電話したり、病院に電話したりとしていたのだけれども一向に話が進まず。で、車で迎えに来てくれといったのに、あろうことか、自分の子どもが苦しんでいるのに、駅伝がいいところだったのか、それがいまいいところだとか、小声でいってみたり、父は祖父をおくってきたばかりで家に帰ってきて疲れているとかなんとか。
この時、あらためてだけれども、本当にこの人たちは人に対する理解や共感を持ち合わせていないなあと思った。まあもう、私も20とか22とかで、ぐちぐちいっているだけの時とはだいぶ違うから、それに対しては、人が苦しんでいる時になんなんだと、怒りを表明したあと、あまり他人には期待しないことだなと思っていたからそこまで傷つくこともなかったけれど。
そういう点では、まだまだ18歳で精神的な病気を発症してから、ずーっとこの10年間。なんとか少しでも、少しずつでも改善しようといろいろ努力して、戦ってきたけれども、もちろん一番ひどい時期、大学三年から社会人2年くらいまでの、暗黒の4年間にくらべればだいぶ楽になったとはいえ、まだまだ身体は不如意であるなあと、もう少し機能がよければ、楽なのになあ、苦しむことも少ないのになあと思うのであった。

大学を出ているので、周りには非正規の友達などほとんどいない。みんなちゃんとした家の子だから(私もそうだったんだけど・・・)正社員でちゃんと働いている人たちばかりだ。
社会に出て6年目を迎えようとしている同期たちは、そろそろ会社での地位も少し上になってきて、休みも取りやすくなってきたらしい。
ということで、かねてよりの念願であった、第二の故郷であるUAEに、帰国してから20年くらいたつけれども、もどって見ませんか?という企画が発案された。
金銭的には、私は欲しいものがいっぱいあって、買い物依存症なのでないのだけれども、しかし、こうした時にぱっとフットワーク軽く動けるために私は非正規でありつづけたといってもいい。自由に時間が決められるのがいいのだ。もちろん休みもね。お金はなんとかすればいい。非正規だから、ボーナスもないし、働いたぶんだけしかもらえないけれども、それでも新卒よりはずいぶんもらっているのだから、頭打ちでこれからあがることはないけれども、日本人の平均年収くらいにはもらっているから、飛行機のチケット代もカードで分割すれば問題ない。
だが、ここで別の方面から問題がやってきた。そう、新型コロナウイルスである。
そのことを伝えたニュースは本当に恐ろしく、ニュースには流せないような映像や内容は、ネットで回ってくる。もちろん情報統制を敷いている中国だから、どこまでが本当かはわからないけれども、少なくとも映像だけは本当じゃないだろうか。どこからかうまく潜り抜けて出回ってきたのであろう。
武漢の街が閉鎖されて、濃霧が立ち込め、誰もいない街並みの動画や、医療崩壊していて医療機関にいっても意味がないからみんな家にいて、夜中、ビルとビルの間で、住民同士ががんばれーといっている動画など。がんばれといっているというのは、それをツイートしたコメントに書いてあったことと、中国人の同僚に動画を見せて、これなんていっているのと聞いたことからも、それは間違いないらしいが、それでも、聞きなれない言語で、うおーっと住宅街が大勢の人の声でうめつくされているのは、本当におそろしいの一言につきる。その動画を見た時に恐怖しか感じなかった。
日本のクルーズ船対応のひどさもあまりのものだ。結局あれだけ封じ込め、水際対策なんかをやっていながら、最初期のころには普通に中国人をいれてしまっていたのだから、時すでに遅しだ。そういうことをやるなら最初から徹底してやらないといけない。
で、今日本ではどんどん、どこからの経路かわからない人たちが発症中で、メディアに出てくる疫学研究者たちももう、広がりを防ぐことは無理なので、栄養をつけて、十分に寝て、免疫力を高めておくしかないというような、ごくごく当たり前のことしか言えない状況になってて、ああ、パンデミックがそろそろ起こるなと、私は思う。
武漢もまた人口1千万の大都市だったが、その広さは関東平野くらいある。ところがだ。東京一千万が感染したらいったいどうなるだろうか。3・11や、ここ数年の台風や地震などによって、ほんとに大変な被害がその都度あったけれども、これももう大変なことになるかもしれない。あんまり恐れる必要はないと研究者たちはいうけれども、まあそういうことをいう人たちはメディアには出られないわけで、バイアスを差し引いて考えたほうがいいだろうけど、すでにテレワークや自宅待機を指示している会社もあり、東京マラソンもプロだけ、嵐のコンサートなど、何万人規模のコンサートも中止。
私は本当にこのままでオリンピック開催できるのだろうかと思う。やったところで、海外から人はこないでしょう。数ある観光地が、まるでゴーストタウンになったみたいに、静かになっているのは映像として強い印象を与える。あの、観光客でごったがえして、地元に住む人たちの生活が危ぶまれていた京都では、観光客が来始める前ってこんなだったんだというのが、初めて見れた。
国会では、まだ憲法とかそういうことを話しているうちはよかったけれども、7年半続く、戦後最強となった安倍内閣、官僚たちは忖度をし、お金にまつわるいろいろな不祥事をやらかしてきた。もりかけ問題につづき、さくらだとか、今度はその前夜祭だとか。ほんとうに情けない。やはり金なのか?
しかし、本当に金がほしければ、孫さんなり、前澤さんなり、お金の稼ぎ方はいろいろあるわけで、政治家になってまで、少ない給料でやろうというのはどうにもよくわからない。もうほんとうに頼むから、そんなくだらないことをやる総理も総理だけれども、まあやるからにはそこを追求せざるをえない野党も野党なんだが、国とか、人民とかを守るために、コロナなどの対策などを真剣にやってほしいと思うばかりだ。お金の不祥事の話はほんとうにくだらない。


