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7月、月記、心象目録

あれだけ未来が切り開かれるような感じがしていた2020年という年ももう残すところ半分以下となってしまった。
緊急事態宣言で一度はかなり終息し、一日の新規感染者は一桁や二桁くらいだったものが、やはりどんどんと感染を広げていき、ここ一二週間は毎日東京都も、全国も、感染者の数の、過去最高記録を更新し続けている。それはいいとして、では昨日までに発症した人たちはその後どうなっているのだろうか。ちゃんと回復して社会に戻れているのだろうか?毎日感染者の数ばかりが注目されるが、では感染して、症状がでて、その後回復した人たちはどうなったのだろうか。現在有症の人間はどれだけなのか。そういうところがよくわからない。
七月最後の一日は東京都は460人という数字をたたき出した。さすがにすごい数字だったので、小池都知事が何を言うのか、そしてそれのすぐあとに西村経済再生大臣と尾身さんが何を公式に発表するのか、休みだった私は、それらの会見を一部始終YouTubeで生で見た。

ほんとうにメディアリテラシーの試される時代だと思う。
戦争中は日本は自分の国が負けていないと最後まで大本営発表として言い続けた。もし、異論を唱える者がいれば、小林多喜二のようにリンチにして殺してしまえばいいだけのことである。では、情報は誰もが発信できる今はどうだろうか。玉石混交であり、また反対の意見のものも数多く、本当に全部見ているだけでもうそれだけで人生が終わってしまうようなほどの膨大な量の情報がまいにちアップロードされる。その中で、できるだけ信ぴょう性の高いものを見て、でもそれだけをうのみにするのでもなく、反対意見も見て、それもできるだけ信ぴょう性のあるものをいくつかかいつまんでみて、絶対や固定という概念はすてて、どれだけ信ぴょう性が高かろうが、真理のすべてを表しているものではないとつねに心がけ、こういう一理もある、こういう一理もある。おおよそこういう方向でいいのではないか、と常に冷静に、俯瞰的にものごとを見続けている。透き通った目で。

それは私が徹底して、大学の文学部でメディアリテラシーというものを学んできたからである。文学部だったのが大きい。文学部それ自体としても、メディアというものをどう取り扱ったらいいのかということを学んだし、文学研究では、作者に騙されるな、語り手を疑えと教えられてきた。それと同時に私は教職課程を修了したけれども、そのなかで、メディア教育であったりとか、情報リテラシー、そういう授業も多々受け、当時の最新の情報をかなり学んだつもりだ。だからこそ、こういう事態のなかで、え、それはちょっとどうなのかな?という情報をかぎ分ける嗅覚のようなものを得ることができた。そうでなければ、ネットで話題のある情報たちに惑わされ続けることであろう。
別にバカにしているわけではないが、しかし、知識やリテラシーといったものがないと、ちゃんとした行動をとれないときがある。コロナが始まる前には、ちょうどワクチン反対ママや自然はママなどいって、やけどをしたら温めるのがいいというような情報が錯そうしていた時代であり、そこには情報弱者としての人間の姿がありありと浮かんでいた。
まあこれを並列に考えていいのかはわからないが、しかしその一方で、都会や、大卒が当たり前という世界にいると、どんどん頭でっかちになり、比較対象も同じような社会層になるので、インテリたちの晩婚化は間逃れない。なぜなら人ひとりを作るのにかかるコストが膨大すぎるということが目に見えてわかってしまうからだ。それに対して現在の収入では、ということで、勇み足を踏んで、結婚もできず、子供も生めない。ところが、地方にいってみると、そういう情報を選ぶ能力はなくても、地元で、マイルドヤンキーとして、若くして結婚し、子供をつくり、家をもち、アルファードなんかにのって、週末には広い庭で友達の家族とバーベキューをしたりしている、という情報が散見される。
私は落ちぶれたインテリとして、そういう生活を今では素直に羨ましいと思う。私にはあまりにも多くのものが見えすぎたし、生きていく上でいろいろなものがのしかかってきてしまって、精神を悪くしてしまった。もう元気はつらつに生きていくということは難しい。やる気もなくなってしまった。いまからもう一度作品をばんばん書いてというほどのエネルギーも残っていない。アラサーになった。定職にはついていない。つくつもりもないし、気力もない。
東京でどこのだれがそのような男と結婚し、子供を産んであげてもいいよといってくれるだろうか。
まあ一応資産はある。東京に家がある。父の資産がある。私一人が静かに父が亡くなった後、やっていく分には十分にあるだろう。そういう意味で、私はアラサーになっても、逆シンデレラストーリーというか、ピーターパン症候群というか、王子様ではなく、私があなたを導いてあげるわという、日本のサブカルが作り出したオタクの幻想、母性愛のある彼女、ヒロインを今でも心待ちにしているのだ。
さんざん女友達には、ヒーローや王子さまは現れないのだから、自分で生きていくしかないんだよと言っておきながら。