他人の内面は観測できない
まあ今もいったとおり、安倍さんや麻生さん、ああいう人たちがどういうモチベーションで政治家をやっているのかは、ちょっと私から、よくわからない。
昔は、まだ世間のことをよくわかっていなかった時には、世の中のことはもっと簡単だと思っていたし、わかっているつもりでいた。だけれども、人並み以上に苦労もしたし、いろいろな経験もしたし、知識も身に着けたし、人を見る目はあるつもりだと自負していた自分が、まったく恋人の裏切りに気が付けなかったりと、ほんとうに人を見る目がないなと、自分ならこう思うけど、というのが相手には通用しないということがこの数年間になんどもあり、ああ、本当に他人の気持ちというのはわからないのだなということがわかってきてしまった。無知の知とでもいおうか、そんな大したものじゃないけれども。振り出しにもどってきてしまった感じね。
で、最後に言いたいのは、またちょっと話は戻って結婚とか、子どもとかほしいという話。まあ、パートナーが欲しいなと言う話だけれども、それももう、内面は結局わからないなとしか思えないのよね。だから、外見がよければとも思うし、実際に面食いであることは確かなんだけど。でも、性格も重要だしとも思うけど、その性格ってなんなんだろうなというところではある。まあ、最低限、情緒が安定していることと、倫理的に裏切らない、不倫とかをしないというのだけは、守って欲しいというか、そういうパートナーを募集しているけれども、それ以外のところではね、結局何を考えているのかなんてわからないわけだし。だからこそ言葉で想いを伝えあうんだって、数年前の僕ならいっただろうけど、そういう熱い想いももうなくなってきてしまった。ただ絶望というわけでもない。絶望して全部がだめなんだと思うのは、楽だ。逃げであるともいえるし、思考停止だともいえるし。少なくとも、僕も一時期はそういうふうに思っていたけれども、そういうのもなんだか子どもっぽいし、そんなふうにいっていても人生は続くし、時は流れるので、いつまでもふさぎこんでないで、かといって燃え尽きるほどにがんばるのでもなく、力まず、ほどほどに、まあやるときにはちょっとやったろうかという具合でやっていくのがいいのだろうなというか、そういうのが自分の求めるいい大人の像だと思うし、自分にとってはそのほうが成長かなと感じて、そうしているところ。
最近はほんとに人のこころが読めなくなった。いや、昔は読めていると思っていたのが錯覚だったのかもしれない。あるいは、高校、大学までは、似通った社会的地位、家庭環境にある人達、年齢も若く人生経験も短いから、それから同じ時代に生きているから、享受してきたメディアが同じであるとか、そういうところがあって、実際に、今、ほかのバックグラウンドをもっている人がわからない状況とは少し違っていたのかもしれない。
だが、最近はほんとうにわからない。大学で、ある程度の教育をされると、それもまた時代とともに変わっていくのかもしれないけれども、少なくとも、論理を組み立てて、議論をぶつけることによって、問題点を明確にして、解決していこうといった、ある程度の思考の型は身に着けられる。私も、まだまだ、これはどういうことかなとよくわからないときに、かつて大学で訓練された思考の組み立て方で物事をみるし、そしてそれはだいたい、今本を出しているような人たちの思考とそんなに変わりはしない。
だが、最近ことにつけて、ツイッターでの、わけのかわらない人たちの無茶苦茶な論理だったり、自分だったらこうする、というところから大きくかけはなれて、自分のなかで合理的に説明できない行動をする人たちを職場でみるにつけ、ほんとうにわけがわからなくなってきてしまった。
結局他人を信じるのは自分の責任だし、他人なんてそんなに信じられないし、自分だって信頼できないんだから、そんなに期待を持つのは、いらいらなどの原因にもなるし、まあ、様子見でいこうかという感じだ。
こんな話をするのも、先日ちょっと職場で新年会をやったのだけれども、それでだれもやらないから、いつの間にかそういうのをやらないはずの私が幹事なんかやっちゃったりなんかして。でも、まあほんとに人のひどいこと。20人近い規模でやるって、店を貸し切って、一人いくらでって、会社からのお金もでるのでっていう話で進めていたのに、上司の確認ミスで、お金は出ないということが発覚したり、前の段階で連絡とって、いきますといっていた人間が当日4名くらいこなかったり。連絡もなしで。しかたがないから、私が個人で3万円自腹を切ったよ。ここに書くまでのことでもないけどね。でもやはりだから幹事ってやりたくないね。まあでも、当日来てくれた人たちはある程度楽しんでくれていたのでよかったかなという幹事。みんな僕より若い子たちばっかり。その子たちが、僕が3万だしただけで、お腹いっぱいになって、お話して、楽しいひと時を過ごせたのなら、それは幸いかな。

結局、人生の意味とか、価値とか、そういう形而上学的なことをずっと考えてきた僕だけれど、最近はそういうところにこそ、価値があるんじゃないかと思うようになってきた。
どうなんだろう、いろいろな考え方ができると思うけど、形而上のことも含めて。まあ、宗教とか、スピリチュアルの偉大なところは(欠点でもあるけど)、やはり人とつながっている、より大きな存在とつながっているということから安心感を得られるところだね。僕はセム族系の一神教、すなわち、ユダヤ、キリスト、イスラムの神、ヤハウェは信じていないけれども、そんな人格的な低いレベルではなく、もっともっと大きな存在、宇宙すべてとか、そういうレベルでの大きな存在、人間の知覚ではとても認識できる次元の話ではない、もっと高度の次元の存在、意志というようなものはあっても不思議じゃないなと思うし、魂はあるんじゃないかと思うし、いずれはそれが、水が海に戻るように、全体とつながるんじゃないかなとも思っている。
でもまあ、そんな大きな話をしたところで、じゃあ現在、今、ここに、なかなか不如意な身体をもって、日々のお金を稼ぐためにあくせく、忙しい店を切り盛りして、歳もとってきたし、奥さんも欲しいし、さみしいし、というような実際の自分をどうしたものかなという想いもある。
都市伝説とかでは、いずれ人間は身体という入れ物から解放されるんじゃないか、というようなことに話は進んできているけど、まあそれはそれでいいし、怖くもあり、そうすれば解決される多くの問題もあるだろうなと思うし、見てみたい気分もするけど、でもまあ、それはまだ今おこっていることではないし、今を考えないとね。
でまあ、人に親切にすることもとても大事なんだけど、じゃあ、自分の範疇でいうとどうかというと、それはまあ、いつ抱いてもいいような、寂しさを優しさで包んでくれるパートナーは欲しいよね。それから、子供もまあほしい。まだ親が生きているから、実家の隣には実家の経営するアパートもあるし、絶対に情操教育として、一人とか、少ない人数で育てるよりも、おじいちゃんおばあちゃん、家族みんなで面倒を見て育てるほうがいいに決まっている。育児する側の負担も含めてね。だから、一人きりでは育てる自信もないし、じゃあ自分が稼いでくるかっていったらそれもできないから、実家でいっしょに育てたらいいんじゃないかなというのが僕の本音。奥さんが嫌がるなら、住む場所は家の隣のアパートにしておけば、過干渉も防げるでしょ。
でもなんなんだろうなあ。中高六年間、一緒の学び舎にいて、高校最後でその子のことが好きだという気持ちに気が付いて、大学時代には別の大学にいきながらも、気持ちは伝えたりした人がいたんだけど、その人は僕の中で完璧だったのね。今でも、性格、容貌、肉体的な健康さ、精神的安定、すべてにおいて、彼女に勝る人には出会えていない。僕はその人が自分の人生でもっともすばらしい人と思っている。その人が大学卒業後にすぐに結婚してしまってからいまでも。子供はまだ生まれていないんだと思うけど。
でももう、その人のことを考えたら、その選択がその人にとっては幸せだったわけだから、いまさら結婚までした相手を無理に引き離して略奪愛なんてのもね。
でもその人以外に、特にじゃあ結婚したいとか、ずっと一緒にいたいと思うような人が周りにはいないのよね。まあ数は少なくなったとはいえ、それでもまだ女性が半々はいる職場だから、美人な人とか、性格のいい人とかいるんだけど、どうも、バチン!!ってこない。きたかと思って二年前にアプローチしたら、一年弱二股されてて、二人ともお金みつがされてたというね。だから人を見る目もないから、なにがいいんだろうというのもわからないし、この子いいのかなと思っても、向こうもなかなか本心だしてこなかったり、ガールズバーで働いてるとか。
近所の人で、旦那は結構としいってる。50代くらいか。でも、奥さんは40くらいかな。結構歳の差のある夫婦がいる。子どももいる。家がある。分譲で小さいけど。でも、あれ建てるとしたら一億以上は必要でしょう。車はBMの3シリーズ。だいぶ前のだけど。でも、その二人、別に美男美女でもなんでもないんだけど、なんでその二人は結婚したのかなと思う。お互いにそんなに愛し合っているようには思えないし。まあ、話したこともないから、本当はとても愛し合っているのかもしれないけど。でも、お互い暗そうな性格だけどね。そもそも二人がどうしてであったのかも気になるし、今の時代って、まあ社会とか、国とか、人類のためには結婚して子ども産んだほうがいいには決まっているんだけど、現状日本ではそんなこと公には言えないように多様性が!って叫ばれているし、実際シングルでやっていっても、まあそれなりに生きていけて、楽なわけですよ。結婚ってなったら、ほんとに愛してないと、いろいろと大変でしょう、煩雑なことが多くて。だから、それがどうしてなのかなーと、僕には理解できないわけ。奥さんは奥さんで、その男の子どもがほしかったのだろうか。それとも自分の子どもがほしかっただけだろうか。男は、金があるから、会社かなにかで見つけて、口説いて、自分の子どもを産んでくれるようにということだったのだろうか。
僕も、自分の子どもを産んでくれる人が欲しいなと思う。やはり種として、動物として、自分の遺伝子を残したいなというエゴがある。自分はさんざん肉体的にも精神的にも苦しんで、なぜ望みもしないのに産んだのだ!と両親ともめていた時期もあるけど。でもだからこそ、奥さんには、精神的にも肉体的にも健康な人を見つけて、僕の悪い部分、病気がちなところとか、精神的にもろいところとかをカバーした健康な子を産んでほしいのだ。やはり人ひとり産んで、育てて、それで、社会的ではないけど、動物的な役目は終えられると思うし、可能ならしたほうがいいんじゃないかな、自分のためにも、種のためにも。もちろんそうしないという選択肢は今の時代、あるけれどもね。僕は単純に自分の意志でひとひとり、残していきたいなと思っている。
まあ、でもそれと同じではないんだけど、平行線上の話で、僕は他人に親切にしたり、コミュニケーションをとったりするのが好きなのだ。単純にそれで自分が満足しているというのもあるけれども、自分が二十代後半になってきたときに、自分の若い頃を見ているようだなとか、自分とは似ていなくても、こんなことサポートできるなとか、こういう言葉がけをしたほうがいいなと思ってしまう、職場の若い子たちがいて、その子たちの面倒を勝手にみているのだ。それになついてくれる子たちもいるし、少し押してみて、反応がなければやめようということになるし、大学時代の轍を踏まぬように、押し付けにならないようにはしたいけれども。自分自身もプレイヤーでありながら、最近はやはり、もともと教師になってみたかったという気持ちもあり、メンターとか、コーチングといったことにも興味が湧いて、本を読みながら実践している。二度入った学校と言う現場では、一挙に2、300名くらいを相手にしなければいけなくて、とてもではないが、名前も覚えることができないし、カリキュラムに組まれた知識を教えることしかできなかった。それも果たせていなかったかもしれない。でも今は、ちゃんと手取り足取り、時間の許す範囲で、一緒に食事に行って、1,2時間話したりもできるから、本当に今はそういうことが楽しい。