生きる。そのことについて考える。
嘱託殺人が起きた。ALDという筋肉がどんどん委縮してしまう、治療法の確定していない難病だ。それに対して、流石の石原慎太郎。福島地震並びに原子力発電爆発事故について、これはおごった人類への天災であると彼は言い放った。確かに当時、行き過ぎた資本主義社会や行き過ぎた科学主義社会に対してのアンチテーゼとして、オーバーテクノロジーといった概念は登場しており、その一連の流れにおいては、私も原発は人間が手を出していいレベルのものではないと、制御不能になったらこんなにも甚大な被害を起こし、福島の人々は故郷を失ってしまったではないかと、そういう文脈の中で原発はよくないと思っていた。
ところが今度は、その難病患者に対して、石原は業病であると断言したのである。昨日撤回すると謝罪したが、それは批判集中したからそういうポーズをとっただけであって、石原自身、あるいは大勢の人間がまだ、らい病やハンセン病、ALDでさえ業病、前世が悪いのだと、あまりにもすごすぎる、素朴すぎるアニミズム的な考えを出してしまっていてびっくりした。

数年前に西部進という日本の政治思想を引っ張ってきた大御所が死んだ。彼は自分が自分でなくなってしまうのが嫌であると、自分の意志で、すでに自分では死ぬことが叶わなかったので、彼の哲学思想の末に、番組で知り合ったスタッフの二人に自分を川に投げてくれと頼んだのである。私はこの、あまりにも死を遠ざけすぎた世界に対して、人がちゃんと死ぬことができない世の中になっているという意味で、西部進氏の自らの死を選んだという行為、自決はまことに立派な最期だったと思う。
そのほか、スイスなどでは、もう病気が治らないという状況になって、これ以上いろいろな措置をとっても苦しむだけであると担当主治医がちゃんと診断をすれば、合法的に安楽死が行える。そういう番組をいくつか見て見たりした。
確かに大義名分はいくらでもある。その中で確かにそうであると私も同感したのは、死にたいと思う世界ではなくて、その前にまず生きたいと思う世界にしなければならないということ。それはその通りだ。しかし、実際にそんな社会や世界にするのは簡単なことではない。だから、今回のように、来るしみに耐えかねている人たちがちゃんと、法律の上で死んでも大丈夫なように、安楽死自体は私は賛成である。これは今現在の、私が今まで体験、経験、知識などから導き出された価値観、考えである。
ただ、今回の事件は、これは違う。完全にこの医者は安楽死という名のもとに殺人を犯したいというような衝動が垣間見られる。これがこの人の主治医で、どうもこの患者が苦しむのが見るに堪えかねて、自殺ほう助をしてしまったということならばわかる。しかし、この医者はSNSで積極的に自分からアプローチをし、しかも報酬まで受け取っている。なんの報酬だろうか?ほんとうにその人のために、苦しみを終わらせてあげるためということであるならば、100万も200万も必要だろうか?
その点において、この事件を発端にして安楽死の議論をしてほしくないというのはわかる。
ただ、自分の生命を自分で意思決定していいだろうか、という生命倫理については、これはもっと話し合って、議論を深めていかなければいけないことだと思う。こういうことが頭の中で一緒になってしまう人のなんと多いことか。ちゃんと切り分けて考えるという作業がほとんどできないのだなということが、私は社会に出て痛切に感じたことである。