スポンサーサイト



11月鑑賞目録、月記

アラン・S・ミラー (著)『進化心理学から考えるホモサピエンス 一万年変化しない価値観』(パンローリング株式会社 、2019)
出口 治明 (著) 『哲学と宗教全史』(ダイヤモンド社 、2019)
クリスティーン・ポラス (著), 夏目 大 (翻訳)『Think CIVILITY(シンク シビリティ) 「礼儀正しさ」こそ最強の生存戦略である』(東洋経済新報社、2019)
成瀬 雅春 (著)『シャンバラからの伝言―魂の修行と宇宙の真理』(中央アート出版社 、2008)


『銀河英雄伝説 Die Neue These 星乱 第二章』(2019)
『冴えない彼女の育てかた Fine』(2019)
『ターミネーター:ニュー・フェイト』(2019)
『Re:ゼロから始める異世界生活 氷結の絆』(2019)

『ジョジョの奇妙な冒険 黄金の風』(39話、2018-19)
『DOUBLE DECKER! ダグ&キリル』(13話、2018)


11月はほとんど仕事に時間を費やしてしまった。現在の職場で11月でちょうど4年が経つ。
最初の二年から三年ほどは、自分の店に先輩や、先輩と一緒に育てた優秀な後輩がいたので、自分の店のレベルは非常に高くて、他店に応援を出すレベルの余力があったのだけれども、その先輩や後輩、それから同僚が精神を病んで退職していったために、経験ある人間がどんどんすくなくなっていき、私一人だけが、夜と深夜に取り残されてしまった。だから、ある意味稼ぎたいという人からすれば、シフトはもう入りたい放題なので自由でいいのだけれども、反対を言うと、レベルが足りなさ過ぎて、私がはいらないと店がまわらないような状況になってしまっているので、休めないというのが問題になっている。
とりあえず12月は私の大学時代からの共通の友人同士がついに、大学四年生から、5年もの愛をはぐくんで目出度くゴールインし、盛大に結婚式をやってくれるというので、たくさんつつんでいかなければ!というところで、普段でも、浪費癖のためにトントンで生活しているので、さらに働いて、つつむぶんを稼がなければならなかった。
本当はいろいろなことを当人たちにしてあげたいと思うけれども、住んでいる場所も、そう遠くはないとはいえ、簡単に通える距離ではないし、私も忙しいけれども、向こうは教員をやっているから私以上に忙しいだろうし。ほんとうはなにかもっといい形をと思いながらも、やはりそれを気持ちとして示すのには、お金というのは便利なものであるなとは思う。金銭にとらわれない、新しい世界を望んではいるけれどもね。
そんなこんなで、にしむくさむらいというけれども、ようは31日ない月は、当然1日分、ほかの月より日数が少ないわけで、それは我々アルバイターにとってはけっこうデカいのだ。一日少ないと言うことは、それで一日の給料、7時間ないし9時間くらい働くのだとしたら、その分がないわけだからね。
で、まあそのくらい総合時間から少なくなるはずなのだけれども、今回私はもうむちゃくちゃに入りまくって、合計時間220時間、残業時間も43時間で会社が許してくれるぎりぎりのところまで働いた。

ただ、不思議なことに、まあもちろん時間は有限なものであるから、それだけ働いていれば、なかなかアニメを見たり、映画を見たり、読書をしたり、あるいは執筆をしたりという、この僕のいつもの文化的活動はほとんどできなかったのだけれども、体力面ではどうかというと、不思議なことに、そこまでの疲れを感じてはいないのだ。いや、もちろんそれだけ忙しい飲食店で、現場責任者として、全体を見渡しながらずっと働き続けなければいけないのはものすごくつかれるし大変なんだけれども、不思議と以前ほどそのつらさがないような気がする。
一つには、先にも述べたのだが、10月いっぱいで、精神を病んで、もともとは仕事のやりかたに関する愚痴だったのが、徐々に私への個人攻撃、人格攻撃になってきてしまった先輩がいて、その先輩の言動があまりにもひどすぎて、新任の店長ともめてやめていったことだ。
7年は働いていたベテランであったし、私とは最初はとても仲が良かったのであるが、去年の夏ごろからだいぶおかしくなってきていて、接客業をやっているのに、お客が入ってくると怒るという、もうどうしようもない、本末転倒な感じになってしまっていて、それをできるだけケアしようと、私がいっている心療内科などにも一二度つれていったのだけれども、長続きはせず。最終的に私も、心理学や病理学の知識が一般人よりはるかにあるにもかかわらず、いざ実際、その自分自身が、いくら相手が病んでいるとわかっているとはいえ、業務用のノートなどで個人攻撃をされると我慢ならず、私が駆使できる言葉の力をつかってさらに追い打ちをかけ、追い込んでいってしまった。
だが、もうあの状況で私は何ができただろう。他の人同士でけんかをしているのなら、私は両方の精神サポートに回ることができたけれども、実際にその嫌悪のぶつけられるのが自分となると、いくら知識があってもうまく立ち回れないものだ。
本人には申し訳ないとは思うけれども、しかし、彼がそのような精神状態で働いていてもらっても、店にとっても、お客にとっても、従業員にとってもよくないから、やめてもらって正解だったと思う。
そのことによって私のストレッサーはだいぶ軽減された。私の仕事に難癖をつけてくる人間がひとり減ったのだから。

そして今年の2月には、過敏性腸症候群だと診断されてイリボ―を、それから夏には、心拍数が早すぎてやばいということで医者からは薬をまとめましょうということでサインバルタを処方され、飲む薬が減り、しかもそれらの効果がかなり効いてきているようで、私は心身ともに、18歳で発病してから、9年間、ずっと不調で悩まされていたのが、ようやくそれ以前のレベルにもどってきた。
イリボ―で過敏性腸症候群がなおったせいであると思うが、それまでたれながしで栄養を吸収できておらず、身長170センチにして体重47キロとかだったのが、この2月から一気に、半年、7,8カ月で10キロ増えて、今現在57キロだ。
最初はお腹だけ出ていて、これはまずいなと思ったのだけれども、最近はお腹は少しへこんで、全体がぽにょっとした感じになってきている。
だけれども、長年働いている女の子なんかにも、石野さん今の方がいい、前はもう死にそうなぐらいがりがりだったもんといわれるくらいなんだから、まあ幸せ太りみたいなものだろう。
で、太るということは体力がつくということ。
以前は本当に体もふさぎ込んで、冷え込んで、動いていないという感じで、働くとすぐに疲れて、ばててしまっていたけれども、最近では、体力がついてきて、長時間の勤務、ほとんど休憩にはいらないでもいけるようになってしまった。
これを書いているのは12月の段階で、昨日はたまたま病欠だったり連絡ミスだったりが重なって、17-8の15時間勤務だったのだけれども、その間、キッチンができる人間が私一人で、17-2の9時間、まったく休むこともなく、一人で店を回したというのは、私の歴史のなかでも、かなりレガシーにのこるものになったと思う。まわりの従業員もすごいといっていたし、店長もあやまりながらも、すごいといっていたし、いまちょうど、二十代後半で、体力的にも経験知的にもピークを迎えてきている時期。のってるなーという感じで働いている。



10月鑑賞目録、月記

杉浦 功一 (著), 大庭 弘継 (著)『『銀河英雄伝説』にまなぶ政治学』(亜紀書房 、2019)
山中 俊之『世界94カ国で学んだ元外交官が教える ビジネスエリートの必須教養 世界5大宗教入門』 (ダイヤモンド社 、2019)
『開かれた対話と未来 今この瞬間に他者を思いやる』(医学書院 、2019)ヤーコ・セイックラ (著), トム・アーンキル (著), 斎藤 環 (翻訳)

ヤニス・バルファキス (著), 関 美和 (翻訳)
『父が娘に語る 美しく、深く、壮大で、とんでもなくわかりやすい経済の話。』(ダイヤモンド社 、2019)

『HELLO WORLD』(2019)
『銀河英雄伝説 Die Neue These 星乱 第一章』(2019)
『BORUTO -NARUTO THE MOVIE-』(2015)
『空の青さを知る人よ』(2019)
『ジョーカー』(2019)

『ナルト―疾風伝―』(約400話~500話、2015~2017)
『鬼滅の刃』(26話、2019)


9月、鑑賞目録、月記

樺沢紫苑『学びを結果に変えるアウトプット大全』(サンクチュアリ出版 、2018)

『ヴァイオレット・エヴァーガーデン 外伝 -永遠と自動手記人形-』(2019)

『ナルト―疾風伝―』(約100話~400話、2009~2015)