今回のコロナに関しても、確かに一部には非難されて仕方のないような行動をとっていた人もいたことは確かではあろうが、日本のムラ社会、監視社会、の悪い側面がふんだんに出ていて、ああ、やはり日本はこういうところが本当にダメだなと思った。自粛警察だとか、なんとか警察だとかいって、匿名であることをいいことに、営業をしている店にチラシを貼って脅迫したり、あるいはガラスを割って器物を損壊したり、これはあきらかに犯罪だ。ほかにも誹謗中傷や心無い言動行動。そういうものを自分たちで抑制していこうという自制心がないのだろうか。
誹謗中傷と言えば、テレビなどのメディアに出ている人たちが誹謗中傷されて自死を遂げてしまったという件が何件も続く。それに負けないほどの強い信念を持った春名風花さんは、相手を告訴して、示談というところで、数百万円を払わせることには成功した。告訴したらすぐに相手方の弁護士が出てきて示談を持ち掛けてきたというところで、春名風花さんのことを誹謗中傷していた人間が、かなりの社会的地位のある人間であることがわかるが、そういう人間がなぜそういうことをしているのか。まあ、それは置いておくとしても、ネットとはつねに開かれた世界であり、オフィシャルな場である。言ったことは責任を取らないといけないし、脅迫などをすれば犯罪となるのだ。
誹謗中傷などがどんどん蔓延している。
自分たちのメンタルをコントロールする術がないのだろうか?

人々よ、もっと理性的であれ、理知的であれ、自制的であれ
私は今そう伝えたい


しかし各いう私も、精神的にはかなり限界にきている。やはりコロナのせいで収入がなくなるかもしれないということ。完全になくなりはしないところで働いているからいいものの、人件費削減で、給与は減る可能性はある。
接客業務をしているけれども、お客も当然このストレスにさらされているわけで、以前よりイライラした人が増えているのがわかる。通常そうした人はやはり寒い時期に多いのであるが、この夏のなかで、こうした理不尽なことが営業中に起こると、私自身もイライラを受けてしまうし、他の従業員がそれを食らってしまった場合は、学生のアルバイトであったりすると、やめてしまうということもある。
事実このコロナ禍の中で、つねに感染のリスクがあるとして、学生たちはアルバイトをやめてしまっていった。だからこそ、前からいる従業員の収入が確保されたということは言えるが、しかし、ほとんど余裕や余力、備蓄のない戦いがこの数か月ずっと続いているのである。
文句は山ほど出てくる。特に同僚に対して。この同僚がどうしようもないバカでほとほとにつかれる。私よりも年上なのだが、普通に日常会話で使うような言葉がわからなかったり、もう何度も書くのも疲れたからやめるが、そうした中で現場の責任者として、何かあればクレーム対応だなんだとしなければならないのはほんとうに疲れたことだ。あまりにも疲れた疲れた言いすぎて、後輩から、つぎ疲れた言ったら100円ですよと、その子なりのユーモアでいってくれて、それで少しは救われたが、やはり心労はすさまじい。このコロナが始まってからの3月ぐらいからの五カ月くらいがんばってきたが、常に息をつめたような、神経をとがらせたような、気を張り詰めたような感じが続いたのに疲れてきた。それでも私はまだ、すでにうつ病を経験してきているから、いきつけの心療内科で自分をコントロールする薬などを処方してもらいながらなんとかやっている。これを素の状態でやっている人たちは大変だろうなと思う。

8月、9月は、週休二日にしようと思う。ほんとうに今まで働きすぎた。
想えば去年から、お客さんの入りがすごくて、どんどんどんどん店の売り上げも上がってきて、過去最高を記録していたのだった。そしてコロナ禍のせいで、お持ち帰りが増えた。それもすさまじかった。六月に緊急事態宣言が全面解除してから、徐々に人が戻り始めてきて七月は忙しかった。
去年からほとんど、二連休なんて一二回あったくらいで、ずっと週一くらいの休みで働いてきてしまった。実際それでいて楽しかったのだ。私はこの有事の時に、そうでなくてもそれ以前の時でも、社会を回しているみんなが、少しでも安くてうまくて温かい料理を、すばやく食べられて、それでまた明日もがんばってくれたらいいなと思って、半分くらいは慈善事業のつもりで、社会を回している人たちを下支えしているのだという、自分も社会に貢献しているのだという気持ちでやってきたから楽しかったのだ。
だがしかし、社会奉仕に力を入れすぎてしまったようだ。私には自分のMPを回復する必要があるようだ。だからこの二カ月は、もしかしたらその後も週休二日でやりつづけるかもしれないけれども、少し、本を読んだり、アニメを見たり、そして何よりも、自分にしかできないこと、小説を書くことを再び取り組んでいきたいと思う。