今、アニメのナルト疾風伝を見ている。ナルトと言えば、マンガを購入して読んでいたので、学生時代のいい思い出である。最近後輩との話のなかでナルトが出てきて、そういえばもうだいぶ内容を覚えていないなというのと、アニメを見ていた後輩から、いろいろと漫画だけでは知らない設定や話を聞かされて、アニメ版のナルトも見ようかと思って見始めた。サスケが里を抜けるまでのナルト200話は飛ばす。修行から帰ってきた疾風伝から。それでも500話ある。ボルトも現在100話くらいか。こちらの作品は岸本先生が原作者ではないと聞くが、それでもその世界観を受け継いでいるということで、その大人になったナルト達や、その子供の世代がどんな活躍をしているのかを見たいと思ってのことだ。
8月の終わりから見始めて、今ようやく400話。マダラとの最終決戦にはいったところだ。
学生のうちは単純に誰が強いだの、この術がいいだの、このキャラがかっこいいだのと、そういう表面的なところしか見れなかったけれど、あれから10年が経過して、さらに人生経験を積んだ私からみると、ナルト疾風伝が伝えたかったメッセージの重さや重要性に気が付かされる。
たとえば人柱力の、孤独感。他人からきわもの扱いされる目。愛されたい、みんなに認められたいという気持ち。これらはナルト初期から描かれていたことだけれども、やはりこのSNSの時代、承認欲求が爆発してしまって、誰も抑えられないし、誰もがみんな自分に必死で他人のことを認めてあげることができない時代に、それを反映していたというか、読者に届くものがあったのではないかなと思う。
そして諦めない意志や根性といったもの。これは汗臭いかもしれないし、そんなものと馬鹿にされるものの典型だ。だけれども、そんな醒めた時代だからこそ、敢えてそれを馬鹿正直にやるというのは、見ていて勇気づけられる。実際に私たちはナルトのようにそれを押し通すだけの力もないけれども、ワンピースとともに、「仲間」というのがこの時代の若い世代の強みだ。縦の軸ももちろん重要であるけれども、それよりも横の軸、仲間の意識。真正面からぶつかっていくだけが生き方ではない。時にはからめ手をつかうことも必要である。それはナルト本人からではあまりうかがえないけれども、カカシやヤマト、シカマルが一直線に進むばかりのナルトを上手く誘導する。それを見ている私たちは、そういうスマートなやりかたを見習いつつも、自分の心の底には完全に冷め切るのではなく、小さな火の意志を消さずに、なんとかこのつらい現実をやりぬいていくほかないのである。

ともすると、一人の人間の短い人生では、愛情が強すぎたがために、世の中すべてに絶望し、こんなことならば辛いことがない世の中のほうがいいと、エヴァンゲリオンしかし、それまでの一つの世界にというSFによくある思想にたどり着く。それは私たちだれもが思うことだ。それを象徴しているのが、オビトとマダラである。彼らの気持ちはよくわかる。
しかし、今のところ現実には私たちはそういう妄想の世界に引きこもっていられるわけでもない(いまや引きこもりは若者の問題というよりも中年の問題になりつつある。30何歳から60何歳までのひきこもりが60万人いるとか、そういうニュースを先日見た。この人たちはエヴァしかり、傷つくことに恐れて自分の世界、妄想の中にとじこもってしまった人たちだ)。
そして人の想いや愛というのは、それが強ければ強いほど、それを失った時の悲しみや憎しみになり、本来協力してよい関係を築いていくはずの人間同士を引き裂き、憎しみ合わせ、殺し合いにまで発展する。どうあがいてもその憎しみを一人の力では乗りこえられないと悟ってしまった人たちにとってはこの現実はあまりにも辛すぎる世界なのだ。だがそれでも、私たちはそれに絶望することなく、そんな強い、世の中の見えないような憎しみ(十尾や九尾のような)さえをも、一人では無理でも、多くの先人たちから引き継いできた強い意志と、仲間との連携で、なんとか乗り越えていかなければならない。今、そういう時代に私たちはたたされているのだ。
世界でみてもそうだけれども、日本でいうならば、日中韓の問題が今もまた再燃している。それももう一筋縄ではなくなっている。韓国の中にも親日派だ、文ジェインを倒せというのがいたり、日本のなかにも反日、反韓ということではなく、それに対するカウンター、ヘイトスピーチをやめろといった、非常に混迷した事態になっている。そういう世の中で、先にあった、殺し合いや憎しみあいをどう我々若い世代が乗りこえていくのか、そんな問いを投げかけてくれるのが、ナルトという作品だと、今になって思う。


8月鑑賞目録、月記

山口周『武器になる哲学 人生を生き抜くための哲学・思想のキーコンセプト50』(KADOKAWA、2018)
橘玲『「読まなくてもいい本」の読書案内ー知の最前線を5日間で探検する』(筑摩書房、2015)
アダム・オルター著、上原裕美子訳『僕らはそれに抵抗できない』(ダイヤモンド社、2019)
池田貴将『図解 モチベーション大百科』(サンクチュアリ出版、2017)
足立加勇『日本のマンガ・アニメにおける「戦い」表象』(現代書館、2019)


『ワンパンマン2』(12話、2019)
『盾の勇者の成り上がり』(25話、2019)
『最終兵器彼女』(13話、2002)
『からかい上手の高木さん(第1期)』(12話、2018)
『らき☆すた』(24話、2007)


それにしても早い夏の終わりだった。
というのも、なんだか人がいなかったからなのか、バタバタしていたからなのか、職場のほうで、シフトが、一日の勤務自体は6時間ほどと短いのだけれども、7月の半ばから、8月の上旬にかけて、26連勤というのをやってしまい、ほんとにあっという間に七月から八月は通り過ぎていってしまったという感じ。本当ならば、もっとちゃんと季節感を感じて、ゆっくりと夏を堪能したかった。ホワイト企業勤めの弟はお盆休みは9連休で、旅行にもちゃちゃっとニ三か所いったみたいで、それを後目に、兄貴の私は26連勤しつつ、弟のほうが収入上なんじゃないかというところだからね。ほんとにばからしいわ。はやいところ、小説で一発あてなければとも思うのだけれども、そうなかなかうまくいくものじゃない。リツイートで回ってきたけれども、志茂田景樹さんのブログの記事が興味深いというか、読んでいて暗澹たる気持ちになった。先日の京アニ事件の犯人も小説を書いていて、懸賞小説に応募していたという。志茂田さんは運よく通り抜けたし、今メディアに出ているような人たちは、ほんとに運が良くて、処女作でデビューしたなんてひとも多い。もちろん苦節10年、20年という人もいるけれども、しかし、20年もがんばって、ようやく、40代、50代、60代でデビューしたころには、、、人生終わってしまっているよねえ・・・。
定職につけるだけの精神力は、最初から私にはないし、デビューできなかったら、ほんとに万年アルバイターになってしまうわ。結婚もできず、子供もつくれず・・・。
どうかこんな私だけれども、やさしさくらいしか取り柄のない僕だけれども、そんな僕でもいいともらってくれる人はいないものだろうか。

八月の後半は元カノとの抗争でごたごたしていた。恋人時代に貸した私の絵は返さないは、お金は返さないわと言っている。上司も含めていろんな人間が言ったけれども、もう完全に頭がとちくるっちゃっててだめ。
で、彼女は今付き合っている44の気持ちの悪い男とは、付き合ってもう1年になるとかいっているけど、それは真っかな嘘。なぜなら、一年前は、彼女は、前のバイト先の店長と付き合っており、もう関係は終了していたものの、契約期間の問題でまだ同棲状態にあった。そこで去年の7月に私と出会い、私は気持ちを告白し、7月、8月9月と猛烈にアピールして、10月1日に付き合うことになったのである。私たちの交際期間は11月半ば、私が大学院受験に失敗したところで、金と権力と社会的地位しか目のない彼女は、じゃあ別れるといって別れた。一応その後も、しばらく時間をおいてから、私は再び気持ちを伝え、今は距離を置いているけれども、いずれは復縁したいねということで、向こうもそうかということで、時々あったり食事をしたりしていたのだ。
それが、私のもとに情報が届いたときには、私とは友達関係でそれ以上なにもなく、ただ、食事をごちそうしてくれたり、プレゼントをくれたり、お金を貸してくれるからなんとなく、お友達としてお付き合いしていただけで、しつこくせまってくる男だというような悪評が流れ、今の彼氏(24の女が44の男と!?しかもカッコいいおじさんならまだしも、ほんとに気持ちの悪い男)とは一年になるとかいうウソをついている状態。
私は即座にその真っ赤な嘘を打ち破るべく、私とのラインのスクショを、彼女のウソに洗脳されている人たちにアンチウイルスとして注入。即座に私の身の潔白は証明され、彼女がすべて嘘にまみれていたということが判明。今の職場にいられなくなり、とんずら。8月いっぱいでやめる予定だったらしいが、もう二日前から連絡が取れずに職場に出勤していないらしい。ほんとに愚かな。

周囲の人間は言う。もうそんなどうしようもないクズ人間に、私が時間と労力と金をそそぐのは無駄だと。どうせ天罰が下る。幸せにはなれないと。みんながいう。おそらくそうだろう。人のことをそんなふうに利用するような人間たちが幸せになりえるはずがない。社会的に抹殺されるに決まっている。しかし、まあ、できることならば、私は私のできる範囲で、彼らの幸せを阻止し、妨害してやろうとは思う。私という人間をコケにしたことを後悔させてやろう。相手が悪かったな。

まあそれはいいとして。8月は、アニメの月にしようとしていた。たくさんのアニメを7月同様に見た。
ふと、職場の後輩の子とナルトの話になり、ボルトとかも正直気になっていたところだったので、疾風伝から見直すことにした。漫画では読んでいたけれどもアニメは見ていなかった。引き伸ばしのためではあるが、アニメオリジナルの話もたくさんある。そういうのも楽しみにして、とりあえず8月のうちに100話くらいまでは観賞した。なかなかの観賞スピードである。