4月鑑賞目録

ロバート・ビスワス=ディーナー (著), トッド・カシュダン (著), 高橋由紀子 (翻訳)『ネガティブな感情が成功を呼ぶ』(草思社、2015)
勢古 浩爾『それでも読書はやめられない: 本読みの極意は「守・破・離」にあり』(NHK出版新書、2020)
丸山 ゴンザレス『世界の危険思想 悪いやつらの頭の中』(光文社新書、2019)
稲葉振一郎『ナウシカ解読 増補版』(勁草書房、2019)
向谷 匡史『ヤクザ式 最後に勝つ「危機回避術」』(光文社新書、2016)
高橋昌一郎『反オカルト論』(光文社新書、2016)


『BanG Dream!』(第一期、13話+OVA、2017)
『Spirit of Wonder』(OVA、5話、1992-2004)
『レベルE』(13話、2011)
『映像研には手を出すな!』(12話、2020)
『異種族レビュアーズ』(12話、2020)
『Dr.STONE』(1期、24話、2019)
『ぬらりひょんの孫』(1期、2010)
『ぬらりひょんの孫〜千年魔京〜』(2期、2011)



『Re:ゼロから始める異世界生活 Memory Snow』(2018)
『虐殺器官』(2017)
『ハーモニー』(2015)
『屍者の帝国』(2015)
『劇場版 薄桜鬼 第一章 京都乱舞』(第一章、2013)


4月に読んだ本はどれもかなり面白かった。まあ、最近自分の興味のある本しか読まなくなってきているというのがその理由の半分ではあるが。

4月は、稼ごうと思って、かなり仕事をしていたので、そのなかでのこれだけの作品鑑賞読了はかなり多かったのではないかと我ながら思う。やはり全盛期ほどというわけにはいかず、歳も27になり、仕事中の時間が経過するのが大変早くなった。まだ、作品を観賞している間の時間はそんなに昔とかわらないのでそこはなんとかなっているが、これで、作品を観賞していたり、自分の余暇の時間まで加速度的になったのでは、いよいよ、死ぬまでに何も残せないままということになってしまう。
このコロナの大変な状況のなかで、なんとか職場は営業を継続しているが、しかし、これを書いている4月30日、昨日には非常事態宣言の延期が、実質一カ月ほど伸びるということが決まったようだ。この5月はかなり厳しい戦いになるだろう。どこも自粛自粛で金が回っていないので、店に来る人も少なければ、弁当やウーバーなども減ってくる。当然人員を減らさなければならないわけで、私の収入も減るかもしれない。
まあ、本当のことを言えば、私は、父が社会的に成功してくれたおかげで、東京に戸建て、ローンもなし、土地もアパート経営もあり、貯金もかなりあるようなので、本当は別にそんなに心配しなくてもいいのではあるが。まあ、今のところは父とは経済的には独立して自分でやっているので、お金のやり取りはない。父がいずれ年老いて、私が壮年になるころには、引継ぎが行われることになるだろう。そうしたら、私は、いままでの社会貢献と思っていたこの飲食の仕事をやめるか、時間を減らすかして、あとは父の遺産を食いつぶしていくだけの人生にシフトチェンジする。作品や、新しい考え方、哲学などを学びながら、本当に大切なものとは何かを追求し、それを文章というかたちで残し、後世の人間たちのはげみになればと思い、遺していく。それだけが、ちっぽけでなにもできなかった私が唯一、この世に残していける功績ではないかと思い、もうすでに、そういうものを残していくだけの消化試合のような雰囲気になってきてはいる。
非正規でもうすぐ三十路。正社員になるつもりも毛頭なく。彼女もおらず。誰か私の子どもを産んでくれないかと思うものの。非正規で、主夫というのを許してくれる人がいるだろうかどうか・・・。少し年上の人達にいうと、女性の主婦さんなんか、人生何が起こるかわからないよ、まだまだ全然若いじゃない、といってくれるけれどもね。