それにしても・・・なのよねえ
中高、足掛けで3年間付き合った最初の彼女。その時も、彼女は僕との仲が微妙になったときに、他の男とくっついていたり、浮気をしていたのよね。まあそれも今となっては中学高校生の子どもの恋愛だからといえばかわいく済むけど。
しかし、ほんとに。10年越しでようやく本当の彼女ができたと思ったら、それもまるっきりおんなじみたいな感じで、今度は浮気?というよりも、向こうが本命だったらしいから、二股の足掛けをされたわけね。
初期のころはほぼ毎日会っていたし、連絡もずっとしていたからないとは思いたいんだけど、彼女の働いている店では、僕は単なる友達で、その20歳も離れた44の店長が本命で、いま付き合って1年くらいたつって。でも、その間に、僕は彼女の誕生日も、クリスマスも、一緒に過ごしていたし、彼女の家に何度も行っていたのになあ。
でも引っ越してからたった一カ月で大学院の中国の女の子を入れるって。ほんとに中国人の大学院の友達だったのか。それとももうすでにそこで、あのくそきもい店長だったのか。
なんにせよ、僕は遊びで、周りにもそういっているらしくて、僕はおいしいもの食べさせてくれたりとか(全部僕のおごり。彼女とゆくゆくはと思っていたから)、プレゼントくれたりとかよくしてくれるから、ただそれを享受していただけだっていいはっているらしいんだよね。そんな都合のいい話があってたまるかよ。
それにしても、やはりショックね。彼女の家で過ごした濃密な時間、見つめあった瞳、彼女のぬくもり。それがすべて、最初からいつわりのものであったとはね。しかも、その事実を知ったのは、私と、情報通の私の後見人でもある店長だけとは。周りの人間は気が付いていたし、彼女の口からそれを聞いていたけれども、僕には情報が回ってこなかった。10年前とおんなじでね。

なぜかしら。なんで僕はそういうのを知るのが最後になってしまうのだろう。彼女が裏切ってるよって、誰か言ってくれてもいいじゃないか。そう。僕は昔から、そういう本当に大事な情報というのを教えてくれる人がいなかった。今でもそうだ。そういう風に人から見られているんだろうね。どうしたらいいのかな。かわらないものなのかな。

でも、捨てる人あれば、拾う人ありで、最近はほんとに若い子たちから評判が目出度いのはいいことね。18、19の学生上がりの子たちが、僕のことを慕ってくれて。カッコいいと言ってくれて。そんなの別に思わなければ言わないわけで。
僕は中高、大くらいまで、自分はカッコ悪い、ブ男だと思っていて、上中下、さらにその中に上中下がある9段階評価だとしたら、僕は下の上だと思っていた。そしておそらくそれは周囲の反応からしてもあながち間違いではなかったはずだ。ところが、最近では、まあこうやっていろいろ苦労もしてきて、そのなかでもなんとか頑張って生きてきたからこそ、人生のいろいろな面を知った知性的で落ち着いた面持ちになってきたのか、若い子たちに、頼られ、かっこいい、イケメンだと言われるようになった。今だったら、ちょっと言い過ぎかもしれないけど、中の上くらい、3段階くらいアップしたんじゃないのか?
それで僕はできるだけ若い子たちを救いたいと思っていたけれども、そんな自分が救われる立場になるとは思わなかった。たった一度、深夜一緒に勤務をした僕より4つしたの男の子が、ベンチャーで、いろんなビジネスモデルを考えて、アプリ制作をやると。それを一緒にやってくれませんか?という話が。なんで僕に声をかけたの?と仕事の依頼を受ける時に思い切って聞いてみたら、いや、あなたを吉野家でくすぶらせているのはもったいないと思いましてと。まあその人、なぜ他の学友を自分の仕事に誘わないのかはわからないし、彼本人は自分には友達がいないといっているのは、どうなのかなと心配になるところではあるけれども、そこはまあ私の、メンターとしてのスキルを活用して、うまくつきあってみようと思うところで、実際には10月くらいから、渋谷、恵比寿あたりのカフェと共同したアプリ制作を手伝うつもり。

そう考えると、本当に人生はバランスが取れているね。
とびきりの人生で数えるほどしかないほどの不運が現れたとおもったら、まだ成功するかどうかはわからないけれども、僕を新天地へ連れ出してくれる人が、私よりも若い子からでてきてくれるとは。いろいろ思うことはある。いつも行ってる穴八幡宮の札が利いたかなとか、あるいは最近2・5万ほどで手に入れた隕石、ギベオンのブレスレットの力かな?とか。

そういえば、今朝、とてもいいことがあったんだ。ちょうど朝5時台。ほとんどお客さんはいなくて。その時に訪れてくれた68歳のおばあちゃんとおばちゃんの中間の人。暇だったのと、そのおばちゃん、友達と朝まで飲んでて、ちょっとよっぱらってたというのもあって話がはずんで。なんでも旦那さんは吉祥寺の民民の餃子の店長を40年くらいやった人らしくて。でもそのおかげで体悪くして60ちょっとで、6,7、年前になくしちゃったって。で、子供は今40のと33くらいのと。で、僕のこと、お兄ちゃんがんばってるねって。お兄ちゃんかわいいって。子育て終わったし、旦那にもなくなられて一人なんだけど、最近はパチンコなんかもはじめちゃって、でもいいよね?っていうから、いいですよ、もうお母さん、なにしたって自由なんだからって。ほんとにお茶目で可愛いお母さんだったなあ。飲んだ後でちょっとおなか空いたから来たって。子どもがいるときはよく来たんだけど、一人だとなかなかって。今度は友達つれてくるねって。お兄ちゃんかっこいいからもてるでしょって言われたんだけど、まあその時一瞬心は傷むけど、いや、いないんですよ、どこかにいい人転がってませんかねって聞いたら、私が紹介できるのは、おばちゃんばっかよって。日常のこうした些細なことが、ほんとに胸に沁みる。ありがたいこと。


プロフィール

幽玄

Author:幽玄

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
カウンター
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

アクセスランキング
[ジャンルランキング]
小説・文学
187位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
その他
10位
アクセスランキングを見る>>
フリーエリア