ところで、四月、問題はコロナ禍だ。
本当に大変なことになってしまった。アメリカでは、あんなに広大な大地で、ただでさえニューヨークなどの一部都市を除き、電車もなく、車社会で、そんなに濃厚な接触があろうとは思われないほど、ソ^シャルディスタンスの広い国であるにもかかわらず、死者がすでに5万人。
我が国日本は、2月の時点から、クルーズ船への対応のあまりのひどさに、国民総がっかりしていたのに、なんだかかんだかやっている間に、日本は大したことにならずに、イタリア、フランス、イギリス、スペイン、イラン、アメリカなどが大変なことに。しかし、それでこんな遅くになって、日本もこれだけやばいやばいという空気になってきたけれども、それでも感染者はまだ二万人もいってないし、死者も400名程度。これはいったいどういうことなのだろうか。
手前みそになってしまうけれども、これはやはり、日本人という民族はすごいもんだなあと思わずにはいられない。こんなことを経験してしまうと、ニチユ同祖論とか、日本だけは特別なんだということを感じたくなってしまうのも仕方のないことではあるかもしれないけれども、まあそこは冷静にいよう。
実際問題は山積している。まず現段階でPCR検査をしてくれという要請が125万件ほどあるのにもかかわらず、そのうち実施されたのはたったの9パーセント、10万件程度。これはいったいどういうことか。お隣韓国では、一日に何千件とやって、隔離し、当初は大変な拡大を見せたが、今は小康状態になっている。なぜあれだけの検査ができたのか。韓国には徴兵制があるから、そのなかから衛生部隊に所属し、医療技術を学んだ人間がいるというのは、なるほどと思わないでもない。一応メディアでは、日本では、臨床検査技師が足りないという言い訳をしているが、ほんとだろうか?まあ、韓国とは仲が悪いにせよ、こんな時なのだから、韓国からその衛生兵を呼んで、助けてもらったらどうだろうか?
まあ、しかし、できることをやらないというのは、明らかに何かがあるということだろう。政治的決定だ。日本はPCRをあまりやらないことによって、検査する数、母体を減らすことによって、出てくる数も減らすという戦略をとったと、そう見るべきなのではないだろうか。
それはつまり、トリアージだ。日本は超高齢化社会になって、もううまくいかないということになってしまっていた。そんな折の、この高齢者だけが重症になるという特殊なウイルスだ。もちろんエクモなどの、社会的リソースをどっぷりと使えば、死者の数は減らせるかもしれないが、それでは、今後のこの経済の死滅は間逃れない。
それは参議院予算案からも推測できる。現状の医療現場への資金組が6000憶円程度なのに対して、コロナ後のV字回復に使おうとしているお金がその二倍以上というわけだ。
当然人間というのは目先のこと、特に人を見殺しにしてしまうということに対して、命の価値が大変重くなった現代の価値観に基づいて、感情的になってしまうけれども、より合理的に、社会をスリムにして、若返らせるためには、この政策でまったく間違いはないと私は思う。それは私が今現在若者で、わりをくっているからであるが。

まあしかし、そういう全体の方向性はいいにせよ、ほんとにアベノマスクだの、たった一つのマスク受注でどうしてここまで無茶苦茶なことになってしまうのかということは、もう本当に意味が分からない。安倍さんも麻生さんも、家はとても立派で、はっきりいって大金持ちで、これ以上お金が必要とは思えない。ああいう政治家家系に生まれると、どのような環境で、どのような教育をうけて、帝王学を身に着け、国を導いていきたいという、謎の、私にはまったくわからない感情、モチベーションになるのか不思議でならないが、安倍さんは何をしたいのだろうか。どさくさに紛れて憲法改正までこぎつけたいくらいだろうか。



3月鑑賞目録

ロルフ・ドベリ (著), 安原実津 (翻訳)『Think clearly 最新の学術研究から導いた、よりよい人生を送るための思考法』(サンマーク出版、2019)
ロバート・フリッツ (著), ウェイン・S・アンダーセン (著), 田村 洋一(監訳) (翻訳), 武富 敏章 (翻訳)『自意識(アイデンティティ)と創り出す思考』(Evolving、2018)
ダニエル ネトル (著), 金森 重樹 (監修), 山岡 万里子 (翻訳)『幸福の意外な正体 ~なぜ私たちは「幸せ」を求めるのか』(きずな出版、2020)
宇野常寛『遅いインターネット』(幻冬舎、2020)
内藤 理恵子『誰も教えてくれなかった「死」の哲学入門』(日本実業出版社 、2019)
ロバート・ビスワス=ディーナー (著), トッド・カシュダン (著), 高橋由紀子 (翻訳)『ネガティブな感情が成功を呼ぶ』(草思社 、2015)

『怪物王女』(25話、2007)
『荒野のコトブキ飛行隊』(12話、2019)
『虚構推理』(12話、2020)
『ナイツ&マジック』(13話、2017)

『ミッドサマー』(2020)


びみょうな月であった。コロナへの恐怖はだんだんと近づいてきており、皆不安の中で生活をしていた。そして四月に入り緊急事態宣言が発令される。
読書体験としては『Think clearly』は大衆書としては先のサードドアや一兆ドルなんかよりかはよかったけれども、しかし、(私は重要だとおもったところに線を引きながら読書するのだが)そんなに線を多く引いた痕跡はない。いずれも、ああ、そうだなあ、私も自分の経験上常識的に考えてそう思うなあという程度のものでしかなかった。
それよりかは、やはり『幸福の意外な正体』や『誰も教えてくれなかった「死」の哲学入門』『自意識(アイデンティティ)と創り出す思考』『ネガティブな感情が成功を呼ぶ』などのほうがおもしろかった。
まあこれは多分に私の趣味、興味のある分野が人文系、特に文学、哲学、心理学、社会学らへんにあるということが原因であろう。
私は常に、生とはどういうことなのか、という形而上的な哲学的、宗教的である根本のことを中心に置きながら、しかしそれは人類が誕生して以来いまだにきちんととらえられているものではないので、あくまでもそれへのアプローチ、外堀埋として、心理学や社会学らへんの知見を導入して、よりよく生きる、快適に生きる、不快や不安を少なくして生きるということを念頭においている。だから必然それにかかわるような本の選択が多くなる。その点において、かなり読書や自分の経験から、だいたいこういうことなんだろうなあと、三十路を前にして、おぼろげながら、また自分の人生の最後の部分も遠くにではあるけれども見つめるなかで、ある程度は生き方というものの指針がきまっているとはいえ、微調整だったり、なるほど、そういう考え方、発想、ものの見方があったか、と新しい学びのある本たちであった。
知は力なり。知識、論理的に考える力、もちろん感性も。それらはこの弱肉強食の世界をよりよく、少しでも不快を減らして生きるために役立つ。自分のことを守ることにも、時として悪用すれば相手への攻撃への力ともなりうる。
これを書いている6月の終わりに思うことは、例えば感染症がどのようなものなのか、その拡大を防ぐためにはどうしたらいいのか、人種差別の問題、資本主義の問題、都知事選、ひいてはどのような社会のありかたがいいのか、コロナなどに対するあまりにも低知能な人々の行動。例えば感染者をワイドショーで一時間もしゃくをしいて、ミヤネなどがいかにも深刻そうな顔で、これは大問題ですよと毎日垂れ流す。そしてそれを見て信じてしまう視聴者たち。感染者のことを社会的においつめるような、醜い民族性。自粛警察。他県からくる車に張り紙をするなど、あるいは営業をしている店の窓を割るなんていう、完全に器物損壊、営業妨害。それからSNSでの誹謗中傷により、女子プロレスラーが亡くなってしまったこと。それに対してあまりにも早くにSNS規制の法案をまっていましたとばかりに打ち立てる政府。様々な政府の不祥事。他人の不倫などの問題をずっとおいかけまわして楽しんでいる下劣な精神。
これらはきちんとした知の力を身に着ければ、流れてくる情報に飲み込まれることなく、また完全にシャットアウトして何もわからないまま生きるということもなく、なるほどと受け流しながら身をこなしていく。本当にリテラシー、論理的、常識的、道徳的、倫理的、などといった、こういうふうに書くとなんとも旧態依然としたような感じがしてしまって嫌だけれども、まあ普通そういう軽薄で軽率な言動、行動、判断はしないよねといったところで、自分の操を握るのは自分自身であると、自分の行動を理性的に理知的にコントロールするためには、知の力が必要なのではないかと思う次第。


2月鑑賞目録

サトミ『亡くなった人と話しませんか』(幻冬舎、2020)
エリック・シュミット (著), ジョナサン・ローゼンバーグ (著), アラン・イーグル (著), 櫻井 祐子 (翻訳)『1兆ドルコーチ シリコンバレーのレジェンド ビル・キャンベルの成功の教え』(ダイヤモンド社 、2019)
杉浦 正和『幸運学 不確実な世界を賢明に進む「今、ここ」の人生の運び方』(日経BP、2020)
長谷川 和夫 (著), 猪熊 律子 (著)『ボクはやっと認知症のことがわかった 自らも認知症になった専門医が、日本人に伝えたい遺言』(KADOKAWA、2019)
ベンジャミン・ハーディ (著), 松丸さとみ (翻訳)『FULL POWER 科学が証明した自分を変える最強戦略』(サンマーク出版、2020)
田中 泰延『読みたいことを、書けばいい。 人生が変わるシンプルな文章術』(ダイヤモンド社、2019)
中見 利男『『ロスト・シンボル』の謎 フリーメイソンの正体』(KADOKAWA、2011)
橘 玲『事実 vs 本能 目を背けたいファクトにも理由がある』(集英社、2019)
ジュリア・ショウ (著), 服部 由美 (翻訳)『悪について誰もが知るべき10の事実』(講談社、2019)


『パラサイト』(2019)

ほとんど読書をしていた月。これを書いている2020年6月終わり、コロナ禍の中で。この時はまだ世界がこんな状況になるとは思ってもいなかった。今現在はアニメをとりあえずかたっぱしから多読する日々を送っている。やはり時間的に、アニメ作品のほうが多くの作品に触れられるのでいい。読書は好きだけれども、いかんせん私は遅読家なので、時間がかかってしまうのが難点。最近ますます時間が経つのが早くなってきていると感じ、これを書こうと思っていたのがすでにもう半年もブログ記事の更新をできていなかったことに驚きである。
前月、1月にはサードドア、2月には1兆ドルコーチ、とそれぞれ資本主義の権化から産み落とされたような自己啓発本?というような二冊を読んだが、まあつまらなかった。どちらもかなりの文量があり、月に10冊レベルは読める私からしたら、やれやれ、ちょっとやっかいだな、といって三日くらいで読み終えるが、普段読書をしないという人には、これはひと月、二月かけて取り組むような本になることだろう。なおさらあのように本やで平積みされていたり、メディアなどで紹介されていたりしたらそうなることだろう。
しかし私は同時に他の本を読んでいたのだけれども、それらのほうがどれだけ面白く、まあ内容がより普遍的、当たり障りのないものではなく、コアなものだったから私自身にかなり重要な情報であったということで、その差は考えなくてはいけないとしても、杉浦正和氏の『幸運学』や『FULLPOWER化学が証明した自分を変える最強戦術』。田中 泰延『読みたいことを、書けばいい。』『悪について誰もが知るべき10の事実』、これらの本の方がよほど面白かった。
私の恩師がFBで今月読んだ三冊といった紹介のなかで、サードドアか一兆ドルかをあげていたけれども、教職の場からは退いた身でありながらも、そうしたくだらない、当たり障りのない、なんとなく読んで、あ、僕もこんな風にがんばろう!と思わされつつも、特に何の具体例も有効性もない、お気持ちだけの本とは違い、これらのより専門性があり、一癖も二癖もある作品に触れてほしいと思うものである。


1月鑑賞目録

アレックス バナヤン (著), 大田黒 奉之 (翻訳)『サードドア: 精神的資産のふやし方』(東洋経済新報社、2019)
ZARD(ザード)『永遠 ~君と僕との間に~』(幻冬舎、2019)
上岡正明『死ぬほど読めて忘れない高速読書』(アスコム、2019)
小泉 芳孝『竹取物語の作者・空海が「かぐや姫」に隠し込んだこの国の巨大秘密』(ヒカルランド 、2018)
仮メンタリストえる『イケメンはモテない 確実に好きな人の「特別な存在」になるたった1つの方法』(KADOKAWA 、2019)
ジュディス・オルロフ『LAの人気精神科医が教える共感力が高すぎて疲れてしまうがなくなる本』(SBクリエイティブ、2019)

『炎炎ノ消防隊』(一期、24話、2019)
『ボールルームへようこそ』(24話、2017)

『劇場版Gのレコンギスタ』(2019)
『男はつらいよ お帰り 寅さん』(2019)
『キャッツ』(2019)


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